香春 蘇葉
2020-05-25 01:39:52
2955文字
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発露

シオサン♀。サンダルフォンの片思いが始まるその瞬間のお話。

「キミは、俺の姿を見て何も思わないのか」

「サンちゃんが、隠していることなのであれば、それは私が口を出すようなことでは、ないのでしょう」

でしたら私から言うことは何もありません。そう言って微笑んだルシオは、枝にかけていた厚手の布を手に取ると、ざばざばと清廉な泉の中を進んできて、サンダルフォンの素肌の細肩にふわりとそれをかけた。にわかに夏の訪れを感じる、蒸し暑い日の森でのことだった。

君の行先には多くの困難が待ち受けているだろう。しかし、いつも君の側に私がいられるわけではない。今はまだそう言った問題が天司間で起きたことはないが、女性体であることで、後々不利な状況に陥ることがあるかもしれない。そうならないように、君の装束は他の女性体の天司よりも露出を少なくしているし、君が女性体であることは周りに言っていない。君自身も、なるべく周りに伝えずに過ごしていくんだよ。
そうルシフェルから言われた日から、サンダルフォンは自らが女性体で創られていることをひた隠しにして過ごしてきた。艇に乗るようになってからは、さすがに団長が知らないのは何かあった時にまずいのでは、と考えたので、ジータただ一人だけが周囲で唯一サンダルフォンが女性体であることを知っている。他にいるかと問われると、恐らく、もうこの世界にはいないがベリアルと、ルシファーは知っていることだろう。それ以外は皆無だ。否、皆無であったと言うべきか。
これがただの人の子であったなら、入浴や着替えなどのシーンで勘づかれることもあっただろう。しかし、サンダルフォンは星晶獣で、食事や睡眠の類さえも嗜好の部類に入ってしまう。体を清めるのにいちいち入浴などと言う手段は取らずともすむし、着替えもエーテルを編むその一瞬で済む。だからこそ、油断していた。
蒸し暑い森での依頼だった。夏の騒動以来何故かジータに仲がいいのだと誤認されたまま、二人で行けば大丈夫でしょ、と。ルシオと二人きりで送り出された。彼女の読み通り、依頼自体は大したことはなかったが、いかんせん帰り道で滝のように流れる汗が辛く、サンダルフォンは体全体で息をしながら、足場の悪い森の道を歩いていた。見かねたルシオが水浴びでもしては?といつの間に見つけていたのか、澄み切った水を湛える泉へと、サンダルフォンを引っ張っていったのだが。
油断していた。あの男のことだから、サンダルフォンが元の通り鎧を着込んで戻ってくるまでは、顔を出さないと思っていた。実際、彼が顔を出したのは、濡れた体を拭くものを渡していなかったからという、なんともあっさりした理由ではあったため、咎めはしなかったが、これでサンダルの秘密を知る者が一人増えてしまったことになる。
残りの帰路につく中、自分からは何も言うことはないと言ったきり、いつも通り接してくるルシオの背を、疑心を抱きながら見上げたサンダルフォンは、それに相反して不規則に跳ねる自らのコアに気がついて、静かに首を傾げた。





「え……?ルシオにバレたの?」

ゆっくりと目を見開いたジータに、サンダルフォンは小さく首肯する。ルシオと二人きりで依頼に出されてから一ヶ月が経ったある日の昼下がりの一幕である。あれから何度も彼と接することがあったが、ただの一度もルシオがサンダルフォンの体について言及することはなく、女性体とバレる以前と何ら変わりない様子で接してくる。正直、サンダルフォン自身も、何故、とジータと同じ顔をして固まってしまいたい気分である。長く生きていく中で色んなものを知った。災厄を起こす前に空域中を見て回ったあの短期間でさえ、醜悪な人の業を目の当たりにしない日はなかった。人は、誰かが隠していることを不意に知った時に、それを弱みとして振りかざさずにはいられない。それが男女の間であるならば、尚更顕著になってくる。サンダルフォンにもその認識があったので、己の体の秘密を知ったルシオがそのうち何かしらを持ちかけてくると構えていたのだが。

「まぁ、でも……ルシオ、元々サンダルフォンのこと気に入ってるもんね」

「気に入……?あれがか?」

「うん。だってルシオ、元々あんな風に絡んでいく性格じゃないもの。だからサンちゃん、サンちゃんって、サンダルフォンに寄ってくの見て、ちょっとびっくりしたよ」

困ったように笑いながらそう言うジータに、サンダルフォンは余計わからなくなった。気に入りならば、あの手この手を使って仲良くなりたいとは考えなかったのだろうか。我ながら、ルシオへの決して態度は褒められたものではないと自覚している。だからこそ、ルシオがあの日から一切、サンダルフォンの体について訊ねてこないのが不思議でならなかった。と、言うわけで。

「うだうだと悩んでいるのも馬鹿らしい。単刀直入に聞く。何故俺の秘密を振りかざそうとはしない?」

「ええっと……それを、私本人に聞きますか」

むんと胸を張って自分を見上げたサンダルフォンに、苦笑を落として、ルシオは持っていた洗濯物を洗濯籠にそっと戻した。

「サンちゃんは、私に聞いて欲しいのですか?」

「いや。正直詳しく話せと言われても困る。しかし、こう何もないと却って落ち着かなくてな」

バツが悪そうに視線を己の爪先に落としたサンダルフォンの、つむじをしばらく見つめたルシオは、ややあって彼女の組まれた腕の一本をそっと手に取ると、反対の手で腰を支えて己の方に引き寄せる。そうして彼はゆっくり身をかがめると、その唇を彼女の耳元に寄せた。

「それを聞かれた私が、貴方にこういったことをする可能性を、考えなかったのですか?」

耳朶をかしりと噛めば、彼女の体温がにわかに上がる気配がして、びくりと華奢な体が跳ねた。ルシオ、と怯えたような声が消え入りそうに鼓膜をくぐり抜けてきたので、ルシオはそっと口角を上げて、あっさりと彼女な体を解放した。

「これは……はい。冗談ですが。こういった輩も少なくはありません。サンちゃんはもう少し、警戒心と言うものを持った方がいい」

「ルシオ」

「私はサンちゃんを気に入っているので、嫌われるようなことをしたくないだけですよ」

「なぁ、ルシオ」

……はい。何でしょう」

「どうして、俺は……こんなにコアの脈動が激しくなっているんだ?」

キミにあんなことをされても、嫌じゃなかった。続け様に言われて、ルシオは面食らう。訳知り顔でそれらしく振る舞っていながら、時折無垢なところを見せるとは思っていたが、まさかここまでとは。束の間眉間に走った痛みを解きほぐすように指先を押し当てて唸ったルシオは、真っ赤な顔で胸元を握りしめて、上目にこちらを見るサンダルフォンを見下ろして、困ったように柳眉を下げた。

「さ、さぁ……私には何とも。風邪ではないでしょうか……

ルシオ自身は気に入り以外の感情を彼女に対して抱いてはいない。しかし、サンダルフォンの感情は確かに、彼女自身の未だ知り得ぬ心を訴えて、揺れ動いていた。ルシオは答えることから逃げたが、それは人の子の間では、一般的に恋と言う。サンダルフォンがそれを知り得るのは、もっとずっと、先のことである。