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愛してるってなんだったんだ?
キスをして別れる前に聞いておくべきだった疑問をクライヴが思い出したのは、帰宅して即眠り、陽の落ちる頃にようやく目を覚まし、ベッドの上でぼんやりと昨晩のことを思い返している時だった。
ジョシュアとはまだ、二回会ってセックスをしただけの仲だった。確かに他愛もない話はしていたものの、お互いに住んでいる場所も知らないし、なんなら年齢だって知らなかった。
クライヴは枕の脇に置いていたスマートフォンを取ると、トークアプリを開いて、「マルガラス」の表示名をジョシュアに変更する。
そういえばこの赤い鳥のアイコンも「どうしてこの絵に?」と聞きたかったことを思い出した。別にアイコンに何を設定しようが自由で、普段は誰のものも気にならないのに、どう言うわけかこの絵だけは理由が知りたかった。
「
………………………」
おはよう、と送るべきか五分迷って、打ち込んでから、挨拶以外に何を書けばいいんだ? と悩んでしまう。《昨日は楽しかった》? なんとなく思い浮かんだ言葉を打ち込んでみるが、昨晩を思い出すと、ジョシュアとのセックスがよかったと言っているだけのようで急に恥ずかしくなった。もちろん彼とのセックスは、クライヴが繰り返し使っていた妄想の中よりずっとよかったのだが。
そこまで考えて、昨晩ジョシュアがどんな風に触れて、どんな声で囁いてきたのか思い出してしまい顔が熱くなる。
無難に「また会いたい」とだけ書いておくか、と一人で恥ずかしくなりながら打ち込んで、送信する。直ぐには返ってこないだろう、と勝手に決めつけて、ベッドを降りる。
「なんだよ、愛してるって
……」
無意識に唇に触れながら、クライヴはため息をついた。
たった二回しか会っていないのに、もしかしてお互いに一目惚れしたようなもんなのか? と自分に都合のいいことを考えた。
「十代じゃあるまいし
……」
自分の思考が恥ずかしかった。
今まで散々、週末にその場限りの快楽は得てきたけれども、どれも二回目には繋がらなかった。相手から望まれたことはあったが、誰もピンと来なかったのだ。もしかして自分はそういう人間なのか? と思いつつも、唯一無二の誰かがどうしても必要な気がしていた。正直なところ週末のコレは悪癖だと感じ始めていたが、やめられなかった。
ずっとそうだったのに、どうしてジョシュアとは別れた直後から、こんなにも強烈に会いたいと感じていた
——いる、今も
——のかがわからない。
『あなたは運命って信じる?』
ジョシュアが最初の夜に口にした言葉を思い出し、クライヴは「運命」と自分でも口に出してみる。
他の誰がそんなことを口にしてもばかばかしいとゾッとするだけに決まっているのに、ジョシュアのその表情が今も鮮明に焼き付いていた。
*
「やっぱりよく似合ってる」
クライヴの左耳にはまったイヤーカフに触れながら、ジョシュアが鼻歌でも歌いそうな口調で笑った。
三回目のセックスの後、シャワーを浴びて出てきたクライヴをベッドの上に再び招いて、おもむろにジョシュアがクライヴの耳につけてきたものだった。
その時のジョシュアはどこかうっとりした表情であまりに幸福そうだったから、思い入れがあるのかどうかは知らなかったが、それからデートのたびに外せずにつけている。
イヤーカフのデザインがお揃いだということ気がついたのは、四回目のデートの夜だった。
(あんまり人前で触るのはやめて欲しいが)
食後酒を運んできた給仕係がどことなく居心地の悪そうな顔をしているのをなるべく見ないふりをして、クライヴはじっとジョシュアの整った顔立ちに浮かぶ、とろけるような笑みを見つめた。
それにしたって指輪じゃないものを贈りたがるなんて珍しいな、とクライヴはなんとなくずっと不思議に思っていたが、別段、指輪が欲しいわけでもないので、その疑問は今まで口にしたことはない。そのうち聞いてみようと思いつつも、永遠に忘れていそうな気もする。
「くすぐったいからやめろ」
放っておくといつまでも耳を触っていそうなジョシュアに苦笑して首を振り、「俺もお前に渡したいものがあるんだ」と紙袋をジョシュアへ渡す。
クライヴが週末のたびにジョシュアと会うようになって半年が経っていた。
その間に何度かお互いの自宅に行き、週末を長く過ごすうちに、どうしても離れがたい気持ちがどんどん強くなっていた。
一緒に住まないか、とクライヴが持ちかけたのは先月のことで、その瞬間、ジョシュアは持っていた紙カップを落として床にコーヒーをぶちまけていた。
二人で床を拭きながら、ジョシュアが何度も「今更冗談とか言わないよね?」と確認してきたのは少し意外だった。クライヴからしてみれば、なんだかジョシュアはいつでも余裕そうに見えて、さっさと捕まえておかなければどこかへ行ってしまいそうな気がしていたのだが、どうやらそれは違っていたらしい。
年齢も知らないままデートを重ねた五回目の夜に、ジョシュアがクライヴより五歳も年下だったことを知って驚いたが、何故かそれがしっくりきた。
そうだよな、お前は俺より五歳下だとなんとなく思っていた。よくわからない感想をそのまま口にしたクライヴに、ジョシュアは少しだけ意味深に瞳を細めてから、「でしょう?」と何故か得意そうに笑っていた。
「プレゼント? 僕に?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
嬉しそうに表情を緩めるジョシュアの顔を見ながら、クライヴは袖の中に隠していたブレスレットをそっと手首の近くに移動させた。
新居の契約も無事に終わり、再来週には引っ越しを控えている。クライヴは新居の鍵がボトムのポケットに入っていることを指先で確かめてから、包みを開けて何故か固まっているジョシュアに視線を向けた。
「き、気に入らなかったか
……?」
赤い革と同色の石のついたブレスレットを見つめて硬直していたジョシュアが、クライヴの言葉にハッと顔を上げる。
ジョシュアは目を見開いてクライヴを数秒見つめてから、音もなく唇を動かす。それを読み取ることができず、「なんだって?」とクライヴは尋ね返す。
「あ、
……ええと、そうじゃないよ。こう言うものがちょうど欲しかったから、頭の中を読まれたのかと思って驚いたんだ」
ジョシュアの取り繕った笑顔に、クライヴはなんとなく嘘だな、と感じた。けれども、「欲しかった」の言葉に偽りはないのか、ジョシュアは自分の手首にそれを通し、微かに頬を紅潮させながら、何度も存在を確認するかのように手首を捻っている。
瞳をきらきらさせながら手首を眺めているジョシュアの姿に、クライヴは「まあいいか」と違和感を忘れることにする。
「っ、」
ブレスレットをつけた自分の手首をじっと見下ろしていたジョシュアが、唐突にそれに口付ける。伏せられた目をそっと開いて、切れ長の瞳をクライヴに向けてくるジョシュアに、クライヴの心臓が跳ねた。
「もろちん僕とお揃いのものをクライヴも持ってるんだよね?」
「
……どうしてわかったんだ?」
実はお揃いなんだ、とねたばらしをする前に、さも当然のようにジョシュアに尋ねられて、上げかけていた腕を思わず下ろしてしまう。
「お返しかなと思って」
テーブルの下で左腕をそっと掴まれて、クライヴは思わず息を止める。
ジョシュアが「やっぱり」と指先でクライヴの手首にはまったそれをなぞりながら嬉しそうにこぼすのを聞いて、喜んでくれるならいいか、と観念する。
手首を掴まれたままテーブルの上に置き、「お前とお揃いのものが俺も欲しかったんだよ」と誤魔化すように空咳をして、グラスを口に運ぶ。
クライヴはいつもより随分と早くアルコールが回ってくるような感覚を覚えたが、どう考えてもこの程度で酔うはずもない。
隣のジョシュアの存在に心臓がさっきからうるさく跳ねていて、こんな調子で一緒に住んでもつのか? と思わなくもなかったが、これは幸せな悩みだった。
「ねぇクライヴ」
クライヴがグラスから唇を離すのを見計らって、ジョシュアはクライヴの頬を撫でる。
「僕はあの日、あなたを見つけられてよかったと心の底から思ってる」
冬の湖のような薄氷色のジョシュアの瞳に熱が灯り、クライヴの瞳を真っ直ぐに捉えた。
「俺たちは出会う運命だったって?」
揶揄うように笑ったクライヴに、ジョシュアはいかにも真剣そうな表情で頷いてから、幸福そうに眦を緩めた。
「だからずっと一緒にいよう」
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