香春 蘇葉
2020-05-24 09:08:03
2885文字
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独り占め

ルシサン。しっかり天司長してる👡の部屋での姿の話。

「ルシフェル、何してるの?」

はた、とルシフェルは瞬きをする。声が聞こえてきた方へと視線を向ければ、地図の類を両手に抱えたグランが、心底不思議そうな顔でこちらを見ていた。ルシフェルは、静かに苦笑を浮かべると、立てた人差し指を己の唇にそっと押し当てて、薄く開いた唇から微かに息を漏らす。そうしてその手を、そのままひらひら上下にひらめかせると、意図を解したグランが小さく頷いて寄ってきた。自分につられるようにして、しゃがみ込んだグランの肩を掌で優しくとんとんと叩いたルシフェルは、つい今し方自分が眺めていた方をその綺麗な指先で示す。

「なぁんだ……サンダルフォン見てたの?」

飽きないねぇ、と苦笑いするグランの視界の先では、四大天司の使徒に囲まれたサンダルフォンがあれこれと指示を出してていた。つい先日、奇妙な七色の発光体が目撃されたということで、ファータ・グランデ全域でも同じような現象がなかったか調査するのだという。ルシファーやベリアル、果てはサンダルフォンまでもを引き込みかけた巨大な次元の歪みと七色の虹のような発光体には何かしらの関連性があることはわかっていたので、密やかにあの二人がこの世界へと戻ってきていやいないか、という懸念の下での調査である。
ルシフェルに習って、ぼんやりとその様を見ていると、天司長も随分と板についてきなぁ、と何やら感慨深くなる。ルシフェルとしてもそれは同じらしく、まるで子の成長を見守る親のような、慈愛に満ちた眼差しを片時も離さずに、サンダルフォンの表情がくるくる動く様を眺めていた。

「天司長ー!オレ!オレは!?オレはどこに行けばいいんだ!?」

「グリームニル。キミはフィーニス諸島の辺りを回ってくれ。その辺りの調査を終えた後、ダイダロイトベルトを頼む」

「天司長、我は如何する」

「シヴァはフレイメル島全域を。今回の目撃情報はバルツ公国周辺から挙がっている。少しの異常でも俺に情報を入れてくれ」

「では、天司長。私はどうすればよろしいでしょうか」

「ん。キミならば既に言わずともわかっているだろう?アウギュステ列島をくまなく探してくれ。以前にも目撃情報はあったらしい。全く……前々からうちの騎空団が情報提供を呼びかけているというのに……こう遅くてはかなわん」

「天司長、我はどうする」

「ルーマシーだ。全域を探すには骨が折れるだろう。あの辺りはユグドラシルとロゼッタが詳しい。二人には話をつけている。共に出立してくれ」 

指示を出した端から姿を消してゆく使徒たちを、最後まで見送ったサンダルフォンが、そっと息を吐きながら、己の背に極彩色の六枚羽を顕現させる。辛くもルシファーを退けてからこちら、彼の成長は著しい。グランだって十五の育ち盛りなのだから、それなりに成長を見せているが、それを上回って有り余るほどの速度でサンダルフォンは成長しているように思う。特に、他人との交流を以前よりも面倒くさがらなくなった辺りからそれが顕著になってきた。
そう言えば、とサンダルフォンが飛び立つ音を聴きながら、グランはルシフェルへと視線を向けた。

「ルシフェルは、寂しくなったりしないの」

「寂しい?何のことだろうか」

ルシフェルが再顕現した最初の頃は、あれやこれやと彼に色々訊ねていたし、決断の後には必ずあれでよかったのか、と相談に行っていた。慣れてきた今、サンダルフォンの様子を見ているとそれが今でも続いているとは思えない。それに、最近は意識してルシフェルに頼らないようにしているのか、あまり側にいるところを見ないし、これまでのようにルシフェル様、と柔らかな声で呼ばなくなった。ルシフェル、と敬称を排して呼ぶ声は、始めの頃に比べると、ほんの少し凛々しい。
全てを話すと、ルシフェルはほんの少し首を傾げて考えるそぶりを見せた後に、ややあってふるふると首を横に振って、寂しくはないよ、と小さく返した。

「それに、サンダルフォンは私が創りあげた時から、ずっと愛らしい。心配には及ばない」 

知らぬうちに惚気られていたことを、その瞬間に悟ったグランは、地図を再び抱え直すと、あっそ、と呆れたように言って、徐に立ち上がった。
きっと己が知らない、知るべきでないサンダルフォンの姿があるのだ。





ばたん、と部屋の扉が閉まる音がした。読んでいた本から顔を上げたルシフェルは、扉を背にして俯いたまま、動かないサンダルフォンにそっと上目で視線をやって眉尻を下げると、本を閉じて脇に置く。サンダルフォン。彼を呼ぶと、びくっと体を跳ねさせた後に、ほんのりと朱に染まった目尻を携えて、彼は何かをねだるようにこちらをじっと視線をよこした。

「ただいま、帰りました……

「うん。おかえり。疲れただろう……こちらにおいで」

両手を広げて、小首を傾げて見せると、サンダルフォンは一瞬葛藤を湛えた硬い面持ちをした後に、ややあってふにゃ、と気の抜けたような笑顔を浮かべると、ふらふらこちらに寄ってきて、対面になるようにしてルシフェルの膝に跨った。肩口に顔を埋める彼の、やや砂埃の匂いがする柔らかい癖毛に、そっと鼻先を埋めて、すんと鼻を鳴らしたルシフェルは、徐に彼の顎下を掬い上げて自らの方を向かせると、無言のまま顔をやや傾ける。ルシフェルの意図を正しく解したサンダルフォンは、仕方ないなぁ、とでも言うかのように破顔すると、自らも首を傾けて、ルシフェルの唇に己のそれを重ねた。何度か角度を変えて、細かなリップ音と共に唇同士を浅く擦り合わせる。軽く呼吸が上がってきたところで、最後に舌先をちろりと絡ませて、体を離すと、とろ、と滑らかに濡れた赤い瞳が歓喜を浮かべて見下ろしていた。

「今日一日、貴方とこうしたいと思っていました」

「私も、君の体温を恋しく感じた」

今日は少し肌寒かったからね。手の甲を人差し指で擽って、指の腹へ一本一本欲を煽るようにして指を差し入れ、ルシフェルは彼の手を握り込んだ。

「本当ならば、どこにいたとしても君に触れていたい」

「ふふ、ダメですよ。それじゃあ、貴方から受け継いだ天司長の座に見合わない。それに、」

言葉を一度切ると、サンダルフォンはルシフェルの首に腕を回して、そっと体を密着させると、甘えるように顔を埋めた肩口で、くぐもった声で言う。

……中途半端なのは、嫌です」

愛らしい唸り声を鼓膜に透かして、束の間キョトンとしたルシフェルは、ややあって口元に小さな笑みを浮かべると、肩口の丸い後頭部をふわふわと撫でて、彼の頭に寄せるようにして首を傾けた。
寂しいか、と聞いたグランの声がにわかに脳裏に響く。彼の目には距離を置いているように見えるのかもしれないが、その実、サンダルフォンはけじめを、と意固地になっているだけなのだ。

自分が口にした言葉に、偽りはない。
今も昔も、サンダルフォンはずっと愛らしい。それを独り占めにできるのは、今も昔もルシフェルただ一人である。