ながひさありか
2023-12-18 22:31:15
6112文字
Public FF16-JC
 

クリスマスの前に

現パロ二卵性双子・クリスマス前のちょっとした感傷(面倒臭い弟)

 バイトまで時間潰しに付き合って欲しい、と友人に言われ、予定もないし一時間程度ならいいか、と適当なカフェを訪れた。
 ハロウィンが終わると街は一気にクリスマスの様相になる。どこの店でもクリスマスソングがかかり、赤と緑の装飾で溢れかえっていた。
 訪れたカフェの店内でも聞き飽きるほど聞いたクリスマスソングがかかっているし、浮かれた空気も漂っている。
「お前クリスマスって空いてないよな?」
 注文が届くのを待つ傍ら、唐突に友人が嫌そうな顔で言った。そんな顔をするなら初めから聞かなきゃいいじゃないか、と言いたくなるような渋面の彼に、「空いてないよ」と望み通り回答する。
 休日はいつだってそんなに空いていないが、クリスマスは絶対に空いていない。去年も「予定がもうあるから」と断ったのを多分覚えていたのだろう。
「クリスマスは家族と過ごすことにしているから」
「わかったわかった、未来の家族な」
 うんざりしたような声で返され、本当にそういう話じゃないんだけどな、と思いつつ、肯定も否定もしない。未来も何も、僕の家族が今後増える可能性はかなり低い。
 そもそも誰にも「いる」とは言っていないのに、僕には大学進学前から付き合っている恋人がいることになっていた。僕が兄さんと付き合い始めた(と言うのはなんとなく違和感があるが、一般的にはそう言う言葉になるだろう)時期自体は正しいので、なんとも不思議な共通幻覚だ。それでも僕に告白する人が後をたたないのもまた妙な話だった。
 僕は恋人を他人に言いたくないほど、曖昧に隠しておきたい、一途で熱烈な恋愛をしていると思われているらしい。実際問題、我ながら一途で熱烈だなとも思っているけれど、かと言って恋人がいると肯定して写真を見せろだのなんだのと話が発展しても面倒だから、このスタンスを変えるつもりはない。何しろ、写真を見せてしまった未来で、他の面倒が起こらないとは限らないからだ。
 稀に兄さんと「デート」をしているところを目撃されてしまう事故は起きているが、僕は誰にも兄さんを兄だとも恋人だとも説明していない。変な風に噂が立てば「兄だよ」と言うしかなくなるが、嘘は一つも入っていないからおかしくはない。素直にそれを言ってしまわないのは、ただ単に僕が、他人に兄さんと僕を「兄弟」として簡単に受け取って欲しくないからだ。
「まぁいいや。じゃあお前は予想通りパーティーは欠席な」
「悪いね、また誘ってよ。年末からしばらくは実家に帰っているけど、むしろ呼び出してもらえたら早く戻ってくる理由にもなるから。——そういえば、この間狙ってるとか言ってたあの子とはうまくいったの?」
 僕ばっかり言われるのもな、と矛先を変えてみれば、「まだ。パーティーにくるからそん時にな」とどこか緊張した顔で彼が答える。
「うまく行くよう祈ってる」
「くそーっ、お前、自分が順風満帆だからっていつも余裕ぶりやがって……
 まぁそうでもないんだけど、とぼんやり思いつつ、曖昧に笑っておく。
 僕としては、人前で堂々と好きな人の話を他人にできる方が羨ましい。
 実の兄が恋人で、なんて言われなければ誰も想像もしないだろうから嘘を混ぜて話したっていい気もするけれど、兄さんのことで嘘をつくのが嫌だった。
 最初からずっとわかっていることなのに、時々、兄さんが僕の恋人であることを、他人に永遠に秘密にしなくてはならないのが嫌だと感じることがあった。公言した後に生じる(かもしれない)さまざまな面倒を考えたら、永遠に、絶対に、誰にも言わないのが得策に決まっている。それなのに時々無性に、この人が僕の愛する人ですと言ってまわりたくなることがあった。
 無意識にため息をついた僕に、「なに、もしかして実は喧嘩でもしてんの」と的外れな問いが投げられた。
 面白そうな顔をする彼に、「違うよ」と笑って返したが、多分誤解されたままだろう。勝手に勘違いをしているだけなら害はないので、正さずに放っておく。
 もう一度ため息がこぼれて、慌ててカップに口をつけた。
 多分僕は、今さっき横を通り過ぎた幸せそうなカップルの姿にちょっとだけ傷ついている。
 普段はこんな風に考えることもほぼほぼないのに何故、と一瞬思ったが、おそらくクリスマスソングの流れる店内と、煌びやかな街の雰囲気に当てられているのだろう。
 恋人がいたって別に、「普通に」、不幸せを感じるものだよ、と思いながら、僕の感傷に気付かず、恋人ができたら……の話を嬉しそうに語る友人に相槌を打つ。



 アルバイトへ向かった彼と別れて帰路へ向かうと、スマートフォンが微かに震える。端末を確認すると、兄さんから週末のデートについて連絡が入っていた。さっきのカフェで感じていた妙な疎外感や感傷が少し癒えたのを感じ、我ながら単純だな、と思った。
 クリスマスから年始にかけて、今年もバイロンおじさんから実家に招集されていた。勿論それは回避ができないイベントだし、必ず実家に戻ってくること、を条件に家を出るのを許してもらっている立場なので仕方がないと諦めもついている。
 代わりに、今では兄さんと少し早めのクリスマスを過ごすことにしている。
 そう言うわけで、「クリスマスは家族と過ごす」と言うのも本当に嘘じゃない。
 去年のように兄さんとホテルに泊まるか悩んだけれど、クリスマスマーケットを少しだけ覗いたら家でのんびり過ごしたい、と兄さんが言うので、今年はそうする予定だった。
『いつもの休日と同じでお前にはつまらないかもしれないが……
 心底申し訳なさそうに兄さんは口にしたが、僕は別に兄さんがいればそれで良かったし、「クリスマスの空気は兄さんと味わいたいけど、人混みは嫌だ」と思っていたからむしろ大歓迎だった(去年はイルミネーションを見に出かけて、それはそれで綺麗で良かったけれど、お互いに人混みで疲れてうんざりしてしまった)。
 通り道のスーパーから買い物客が出てきて、ドアからクリスマスソングがまた耳を打つ。ふと視線を上げてしまってから、すぐに端末へ戻す。
 クリスマスが嫌いだった。昔は。
 楽しみだね、とメッセージを返信して、ため息をついた。
 白い息が街灯に照らされながら消えていくのを見ながら、マフラーを巻き直して、家路を急ぐ。
 クリスマスや観光地やデートスポットの類が嫌いだと感じていたのは、兄さんに告白する前までの話だ。十六で兄さんと想いが通じてからそんなことを思う必要もなくなったはずなのに、今夜は妙にあの人が恋しい。
 そういえば兄さんは、僕を恋人だと他人に話せないことをどう思っているのだろう。
 ふとした疑問が脳裏に浮かび、自己嫌悪に陥る。まるで兄さんを信じられないと思っているかのようだったからだ。
 別に今まで浮気をされたこともないのに、なんだってそんな風に思ってしまったのかはわからない。



 帰宅すると、一足早く帰っていた兄さんがキッチンで夕食を作っているところだった。温かい室内に、コンソメのいい匂いがかすかに漂っている。
 腰に巻かれたエプロンの紐をほどきたくなりながら、「ただいま」と後ろから抱きついた。火も刃物も使っていないことは確認済みだったけど、「こら」と軽く肘で僕を押しやるようにいさめて、兄さんが笑う。
「汚れるぞ」 
「洗うから大丈夫」
 調理を続ける兄さんの耳にキスしていると、もぞもぞと居心地が悪そうに身をよじられる。妙な反応だ。
 もしかして実は機嫌が良くなかったりする? と顔を覗き込みながらぎゅっと抱き寄せると、無言で視線が合う。
「キスしていい?」
 一応聞いてから、答えを待たずにキスをした。
 唇をすぐに離すと、「聞いておいて……」と不満そうな声が出たが、すぐに視線が僕から調理台へ戻る。なんとなく面白くない。
 お腹に回した腕に力を込めて、兄さんの肩に顎を置く。肩越しに「何作ってるの?」、と尋ねた視線の先では、鶏肉に塩胡椒がふられ、揉み込まれているのが見えた。浅い容器に移された肉の上に白ワインがかけられ、兄さんがまな板を洗う。
「白ワイン蒸し。暇なら先にシャワーを浴びてきたらどうだ?」
…………もしかして僕が邪魔、」
 否定して欲しくて尋ねた言葉に、兄さんが少し間を置いてから「まあ、そうだな」と口にする。
「そう言うこと言うんだ」
 手を洗いながら笑っている兄さんの耳にむっとして噛み付くと、こら、と濡れた手でお腹に回していた腕を外される。冷たい感触に思わずウワッ、と声が出た。
「出てくる頃には出来上がるから、先に入って来い」
 な? と冷たい手を今度は首筋に当てられ、飛び上がる。
 慌てて身を引きながら「そんなに邪険にしなくても……」とぶつぶつ文句を口にする僕に、兄さんが困ったように眉を下げた。
 機嫌が悪いのは僕の方だ、とそこで気がつき、急に恥ずかしくなった。
 もしかすると自覚なしにきつめの口調になっていたかもしれないし、そもそも調理中に構われて困らない人はこの世にいない。邪魔をしているのだから邪魔と言われても仕方のないことだった。
……シャワー浴びてくる」
 視線を逸らしてそそくさとリビングから逃げ出した僕に、「後で話を聞いてやるから」と優しい兄さんの声がかけられたが、返事もせずにドアを閉めた。


 シャワーでもやもやした感情をお湯と一緒に流すと、先ほどの自分の言動をいよいよ後悔する羽目になった。とは言え家から逃げ出すわけにもいかず、リビングへ戻ってくると、部屋全体に美味しそうな匂いが漂っていた。今夜はコンソメのスープと鶏肉の白ワイン蒸しとあとはなんだろう、と考えていると、食卓にはオリーブとチーズとバゲットがすでに並んでいた。
 キッチンに目を向ければ、炒められたたまねぎときのこの上に、カットされた鶏肉を兄さんが綺麗に並べているところだった。僕が眺めているのに気がついて、兄さんが視線を上げる。
「皿を用意してもらっていいか?」
 無言で頷き、二人分の食卓を用意する。スープの鍋をコンロから下ろし、テーブルの上の鍋敷きに置く。グラスを並べていると、兄さんが余った白ワインを同様に食卓に並べる。
 並べられたグラスの片方にワインを注ぎながら、「お前はどうする?」と兄さんが僕の顔を見た。
「僕も同じでいい」
 席に着く僕の言葉に頷き、兄さんがもう一つのグラスにワインを注ぐ。
 軽く乾杯をしてから、兄さんが沈黙を嫌うようにテレビの電源を入れる。動画配信アプリを立ち上げてオススメに表示されていた映画を再生しつつも、ボリュームを下げた。黙って食事をしていても、時々台詞が聞き取れない。
「それで」
 ボトルを空けた兄さんが、新しい酒を取りに席を立つ。冷蔵庫から今度はビールを取って戻ってくると、キャップを栓抜きで外しながら僕の顔を見る。
「何か嫌なことでもあったのか? ……いや、こう言う言い方はフェアじゃないな」
 瓶を咥えて一口、二口飲んでから、兄さんが難しそうな顔をする。言葉を選ぶように視線が少し彷徨い、僕に注がれる。
「昨晩はすまなかった。ただ本当に疲れていて——
 トングで鶏肉蒸しを皿に移しながら、申し訳なさそうな顔をする兄さんを横目で捉えていた僕は、唐突にも思える言葉に「昨日?」と首を傾げそうになった。首を捻る途中で、「ああ」と思い至り声が出る。
 思考が固まるのと同時に、無意識にトングを数回カチカチ鳴らしてしまってから、品のない行動に気づいて慌てて皿の上に置く。
「えっ……と、」
 こう言う時、なんて答えるべきなんだ? 別にセックスを断られるのは初めてのことではないのに、普段なら気にしない兄さんが気にするほど、今日の僕は顔や態度に出ていたのだろうか。
「僕のほうこそごめん。別にそのことは気にしていないよ。誓って本当。そういう日だってあるだろうし」
 と言いつつも、もしかするとそうだったのかもしれない、とかなり気まずい気分になっていた。なんとなく今朝から感傷的だった理由が判明してよかったような気もするし、たかがそんなことで……、と情けない気持ちにもなる。
「最近はお互い、スケジュールが合わなかっただろう。だから、お前が不安に思ってしまったのなら申し訳ないと思っている」
「いや、だから僕は気にしてないって——
 たかが三週間なのに深刻に考えすぎだよ、と笑い話に持って行こうとして、かつて三週間もしなかったことがあっただろうか、と逆に真剣に考え込んでしまった。
 キスはしている。同じベッドで眠ってもいる。別にハグだってしているし、手や口でなら、お互い触れてはいる。挿入はしていなかったけれど、これをセックスじゃないと言い切るのも個人的にはなんだか違う気がする。
 したくないかと言われればもちろん最後までしたい。だけど、パートナーに「したくない」と断られたら、引くべきに決まっている。
 僕だって疲れていてやりたくない時もある。……僕の場合は「自分で動くなら好きにして」なんて、ある意味投げてしまうことがあるから、もしかすると、兄さんにもそうであって欲しいと無意識に考えていたのだろうか。いや、きっとそうだろう。
 僕なら「使っていいよ」と言うのに(この態度自体が正しくないと言われれば反論のしようもない)、昨晩の兄さんは本当に僕を拒んで、そのくせ僕を宥めるように抱きしめて眠っていた。
 もちろん悶々としていた僕が簡単に眠れるはずもなかった。寝巻き越しの兄さんの体温と触れ合った肌の感触、髪や肌から香るにおい、疲れた横顔を眺めてさらに悶々として、見動きさえ取れれば勝手に擦り付けて発散するのに、と乱暴なことまで考えていた。現実ではあまりに強くがっしりとホールドされて動けなかったのだが。
 そう言うわけで、明け方にほとんど気絶するように眠ったし、起きた頃には兄さんがいなかったのでなんとなくずっと機嫌が悪かった、らしい。
「ごめん、自分の機嫌が悪かったことに今気づいた。嫌な思いをさせたよね」
「悪いのは俺の方だろう」
 俯き、頬杖をついて思わず呻く僕のテーブルに置いた手に、兄さんがそっと手を置く。恐る恐る触れるような手に、もしかして僕に嫌われたと思ってるのか? と顔を上げた。
 不安そうな兄さんの目と視線が合って、薄く唇が開かれる。
「今夜はどうだろうか。勿論お前が嫌でないのなら」
 なんで食事中にそれを言うの? と言いたいのをぐっと堪えて、「する」と一言だけ口にした。
 ほっとしたように「そうか」と少し恥ずかしそうにはにかむ兄さんの顔が可愛くて、ちょっとだけ腹立たしい。
 今すぐキスをしてそのまましたいのに、当の本人は安心して空腹を思い出したのか、さっさと食事に戻ってテレビのボリュームを上げている。
 肉を咀嚼する口許を見つめながら、一人で、早くその口に咥えて欲しいとどうしようもないことを考えていた。


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