ながひさありか
2023-11-29 12:20:44
2594文字
Public FF16-JC
 

覚悟のある話1

いつも通り兄はジョシュア全肯定受け入れ体勢です

 隠れ家の庭師たちに頼まれて、いくつかの花や草木を摘みに行く兄に同行すると申し出た時には、もう心に決めていた。いつまでもうだうだしているのはジョシュアの性に合わない、と言うより、そんな風にのんびりしていられるほど余裕がない、と言うのが正しい。
 兄が少し多めに花を摘み終えて、「こんなものか」と腰を上げたその瞬間、ジョシュアは「ねぇ兄さん」と声をかけた。
 ん? と花をしまいながら振り帰った兄に近づくと、「ちょっと話があるんだけど、いいかな」と口にする。
 緊張を隠し、いつも通りのなんでもない態度を心がけたつもりだったけれど、ほんの僅かに声が上擦っていた。瞬間的にジョシュアの心臓が跳ねたが、兄はそれに気づかず、不思議そうな顔をして微笑んだ。兄の昔と変わらない、眉を少し下げた優しい表情に、ジョシュアは思わず見惚れそうになる。
「別に構わないが、改まってどうしたんだ?」
 摘んだ花を手に硬直しているジョシュアの手許を見下ろしたクライヴは、自分に花を渡そうとしているのか、と考え、弟の手から花を受け取る。
 そういえばほんの子どもの頃、中々部屋の外に出られなかったジョシュアは、調子の良い日はバルコニーから庭を眺めたりしていたな、とクライヴが唐突に過去を懐かしんでいると、「あの」とジョシュアがクライヴの腕を掴む。
 過去を振り返っていたからか、クライヴは顔を上げて目に入った弟と、いつの間にか目線が同じ高さになっている違和感にはじめて気がついたような気分に陥った。緩く巻いた金髪も輪郭の甘さも、まだ少し子どもの頃の面影があるが、眦の鋭さや鼻筋はすっかり大人のそれになっていた。
 クライヴにとってはいつまで経っても小さくて愛らしい弟として写ってしまう瞬間もあったが、立派に成長した姿をこうして視界に収める幸福を何度目か噛み締めた。
 そんな風に一人で感動しているうちに、クライヴは腕を掴んでいる弟が随分と緊張した面持ちをしていることに気がついた。白い頬もやや赤くなっているような気がし、もしかして熱でもあるのか? と不安になる。
 大丈夫か、と確かめようとして、「兄さん、」と先にジョシュアが声を上げる。
「こんなことを突然言われて驚くかもしれないけれど、僕は兄さんのことを……
 強い風が二人に吹きつけて、ジョシュアの言葉が途切れる。髪が乱れて、クライヴが鬱陶しさに顔を顰めながら前髪を払っていると、ジョシュアがぐいっと腕を引き、顔を近づけてくる。
 クライヴの顔を覗き込むように顔を寄せてきたジョシュアの、湖水のように透き通った青い瞳に、微かに熱が見える。ジョシュアの緊張が突然うつり、クライヴは訳も分からず息を呑んだ。
「聞いて。ねぇ兄さん、僕はね、——あなたをまるで他人みたいに愛してるんだ」
………………
 ぱちぱち、と音がしそうなほど、クライヴは瞳をゆっくり瞬かせて、何を言われたのかはっきり理解しようとした。
 他人みたいに? と頭の中で繰り返して、言葉の奇妙さに眉を寄せる。
 家族同然だとか、まるできょうだいのように、と言う言い回しには聞き覚えがあったが、ジョシュアの言葉にはなんとも言えない奇妙な印象を覚えた。
「どう言う意味だ?」
 困惑するクライヴに、ジョシュアは落胆を浮かべずに苦笑した。そう言うと思った、と顔に書いてあり、クライヴは己の鈍さに狼狽しつつも、もう一度ジョシュアの言葉を頭の中で繰り返した。
 やはり、よくわからない。
「どうも何も、言葉の通りだよ。僕はあなたのことが好きで、あなたを愛してる。別に兄だと思っていないとかそういうことじゃなくて、僕の大事な兄さんであることに変わりもないよ。わかってるけど、それでも、そうじゃなかったらいいのにと思うほど愛してるんだ。それだけ」
「そうか……
 思わず口から溢れた言葉に「他に言うことはなかったのか?」とクライヴは自分でも呆れそうになったが、すぐには他の言葉が出てこなかった。
 ジョシュアの言葉を噛み砕くのに苦心していると、掴まれていた腕からジョシュアの手が離される。落胆を誤魔化すように笑って肩をすくめたジョシュアが、「ごめん」と吹っ切るように声を上げる。
「こんなことを『弟』に言われたって困るのはわかってたけど、どうしても言っておきたかったんだ。……ごめん、頭を冷やしてから帰るから、兄さんは先に戻ってて」
「待て、ジョシュア——
 クライヴは逃げるように背を向けたジョシュアの腕を慌てて掴む。
 すぐさま勢いよく振り解かれるが、それでも尚も弟の腕を掴んだ。
 こうして引き止めることが、どう言う答えに繋がるのかは自覚していた。
「勝手に結論付けるな」
 振り返ったジョシュアが口を開く前にクライヴが強い口調で発すると、ジョシュアは柳眉を逆立て、唇を引き結ぶ。
「とりあえずお前の気持ちはわかった。別に否定はしない。ただ、俺にも少し考える時間をくれ」
 いいな? と念を押すクライヴに、ややあってから、
……わかった」
 とジョシュアも頷く。
 よし、とクライヴが呟いたかと思うと、ジョシュアの腕を掴んだまま思考に落ちる。
………………
……………………
……………………………ええと。兄さん、まさかとは思うけど、『少し』って今、ここで?」
「何か問題でもあるのか?」
 真顔で返答する兄に、勿論あるよ、と言い返す気力も失せて、ジョシュアは「ないよ……」と力なく答えた。
 ようやく腕から手を離されたジョシュアは、握られた力強さのあまり痛みに痺れた腕をさする。
「考えてみたが」
 いや本当に早っ、とジョシュアは腕ををさすったまま、諦めて顔を上げる。兄の妙な思い切りの良さは再会してから幾度となく眺めていたので、どうせここで何を言っても無駄だろうとわかっていた。
 先刻の様子からして、気味が悪いと拒絶はされなそうだ、と安堵していたからか、もうどうにでもなれ、とジョシュアは少しだけ投げやりに思う。
「つまりお前は、俺に恋人になって欲しいということか?」
 真顔で尋ねてくる兄に、なんでそういうことははっきり言うんだよ、と文句を言いたいのを堪えて首肯する。
 クライヴはジョシュアの恥ずかしそうな表情を見つめながら、なんだ、そう言うことだったのか、と微笑んだ。


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