古賀峰十一郎
2016-12-30 04:49:14
2849文字
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清城潔のヴンダーカンマー

また懲りずに清城くんと黄泉人くんの捏造過多な三次創作を書きました

 清城潔は宝箱を持っていた。それは正確には彼の物ではなかったのだけれども、その中身の所有権は彼にあり、その宝箱のカギを持っているのもまた彼であるので、その宝箱は彼の物であると言って差し支えないだろう。

 始まりは、一つの大きなオルゴールだった。赤い革張りに金のふちどりと飾り、開けば星空から蝶が降り、蘇芳色のびろうどの地ではガラスの人形が焔のように赤いガラスのフェアリーサークルで踊り、オルゴールの鍵は華奢な音色でオラトリオを奏でる、目にも耳にも美しいオルゴールだった。「あのね、清城くん。これね、君にあげる。僕の宝物だけどね、もう持っていられなくなったんだ」と、彼の幼馴染がこっそりと持ってきたそれを、どれだけ拒否しても、どれだけもらえない受け取れないと首を振ってもお願いだからと押し付けられて「じゃあ、いつか僕が返してほしいって言うまで預かってて、ねえお願いだから。僕がそれを持っていてもいいって事になるまででいいから」と、はらはらと涙に潤む緑色に負けて、そうしてようやくオルゴールは彼の物になった。受け取った途端にぱっと華やぐように微笑んだ幼馴染が嬉しそうにオルゴールを構成するあれそれについて一々嬉しそうに喋っていたのを今でもなんとなく覚えている。あっちの蝶は小さな鏡と呼ばれているとか、でもこっちの蝶の宝石のような青色の方が僕は好きだとか、ふたの裏側に描かれた星座の神話だとか、この人形がオルゴールの奏でるオラトリオのシーンを表しているんだとか、ふたを閉める時にはちょっと工夫が必要なことだとか、外から巻くためのゼンマイのアンティークゴールドは時折磨いてほしいことだとか、あとそれからびろうどの色が、どういう意味を持っているのかだとか。そういう彼にとってはつまらなかったかも知れないことを幼馴染は夜が眠る時間まで延々と、涙の跡が乾いてひきつるまで話し続けた。そうして全部を伝え終えた後に、疲れたとだけ呟いて眠った。握りこまされたオルゴールのカギのせいで酷く手が痛くって、その夜彼は眠れなかった。
 オルゴールをきっかけに、彼の幼馴染はたくさんの宝物を彼に預かってほしいと持ってくるようになった。丁寧に押し花の栞にされた四葉のクローバー、手入れの行き届いた小鳥の風切り羽で作ったペン、暗い森に差し込む木漏れ日のような色合いをしたグラスアイ、花弁の一枚一枚が違う色をしたブリザードローズ、夏の夜空を閉じ込めた天球儀に、金粉を巻き込んだアメジスト。どれもこれも雑に扱えば簡単に壊れてしまいそうな繊細な品ばかりだ。夜に幼馴染はやってきて、宝物の話をしては朝が目覚める前に帰っていく。まるで夢でもみせられているような心地だったが、目が覚めるたびにしっかりと枕元にある宝物に朝の彼は辟易していた。(それでも「預かってほしい」と頼まれれば請け負ってしまうのだったが)まったく、相手の手間も都合も考えないで、お気楽な奴め。と悪態をつきながらも無下にはできず、細心の注意を持ってオルゴールの箱に仕舞ってしまうのだった。
 「預かってほしい」という割に、彼の幼馴染が宝物を受け取りに来ることは無く、幼馴染は彼のもとを夜訪れる度に宝物を預けて行く。そのため、月が満ち、欠けるごとに宝物は増え、オルゴールの中は狭苦しくなり、いつしか人形は踊れなくなっていた。そろそろ断るべきかと懸念し始めた頃、また預かってほしいと言われたのがガラス玉の埋め込まれたカギだった。それは新しい宝箱のカギだった。天井の裏には星空が広がり、時間の止まった蝶たちが吊るされて、敷き詰められた蘇芳色のびろうどの真ん中には金の金飾りのされた一脚の革張りの椅子があるだけの、美しいががらんどうの箱だった。宝箱を受け取った彼は、椅子を隅に動かしてオルゴールを代わりに中央に据えると、オルゴール箱の中から一つ一つ宝物を取り出しては箱の中にセンス良く置いていく。緑の瞳をもつ真紅のリボンを巻いたテディベア、白磁の精巧なドールの腕、額縁に飾られた心臓に、一式の銀食器。一通りを飾り終えた後、やっぱり納得がいかないのか椅子を真ん中に戻してオルゴールをその上に置きなおす。今度の宝箱は元々少し圧迫感のある分物が飾られている方が幾分かマシに見える。宝物の数はあれからも少しずつ少しずつ増えていったが、引っ越しはこの箱に移したときの一回だけだったし、次があるとすればそれは宝物たちが元の持ち主の手に帰る時なのだろう、箱を閉めるのに使ったカギを眺めながら彼はなんとなくそう感じていた。

 小さな燭台のアロマキャンドルがぼんやりと照らすその空間に、清城潔が螺子巻いたオラトリオだけが動いている。人形の足が黒くなっていたことに、人形がもう踊れなくなっていることにとっくの昔に彼は気づいてはいたが別段気にしてはいなかった。それはもとよりそうなる運命だったのだ。早いか遅いかの違いはあれど、その聖女を救う手段は誰も持っていなかったわけであるし。置いてある幼馴染の宝物を、ふんわりとしたブラシで払い埃を取る。磨かなければならないものは粗方磨き終えたし、一息ついても良い頃合いだろうと休息用の椅子に腰かけて部屋を見渡す。いつ見ても時間の止まったような部屋だ。特にここ最近は、しばらく新しい物が入ってくることも無かったからか余計にそう感じる。子供の好奇心と呼ぶには少し歪んだ、キラキラと光る宝物の数々を、彼はどんな思いで眺めてきたのだろう。それは幼馴染である彼にも理解できはしなかったし、きっとこの先誰もそれを理解する人間は現れないのだろうと思うと、キャンドルの火に照らされたそれらに同情に近い気持ちも湧く。自身にできることはこれらを管理して少しでも長く保たせることなのかもしれない、そう思うとさっさと残りの作業も済まそうという気になるので少し重い腰を上げる。膝にぶつかる硬い感触に、そういえば今日はここに新しい物を置こうとしていたことを思い出す。いつの間にか止まっていたオルゴールのふたを閉める前に、エプロンのポケットに入れていたガラス瓶を入れる。それは別段高価な瓶でもない、ただもと入っていた白い錠剤の代わりに色とりどりのビー玉やおはじきの詰められただけの何の変哲もないガラス瓶だった。
「センパイ、こういうの好きだったっスよね」
 ほんの、利子のつもりで置かれたガラス瓶は、開けられることのないプレゼントボックスとして他の宝物と一緒に来ない迎えを待っていた。革張りに金細工の椅子に力なく腰かけ、その膝に大きなオルゴール箱を抱える人形は何も言わない。何も言わないし、初めてできた所有主を共にする仲間に同情もしない。
「じゃあ、また明日来ますんで」
 ぎぃばたんと扉が閉まるその時、清城潔はグラスアイが濡れたように錯覚した。ああ、そんな風にしたってこのお願いは聞いてあげられないんスよ。明日も彼は宝箱の扉を開ける。永遠に近いものがそこにあり続けることを祈りながら。