好きと嫌いの間には何があるのでしょうか。昼に食べたグラタンのみかん色のランプは問いに答えない。それじゃあ、愛と無関心の間にあるものは?蝶と蛾にはいかほどの違いがあるのかな?毒と薬の境界線はどこだろう?はあさてこれにも返答は無い。それもそうだろう、ここには下らない疑問に適当な答えを返してくれる愛すべきコウハイはいないし、何より誰よりここには僕しかいない、つまりはこれはいつものようにどこまでも自己問答なのだ。
ふいと、自己満足の自己完結に休息の息を吐くと、哲学者の少年はほのかに温かみのある光に染まった自らの髪を手すさびに透いてみる。キラキラと光るそれを嫌いじゃないと感じるのはなぜ。赤いフチに囲われたレンズが屈折させた光のみを受け取るエメラルドがその体を成している気持ちになるのはなぜ。柔らかな頬がいまだに柔らかく、彼女への気持ちがこんなにも冷めているのに張られた頬は血の熱さに燃え、ひりひりと塩化ナトリウム水溶液の味がする分泌物を呼ぶのはなぜ。あんなにも好きだったのに、貴方の気持ちにこたえたのに、まるで急に心がどこかに行ってしまったような感覚で、まるで急にそこにいるのが別の人だったみたいな態度で、君を捨てたのはなぜ、どうして、わかんないやあんなに好きだったのは確かなんだけどな、ばちん、ああいたい、酷い人最低じゃないの、どうしてあの子は僕を打ったんだろう。未だ熱冷めぬ頬を冬の風ですっかり冷えた指先抑えてうつむく。どうして喚くの、難しいな人の心って。僕は僕が欲しいと思っていたからそれを態度に出しただけで、僕は僕がもう欲しくないなと思ったからそれを言葉に出しただけで、それがどうして琴線に触れたのか、分からないわじゃないけれど知らないわけじゃないのだけれど、理解できないよ、きっとそれは食べてはいけない毒のような味がするから、目が悪くてもそれくらいはきっとわかるよ、だから咀嚼ができなくて、飲み込めないままぐらり、溺れる。人の心はまるで海、それじゃあクオリアは伝播する水でしょうかとこぽこぽ笑う、笑う僕。ああ笑わないでよ酸素がもったいない、酸素がなくなるともっと溺れてしまうから。ああさてこの場合の酸素とはなぁに、何だろう、心が海なら水なら、それから僕を守るのは殺さないのは生かすのは、無関心という名の壁かしら、それとも忘れてしまいそうに遠い約束?きらりきらりと反射するだけの水面が通すのは快い暖かさだけ、優しい煌めきと、甘やかな安堵、優しい物だけが心に触れていいのだと、心に触れるのが優しいものになりますようにと水を張る。ああそうか、酸素の正体はまたこれも水、決して混ざり合わないなんてことは無くて、いつかはきっとほろほろと溶けて一つになって消えてしまうの、混じる異物は蝶の羽、きらきらの鱗粉がお星さまのように綺麗で、それはきっとちょっぴりだけ恋に似ている……のかもしれない。
どうだろうか、もしもそれが恋にとてつもなく近いのだとしたらそれは毒なのかもしれないじゃないか、いやそもそも恋が毒でないという保証もどこにもないのだけれども。そもそも僕にそんなものが関係あるものか、どうにも一人で独りな僕に。ぐるりぐるりと思考は回り、ぐるりぐるりと目玉は回る。はくはくと金魚のように息継ぎをすると、ういういと頭を抱えて手近なクッションを柄にもなく抱きしめて、ぼろりぼろりとしみる熱に疑問符。どうして。これが寂しいという気持ちなのでしょうか、孤独の中にドクが潜んでいたのかな。どうだろうかまさかそんなわけ、そもそも寂しさの原因は?熱の引かない小さすぎる傷にその原因があるだなんて考えられない。ああどうしてこんな日に限ってあんな行動をとってしまったのだろう。祝福されるべきじゃないのかと、ぐらり、目は外界との境界を見つめ、同時に許可なく開かれるその扉に幻覚でないリアルを見た。さかさまの世界に、見慣れた緑。
「……あれ、君今日来ないって言ったじゃん、どういう風の吹き回し?」
「いや、急にセンパイに奢ってほしいなと思って来ただけっスよ」
「見ての通り、お取込み中なんだけど」
「嘘は良くないんじゃないんスか」
「嘘じゃないよ、僕さっきフラれたばかりだもの」
「じゃあ尚更嘘っスね、センパイが女の子にフラれるまでは本当だろうけど、それで落ち込むのはあり得ない」
そうでしょう、と言わんばかりに目を背けたそれが僕が急いでついて来るのを分かっているのだと廊下を歩こうと踵を返すのを僕は知っていて、そう大して急がなくても、そう、前を歩くのに恥ずかしくない程度に身なりを整える時間を取っても、そこに残っていることを僕は知っていた。華やかで甘い匂いのするハンカチで申し訳程度に目元をぬぐうと、手櫛で頭を整えながらコートを羽織る。シャツには多少シワはあるけれど、ぬいぐるみのようなこれを脱ぐ機会は外には無いだろう。想像していた通り、いつも通りに憎たらしい顔はそこにいて、やれやれといった顔で前へ傾く。
「あ、」
ふわり、と目の前、背中と目線の間に銀色の蝶々が見えた気がした。捕まえようと手を伸ばすとするりと逃げて、光る粉だけを残して消えていく。行き場の無くなった手は勢いの死なないままぶつかって、そのまま引っ張られて暖かい。
「財布を落としちゃ困るっスからね」
「またまたぁ、照れてるんだね、可愛いところもあるんだね意外だよ」
「は?」
くすくすと上機嫌に笑うとさらに睨まれる。そんな顔してるとしわが増えるよと嘯けば飽きれたような溜息。僕は彼を欲しいとは思わないし、それは確かに愛していないことを示すのだけれども、それはそれでいいのだろう。愛し合い会い死合う幸福に理解を示さないわけじゃない、それでも僕は、そんな毒によく似た愛を飲み干し蝕まれるよりも、この瞬間だけは相も変わらず愛も愛想も無いような彼と、つまらないだろう買い物に心躍らせ楽しむのを選ぶのだ。情に溺れるのは、いつだって性に合わないのだから。
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