猫柳 楸
2023-09-21 11:09:36
860文字
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眠りに落ちる時、君は。

原典ホームズとワトソン

銃声が木霊している。
私はそこでいくつもの死を見た。
つい先程まで仲間と談笑していた気の良い男は、額に穴を空けて空を見つめている。
昨日の朝まで「ドクターのおかげできっと良くなります」と、私の名前を呼んで笑っていた男が、今日の昼にはベッドの上で冷たくなっている。
その場所は、噎せ返る様な泥と血の匂いで充ちていた。
粗末な野戦病院で、何人もの軍医がせかせかと動き回っていた。

銃声が響いている。
戦況は悪化していて、我々は撤退を余儀なくされた。
僅かな治療道具をかき集めて患者を連れ出そうとしていた時だったはずだ。その時の私の記憶はぶつ切りで、うすぼんやりとした煙のように曖昧だ。
しかし私は覚えている。鼓膜を劈くような鋭い音と、左肩を抉り抜いた強い衝撃。そして、倒れた私の足を穿った焼け付くような痛みを。

幾人もの仲間が、死んで、死んだ。

私は運良く生き残った。

それでも。
あの時の劈くような銃声が、鼓膜を揺らし脳内に反響して、いつまでも私のそばを離れない。

……ソン、ワトソン!僕の声は聞こえていたかね?」
「あ、ああ、勿論だともホームズ。……いや、すまない。何の話だっただろう」

ホームズの形の良い唇が不機嫌そうに歪んだ。

「君、あまり眠れていないのだね?ああ、答えなくて良い。原因は、ふむ。そうだな」
ホームズは徐に抽斗からリヴォルバーを取り出すと壁に向けて

バン!撃った。

流石にそれを見て寝惚けてはいられない。
「何をしているんだ、ホームズ!」
私が出した大声に、彼は笑って
「そう、僕だよ。良いかね、ワトソン!君の脳内に響いている銃声は、君の同居人が癇癪を起こして壁に穴を開ける音だ。これからはそう思うと良い」
その時のホームズは慈しむような大変優しい顔をしていた。



滝の音が木霊している。
人が叫ぶ声のような、轟々と水のうねる大きな音だ。

滝の音が響いている。
君を飲み込んだライヘンバッハの激流の音だ。
「一体これは、何に置き換えたら良いのだろうか。なあ、ホームズ」