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ながひさありか
2022-04-06 09:23:44
3806文字
Public
FF16-JC
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あなたはまぶたを閉じていればいい
ギギガユ
口づけを失い夜の鳥かごに託すあなたの街並みかしら(星野しずる)
*
「なんだ、まだいたのか」
経理を確認しているうちにソファで眠ってしまったらしい。時計を確認すると日付が変わる頃で、やってしまった、と頭をかきむしっていたところに、ギギナが姿を現した。
「仮眠していただけだ。
……
お前こそなんでこんな時間に事務所に戻ってきた」
俺の明らかな嘘にギギナは美しい鼻を鳴らし、「面倒な女を当てた。家に帰るより此方のほうが近いから寄っただけだ」といつものように涼しい顔でいう。やることやってきただろうに、そういう匂いもしない。
「寝るならここじゃなくて屋根の上にしろよ。明日一番に来た若手が、お前の顔見て失神する可能性がある」
昔のように俺とギギナだけのこじんまりとした事務所ならこんなことはいわなかったが、今は人が増えすぎた。腹立たしいがこいつの美貌は昔から変わらずで、耐性のない若手が不用意に寝顔なんて見てしまったら、発狂する可能性すらあるだろう。
「まだ帰らないのか?」
「俺? 帰るに決まってるだろ、なにが悲しくて事務所で寝なきゃならんのだ」
座ったまま寝たせいで体が固まっている。体を伸ばすと、ぽき、と関節がいくつか鳴る音がした。もれたあくびを手のひらで隠しながら立ちあがろうとすると、音もなく近づいていたギギナに肩を押される。こんな時にも嫌味を忘れないギギナは、わざと人差し指だけを伸ばした手を俺の顔の前にかかげていた。
なんだよ、と視線を向けると手を下ろし、「貴様は相変わらず顔色が悪いな」と妙なことを口走った。
「いつもと同じように疲れているだけだ。人も増えたし、どこぞの誰かさんの宝珠やらなんやらもあって前よりさらに金が嵩む」
と嫌味をいってはみるものの、昔よりマシな生活にはなってきているから、月賦の担保に命をかけるほどではないし、ギギナの装備が適切なのもわかっている。だから俺のわかりやすい嫌味にギギナは特段反応は返さない。
「そうはいっても休みをとっていないだろう。少しは仕事をしない日を作れ」
部下に全てを任せる日があってもいいだろう、と続くギギナの言葉に、俺は深いため息をついた。できるならそうしてるよ、という意味もあったし、まだできないのもわかってるだろ、と同意を求めてもいた。人が増えて、考えることが多すぎるし、俺に相談してくるものも多い。仕事で遠征しているのだなければ休日だろうが連絡がひっきりなしにくるのだから、どうせろくに休めないのはわかりきっていた。
ギギナはジト目を向ける俺に薄く笑うと、そうだな、と喉の奥で小さく笑う。
「お前がもう少し経営に口を挟んでくれれば休めるかもしれないが」
「私がそんな雑務をすると思うか? 人が増えたのだから、余計に私の仕事ではない」
昔からしてきた問答は変わらない。ギギナは金を使う担当、俺は金を数える担当。そうしないと立ち行かない事務所経営なんてとっくにやめて解散すればよかったのに、色々な想いだの意地だので、ここまでこいつと二人でずるずるやってきてしまった。
「はいはい、お前はそういうやつだよな昔から。
……
とりあえず帰るから、そこど、」
けよ、と言い終わる前に、ギギナはするりと蛇のような動作で音もなく俺の足許に膝をつくと、美しく白い手で俺の膝を掴み、足を広げさせる。
「っ、おい、」
ギギナは慌てて足を閉じようとした俺の腰を掴んでずるっ、と中途半端にソファから腰を浮かせたかと思うと、足の間に体をいれて閉じられないようにさせた。
ベルトを外されて、ジッパーが下げられる音がやけに大きく聞こえた。妙に手際の良いギギナの動きを俺は止められない。
*
「こんなことお前がしてるって知られたら、確実に自殺者が出るし俺は殺される」
吐精後の気分は最悪だった。俺の股の間では丁寧に残滓も吸い取ったギギナがそのまま左の手のひらの上に吐き出し、「なにをいっている?」とでもいいたそうな顔で俺を見上げていた。
美姫の口唇は俺のもので汚れて濡れていた。ギギナの瞳には特に感情は見えず、まるであくまで治療だとでもいいそうな顔で、じっと俺の顔を見つめていた。
……
いや治療でたまるか。
「
………………
、」
「おまっ」
ふとギギナが視線をそらしたかと思うと、まるで何か検分するかのような表情で唇を舐めた。当然そこについているのもギギナの口腔内に残っているのも俺の精液でしかない。なんの嫌がらせだこの野郎。
居た堪れなくなりティシュ箱を投げつけると、ギギナは右手で軽く受け止め、優雅な動作でティッシュを数枚引き抜き、汚れた手と自身の口許を拭う。そのまま事務所の給湯室に消えていったのを呆然と見送ってから、ハッと我に返った。床からティッシュ箱を拾い上げると、下肢を拭いて慌てて服を整えると、ばったりソファに体を横たえた。
また流された。
こうやってギギナに抜いてもらうのは何度目だろう。いつからはじまったのかは覚えているが、何度目になるのかはとうの昔に忘れてしまった。
アナピヤの一件で娼館は俺に合わないと思ったのか、ギギナは時折、なんの気まぐれかこうやって俺に手を出す
——
という表現が正しいのかどうか、実のところわからないのだが
——
ようになった。最初は手で抜かれるくらいだったのに、いつからか口でされている。
最悪の相棒だとずっと思っていたが、顔だけはあの通り絶世の美女よりも美しい顔立ちをしているものだから、下半身に素直で馬鹿で単純な俺は毎度ギギナの手管舌技に負けている。実際うまいのだ。女しか抱かないはずの男のくせして、今まで俺が奉仕させたどの女よりもギギナのほうが圧倒的にうまい。こんな風に過去の女とギギナを比べること自体どう考えても最悪なのだが、事実なのでどうしようもない。
だから、服や体に手をかけられた瞬間は嫌悪感があるくせに、実際はじまってしまうともう、拒むふりだけして、いつもそのまま流されてしまう。お前が強引だから仕方ないだろという顔をして。
「そんな事態にはならない」
「突然なんだよ
……
」
給湯室から帰ってきたギギナはぐったりとした俺を見て、何故まだ疲れている? とでもいいたそうに眉を寄せていた。同僚に抜かれて疲れないやつがいてたまるか。
ギギナはソファのそばにしゃがみ込んでくると、知覚眼鏡を勝手に外して、俺の左の下瞼を白い指でなぞった。隈でも浮いているのだろうか。
「貴様にしかしないし、他人に見せる気もない。誰かが近づけば私にはわかる」
「
………………
」
さっきの自殺者云々への返事か、と数秒考えて答えに行き着いた。
たしかに獣じみたギギナの感覚ならよほどの盗聴技術者でもない限り、他人の気配はすぐにわかるだろう。それを断言するのはわかる。
問題は「俺にしかしない」の方だ。そもそもなんでお前が俺にこんなことすんだよ、という当然の疑問は俺の口から放たれることはなく、代わりに溜息を溢した。
「
……
帰る。お前も事務所に残らないなら、戸締り確認手伝えよ」
ギギナの手から知覚眼鏡を取り返して顔に戻す。
家に帰るより近いから事務所に寄っただけとギギナはいったが、どうせ俺がいるとわかって寄ってきたのだろう。何故だかそういう確信があって、けれど理由は問いたくないので問わない。
ギギナが無言で窓やその他の警戒装置の確認を行っているのを尻目に、俺も同様に別部屋の確認をして事務所を出た。ドアの横で壁に背を預けて待っていると、ややあってギギナが出てくる。
無言で鍵を締めて、俺はジヴの待つ自宅ではなく、事務所から一番近い隠れ家に足を向けた。遅くなりすぎる時は起こすと悪いから帰らない、と伝えてあった。夕方頃、もしかしたら遅くなるかもしれないと連絡を入れておいたから、彼女もわかってくれるだろう。
ギギナは当然のように俺の隣を歩んでいる。それに俺は何も言わない。
家に入って鍵を締めると、あらかじめそう決まっていたかのようにギギナの手が顔に伸びてくる。俺は一瞬だけ嫌そうな顔を見せて、やれやれとため息をつくふりをした。
先刻事務所で俺のものを咥えていた美しい口唇が俺の唇を塞いで、熱い舌が隙間からぬるりと侵入してくる。ギギナの冷たい掌が俺の腹や腰を服の上から何度も撫で摩り、口付けの合間にシャツの裾をボトムから抜かれる。ギギナの掌に俺の熱がやや移ったあたりで、素肌に直接触れられる。びくりと腰が跳ねて、密着させられた下半身が確かに屹立するのがわかった。
口唇を離したギギナと目が合う。美しい貌は微かに嬉しそうな色をしていた。多分、俺にしかわからないほんの僅かな変化だった。ギギナの色のない瞳は微かに熱に濡れていて、美しい口唇から漏れ出る息が熱い。
気恥ずかしさもあり無言で見つめ合っていると、耳朶に噛みつかれた。肌に吐息がふれて、俺の背筋をビリビリとしたなにかが駆け抜ける。頭の中に靄がかかって、冷静な思考が奪われて行く。甘噛みされた耳朶を舐められて、鼓膜に直接濡れた音が響き思わず声が出た。ギギナが気を良くして笑ったのが、触れ合った体の震えでわかる。
「こんなことはお前にしかしない」
気が触れそうなことを耳許で囁くギギナのことが、俺にはまだよくわからない。
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