それは世間が浮かれに浮かれる祝日の夕方だった。別段その手のイベントに興味を示さなかった清城潔の部屋には、ここにあるはずのない金色が、部屋の持ち主の視界にちらつくように転がっていた。不可解なその事象に不快を感じた清城は、無視を決め込むという当初の予定を貫くよりもここは一度尋ねた方が手っ取り早く追い出せるだろうと口を開く。
「ところで、今日はクリスマスデートの予定じゃなかったんスか?」
「ああ、あれ?あれなら先週キャンセルしたところだよ」
詫びれもせずに朗らかに笑顔で言ってのける金髪の少年、黄泉人灰人は、サクサクとチョコレート菓子をつまみながら中学の国語の教科書をまた一ページめくる。
「そりゃあまたなんで」
「だってあの子、僕の事好きになっちゃったんだ、そうしたらなんだか興味がなくなっちゃって…えーと、なんていうか愛せなくなった…みたいな?」
いつも通りの単純で最低な理由を小首を傾げながら言う彼を慣れたように嗤う。黙っていれば綺麗な顔だ、しかしその中身が腐っているとしか表現できない、いや、腐っているわけではないのか、ただ独自のルールに生きているだけだ。
「はあ、相も変わらずのクズっぷりっスね」
愛するという事は欲するという事、手に入れてしまえば愛しようもないのだと、それでもまあその行動はクズと呼ぶしか仕様が無い。に、してもだ、それは許すにしてもの事だ、
「つーかたとえそうでも俺っちのとこに来るの止めてもらえません?まるで俺っちが予定ないみたいじゃないっスか」
「えへへ、ごめんねぇ」
「詫びるつもりがあるならまずは菓子をソファで食べるの止めて欲しいんスけど…ったく、誰が掃除すると思ってるんスか…」
「ほんとうにごめんってば、ね、後でなんでも清城くんの欲しいものプレゼントするからさぁ~」
同年代の同性の甘えた声なんて聞きたいものでもない、それが慰めて欲しい時と許してほしい時に限定されるのならば猶更そうだ。しかしながら、それでも一応受け入れてしまうというのがこの幼馴染であった。なんだかんだいって彼は甘いところがあるし、それを重々承知した上での行動であることさえも共通認識なのだ。答えが分かっていてもなお、演技を止めないのは、それがたとえポーズであってもプライドのためであることさえもが共通認識であるからだ。
「今すぐ帰ってくれりゃそれでいいっスよ」
「えーでも、今日はどうしても清城くんのところでこれを読みたい気分だったんだよーおねがいだからさ…」
「あーはいはい、分かったっスよ、俺っちの邪魔しなけりゃいてもいいっスよ」
「やったー!さっすが清城くんは優しいな~嬉しいな~」
「五月蠅くするならすぐつまみ出すっスけど」
「はーい」
どれくらい時間が経っただろうと、時計を見るとまだ三十分も過ぎていなかった。妙だな、その日は珍しく本当に静かにいたものだから、逆に気になってしまったのだろう。しびれの切れた清城は、きっと面倒になるだろうと分かっていても口をつく言葉を抑えきれなかった。
「ところで、なんでまた急にそんなもん読んでるんスか」
「え~知りたいの~?じゃあ清城くん清城くんだけには特別に教えてあげるね、お礼に!」
「うわ、何か腹立つ」
それまでニコニコと笑顔でいた黄泉人の顔から、ふっと表情が消える。こういった瞬間、清城はいつも言いようのない感情に襲われていた。
「理解ができないからだよ」
「…ああ、いつもの」
黙っていれば綺麗だとは言ったが、表情の無いのはゾッとする。その感情の名前はきっと彼の幼馴染にしか分からないのだろうけど、それでも聞いてろくなことにならないだろう見え透いた未来が知識欲を殺して、そんな死骸が彼を生かしてきた。答えの分かっている問いは聞くべき時と聞くべきでない時があり、それを清城潔はわきまえているつもりでいたのだ。
「うーん、惜しいなーちょっと違うんだよなあ…んー…蝶の標本…あんまり好きじゃなくって、チョウチョは好きなんだけどね」
「ああ、まあ」
「だってね、どれだけ綺麗だとしても、手に入っちゃえば欲しくなくなるんだもの」
「相変わらずクズっスね。はあ、だからってガラクタを毎度寄越さないでほしいんスけど。管理するのも楽じゃないんスよ」
返答に気を良くしたのか、ぱっと急に朗らかな顔に戻る。ああでもその瞬間もどうにも慣れない。知らなくていい隙間を覗き込んだみたいな気分は、気味が悪くて気持ち悪い。
「そうだねぇ」
機嫌のよさそうに笑う姿は人間味に溢れているはずなのに、彼についてはいかにもそうには見えなくて、言いようのない不安はポロリと、まるで虚勢のような形で零れ落ちる。
「センパイもいつかは俺っち捨てて会わなくなるんスかねえ」
「ふふふ、そしたら寂しい?」
「まさか」
まさか、そんなことが起きるのだろうか。
「ええー酷いなぁ、でも想像もつかないし、そんなことそもそも起こらないと思うよ」
「はは、特別扱いっスか」
「ううん?だって清城くんは、僕の事いつまでも好きにならないでいてくれるでしょ?だからね、きっとずっと飽きないでいられるよ」
きょとんと当然を提示する言葉に、一瞬強張る。
「なんスかそれ、」
「だってそうでしょう?」
「…はは、」
けらりと笑笑ったと思ったら、持っていた本を閉じて床に放る。こういうつかみどころのなさが、清城潔は得意ではなかった。
「ねえねえ、これ読み終わったし、買い物に行こうよ。約束したから、なんでも欲しいもの買ってあげるよ?新しい掃除道具?それとも本がいい?」
鱗粉をまき散らすような行動は、一体何のためだろう。ああでも、そんなこと考えてもどうにもならないのか。
「…じゃあまずはご馳走でも買いましょうかね」
「それならえーと、ターキーならもう注文済みだから帰りにお店に寄ろうね。あ、ケーキはチョコの丸太みたいなので良かったかな?」
「手際の良さは褒めてあげるっスけど、断られてたらどうするつもりだったんスか」
「え?だって清城くんは断らないでしょ?」
その言葉さえ、何かしらのツクリモノなのだとしたら…いや、
「あーはいはい、分かったっスよ、行きゃあ良いんでしょ行けば!」
嫌な囁きをかき消すように、大声を張り上げる。もうやっけぱちってやつだ。
「ふふふ!嬉しいなぁ」
「センパイの財布の底払うつもりで行くんで覚悟しといてくださいね」
「お手柔らかにね!」
コートにマフラーだけを巻いて靴を履く。街のイルミネーションは二人の歪な友情に不釣り合いなほどに、キラキラと輝いていた。
「…夢か」
そうだ、それは紛うことなく夢だった。現実の今日は懸念していた相手に捨てられたと泣きつかれる祝日でも、それまで懸念していた相手に飽いたとすり寄られる祝日でもない。そもそも最早そんな日は二度と来ないのだろうと清城潔はぼんやりしながらもかぶりを振る。
手に入れたキラキラの宝物を、端から潰そうとして潰したくなくて、本当は誰よりもその至福を欲しているくせに憧れているくせに、ひらりひらりと手放すばかりの彼は、主人公でもエーミールでもなかった。標本箱の中身に興味がなく、いや違う、標本箱を嫌っているきらいさえある彼はまるでSchmetterling、そう、それでも逃れられずに憧れに身を焦がす、そんな鱗翅目のような奴だった。
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