ながひさありか
2023-07-24 22:27:14
9190文字
Public FF16-JC
 

只人の後日譚

ED後/ジョシュクラ・クラジル完全円満両立関係です。描写の9割はジョシュクラ。捏造100%。

 左の肘から先が石化していた兄の、肘から先がなくなっていた。
「ど!? な…………
「おかえりジョシュア、ってなんだ、変な顔をしてどうした?」
「ジル!? 兄さんの腕は!?」
 帰還したジョシュアを和やかに出迎えた兄を唖然とした顔で見つめながら、ジョシュアは傍のジルに事態を尋ねた。ジルは困った顔でため息をつき、「どうせ義手にするんだからいらないだろうって、昼間にいきなり落としちゃったの」と肩を落とす。
「さっきミドに型を取らせに渡したから、そのうち出来上がるさ。それまでは不格好だがあまりに気にしないでくれ」
「兄さん、別に不格好とかそんなことを気にしてるわけじゃないよ。なんだって急に……
「私も義手ができるまではあった方がいいんじゃないかって言ったんだけど、どうせ動かないからいいんだ、の一点張りで」
 困り顔のジルと動転しているジョシュアを交互に見つめながら、クライヴが不思議そうに首を傾げる。腕を組もうとして上手く組めず、そういえば左腕はもうないんだった、と腕を解くのを見つめながら、ジョシュアは兄の妙な思い切りの良さに少しだけため息をついた。
 確かに石化した体が元に戻ることはないのだが、だからと言って義手もないのに慌てて落とす理由もないはずだった。
「クライヴ、型取り終わったぞ! それで、これはどうするんだ? 砕いて川に流すか?」
 ドタドタとミドが無造作にクライヴの腕を持って走ってくる。ぎょっとした顔でその腕を見つめるジョシュアを放って、クライヴが「そうするか」と言っている横から「待った!」とジョシュアは口を挟む。
「砕くのはいつでもできるんだから、僕が預かっておく」
「えー、お前クライヴの腕とかどーすんだよ。別に何にも使えないぞ? それとも腕輪とか飾るのに使うのか?」
 ミドの言葉に、その場の全員がクライヴの石化した腕に装身具を通しているジョシュアの姿を想像し、なんともいえない空気になる。
 石は石だけど元々は体だしなあ、とミドが腕を持ちながら首を捻るのを見て、ジョシュアが「使ったりしないよ」と慌てて言葉を返す。
「なんとなく砕くのも捨てるのも嫌なだけで、使おうとかそんなことは考えてないよ。ジルだってなんとなく嫌じゃないか?」
「そうね、なんとなく嫌と言うか、変な気分と言うか……
「じゃあジョシュアにやるよ。いいだろクライヴ?」
「それを決めるのは俺のはずなんだが……。まあ別に構わないさ。お前が取っておきたいなら保存しておいてくれ」
 ミドから押し付けられた兄の腕を受け取りながら、「ありがとう……?」とジョシュアがなんともいえない表情をする。
 自分で言っておきながら、かなり変な事態になっていた。
……ジル、本当は欲しかったりする?」
 クライヴの《腕》を持ち上げながら尋ねたジョシュアに、ジルは「大丈夫よ、ジョシュアが持っていて」と苦笑した。

   *

 ボロボロのクライヴを背負ったジョシュアが隠れ家に帰還したのは、二人とディオンがオリジンに向かって一週間後のことだった。ジョシュアはクライヴをタルヤに預け、驚きのあまり無言で二人を見つめるガブやジル、隠れ家の面々に向かって「ルサージュ卿は見つけられなかった」と口にしたのを最後に、気力が切れたのかその場で気絶した。
 倒れたジョシュアは全身に広がっていたはずの石化も胸許の傷も綺麗さっぱりなくなっていて、代わりにクライヴの左腕の肘から先が石化していた。当事者が気絶してしまったのでどう言う過程でこうなったのか隠れ家の面々にはわからなかったが、ともかくとして二人が無事に帰還したのは喜ばしいことだった。

 気絶したジョシュアよりも先に目覚めたクライヴは、アルテマとの戦いの後に何があったのかをかいつまんで皆に説明をした。ただし、ジョシュアの体に関しては説明を濁し、ジルにさえも詳細は伏せた。
『俺の我儘を通した。これだけは君には背負わせられない』
 眠っているジョシュアを見下ろし、眉を寄せながら本当に良かったのだろうかと悩んでいる様子のクライヴを、ジルは追求しなかった。自分たちの過去や罪について曝け出しあった仲であるからこそ、ジルはクライヴの沈黙を尊重してやりたかった。
 それに、とジルはクライヴの左手へ視線を向ける。
 今まで何をしても石化の起こらなかったクライヴの体が石化したと言うことは、それだけ強力な魔法を使ったのだろうと元ドミナントの彼女には正しくわかっていた。そしてクライヴは、手に入れたあまりに人の身にすぎる力を既に手放したのだと言うことも。
 クライヴは「もう魔法を使うことはできない」ときっぱり口にした。彼の言葉には強い確信があった。

 オリジンが消失し空に光が戻った後、各地ではベアラーを含め、残っていたクリスタルを介しても、一切の魔法が完全に使えなくなっていた。そんなことは黒の一帯でもない限り、世界の理が変わるほどの何かが起きなければありえないことだった。それをクライヴは成したのだと隠れ家の面々は感じていた。
 ジョシュアがクライヴを連れて戻る以前、隠れ家の面々は各地の協力者達を介し、隠れ家の技術を伝えるために東奔西走していた。失われた仲間たちを思って沈む時間は必要だったが、かつての隠れ家と初代シド、大勢の仲間を殺された時と同じように、立ち止まる余裕は彼らにはなかった。《シド》とジョシュアとディオン、それからジル達の成してきたことを無駄にしないためにも前を向き、人々に知恵と技術を授けどうにか生きて行くのが、混乱した世界に対する彼らの新たな使命だった。

 クライヴに遅れて数日後に目を覚ましたジョシュアは、明らかに困惑した様子でクライヴを見上げた。クライヴは「目が覚めて良かった」と心底安堵した声を落とし、抱きしめた弟の耳許で小さく何事かを口にした。ジョシュアがその言葉に瞳を潤ませたのを見ながら、ジルがクライヴごとジョシュアを抱きしめる。
 よかった、と泣いて喜ぶジルを見つめながら、「僕に都合のいい夢かと思った」とジョシュアが泣き笑いの表情で口にする。
「あなたもクライヴも戻ってきてくれて本当によかった」
 ジルとジョシュアの表情を見て、クライヴはようやく眦と口許を緩めた。

 クライヴは目が覚めたらジョシュアと二人きりで、長い時間話し合いをしていた。
 随分と思い詰めた表情をするクライヴを心配そうに見つめながら医務室から退出するジルに、ジョシュアは「心配しないで」と言うように目線を送ってきたので、悪いようにはならないかもしれない、とジルは考えていたが、それでも喧嘩をしないといいけれど、とは考えていた。
 夜遅くに医務室から部屋へ戻ってきたクライヴはジルに「ジョシュアと話し合いをしてきた」とただそれだけを報告し、はじめ、それ以上のことは口にしなかった。
「そう。ジョシュアはなんて……?」
 言い淀みながら聞いて欲しそうな表情をするクライヴにジルが促すと、クライヴはジョシュアには敵わないな、と言った表情で肩を落とす。
「俺の選択は正しかったと思えるように生きるから、そんなに心配するな、だと」
 苦笑するクライヴに、ジルもほっとしたように笑う。
 タルヤが言うには、クライヴが左腕の石化以外にも全身がぼろぼろな状態に比べて、ジョシュアの体は奇跡に近いほど「何もない」らしかった。
 以前から彼を診察していた彼女はクライヴになにか尋ねたそうな顔をしたが、クライヴは彼女から視線を背けて、「アルテマを倒したからじゃないか。俺にもわからないが」と口にした。わかりやすい嘘だったが、タルヤもそれを追求はしなかった。
 どうせ聞いても理解はできないだろうと思ってはいたことと、『今の若様は健康体そのものね』と告げたタルヤに、クライヴがいかにも幸福そうに瞳を細めたのを見てしまったからだ。
 彼にとってジョシュアがどれほどの存在なのかは、何年も前にシドがクライヴを拾ってしばらくののちに牢獄にぶち込んだ時と、彼がジョシュアを隠れ家に連れ帰ってきた時の取り乱し様である程度はわかっていた。
 クライヴが何をしたのかはわからなかったが、何かをしたのは明白だった。
 もし、ジョシュアの体と引き換えにクライヴの左手がダメになったのだとしても、彼女には責められなかった。医者である彼女には、もし自分の献身で誰かを絶対に救える手があるのであれば、迷いなくそれを行使するだろうと理解できたからだ。

 タルヤの診断の通り、ジョシュアは目を覚ました二日後にはまるでなにもなかったかの様に隠れ家を歩き回り、手助けできることはないかとヨーテを連れて聞き回っていた。
 しばらくは歩くだけが精一杯のクライヴとは雲泥の差だったが、クライヴはジョシュアの元気そうな姿を見るたびに嬉しそうに表情を緩めていた。

   *

「説明してもわかんないだろうから詳細は省くけど、とにかくこれで指も動かせるようになるはずなんだ。見た目が悪いのはちょっと勘弁してくれよ? 手袋したらわかんないから外では手袋をしてくれ。もちろんこれからも改良は続けるけどな」
 クライヴ自身の《腕》を元に作られた左腕を装着し、ミドがクライヴに指を動かしてみろ、と指示しているのをハラハラと見守っていたジョシュアとジルの目の前で、ゆっくりと微かにクライヴの《指》が動いた。
 感動の声を上げるする三人に対し、詳細は省くと言ったはずのミドが興奮した様子で早口に説明を始める。義手製作に関わったブラックソーンとタルヤはミドの言葉にわかったように頷いているが、ジルやジョシュア、クライヴにはよくわからない話だった。
 途中で「わかったわかった」と口を挟んだクライヴにミドは少しだけ不満そうな顔を見せたが、クライヴが嬉しそうに「ありがとう、助かる」と口すると、ミドはえへんと胸を張った。
「本当にありがとうミド、兄さんのために……
 感動したジョシュアが思わずミドを抱きしめると、ミドは少しだけ恥ずかしそうな顔をしつつ「なんだよ泣いてんのか〜?」とジョシュアを揶揄いつつハグを返してバシバシと背中を叩く。
「もちろん泣くほど嬉しいよ」
 ジョシュアが素直に、本当に泣きながら口にするのに慌てて、「いや、泣くなよ!」とミドが慌てて大声を上げる。
 泣いているジョシュアより照れているミドの姿を微笑ましく見つめているクライヴに、むっとした様子で「使いこなせるようになるまでスパルタで行くからな!」とミドが怒鳴る。
「すぐに使えるようにならないと皆に迷惑をかけるからな」
 少しも気を悪くした様子もなく、穏やかに微笑んで答えたクライヴに「……お前さあ、もうちょっとゆっくり生きた方がいいぞ?」とミドが肩を落とす。
 どうしてそんな話になるんだ? と首を傾げるクライヴに、ミドが「あーあ!」とわざとらしくため息をついて笑う。

   *

 クライヴが隠れ家——現在ではただ単に拠点と呼ばれている——で義手のリハビリをしつつ体の恢復に努めている間、ジョシュアは《石の剣》やオットー達と一緒に各地の協力者の元へ赴いて生活の支援をするのを手伝っていた。
 その傍、ハルポクラテスに師事し、彼の歴史書の編纂を手助けしたり、調査を進めたりしているようだった。時にはクライヴに話を聞きに来ることもあるが、基本的には忙しく歩き回っている。
 最近ではトルガルも一緒にジョシュアについて行くことが増え、なんとなくクライヴにはそれが面白くないような、妙なもやもやが胸につかえていた。
……クライヴ、もしかしてジョシュアに構ってもらえなくてさみしいんじゃない?」
 義手の調整を終え、ぼーっと窓の外を眺めているクライヴに苦笑しながら尋ねたジルに、クライヴは「え」と言いながら顔を向ける。
「何を言って、」
「目が泳いでる」
 視線を彷徨わせながら何か言い訳の言葉を探すクライヴに、ジルは「そうでしょ?」とクライヴの手を取った。
「私もなんとなく遠慮されてるのを感じるから、今夜連れて来るわ。このままずーっとジョシュアが私に遠慮してクライヴを放っておくのは、あなたが可哀想だもの」
……俺が?」
 訝しむように眉を跳ね上げつつ、クライヴはやや不貞腐れたような声を上げた。拗ねた顔を見せているつもりがないらしいクライヴに優しく笑いながら、ジルはクライヴの手の甲を撫でる。
「私は、あなたとジョシュアの仲がいい方が嬉しいの。あなただって、私とジョシュアが仲良くしている方が嬉しいでしょ?」
「それはまあそうだが。……ジル、どうにも話が見えないよ」
 困り眉でジルを見つめるクライヴに、ジルがふふ、と眉間の皺に指を当ててにっこりと笑う。
「私もジョシュアも、あなたが大好きなのは同じだってことよ」


——そう言うわけで、クライヴが淋しがるから、別にあなたはあなたの好きなようにクライヴを連れ回してもいいのよ? と言っても、今はまだタルヤの許可が降りないから、外出はもう少し体が恢復してからになるけれど、ここでも私に遠慮なんてしなくて大丈夫。ジョシュアだってクライヴと二人で過ごしたい日が本当はあったでしょう?」
 夕食の後に話があるから部屋に来てくれないかしら、とジルに誘われたジョシュアは、てっきりなにか大事な報告でもあるのだろうかと考えていたのだが、予想だにしない言葉を告げられた。
 ジルの言葉に返す言葉が思い付かずぱちぱち、と瞬きを繰り返していると、「ね!」とジルが何故か妙に嬉しそうに笑う。ジョシュアについてきていたトルガルに近づいてしゃがみ込むと、「トルガルもそう思うでしょう?」と優しく頭や体を撫でた。ジルの問いかけにトルガルが嬉しそうに尻尾を振って、わふ、と頷くように小さく吠える。
「僕は別に、ジルに遠慮してるつもりなんてなかったんだけど……。兄さんだってジルといたかっただろうし」
「はいはい、そう言うことにしておいてあげるから。とにかく今夜は二人で過ごしてちょうだい」
 じゃあまた明日ね、とトルガルを連れて部屋を出て行くジルをぽかんとした顔で見つめるジョシュアと、顔を手で覆いながら項垂れているクライヴだけが部屋に残された。
……兄さん、ジルに何を言ったの?」
 ジルが去ってたっぷり十秒は数えたのち、気まずそうな顔をするクライヴに、ジョシュアは疑問を投げつけた。クライヴはすぐには答えず、深いため息を吐きながらどかりとソファへ腰を下ろす。
「俺は別に何も。……ジルが勝手に、と言うか、なんと言うか……
「そうなの? とりあえず、お酒持ってきちゃったから二人で飲む?」
 ジョシュアは三人で飲もうと持ってきたワインをクライヴ見せ、封を切り杯に注ぐ。クライヴに杯を渡すと、一度ボトルを卓上へ置く。ジョシュアはローテーブルをソファのそばへ移動させ、ワインと杯を卓上から移すと、クライヴの右側へ座る。
「よく考えたらワインじゃない方がよかったかなと思ってたけど、僕の予想とは違ったみたいだしこっちで良かったのかな」
 杯を掲げながら、ジョシュアが意味深なことを言う。なんの話だ? とクライヴが疑問の視線を向けるが、ジョシュアは首を振る。
「気にしないで。早とちりだったみたいだから」
「そうか……
………………
………………
 居心地の悪い沈黙が落ちるが、気まずそうに緊張しているのはクライヴだけでジョシュアは気にならないのか、はたまたそう装っているだけなのかがクライヴにはわからなかった。
(なんだか俺ばかり会いたかったみたいじゃないか……
 ジルに指摘された通り、確かにジョシュアが一人で活動的にしているのを淋しく感じていたのは事実だった。クライヴが己の情けなさになんだか恥ずかしくなっていると、ぐっと杯を傾けたジョシュアが「それで」とクライヴに視線を合わせずに言う。
「具体的に、どこまでなら許してくれる?」
……許す?」
 不思議なことを言うジョシュアに、クライヴは訝しみながら視線を向ける。
 ジョシュアは空になった杯にワインを注ぎ、杯に口をつけながら「ここまで?」とクライヴの肩にもたれかかった。ようやく視線を向けて来たジョシュアの言葉の意味に、クライヴはようやく気がついた。
 クライヴはジョシュアの長い金色の睫毛に縁取られた青い瞳を見つめ返し、その瞳にこれと言った感情が見えないことにもどかしさを覚えた。同じことを考えているはずなのに、それが見えてこない。もしかすると自分だけがそう思っているのはだろうか、と僅かばかり不安に駆られ、クライヴは手にしていた杯を卓上に置く。
 ジョシュアの肩に触れて、唇を寄せる。
………………
 唇が触れる直前に肩を押され、嫌になったか、と思わずクライヴは硬い声を上げた。ジョシュアが小さく笑う。
「そうじゃなくて、僕の質問に答えてくれてないよ」
……言わなきゃだめか?」
「後でそんなつもりじゃなかったなんて言われたくないんだ。兄さんの嫌がることはしたくないし、ジルの嫌がることも僕はしたくない。それだけ」
 ジョシュアはクライヴの頬に触れ、右目の頬骨の下を親指の腹でなぞる。
「キスをしてもいいのならしたい」
「いい」
 クライヴの返事に、ジョシュアはそっと顔を近づけた。
 唇を触れさせ、すぐに離れると、確かめるようにクライヴの表情を伺う。物足りなさに、クライヴはジョシュアの服の胸許を掴んで引き寄せた。
「兄さ、」
 遠慮するジョシュアの唇を塞ぎ、開かれた隙間から舌を差し入れ、クライヴは躊躇するように身を引くジョシュアの腰を抱き寄せた。ジョシュアの熱い吐息が頬に触れ、クライヴの体温が上がる。
……ふ、…………、」
 角度を変えてキスをすると、今度はジョシュアの方から積極的にキスを返してくる。濡れた舌が絡みあって、快感に震え、引っ込んだ舌をぢゅぅ、と吸われる。舌先を前歯で甘噛みされ、背筋を熱が走って行く。びりびりとした痺れにクライヴの舌の動きが緩慢になると、そこをまたジョシュアに強く吸われ、上顎を舐められる。
 ジョシュアの白い手に腰を撫でられて、ずぐりと下肢に熱が落ちてくる感覚がした。シャツの下に熱く滑らかな手が潜り込み、直接、ゆっくりと肌を撫でられる。腰が重くなり、クライヴは頬にキスをしながら肌を撫でてくるジョシュアの体に腕を回した。
 自分の体と触れ合ったジョシュアの肌が熱くなってくるのが心地良かった。生きている。一度、腕の中で完全に熱が失われて行ったからかもしれないが、余計にジョシュアの命を身近に感じ、泣きたいほど興奮していた。
 ジョシュア、と熱っぽい声で囁き、ジョシュアの耳朶に唇を触れさせながらねだるクライヴに、ジョシュアは恐る恐る、確かめるように尋ねた。
……クライヴ、どこまでしていい?」
「最後まで」
 クライヴの肩がそっと押される。
 力に逆らわず、意図を察してクライヴは背をソファにつけた。
 ジョシュアが覆い被さってくるのを見つめながら、クライヴは冷たくも見える弟の美しい頬に手を伸ばした。



 ベッドの中で眠る弟を抱き寄せながら、クライヴはそっとジョシュアの首筋に手のひらを当てた。とくとくと小さな拍動が手のひらに伝わり、ジョシュアがたしかに生きていることを実感する。
 弟の金色の巻き毛を撫でて微笑むと、クライヴは満足そうに目を閉じた。

   *

 部屋で書き物をしていたジョシュアの背に、「大事な話がある」クライヴが声をかけて来た。
 ジョシュアはぴたりとペンを走らせるのをやめ、ゆっくりペン立てに立てかけながら、極力表情を変えないようにして兄を振り返った。
「ジルと外大陸を見てこようと思うんだ。お前と一緒に花を下見に行った時があっただろう? その時に、全部終わったら旅をしてみたいとジルが言っていて」
 何故か緊張した面持ちをしているクライヴに、兄さんは真面目だなぁ、と言いたいのを堪えて、ジョシュアはそうなんだ、と笑う。
「気をつけて行っておいでよ。義手も安定したみたいだし、兄さんも体がなまるだろうから、いいんじゃない? こっちのことは僕たちがやっておくから、余計なことは忘れてじっくりいろいろ見て来て。それで、いつ頃帰る予定でいるの?」
………………………
「兄さん?」
 ジョシュアの返答に、クライヴは何故か眉を下げ、少しだけ沈んだ顔を見せる。
 表情の意図が読み取れずに困惑しつつ、そうだ、と声を上げる。
「帰ってきたら沢山思い出話を教えてね。書き留めておきたいから。ハルポクラテスにも色々聞いてはいるけど、兄さんからも改めて聞いてみたい」
 ジョシュアは棚にしまっていた折り畳んだ紙を取り出し、広げる。以前、ハルポクラテスに聞いてざっくりと下書きをした外大陸の地図だった。
「僕も兄さんたちが帰ってきたら行ってみようかな。まあ、しばらくはやることが多いから難しいかもしれないけれど、将来的にね」
「お前一人でか?」
「え?」
 そばへ寄って来ていたクライヴに顔を向けると、真剣な眼差しでもう一度、クライヴが「お前一人で?」と口にする。
「他に来たい人がいるなら一緒に行ってもいいかなとは思うけど、どうかな。使命のない旅をしたことがないから、今はまだ想像がつかないかもしれない」
 何を詰められているのだろう、と考えながら言葉を探している途中で、もしかして、とジョシュアはクライヴの言わんとすることをようやく悟る。
………兄さん、まさかとは思うけど、僕に一緒に来いって言ってる?」
 頷いたクライヴに、ジョシュアは困ったように、けれども隠しきれない嬉しさを滲ませて肩をすくめる。
「兄さん一人だとまた無茶をしそうだから、僕が付いていってあげるよ」
「お前も生意気なことを言うようになったな」
 クライヴが思わず肩を小突くと、歳に似合わない子どものような眩しい笑みをジョシュアが浮かべてから、「誘ってくれて嬉しいよ」とクライヴを抱きしめた。

   *

 ジル、と嬉しそうな顔で部屋に戻って来たクライヴに、結果は聞くまでもなくわかっていた。
「お帰りなさいクライヴ。ジョシュアはなんて?」
 頬に口付けを受けながら彼女があえて尋ねると、クライヴは優しく瞳を緩ませて、「ついていってやるだとさ」と嬉しそうに口した。
 弟に生意気な口を聞かれて嬉しそうな顔をするクライヴに、ジルはにっこりと微笑みを返す。
「そう、良かった」


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