ながひさありか
2023-12-02 00:57:35
4874文字
Public FF16-JC
 

覚悟のある話2(終)

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ティーンみたいな弟と終始ぽやぽやしている兄です。

 宿を取ろう、と言い出したクライヴに、ジョシュアは「え?」と首を傾げた。庭師たちに頼まれたお使いはさして遠出をしたわけでもなく、いつもの彼らであれば、馬を飛ばして夜半過ぎに帰還する予定だったからだ。
 もしかして他に何か頼み事でもされているのだろうか、とジョシュアが尋ねようとした瞬間、視線のあった兄が意味深に微笑んだ。思わず「え?」と再び声が出そうになり、ジョシュアは胸を押さえて押し黙る。
 さっきから現実の展開についていけない、とやや混乱しながら馬に跨り、兄の少し後ろをついて行く。
「宿って……
 気がついた時にはノースリーチで馬を下ろしていた。ジョシュアはなんとなく嫌な予感——もしかすると本来は喜ぶべきなのかもしれない——を覚えながら、街の人々と何やら談笑している兄を眺める。
 そっとジョシュアへ近づいてきた教団員に「なにか御用が?」と尋ねられ、首を振る。
 隠れ家のお使いをこなしてきただけだよ、と答えたジョシュアに、何かあればなんなりと、と謳うように答えて離れて行く。ちょうど会話を終えた兄が振り返り、「誰かと話していたのか?」と警戒するような顔をする。
「押し売りを追い払っただけだよ」
「ならいいが」
 なんとなく納得の行っていなそうな顔をしつつも、こっちだ、と兄がジョシュアに再び背を向ける。
 街の路地に入ってゆく兄を追い、顔を上げたジョシュアは「まさか」と再び嫌な予感に駆られた。なにやら会話をしている兵士と男娼の横を兄と共に通り抜けると、兵士の視線が顔に刺さる。その瞬間、「ちょっと! 僕と話している時に他人を見るなんてどう言うつもり!?」と男娼が声を上げた。
 ジョシュアはため息をつきたいのを堪えながら、歩みを進めて兄に並び、ちら、と表情を伺う。兄は二人の会話が気にならなかったのか、いつもと変わらない精悍な顔立ちに、これと言った感情は見えない。
 まさか「シド」とその男娼には見えていないだろうな、とジョシュアは妙な妄想をして顔を顰めた。
 服装からしてそうだとは思われないはずだけど、と思いつつも、よりにもよって宿と称して娼館に向かっている兄の神経、というより思考は疑わざるを得なかった。
 娼館を訪れると、現れた女主人がジョシュアを見て「あら、今日は随分と美人を侍らせてるのね」と揶揄う。
「弟だ」
 苦笑するクライヴに、女主人——イサベルはジョシュアへもう一度視線をやり、へぇ、となんだか全てを理解したような顔で笑った。
 ジョシュアはじっと瞳を見つめてくる彼女の視線に居心地の悪さを覚えつつも、何も気づいていないふりをして挨拶を返す。
「部屋を一室借りたい」
「借りるって、うちは娼館よ?」イサベルは微かに眉を寄せながら、ジョシュアへ向けていた視線をクライヴへ戻した。「それとも、弟くんに色々と教えて欲しいってことかしら」
 いい子なら男でも女でもうちにはいるけれど、と続けながらジョシュアへ視線を戻しかけたイサベルに、「いや僕は」、と慌ててジョシュアが口を挟むより前に、「そうじゃない」とクライヴが彼女の視界を遮るように手を掲げる。
「他では相談できないというか——」クライヴはジョシュアをちら、とみやり、すぐにイサベルへ視線を戻した。「少し都合が悪い。詳しくは後で話すから、取り急ぎ部屋を用意してもらえないか。もちろん代金は上乗せする」

   *

……なんでこんなことに?」
 娼館の一室に残されたジョシュアは、兄と女主人が揃って部屋を出ていくのを見送ってから、疲れたようにつぶやいた。
 後で食事をもらってくるから先に風呂にでも入っていてくれ、となんでもないように出て行った兄の思惑がわからない。代金の交渉をするのだろうと言うことは察せられたが、そもそも宿を取るだけならイサベルの言った通り、別に娼館にする必要はないはずだった。
 ジョシュアはもう一度ため息をつき、広すぎるソファへ腰を下ろす。服を寛げて天井を眺めるようにばったりと倒れ、暫く目を閉じた。
………………
 この歳になってまさか微かに聞こえてくる喘ぎ声が気になるわけでもないが、と考えつつ、とりあえず言われた通りに汚れを落とすか、とソファを降りて風呂場へ向かう。

 汗を流して風呂場から出てくるのと、兄が部屋へ戻ってくるのはほとんど同時だった。夕食となにやら随分と物の入った箱を抱えて戻ってきた兄に、「何をもらってきたの?」と尋ねると、「後で使う物だ」と穏やかな声が返ってくる。
 食事の前に汗を流してくる、と横を通り抜けた兄が、戯れのようにジョシュアの頸に触れた。思わずビクッと体を跳ねさせたジョシュアに、悪戯の成功した子どものような顔でクライヴが笑う。
「兄さんっ」
 文句を口にしたジョシュアから逃れるように、兄がするりと風呂場へ消えて行く。
……人の気も知らないで」
 わかっていてやっているのかも、と思いつつも、ジョシュアは触れられた頸を手で隠す方にしながらなんともいえない腹立たしさで顔を熱くした。弱い炎で髪を適当に乾かすと、手持ち無沙汰と浮ついた気持ちを沈めるために、兄が運んできた夕食の準備をする。と言ってもパンと干し肉に、チーズ、豆に果物がいくつかと酒だけの簡素なものだった。
 先に酒を入れて気を紛らわせて置こうか悩んでいると、汗を流した兄が風呂場から出てくる。
「準備しててくれたのか?」
「並べただけだよ、」
 振り返って、しまった、とジョシュアは思わず視線を逸らした。軽装の兄の姿を見慣れていないのもあったし、蝋燭の炎を反射する濡れた黒髪が普段より艶やかで、大きく開かた胸許がしっとりと濡れているのが目の毒だった。
「どうした?」
「なんでもない」
 答えつつ、視線を逸らしたまま兄の顔を見ることができない。
 クライヴはジョシュアの反応に少し首を傾げてから、「ともかく食べよう」と椅子を促した。何故かジョシュアの隣にわざわざ椅子を引きずってくる兄に「隣?」と思ったものの、それを問うことはできなかった。



 意識しないようにしよう、と思えば思うほど五感が鋭くなって行くことに頭を抱えたくなりながら、ジョシュアは勢いよく杯を傾けた。
 よくよく考えなくても兄さんってセクシーすぎるのかもしれない、と頭の煮えたことを考えながら、ジョシュアは兄がパンをちぎる指先や、物を飲み込むために開かれた口や、エールを嚥下して動く喉をじっと見つめてしまう。指についた脂を舐める兄のかつてからは考えられない行儀の悪さにいちいち驚いてしまうのと同時に、赤く濡れた舌先に勝手に興奮してしまう自分のあさましさに頭痛を覚えていた。
 今日好きだと伝えて、許してもらっただけなのに。いやでも恋人になってくれるってことだよなあれは……とぐるぐる考えつつ、兄さんごめんなさい、と本人ではなく、頭の中で兄に謝罪しながら、ジョシュアは何度目かのため息をついた。
 果たして今夜何があると言うのだろう、と期待半分、もしかしたら何もないかもしれない、と不安半分で食事がうまく喉を通らない。酒ばかり傾けていると、唐突に杯を兄が奪う。
「顔が赤い。お前、あんまり強くないだろ? これはその辺にしておけ」
 不満を口にしようとしたが、酔って前後不覚になる方がまずい気がして、ジョシュアは渋々頷いた。
 代わりに、と渡されたアルコールのかなり弱い、温いエールに口をつける。
「ところで……、どうして今夜はここに?」
 ようやく当初の疑問を思い出して口にすると、兄は「ああ……」と呟いて、少し恥ずかしそうに目を伏せてしまう。
……え?)
 もしかして本当に「そういうつもり」なのか? いやまさか、当日のうちになんて浅慮なことを兄さんがする筈が………………——、と、考えていたジョシュアの肩に、そっと手が置かれる。
 思わず視線を上げたジョシュアの眼前に、曖昧な微笑を浮かべた兄の顔がある。ゆっくりと走馬灯のように瞼が下ろされ、思わず、釣られるようにジョシュアも瞼を下ろす。
 予想と違わず唇が触れて、何度か優しく啄むように唇が離れては触れて行く。
 腰が引けて、椅子が動く。毛の長い絨毯に音が吸い込まれて、不快な音が立たない。唇が触れて、離れて、微かな水音と吐息がジョシュアの鼓膜を打つ。
 左胸に指先が軽く置かれ、そっと指先でさするように上から下へと下りて行く。
「っ、に、兄さ……
 思わず手首を掴んで制止してしまうジョシュアに、「どうした?」とクライヴが不思議そうに口を開いた。
 兄の唇が濡れて、てらてらと光っている。
 ジョシュアはさっと視線を逸らし、えっと、と僅かにクライヴから体を離した。これ以上近くで見るのは、自分の心臓が耐えられそうになかった。
「少し、驚いたと言うか……現実だと思えなくて」
 本当は少しどころではなかったが、下手な強がりでそう答えていた。
 クライヴはジョシュアの返答に、ゆっくり、二度瞬きをすると、もう一度顔を寄せて、弟の形の良ち唇に口付ける。
「夢じゃないかって?」
 ぺろりと唇を舐めながらクライヴが尋ねると、白皙の美貌がじわじわと赤く染まって行く。恥ずかしそうにうろうろと視線を彷徨わせながら、無言で首肯するジョシュアの反応が可愛いくてしょうがなかった。
 とはいえ、素直に口にすればきっと怒ってしまうだろう、と感想は胸に秘めたまま、クライヴはいそいそと自分の服に手をかけた。
「え?」
 シャツを脱いだところで、ギョッとしたようにジョシュアが声を上げる。
「まっ、兄さん、あの、待って」
 もしかして俺だけ脱いだのが恥ずかしいのか? とジョシュアのシャツを脱がそうと裾から手を入れようとすると、慌てたようにガシっ、と手首が掴まれる。
「兄さん!」
「脱がずにしたいのか?」
「え?」
 お前がそうなら構わないが、とそのまま椅子を下りようとするクライヴに混乱しつつも「待った!」ともう一度声をあげる。
「ええと、な、にをするつもり……?」
「なにって、俺とお前は恋人同士になったんだろう」
 不思議そうに首を傾げる兄の言葉に一瞬嬉しくなったジョシュアだったが、ハッとして「それはそうなんだけど、……」と物の挟まった物言いをする。
「しないのか?」
「今日の今日じゃないか……
「なにか問題があるのか? 恋人同士になったのなら、したくなるものだろう?」
「ごめん、ちょっと、ちょっとだけ待って」
 そんな即物的な、と妙なショックを受け、ジョシュアは思わず片手で顔を覆った。
 別に即物的な感覚を否定したいわけでもないし、そう言う気質の人がいることはわかっているのに、兄の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
(確かに兄さんはベアラー兵として十数年間を過ごしてきたんだから、思考が世俗に毒されていても別段不思議はないけど……
 勝手に築き上げていた兄の幻想がガラガラと音を立てて崩れて行くような感覚に唸っていると、クライヴがそっとジョシュアの手を取った。
「その、迷惑だったなら悪かった。てっきり、お前は俺とセックスがしたいんだとばかり……
 そんなつもりじゃなかったのか、と後悔を滲ませた恥ずかしそうに告げる兄の表情にムラつかなかったとは、ジョシュアには言えなかった。
「正直に言えば今日の今日でそんなことを言われたのはショックだったけど……
 いずれするつもりはあるのだし、それが今夜になったところで何も問題はないはずだった。
 何より、こんな風に露骨に誘われて、その気が実はあるのに拒絶なんてしてしまえば、こんな風に兄から誘ってくれる機会はもうないだろうと何故か確信していた。
「したくないかって言われたら、したい、です……
 何故か敬語になってしまったことに気づいたのは、嬉しそうに笑った兄に腕を引かれ、腰を抱えられて、ベッドに投げ出された後のことだった。


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