ながひさありか
2023-06-29 12:53:01
3008文字
Public FF16-JC
 

まなざしで光る

ジョシュクラ(に将来なる):壮年期後半の討伐系サブクエの夜ということにしてください

 小さく呼ばれたような気がし、クライヴは瞼を開けた。起き上がりながら暗闇の中で左手をかざし、火を灯すと、隣のベッドへ視線を向ける。
「ジョシュア……?」
 先に眠ったはずの弟の姿はそこにはなかった。ベッドに触れると、すでに冷え切っていた。どうやら一時間は前からいないらしい。ジョシュアの鞄はそのままになっているから、一人でどこかへいってしまったわけではないようだった。
 クライヴはざわつく胸に眉を寄せながら、ドアを開けて、宿場の廊下へ出る。階下に明かりついているのを確かめると、念のため服を着替え、剣を背負う。
 食事場にジョシュアがいるといいんだが、と考えながら階段を降りるが、そこには酒を飲んでいるダリミルの民と宿場のオーナーがいるだけだった。
「なあ」
 クライヴはそっと、酔っ払い達に迷惑そうな顔をしているオーナーに声をかける。
「弟を見なかったか? 金髪で、このくらいの長さの髪の——
「ああ、あの綺麗な子? 川の方へ向かってたかな」
 窓の方を指さされ、クライヴは謝辞を口にすると宿を出る。
「ジョシュア」
 小さな声であたりを伺っていると、わふ! と宿場の外で待機していたはずのトルガルが駆けてくる。
「トルガル、お前もしかしてジョシュアを見なかったか?」
 クライヴの問いにトルガルが一つ吠え、くるりと反転しながら尻尾を振る。
「ついてこいって?」
 茂みを歩いていくトルガルを追うと、オアシスの川辺が見えてくる。半分ほど月のある夜で、星がうっすらと輝いている。砂漠地帯の夜は、昼と比べて寒さを感じるほどだった。
 ジョシュアが体を冷やしていないと良いが、と思いながら足早に駆けていくトルガルの後を追うと、以前はクリスタルを運んでいた航路の船乗りたちが使っていたらしい小さな小屋の戸をトルガルが引っ掻く。
「開けてやるから。——ジョシュア、いるのか?」
 ノックをしてから、返事を待たず戸に手をかける。マナーが中途半端だなと考えつつ、開けた戸の向こうにはジョシュアがぐったりと埃臭いテーブルに身を投げ出して、椅子に腰掛けている姿があった。
「ジョシュア!?」
 慌てて近ったクライヴは、弟の肩に手を置きぐいっと顔を自分の方へ向かせる。炎を丸く浮かせてランプ変わりにし、ジョシュアの白い貌が炎に照らされる。
「兄……さん……?」
 うっすらと目を開けたジョシュアの口許は鮮血に染まっていた。よくよく照らせば、彼が伏していたテーブルにも血が滲んでいる。
 トルガルが心配そうに吠えながらジョシュアの足下に擦り寄り、クライヴを見て鼻を鳴らす。
「お前……どうしてこんなところで!?」
 近寄りながら思わず声を荒げたクライヴに、ジョシュアが「あぁ……」と少しだけ疲れたように吐息し、顔を上げた。
「心配しないで、さっき薬を飲んだから」
 ジョシュアは青ざめた顔で返しながら、ぐいっ、と手の甲で血を拭い、「洗ってくる」とふらりと立ち上がる。
「待てジョシュア、座っていろ」
「でも兄さん、」
「いいから」
 クライヴはジョシュアの肩に手を置いて座らせると、小屋を出て川へ向かう。携帯した鞄からハンカチを取り出して澄んだ水にそれを浸し、革製の水筒へ水を補充する。
 小屋へ戻ると、座らせたままの状態で、ジョシュアが小さく苦しそうに息を吐いていた。
 クライヴは黙ってしゃがみ込むと、ジョシュアの口許を濡れたハンカチで拭う。
 汚れるし自分でやるよ、と身をよじって嫌がる弟に「ジョシュア」と少しだけ強めに声をかけて大人しくさせる。《従者》に世話をされるのは慣れているだろうに、とクライヴが口許を僅かに緩ませると、むっとしたようにジョシュアも僅かに眉を寄せたが、文句が返されることはなかった。
……よし、こんなものか。口濯ぐだろ。水を取ってきた」
「ありがとう、兄さん」
 素直に水筒を受け取ったジョシュアの前に、小屋の中で放置されていた汚れた木桶のを持ってきてやる。意図を察してその中に血の混ざった水を吐くジョシュアを痛ましく思いながら、クライヴは手甲を外し、弟の薄い背を優しく撫でる。
 何度か水を吐いたジョシュアがほっとしたように息をついたのを見て、クライヴは無言で桶を持ち上げ、小屋の外へ捨てる。
「お前、なんだってこんなところに来たんだ? 一人でどこかへ行ったのかと心配した」
「ごめん兄さん。ちょっと咳が止まらなくて、起こしたら悪いなと思ったんだ。今日だってずいぶん歩いたから、疲れてるだろうし」
「そんなこと気にするな。お前がこうやって一人で苦しんでる方が堪える」
 クライヴは疲れたように俯くジョシュアの背にもう一度手を置いて薄い背を撫でると、ほら、と手をとって弟を立たせる。
「部屋に戻ろう。ベッドで休んだ方がいい」
 無言で頷いたジョシュアの足下からトルガルも立ち上がり、体を擦り付けながら小さく鳴いた。
「お前にも心配かけたね」
 クライヴの手を離し、ジョシュアはトルガルの頭や耳のあたりをくすぐる様に撫でた。気持ちが良さそうに目を閉じて尻尾を振るトルガルに笑ってから、ジョシュアはテーブルに置いていた薬瓶を手に取り腰の薬袋へしまう。
 クライヴはその姿を見、何か声をかけようとしたが、ふいと視線を逸らして小屋の外へ出る。
 無言で宿場まで戻ると、クライヴは炎を部屋の中央で弱く光らせながら、装備を外して小さく、ジョシュアに聞こえないようにため息をついた。
(もし、俺がこんな風に覚醒しなければ、ジョシュアは一人であの小屋に朝までいたのだろうか)
 血を吐いて苦しむジョシュアの姿が浮かび、微かに胸が痛む。せめて心配くらいちゃんとさせて欲しいんだがな、とクライヴが振り返ると、大人しくベッドに横になったジョシュアがいた。炎に照らされた青白い顔に、胸がざわりとする。
 昔より大人びた表情を見ながら、弟のそばへ寄った。
……なに?」
「あまり無理はするなよ」
 膝をついてジョシュアの青白い頬を撫でると、青い瞳がじっとクライヴを見つめ返してくる。ジョシュアのその瞳が、懐かしそうに揺れていた。
「大丈夫。僕のことは僕がわかってるから。……でも、ありがとう」
「お前は昔から体が弱かったから、こんな風にそばにいた夜も多かったな」
「兄さんは乳母より心配性だ、って昔メイドが言ってたのを聞いたことがあったよ。懐かしいなあ」
 頭を撫でられながら小さく笑うジョシュアに、クライヴがむっと眉を寄せる。
「お前だって一人じゃ怖いだのなんだのわがままを言って、寝る時は俺をベッドから離さなかった時期があるじゃないか」
「ちょっと、それって兄さんが僕のナイトになるずっと前の話でしょ? そんな昔のことを言うなんて——、」
 不意に、ジョシュアの声が途切れた。
「ジョシュア?」
「なんでもない。おやすみ兄さん」
 首を振ったジョシュアが、目を閉じる。なだらかな瞼の稜線を見つめてから、クライヴは浮かせていた炎を消し、おやすみ、と口にしてジョシュアの髪を優しく撫でた。
 自身も再びベッドに戻って瞼を下ろそうとすると、兄さん、とやはり小さく呼ばれたような気がした。
 横たえかけた身を起こし、ジョシュア? と再び声をかける。
 けれども返事はなく、小さなジョシュアの寝息が部屋に落ちるばかりだった。


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