ながひさありか
2023-07-11 23:55:13
5436文字
Public FF16-JC
 

火はすでに楽園を離れ

・具合が悪くてクライヴに当たってしまったことを後悔するジョシュアと、普通に恐ろしくショックを受けるクライヴの話。
・設定の捏造・独自解釈注意。

 朝から苛立っている自覚はあった。
「少し放っておいてよ兄さん!」
 肩を掴む手を振り解きながら返した言葉の語気が予想の何倍も激しかったことに、ジョシュア自身が驚いた。静まり返った室内に気まずくなり、「あ、その……」と声を途切らせるジョシュアに、クライブは「悪かった、しつこかったな」と少しも怒りもせず、眉を下げる。
 兄の哀しそうな表情に罪悪感が芽生えすぐに謝罪をしようとしたが、兄は「ともかく、今日は何を言われてもお前を隠れ家からは出さない。……それだけだ」と医務室を出ていってしまう。
……ジョシュア様、」
「ごめんヨーテ。わかってる。わかってるよ……さっきのは僕が悪かった。大声を上げてすまない」
 差し出がましいようですが、と珍しくジョシュアを責める声を出すヨーテに大人しく顔を俯かせて、ジョシュアはため息をついた。
「情けないな……
「そう思うのであれば、お呼びしますから今すぐ謝罪にされてはいかがですか。午後から出かけると仰られていたので、きっとすぐ出てしまいますよ」
 そろそろ昼時のはず、とヨーテが窓の外の陽の高さに目をやると、「なんだか今日は容赦がないね」と拗ねたような声でジョシュアが言う。
「ジョシュア様がご自身を顧みないのはいつものことですが、私も不甲斐なく思っています」
 ふらついたジョシュアの肩を支えてベッドにゆっくりとおろしながら、ヨーテが淡々と口にする。
 病弱を押して活動する主人の「我儘」をどうにか止めたいと常日頃考えていた彼女にとって、クライヴこそは唯一のストッパーとなるはずだった。ところが彼の人はあまりにジョシュアの兄らしいと言うべきか、どうしようもなく優しいので、ヨーテが考えていたほど強くはジョシュアを止めてはくれないのが現実だった。そう思っていたからこそ、先ほどのやりとりは主人に無謀を理解させるいい機会だとも思っていた。
——なに? 若様ってばクライヴと喧嘩でもしたの?」
 医務室は戻ってきたタルヤが、室内の重苦しい雰囲気にため息をつきながらそう口にする。
「喧嘩なんて上等なものはしていないよ。僕が大人気なかっただけ……
「あらそう? 随分と落ち込んでたから、てっきり喧嘩でもしたのかと思った」
 肩をすくめながら薬瓶をいくつか手に取り、タルヤはベッドに大人しく寝かされているジョシュアの側へよると、脈と呼吸を診て、難しい顔をしながら注射を打つ。
「落ち込んでた? 兄さんが?」
「多分ね。ちょっと前のクライヴはずっとあんな顔をしていたから、なんだか懐かしいものを見た気がすがする」
 そんな、と体を起こしたジョシュアの肩をがしっと掴んでベッドに再び眠らせると、タルヤは厳しい顔をしたジョシュアを睨む。
「今立ちあがろうたってその体じゃ無理。クライヴはもう出かけたから、帰ってきたら謝りなさい」
 わかったら大人しく寝る寝る、と怒るタルヤの声を聞いているうちに、不自然にジョシュアの意識が落ちる。
 何か余計な、、、物を打たれた、とジョシュアが気づくのは翌日のことだった。

   *

「クライヴ〜、なぁんだよンなシケたツラして。出先でミスでもしたのか?」
 重苦しいため息と共にとぼとぼと帰還したクライヴに誰もが声をかけるのを迷っている最中、ガブは何も気づかないフリをしてクライヴの肩を抱いた。
……別に普通だ」
「よく言うぜそんなシドに保護され直後みてぇな顔しといて。仕方ねぇな、一杯奢ってやるから元気出せよ。——モリー、俺とクライヴの分のエール二つ頼むな」
 やめろ、とクライヴが嫌がるのも聞かずに肩を組んで、と言うより首に腕を引っ掛けてズルズルと引きずりながら、ガブはサロンの食卓にクライヴを座らせる。
 程なくしてモリーが運んできたエールの杯をガブは無理やり握らせて、ほらほらと乾杯させる。
「で、どうしたって」
 ずいっ、と顔を寄せながら声を潜めるガブに、クライヴは「だから、何にもないと言っているだろう」と暗く澱んだ目で答えた。
(あーらら、重症)
 ガブは心の中でそう呟き、エールを一口呑んでから「ジョシュアに嫌われでもしたか?」軽口を叩く。
…………………………
 途端、唇を結んで押し黙ってしまうクライヴに、ガブは「えっ嘘図星?」と驚いて声を上げる。
 二人の背後で子どもたちがガチャガチャとオーケストリオンをいじっている音がし、静かな隠れ家に一転して陽気な音楽が流れ出す。
……昼前、ふらついたまま調査に出てくると言い張るジョシュアに無理をするなと止めた。ヨーテが俺に止めて欲しそうな目を向けていたし、顔色も悪かったからな」
 ぼそぼそと掠れた声で話し始めるクライヴの腰を折らずに、ガブは静かに頷いて続きを促す。
「ジョシュア自身も無理をしている自覚はあったんだろう、が、俺の言い方が多分悪かったんだろう。『そんな具合で出かけて倒れでもしたらその方が大変だ』とベッドに戻らせようとしたんだが、酷く怒って『構うな』と……
 しゅーん、ともしトルガルのような耳と尻尾があれば確実にぺたりと下げた落ち込んだ顔をする男に、ガブは内心「えっ、それだけ?」と思いつつ、真面目な男に真面目に付き合ってやる。
「まあそれは、ただ単に虫の居所が悪かったんじゃねぇか? ほら、二日酔いの時に酒ばっか飲んで〜、なんてくどくど正論言われるとイラッとくるだろ」
「二日酔いになったことがないからわからないが、そう言うものか」
「いや今のは俺の例えミス。そーだよなお前潰れたことねぇもんな。……あーだから、——や、そもそもお前にはあんまり響かねえか。治療中に飛び出して怪我して帰ってきて、いい加減にしろってタルヤに延々説教くらってもまた同じことしてるもんな」
 ガブは医務室の卓上に置かれていた「怒り」の書き殴られたカルテを思い出しながら呆れて答えると、クライヴは案の定「やるべきことがあったんだろう」などと、なんだか他人事のようにぼんやりしたことを言う。
「ジョシュアに謝った方がいいだろうか」
「いやなんでだよ。て言うか気にすんなって、どーせ明日にはジョシュアの方からお前に謝ってくるさ」
 だといいが、と結局暗い顔のままのクライヴに匙を投げたくなりながら、ガブは辛抱強く「そーそー」と適当な相槌を打って酒を流し込む。
 二杯目はお前の奢りな、と空になった杯を片手にモリーに声をかけると、納得が行かなそうな顔をしつつコインを取り出すクライヴの真面目さがおかしい。

 *

 子ども達がドアの前ではしゃいでいる声にジョシュアが目を覚ますと、隣の人影が「あらやっと起きた?」と静かな声で言う。声の方に視線を向ければ、タルヤが未だに意識のないディオン・ルサージュを診ているところだった。
「昨日よりは多少マシになったみたいね」
 ディオンのベッドを少し直すと、タルヤはジョシュアの方へ体を向け直し、ディオンにしたようにジョシュアの脈拍や呼吸、瞳を確認する。昨日は熱がある様子だったが、一日眠らせてようやく下がったことに安堵する。
「兄さんは……
「さぁ。もしかしたらまだ寝てるんじゃない? ……今から部屋に行って起こさないでよ。クライヴだって若様ほどじゃないけど、無理はしてるんだから」
 釘を刺すような彼女の物言いに、ジョシュアは少しだけ驚いた顔を見せた。けれどもタルヤが照れ隠しのような言い訳も、言葉の続きも言わないので、後半は聞かなかったフリをする。
「とりあえず今日一日は様子見。後で呼んであげるから大人しくしてなさい」
 タルヤはまるでわがままを言う子どもを叱るような口調だったが、不思議と不愉快さは覚えなかった。それは彼女が誠実で、医者として粉骨砕身しているのをジョシュアは身を持って知っているからだろう。
「無理をすればするだけ石化が早くなる。……それは若様自身がよくわかってる筈」
 ジョシュアの肘に触れて、タルヤは無表情に、淡々と口にする。手袋と袖に隠れた腕は、石化がひどく進んでいることを彼女はよく知っていた。彼女自身もかつてはベアラーとして「使われて」いたから、石化も痛みも経験として知っている。だから、その痛みに耐えながら活動するジョシュアの精神の頑強さもよくわかっていた。その強さがなければいいのにと考えてしまうし、同時に、そう言う人だからこそ、アルテマに迫れたのだろうとも分かっていた。
……クライヴには言ってないけど、若様、何回か死んでる、、、、自覚があるでしょ」
……………………
 タルヤはジョシュアの腕に触れたまま、視線を胸許で怪しく光る疵へ向ける。
 ジョシュアも自分の胸許へ視線を落としてから、すぐに顔を戻してにっこりと笑う。
「まさか。フェニックスは傷を再生することはできても、死は覆せない。だから僕は死んだことなんてないよ」
 ジョシュアの答えに、タルヤはやれやれと疲れたように首を振り、手を離す。
「そう。私は時々、アンタ、、、の鼓動が止まる瞬間があるように感じているけどね。……まぁいいわ、とにかくクライヴを呼んでくるから、痩せ我慢するならクライヴの前では完璧に我慢しなさい。じゃないとクライヴが死ぬほど落ち込んで、隠れ家の空気が悪くなるのよ」
 靴音をさせないように去っていく彼女の気配が完璧に消えてから、ジョシュアは胸許の疵を手のひらで覆い隠し、はぁ、と深いため息をついた。
(本当に、昔から使えない体だな。……………それにしたって、子どもみたいに兄さんに当たって情けない)
 ずっと幼い頃、熱を出して何日も寝込み続けるたびに、わざわざ心配して顔を出したクライヴに昨日のように「もう来なくていい!」と怒って泣いたりしたことがあった。これ以上情けない自分の姿を大好きで尊敬する兄に見られたくなかったからだ。
 兄と違って弱い体の自分のことがずっと嫌いだった。
 ドミナントの力は逞しく完璧な肉体を持つ兄にこそ相応しいのに、現実ではちょっとしたことで寝込むような、情けなくてどうしようもない自分に宿ってしまった。そのせいで兄は家督を継ぐことはできなくなったのに、それを責めてきたことが一度もない。
『俺は剣術しかできない能無しだから、お前が羨ましいよ』
 素直にそんなことを口にする兄に「僕はフェニックスの力を畏れられているだけで、僕自身の力じゃない!」と言っても、兄は首を振って「お前は期待に応えようとしっかりやってるんだから、そんな風に自分を卑下するな」と優しく笑うばかりだった。
 フェニックスゲート事件後、教団に保護されなんとかまともに動けるようになり、国と兄を奪還したいと思いながらもそれが叶わず、教団の元でアルテマの足跡を追う日々を送るうちに、もしかするとこの力に相応しい体に成長したのではないかと思う事もあった。
 けれどその強烈な「錯覚」はフェニックスの再生の力のおかげで、ただひたすらに自己の体を端から再生しているだけだと気づいてしまった。
 魔法を使った覚えもないのに少しずつ石化が進む体を疑問に思い、シリルに「兄さんが魔法を使うと僕に反転するのだろうか」と尋ねると、右翼の彼は重苦しく口を開いた。
『恐らく、火は御身を永遠に《再生》しているのではないかと……
 その答えは知りたくないほど衝撃的ではあったが、同時に納得の行くものでもあった。あれだけ病弱だったはずの自分が酷い怪我から恢復し、こうして無事に成人したことも奇跡だと思っていたのだから。
 医務室のドアが開かれ、「若様、入るわよ」とタルヤざわざわざ離れた所から声をかけてくる。
 ジョシュアは固まっていた自分の顔に手を当てて強張りを解くと、タルヤと約束したように表情を緩めて、心配そうな表情で顔を出した兄を見上げた。
「兄さん、昨日はごめん。せっかく僕を心配してくれたのに」
 私は仕事があるからね、と早々に壁の向こうに消えていくタルヤにジョシュアは胸中で感謝しつつ、ジョシュアはクライヴに謝罪した。それと同時に、誤魔化そうとしているけれど、明らかに視線を彷徨わせて暗い顔をしている兄に胸が痛み、情けなさでいっぱいになる。
「いや……——。いいんだ。昨日は俺の言い方も少ししつこかったんだろう。悪かった」
 恐ろしく掠れた弱々しいクライヴの声に罪悪感で叫び出したくなりながら、ジョシュアは慌てて言葉を続ける。
「謝らないで、悪いのは自己管理が甘い僕の方なんだから。タルヤにも叱られたし、今日は大人しくしておくよ」
 椅子に腰を下ろした兄の手を取って、許してくれる? と尋ねるように、ジョシュアは俯いたクライヴの顔を覗き込む。
 目があった瞬間、自分と同じ青い瞳にちかりと星が瞬いて、光が戻ってくるのが見えた。
 ほっとしたように表情を緩める兄に、どうして、と疑問が口をつきそうになる。
 それをぐっと堪えて、ジョシュアはもう一度「ごめんなさい」と口にしながら、ハグを受け入れてくれるクライヴにしがみついた。
 逞しい、完璧な肉体をした、ジョシュアの理想とする体をした兄が優しく背中と髪を撫でて許してくれるのを伝わってくる体温から感じながら、ジョシュアはどうして、と胸の内で再び疑問を口にする。

 どうしてクライヴは、僕をこんなにも愛してくれるのだろう。


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