お母さんはいつも違う事を言っては僕を打つ。でもきっとそれは僕がちゃんといい子になれるように、考えるきっかけをくれていたんだと僕は信じてた。だから顔の無いあの子が、絵本に出てくる猫みたいに笑う彼が言うところのアドバイスを真に受けてきたんだろう。
「そう、それはもうママはいらないんだよ。だから捨てて新しくしちゃおうよ、キャンディの包みみたいにさ!」
だって味のしなくなったガムは捨てられるべきだって、テレビでも言ってたもんね。
嵐が来たら耳を塞いで息を止めて、ギュッと目を瞑る。子供のままじゃいられない事は分かってる。子供のままじゃダメだって事も分かってる。けどそれでも、無責任に何かに怯える子供のままでいるのは大人らしくあろうとするより少しは楽で、聞き分けよく子供らしい子供の顔をすれば僕をそんなに知らない大人は僕に優しくしてくれるって事も僕は知ってる。いつも突然やってくる嵐をやり過ごすにはそれで充分だったし、それ以外に方法は何も知らなかった。だから、僕はいつまでも子供らしく可愛らしい子供であるべきだとさえ錯覚していたんだろうな。咥えこまされるロリポップの味はせわしなく変わるけど、それに合わせて引き出しから包み紙を用意するのは慣れれば大変じゃないし、何よりすぐに剥がれて構わないのは気楽だった。
さて、そういうわけで僕は自分でも驚くほどに自分の言葉に責任を持つつもりが無かったし、どうせ短い付き合いだからいつも通りにやり過ごすつもりでいた気がする。それがいつも間にか心臓がこんなにも痛むところまで来るんだから驚きだ。僕は僕がこんなにもちょろい奴だなんてこれまで思いもよらなかった、僕が僕の言葉にこんなにも責任を持たない事に傷つくとは思いやしなかった。お母さんが僕を打ってすらくれなくなった頃に感じたモヤモヤになんだか似てると思ったけれど、それは大切なものをなくすかもしれなくて怯えているんだって教えてもらった。あの子のアドバイスは効かなくて、「好き」だなんて言われるだけでこんなにも舞い上がって、コントロールできない気持ちに振り回されて、誰かの痛みに寄り添いたくてなっちゃって、全部初めて知る気持ちだった。ガラスに反射する自分の表情が練習した時と違うのにびっくりした事もあったんだっけ。何となくだけど、意識しないうちに僕は変わっちゃたんだと思う。あの程度の約束くらいは守ってあげなきゃだと判断したのがなんでだか分からないのもそのせいだ。でも、きっとちょっとだけ共感しちゃったのもあるんだろう。調子に乗ってたんだ、変われたんだって、変われるんだって勘違いしてた。見栄を張って、もう泣かないなんて決めちゃって、本当にバカみたいな話だよね。
結局、僕は忠告に従わなかった。それは有頂天になって期待をしてしまったのからなのかもしれないし、頼って貰えなかったのが不安になったからなのかもしれない。嫌わないでなんて言うくせに平気でこんな事をする僕の気持ちは、僕もイマイチよくわからない。ドアを叩く手が震えていたのが無視された罪悪感の訴えなのか、それともこんな利益の無い約束の為に蓋をした気持ちが暴れてるのかさえも分からなかった。そのくせに、ちょっと大人になれたんだと思い込んでいた事だけは自覚してる。……それからなんだっけ。話が変わって、大切なものを取られちゃうかもって可能性に駄々をこねて喚く子供(勿論僕だ)が誰なのか自分でも分からなくて混乱して、僕は自分よりずっと小さな子に縋るしかできなくて、願掛けに験担ぎ、最後は猫にまで頭を下げた。笑っちゃうよね、誰かがの為にこんなになるとは思わなかった。誰かの為に動こうとして、こんなに動けないとも思わなかった。いつぶりだっけあんなに泣いたの、泣くのってこんなに疲れる事だったっけ。怖いなあ。外側から、じわじわと火に焼かれるみたいに変わっていくみたいでとっても怖い。それでもどうか、どうか僕に手を差し伸べてくれた君の為に、何かできないかなんて考えちゃって、ああでもどうだ、僕じゃ足手まといにすらなれなくて。心がちくちく苦しくて。無力で、ごめんね。それでも僕は君が好きだよ、僕にとっては君が一番で、大切で、なのに邪魔しか出来ないのが嫌なんだ。ねえ、僕こんな時どうすればいいの。顔の無いあの子はあの日からずっとべそべそ泣いたままで何も言ってはくれない。……でも、そうだいつもくれるアドバイスは同じだったよね。
「君はもういらないんだよ。だから捨てちゃうね、キャンディの包みみたいにさ。」
ああ、ああそうだ、そうしたらいいだけの話だったんだ。それじゃあね、 いつもの じゃない君にバイバイ。耳元でチリチリと音がする、脆い赤信号の向こうに押し込まれたあの子の顔は、相も変わらず嫌いな黒い目。
ごめんね、お迎えを待つのはもう君の役目じゃないの。
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