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ながひさありか
2019-06-18 09:51:01
4310文字
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夏の観測
学生狡宜
・学院時代/狡噛の強い思い込みがひたすら大勝利
付き合っているのか、とどういうわけかやや怯えた顔で狡噛に尋ねる同級生の姿に、宜野座は即座に席を立ってその場を後にした。後ろから「ギノ」と呼ぶ声が聞こえたがあえて無視し、さっさと図書館へ向かう。午後一の講義はお互いに休講だったから、各々勉強をしようと昼休みの間に狡噛と決めていた。だから、先ほど置いて行った狡噛は用事を終えれば恐らくここに来るだろうし、来なければ来ないで別に宜野座は構わない。
仕切りと壁で簡易に隔離された一人用の自習スペースで教材を展開すると、次の講義の復習をはじめる。もうすぐ夏季休暇を控えた学院内はどこか浮足立っていたが、休暇の前には期末試験が控えている。心置きなく新学期を迎えるためにも
――
それから、今度こそ学年首位を狡噛から奪うためにも、勉強はかかせなかった。
「お前な」
三十分ほど経って、宜野座の肩が叩かれた。声にも手のひらにも覚えはあったので、宜野座はタブレットから顔を上げない。
「面倒はごめんだ」
「だからって一人で逃げることないだろ。お前があんな態度を取るから、逆にめんどくさいことになっちまった」
はぁ、とため息をついた狡噛は、宜野座の隣の席に座り、椅子を少し後ろに下げると、仕切りから顔を出して宜野座を見る。
「おれがなにかいえば余計に面倒なことになる。
――
だいたい、お前と付き合ってるかどうかなんて、そんなの考えればわかるだろうが。くだらない」
「確かにくだらない。
――
ただの事実だからな」
狡噛の言葉に、宜野座はタブレットから顔を上げた。話の流れを頭の中で反芻して、数秒口を閉ざすと「今のはどういう意味だ?」と狡噛に胡乱な目を向ける。
「だから、俺とギノが付き合ってるって事実を、他人にどうこういわれるのは癪だって話だろ?」
「
………………………………
は?」
顔だけ狡噛に向けていた宜野座は、友人の言葉に体ごと向き直る。驚愕した表情でまじまじと友人の顔を見つめていると、狡噛はなにもわかっていない顔で首を傾げた。
「なんだよ」
「別におれたちは付き合っていない」
なんで狡噛とこんな会話をしなきゃならないんだ、と思いながら、宜野座は頭痛を覚えて眉間に薬指と中指をあてる。
「あー
……
――
、すまん。お前がそういうことにしておきたいなら、次からはそう答えるよ。ただまぁさっき『そうだ』っていっちまったからな
……
、今更違うと否定しても信じてもらえな、」
「お前はなにをいってるんだ!」
思いのほか大きな声が出て、はっと宜野座は掌で口を抑える。きょろきょろとあたりを見回すが、幸いにも学生の姿はなかった。
「待てよギノ、芝居は外だけで十分だろ。俺にまでそんなこというのはさすがに傷つくぜ。それともこの間の返事は嘘だったっていうのかよ」
この間の返事?
眉を跳ね上げて狡噛を睨む宜野座に、狡噛が情けない顔をして眉を下げる。
「お前もしかして、ただの友人でもキスするもんだと思ってたのか?」
「
…………………………
」
狡噛の問いかけに、「この間」がいつのことを指しているのかようやく理解した。
*
つい十日ほど前、宜野座は狡噛の家に小さなプランターを届けに訪れていた。日差しの強い日で、十五時過ぎの住宅街は温度調整がいささか間に合っておらず、狡噛の家についた時点で宜野座は顔を赤くしてまいっていた。
友人の家を訪れた理由は、休みの前に資格の講習を受けることを狡噛に伝えていて、「終わった後用事がないなら家に来ないか」といわていたから、それなら、と一緒に勉強でもしようと思っていたのだ。
そうしてこの日、宜野座は講習で小さなプランターをもらったのだが、自宅にはすでに似たようなものがあって、処分に困っていた。だから、講習の終わりを狡噛に電話で伝える際に「迷惑でないなら」と譲渡を切り出した。狡噛は特に間を置かず、「ギノがいらないならもらう」と答えた。
狡噛は今時珍しくアナログなものが好きだから、きっとこういうものにも興味を示すだろうと思っていたが、予想通りの返答が宜野座には嬉しかった。
「
……
大丈夫か」
「暑くて死ぬかと思った
……
クソ、なんだってこんな目に
……
」
ぐったりしながらプランターの入った袋を差し出すと、狡噛が苦笑してリビングにでも置くよ、と答えた。
「できれば窓際に置いてくれ」
「じゃあ俺の部屋にでも置くか。ついでに涼んでいけよ」
「元々そのつもりだ」
狡噛の母親は買い物で外出していたし、前々から決めていた通り、狡噛の家で数時間過ごすつもりでいたから、宜野座は促されるままに狡噛の部屋に足を踏み入れた。別段初めて来たわけでもなかったから部屋を見るのに躊躇もない。空調が家の中全体できいている。宜野座は狡噛の部屋のドアを開けたまま、彼が窓際に小さな鉢植えを置くのを見ていた。
狡噛の部屋は日差しも十分そうで、特に問題はなさそうだった。手入れに失敗さえしなければ、きっと問題なく花を咲かせるだろう。
「水のやりすぎにだけは気を付けてくれ、カビが生える可能性がある」
部屋の入り口でそう答えた宜野座を振り返った狡噛は、「なにそんなとこで突っ立ってるんだよ」と小さく笑って、学習机の前の椅子か、ベッドに腰を下ろすように宜野座を促した。
「麦茶でも持ってくるから」
他人のベッドに座るのは落ち着かないので、宜野座は椅子に腰を落ろす。別に床でもいいのに、と綺麗なフローリングの床に視線を向けながら、机の上で腕を組み、上半身をぐったりと倒す。暑さで火照った体が冷やされる感覚が気持ちよくて、宜野座はうとうとと我知らず目を閉じていた。
「ギノ、」
「っ
……
、めた
……
、」
頬に触れた冷たく濡れた感触に、宜野座はびくっと体を震わせて目を覚ました。何度か瞬きをすると、宜野座の頬にグラスをあてた狡噛が笑っているのが見える。
「そんな大変な講習だったのか?」
「いや内容自体は別に
……
」
身を起こした宜野座に冷えたガラスのコップを渡すと、狡噛は小さなローテーブルの足を広げて、その上に自分のグラスと冷えた麦茶の入ったボトルを置いた。
「寝不足か?」
「違う。暑くて
……
眠くなったんだ」
「お前それ熱中症じゃないのか? なにか冷やすもの持ってくる」
大袈裟だ、と止めようとした宜野座の言葉を聞かずに、狡噛はコップに冷たい麦茶を注いで宜野座の前に置くと、エアコンの温度を二度ほど下げて慌ただしく部屋を出て行く。
素直にいうんじゃなかった、と思いながら宜野座は目の前の麦茶を飲んで、暑い体を素直に冷ますことにする。
熱中症の疑いをかけられたせいか、急に「そうかもしれない」と思いはじめていた。喉の渇きを自覚した上に、微かに頭痛を覚えた気がして、ピルケースからいくつかのサプリを手のひらに出すと、塩タブレットを取り上げて口の中に放り込む。コップの麦茶を飲み干し、新たに麦茶を注いでそれも呷る。それでようやく渇きがいささか落ち着いた。ちょうど狡噛が戻ってくる。
「首の後ろと太ももの間、とりあえず二つ冷やしたほうがいい」
保冷剤をタオルにくるんだ物を渡されて、宜野座はバツが悪い顔をしながら大人しく受け取る。腿の間にそれを挟んで、首の後ろにも同じように押し当てる。じわじわと冷気が体に移ってくる感覚が気持ちよかった。
「油断しただろ」
「
……
した」
「帰り、家まで送ってやろうか?」
「そこまでしてくれなくていい」
「頼ってくれていいのに」
「うるさい。いらんものはいらん」
体の火照りを冷ます間、なにか話せと宜野座が口にすると、狡噛はそうだな、と数秒考えたのちに「じゃあ最近読んだ本の話をするが」と微かに笑う。笑ったのは、宜野座がそこまで興味がないのがわかっているからだろう。
宜野座は狡噛のその言葉に頷いて、机の上に体を投げ出して体を冷やしながら、ぼんやりと狡噛の声を聞いていた。耳に心地いい落ち着いた声に目を閉じかけると、狡噛が話すのをやめて、大丈夫か、と肩に手を置く。手のひらの熱が服越しに伝わって、「お前こそ熱いぞ」とぼんやり目を開ければ、俺は廃熱が高いからな、と快活に笑う。そういう顔が好ましかった。
なにともなしに狡噛の話をぼんやり聞いて数時間過ごすと、そろそろ帰宅の時間だった。ダイムの散歩に行かなければ。そう答えた宜野座を、狡噛は引き止めなかった。
「ギノ」
帰り際に呼び止められ、なんだ、と宜野座はなんの気もなしに振り返った。
肩に手を置かれて、狡噛がそっと唇を合わせてくる。
「
………………
」
むっと眉を寄せた宜野座は、突飛な狡噛の行動に、なんと声を上げるべきか数秒迷う。迷って、「帰る」と顔をそらして狡噛の家を出ることにした。
狡噛のソレに、なにか意味を持たせたくなかったからだ。
*
「思い出したか?」
「
…………
お前が勝手にキスしてきただけで、別になにもいわれていない」
「
……
それはたしかに悪かった。勝手に伝わってると思ってたんだよ。
…………
ギノ、好きだ。俺と付き合ってくれ」
「おれは他人と付き合うとかそういうのは嫌だ。
……
今のままがいい」
間髪を容れずそう告げた宜野座に、狡噛があからさまに傷ついた顔をする。
傷つけなかったわけではなかったが、かといって他にどういえばいいのかが宜野座にはわからない。
今の狡噛との友人関係ですら、宜野座は己に相当な言い訳をしている。その上、他の
——
特別な関係になるのは無理な話だった。なぜ無理なのかという理由を狡噛には教えていないのだが。
宜野座は視線を彷徨わせて、そういうのは無理なんだ、すまない、と小さな声で再び零す。
口にされなかったことに先行して怒ったくせに、同じことを狡噛に要求するのは卑怯だとわかっている。
それでも、「狡噛にはわかってほしい」と宜野座は考えてしまった。
「
………………
一緒にいたくないとかじゃないんだな」
「はぁ?」
「いや、だってその、お前にとっては
……
この間のは、無理やりだったってことだろ」
「たしかにそれはそうだが
……
」
合意の上ではなかったが、嫌ではなかった。
ゆいいつの親友を失いたくないから、ではないだろう。なんなんだ、とは感じたものの。
「
……
常識的に考えていきなりするのはやめろ。二度としないなら許す」
ふん、とわざと大仰なため息を吐いた宜野座に、狡噛がほっと表情を緩ませた。
==========
続くかもしれない
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