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ながひさありか
2023-08-04 12:50:32
3958文字
Public
FF16-JC
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またはないかもしれないけれど、それではまた。
不要になった遺書が見つかってしまうジョシュアの話です
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「
……
もしかして読んだ?」
恐る恐る尋ねた僕に、兄さんはベッドの上で封の切られた封筒を片手で持ち上げたまま「あー、いや
…………
まだだ」と視線を逸らして答える。
こうやって視線を逸らすのは、兄さんが嘘をつく時のくせだということを知っている。と、言うことは手紙は完璧に読まれてしまったのだろう。正直に言って気まずいが、さてどうしよう。
オリジンに向かう前、僕は遺書を書いていた。兄さんには皆の所に帰るんだ、と言ったが、それはきっと無理だろうと自分が一番よくわかっていた。それと同時に、兄さんだけは生きて帰るのだと信じていた。
遺品の整理をしなくていいよう、生活用品も最低限に処分していたが、僕が個人で収集した他愛のない本だけは全て残していた。兄さんが読むだろうと思ったし、読まなければ子供たちに渡してもいいと思っていた。だけど多分、兄さんはこの本だけは手元に置いておくような気がした。「聖女と使徒」。バイロンおじさんと二人でよく兄さんがごっこ遊びをしていたのを知っている。遺書はその本に挟んでいた。
考えたくもないことだが、兄さんがアルテマと相打ちになったのであれば、兄さんの代わりにジルが読むことになるだろうと思っていた。けれど、ジルになら読まれてもいいか、とも思っていた。兄さんに関するありとあらゆることを、僕だけは彼女に許してもらえる確信があったから。
勿論兄さんには僕が死ぬ覚悟を決めている、だなんて態度は見せないようにしていた。だからきっと、遺書があったことだって知らないだろう。そんなものはない方がいいに決まっていた。
なのに、どう言った魔法が使われたのか、完全に止まった筈の僕の鼓動は今もこうして動いていて、それどころか幼少時から全身にまとわりついていた不快で鈍重な感覚もなく、常に明瞭ですっきりとした健康体そのものになっていた。正直に言って具合の良かった日のほうが少ない人生だったので、まだ体の軽さに違和感を覚えている。
——
その代わりのように、兄さんは体の調子があまりよくないらしかった。左腕の肘から先が石化してしまっていることもあり、体力自体も僕より断然回復が遅い。
兄さんがアルテマを倒し、「新世界」となった今、僕たち《大罪人シドの一行》は各地の混乱を宥めつつ人々の生活支援をしていたりするのだが、兄さんはまだ、日の半分は眠っているような状態だった。
タルヤが止める必要もないほどで、今は隠れ家の中を歩き回るだけで疲れてしまうらしい。
今までが働きすぎなんだからゆっくりしててよ、と笑う僕に、「お前こそ」と兄さんが不満そうに言う。けれども僕は本当に、いっそ恐ろしいまでに五体満足だった。兄さんが口を割らないので僕自身も何が行使されたのかは知らなかったが、きっと兄さんは死ぬまで教えてくれないのだろう。
……
そう言うわけで、僕はすっかり遺書のことを忘れていた。
だから、暇を持て余した兄さんに「本をいくつか貸してくれないか」と言われて、適当に、本当に何の考えもなく、本棚の左端から五冊ほど取って貸してしまった。そのうちの一冊に遺書を挟んでいたことを忘れて。
夕食の後、兄さんの部屋に本を持って行き、自分の部屋に戻って僕ものんびり本でも読もう、と数十ページを読み進めた所で、ようやくその事実を思い出した。
運が良ければまだ読んでいないかも、と思いつつ慌てて兄さんの部屋を再訪したのだが、運は悪く、すでに手紙は読まれていた。
「いいよそんな嘘つかなくても。
……
読んじゃったんでしょ?」
「
…………………………
いや、
……
なんだ、その
……
俺宛てだったから、つい
……
」
気まずそうに視線を逸らして俯く兄さんに、いや僕の方が恥ずかしいんだけどな、と思いつつ、読まれてしまったものはもうどうしようもないので、さてどうやって冗談に持って行こうか、と考えていた。実は何度も推敲し書き直したせいで、手紙に何を書いたのかは一言一句覚えてしまっていた。
そのせいで、兄さんが頭を抱えてしまっているのは何故かなんて考えなくてもわかっていた。と言っても、一応、どちらでも受け取れるようには書いたつもりだった。
「遺書がないよりあった方がいいと思って、念のため用意してたんだ。だけど僕はこうして生きているから、そこに書いてあったことは、その、気にしないでいいよ」
兄さんに近寄って手紙を抜き取ると、あ、と兄さんが顔を上げ、僕の手から手紙を取り返した。その反応が意外で、え、と声をあげてしまう。
「
……
お前が俺に宛てたものだろう」
「そうだけど
……
、でも、そこに書いてあることは結局全部不要になったから」
だから返して、捨てておくよ、と兄さんの手から再び手紙を取り返そうとすると、ムッと眉を寄せて、兄さんは素早い動きで手紙をベッドサイドの棚にしまってしまう。
迷惑な筈なのに、僕が書いたからって取っておきたいのかな、と自惚れるのと同時に、どうせ無理なのに期待させないで欲しいな、と少しだけ胸が悪くなる。
僕が手紙に書いたことはそう多くなかった。
もしヨーテが教団を抜けて自分のために生きたいと言ったら最大限支援してあげて欲しいこと。僕の遺品は使えるものは隠れ家で使って、そうでなければ全て捨てて欲しいこと。できれば僕のことは忘れて今度こそ兄さんは自由に生きて欲しいこと。それから、僕は兄さんを愛していると言うこと。生きているうちに伝えられないことだったから、できればこの手紙は読まれずに捨てられることを願っている。
よくよく考えなくとも、読まれずに捨てられて欲しい、と生きているうちに愛していることを伝えられないの二つは、書かなくてもいいことだった。
悩んだ末に残してしまったけれど、多分、僕は結構追い詰められてまともな判断ができなくなっていたのだろう。僕がいなくなってからこんなものを読まされる兄さんの気持ちを考えたら、こんな言葉は残さないのが正解だった。
兄さんが僕を家族として愛していることは痛いほどわかっていたし、僕だってちゃんと兄さんを家族としても愛している。
だから、もし素直に受け取ってくれるのであれば、最後の瞬間に愛していると
——
家族として
——
僕は言えないだろう、と想定して書いたのだと感じてくれるかもしれないと考えていた。
「何故言わなかった」
兄さんの詰問するような声に、僕はなんとか真顔を保ち「何故って?」と返した。手紙を取り返すのは難しそうなので、こうなったら兄さんが誰にも見せないよう、しっかりしまっておいて欲しいとそればかり考えていた。
「知っていれば俺は
——
、」
責めるような声で僕を見据える兄さんに、どうにか表情は保っていられたが、指先が冷えて震えそうになっていた。
俺は、何だって言うんだ?
続きを促すように黙ってみるが、兄さんの喉から続きは出てこない。まさか僕を「そう言う風」に愛してくれるわけでもないだろうに、どうして余計なことを言ったのだろう。
「手紙は誰に見せないで。僕は
——
『生前』からそうだったように、これ以上何も望んでいないし、何もしない。読まなかったふりをしてくれればそれでいいから。
……
おやすみ、クライヴ」
諦めて部屋を出て行こうとした僕の腕を、兄さんが掴む。
その手を振り解く。また腕を掴まれて、今度は振り解けないよう、痛いほどの力を込められる。思わずため息が出た。
「なんであんな馬鹿なことを書いたんだろうって後悔してる。ごめん、もうしないから。
……
これでいい?」
諦めて、兄さんの顔を見ながら謝罪するふりをする。
「お前は本当にそれでいいのか?」
何故か食い下がるクライヴに、段々と苛立ちが募っていた。僕の気も知らないで、いや、知っているくせに。僕に愛されてるからって何をしてもいいと思っているのか?
「
……
だって実の兄弟に恋するなんて、ありえないだろ?」
兄さんの優しさを拒絶するつもりで、今度こそ手を強く振りほどきながら口にした。
ハ、と兄さんが短く息を吐き、青い瞳を見開く。眉を下げた表情には明らかに傷ついた色が混ざっていて、自分の顔が歪むのがわかる。
そんな顔をしたいのは僕の方だった。自分の言葉に心臓を貫かれるような痛みが走っていたが、見ないふりをして、兄さんから視線を逸らす。
僕は間違ったことは何一つとして言っていない筈だった。自分の行動を棚に上げているも同然だったが、こうするのが正しいに決まっていた。だって、両思いじゃないんだから。
「俺の気持ちはどうなる? 俺だってお前を愛しているのに
……
」
部屋を出て行こうとする僕に、弱々しく落とされた言葉に足が止まった。振り返ってもいいのだろうか。いやまさか、そんな都合のいいことがある筈がない。
だって、それなら
……
あれは何だって言うんだ?
出発前のやり取りを思い出し、混乱していていた。
後押しをしたのは僕自身だった。それを後悔しているわけでもない。だから言わなかったのに。今更何も言えないだろう。
ゴトっ、と物音がして、兄さんが小さく呻くのが聞こえる。流石に振り返ると、ベッドから降りるのに失敗した兄さんが床に手をついている。
指先が少し欠けているのが見えて、ヒュッ、と小さく息を吸ってしまう。慌てて駆け寄り兄さんを抱き起こそうとすると、そのまま片腕で、有無を言わさず強く抱きしめられる。
「もう二度と俺の前からいなくならないでくれ」
兄さんの体温と涙の熱さを感じながら、こんな風に泣かせることになるのなら、やっぱりあの遺書は残すべきではなかったと考えていた。
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