おじさんの家で補給物資を受け取る傍ら夕食に招待された。思い出話に花が咲くのはいつものことだが、記憶にない幼い頃の話をされるのはなかなかに居心地が悪い。
なんでも、僕の記憶には全くないが、兄さんは僕が二歳になるまで殆ど僕にべったりだったらしい。と言ってもこれは時々ロザリス城を訪れていたバイロンおじさんの話なので、父上にも母上にも構ってもらえない時間、僕と兄さんが二人きりで遊んでいただけの話のような気もする。と思っていたのだが、おじさんが(恐らく)本来は兄さんを揶揄うつもりで酒の肴としてバラしたネタを、当の兄さんが「そうでしたね」と穏やかに肯定してしまった。
そうでしたね、でいいのか? なんとなく気まずくなり、杯で顔を隠しながらちらりと兄さんを伺う。兄さんの表情には羞恥の色もなく、おじさんの思い出話になにも思うところがないのか、「あの頃のジョシュアはちょっとハイハイしたくらいですぐに熱を出して寝込んでいたから、心配だったのを覚えていますよ」なんて懐かしそうに口にしている。
僕は生まれた時から全部兄さんに知られているのに、僕が兄さんの生まれた頃の姿を知らないのってなんだか不公平じゃないか? なんてどうにもならないことを考えているのは、明確に恥ずかしいからだ。
おじさんも「そういえば……」、と言う表情をしながら僕に視線を向け、大きくなったなぁと言いながら突然涙ぐむ。次に出てくる言葉は「兄上にも見せたかった」だろうなと考えているとその通りの言葉が出てくる。たしかに僕も父上に会いたい気持ちはあるが、話題の遷移のせいでどうにも複雑な気分だ。
お酒を飲みすぎて顔が真っ赤になっているおじさんとは対照的に、同じくらい飲んでいるはずの兄さんの表情はいまだに変わらない。
おじさんは父上を懐かしみながら甥の僕たちが「立派に」成長したことに感極まってとうとう泣き出してしまう。兄さんが苦笑しながら宥めていると、わしはな、とおじさんが泣きながら兄さんの顔を見る。しばらくじっと顔を見つめていると、話題が戻らずに「お前もかつてはあんなに小さかったのにな……」、と子どもの頃を懐かしむターンにまた戻ってしまう。面倒なパターンに入ったかもしれない。
「おじさん、飲み過ぎですよ。そろそろ部屋に行きましょう」
ほら、と兄さんが無理やりおじさんを立たせて肩を担ぐ。まだ飲めるわい! と暴れるおじさんを「はいはい」と適当にあしらいながら、部屋の外で待機していたラザフォードにおじさんを渡す。
「わしはなクライヴ、お前さんが…………で、……………………、……」
ラザフォードに預けられて不満そうなおじさんが、呂律が回らない口調で兄さんに何かを言う。残念ながら酔っ払ったおじさんの相手はしてられない、と椅子から立ち上がらなかった僕にはうまく聞き取ることができなかったが、兄さんが眉を下げて苦笑したことだけはわかった。
ラザフォードが申し訳なさそうに兄さんからおじさんを受け取り、むにゃむにゃ言っているおじさんを寝室へ引きずって行く。
「……最後のなんだったの?」
兄さんが椅子に座ってから尋ねると、「うん?」と不思議そうに尋ね返される。
「おじさん、最後に何か言ってたように思ったけど」
「ああ。大したことじゃないが——まあ、おじさんの心配の通りになったと言うわけにもいかないから、困ってしまっただけだ」
「心配の通り?」
なんだか穏やかな話じゃないような、と思わず声を潜めてしまう。
兄さんは少しだけ悩むような顔をしてから、まあいいか、とぽつりと呟いて、耳を貸すよう顎ををしゃくる。
体を寄せて耳を口許に近づけると、「おじさんは俺がお前を好きすぎて、いつか間違わないかと心配だったらしい」と特に感情の乗らない声で言う。
もう間違ってはいるしなあ。のんびりした声で、なぜか少しだけ嬉しそうに兄さんが言う。たしかにもう僕たちは行くところまで行ってしまったので、間違ってはいるのだが。
何度か兄さんの言葉を頭の中で反芻するが、言葉が出てこない。と言うか反応に困る。
「……………………………知らないんだけど」
なんとかそんな言葉を絞り出すと、兄さんは肩をすくめながら、もう何本目かわからないワインを開封して杯に注ぐ。
「お前は小さかったから、覚えていないんだろう」
改めて言うまでもなく、もちろん、僕の記憶におじさんが言うほど溺愛された思い出はない。……と思うが、兄さんが僕に甘かったのも事実だし、優しかったのも事実で、そのことを指しているのか? とも思うが、それだけでそんなことを言われるとは思えない。今すぐ兄さんの頭の中を覗きたいが、覗けるわけもない。
「別に、お前にしょっちゅうキスしてたとか、その程度だよ。おでことか、ほっぺたとか」
「………………………………」
それはその程度で片付けていい話なのだろうか、本当に。たしかに家族の挨拶としてはするけど、とぐるぐる一人で悩んでいると、兄さんが考え込んでいる僕の目尻にキスをする。
「……こう言う風に?」
首肯する兄さんを見ながら、頭の中で二歳と七歳の僕と兄さんを思い浮かべた。微笑ましいような、健全なようなそう言うわけではないような……、と真剣に考えてしまう。
「え?」
考えている途中で、そもそもに気がついた。
「それって、僕が二歳の頃にはそう言う風に好きだったって言ってる?」
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