ながひさありか
2023-07-11 00:13:58
1973文字
Public FF16-JC
 

告解室

目が覚めた後にちゃんと謝ったんじゃないかなと思ったので書きました。

 見舞いに来たクライヴが申し訳なさそうに口を開く前に、「ヨーテ、君はもう下がっていい」とジョシュアはヨーテを下がらせた。
 彼女が水桶と布を持って下がると、室内には重苦しい表情で俯く兄とジョシュアが残されて、燃える蝋燭のじりじりとした音だけが響く。
「どうしたの兄さん」
 ジョシュアはなるべく軽い声で尋ね、椅子に座る自身のそばにあるソファへ兄を促したが、クライヴは俯いたまま座ろうとはしない。兄がなんの目的で訪れたのか測りかね、ジョシュアは黙って兄の動向を伺う。
……すまなかった」
 しばらくしてから、ようやく、兄が掠れた声でぼそりと口にした。あまりに重苦しい声にジョシュアが目を見張ると、ゆっくりと近づいてきた兄が膝を折り、こうべを垂れる。
「すまなかったジョシュア、あの時お前を助けてやれなくて。俺は、お前を守らなきゃならないのに、よりにもよってお前を殺しかけた」
「兄さん、」
 蝋燭の灯りを反射させ、俯いたクライヴの目許から星のように雫が落ち、ぱたぱたと床を濡らして行くのが見えた。ハッとしたジョシュアは椅子から立ち上がり、しゃがみ込んで兄の肩を掴む。
「兄さん、あれは仕方のないことだ。幼すぎた僕が先に暴走して召喚獣になったせいで、兄さんは何も悪くない!」
「俺はお前を殺しかけたことすら知らずに、十三年もお前を殺した相手に復讐してやろうと、のうのうと生きて……
 あれは俺だったのに、とこぼす兄の瞳から滂沱と流れる涙に動揺しながら、ジョシュアはクライヴの頭をかき抱く。幼い頃、夜闇に泣いて怯える自分にそうしてくれたことがあったように。
「僕はこうして生きてる……!」
 首筋を流れて行く兄の熱い涙に、ジョシュアの胸がずきりと痛んだ。十三年と五年もの長い間、色々な理由があってクライヴには会いに行けなかったし、行かなかったが、強くて優しい兄がこんな風に泣くのだと知っていたのであれば、無理をしてでももっと早くに会いに行けばよかったと後悔した。
「お前を守ってやると誓ったのに、俺が、俺はお前を……!」
「いいんだよ、いいんだ兄さん。僕はこうして生きている。あなたの謝罪はこうして受け取った。だからもう、自分を責めなくていいんだ」
 涙声で膝をついたまま抱きしめて返してはくれない兄に、少しだけ傷ついた気持ちになりながら、ジョシュアはクライヴの顔を持ち上げた。声もなく泣く兄は、まるで捨てられる事に怯えるような表情をしている。
 ジョシュアは右の親指の腹で兄の頬骨をゆっくりとなぞり、溢れてくる涙を拭うと、頬の傷にも同じように触れる。
 刻印除去は死と隣合わせの高度な技術が必要で、尚且つ術中術後も激しい苦痛を伴うと聞いた。自分を救ってくれたことは元より、兄の施術を成功させたタルヤへの感謝は尽きない。
 ジョシュアは傷ましそうに瞳を細めながら、兄の顔を見つめる。この精悍な美しい貌に刻印が刻まれていたのかと思うと腑が煮え繰り返る気持ちでいっぱいだったが、なんとか雑念を振り払い、疵痕の残る膚へ口付けを落とす。
 唇を離すと、ぱちり、と瞬いたクライヴの瞳から最後の涙が落ちる。泣き尽くしたのか、目許を腫らしつつも、安堵したような表情を見せる兄にジョシュアこそ胸を撫で下ろす。
 垂らされていた兄の右手をそっと持ち上げて、微笑みかける。
「ジョシュア……
「兄さんは僕のナイトだ。僕が選んで、僕が任命した。それを誰にも奪わせないのも僕の使命のはずだった。——だから、僕の方こそもう一度謝罪する。十八年迎えにいってあげられなくてごめんなさい。兄さんの方こそ、愛想が尽きなかった?」
「そんなわけがあるか。俺はお前のために生きて、お前のために死ぬとあの日皆の前で誓った! お前が十八年俺に会いに来られなかったのも、きっと俺が未熟だったからで、」
「兄さん」
 自分を傷つける言葉を続けようとするクライヴに首を振り、ジョシュアは「もうやめよう。それ以上はなしだ」と言葉を止めさせる。
「お互いに非があった。だけど僕はあなたをナイトだと思っている。あなたも僕のナイトだと思ってくれている。それで帳消しにしようよ。せっかく、会えたんだから。……それに兄さんはあの日、謝罪した僕に『生きていてくれた』と言ってくれたじゃないか。あなたは僕を責めなかった。僕にもあなたを責める気はない」
 ケホ、と空咳をするジョシュアにクライヴはハッとし、弟の腰を抱えるようにしながら立ち上がると、ゆっくり椅子へ座らせる。
 ありがとう、と呟いた青白い顔に表情を曇らせる兄に、ジョシュアは安心させるように微笑む。
「僕は兄さんがずっと守ってくれるのを信じてる」
 そうでしょ、と手を伸ばすジョシュアの意図を察して、クライヴはようやく主の体躯を抱きしめた。


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