祭子
2023-03-25 23:26:39
2774文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■BLANK PAGE■

∠[ν]-εγλ0010/10
SANCTUARY Ⅱ(REJECTION)
※Privatter掲載テキスト(20221202初出)

■BLANK PAGE■
∠[ν]-εγλ0010/10


「カメラか。何を見られたところで、『また社長の奇行が始まった』ですむ。ただ、お前のくだらない羞恥心を、機械の無粋な目から守ってやらなくてはな、エアリス。痛」
 つねられた脇腹をさすりながらも、彼は浮足立っていた。警護や警備といったガードのない状況を、いちばん楽しみにしていたのはルーファウス当人なのだ。
 困った人ね、とエアリスは微笑む。彼のことだ。この機会を、みすみす手放すことが惜しかったに違いない。
 だけど、とさらに笑みは大きくなる。声をもらさないようこらえた。彼女もまた、興味を引くことがあれば、放ってはおけない性質だった。そしてエアリスの目の前には、不思議のかたまりのような人がいる。


 ルーファウスには確かにエキセントリックなところがある。エアリスも何度あぐねたことか。そのような突飛な振る舞いも、「ルーファウス神羅のすることだから」の一言で、誰もが、エアリスも、当人ですら納得をしている。この不名誉とも思える一致に、だがルーファウスが不満をもらしたことはない。
 どうしてだろう。エアリスはずっと気になっていた。ヒントは、夫がフランクに語る昔話のなかにちりばめられていた。示唆を集めて、エアリスはこたえを得た。
 窓だ。
 自己には四つの窓があるのだという。開放、秘密、盲点、そして未知だ。彼の窓の開け方は特殊だった。
 ルーファウスは彼らしさを偽らない。その上で自己の見せ方を熟知していた。パブリックタイムもプライベートタイムも。人が忌む無慈悲も、人を拒まない放蕩な性欲も。人を突き放し、ときには引きつけてやまない人差指の使い方まで。それらは『開放』の窓にある。
 世間の知る『ルーファウス神羅』と当人のイメージがずれていないのは、ルーファウスが『ルーファウス神羅』をつつみ隠さず公開し続けてきたからだろう。だから彼の言動――エキセントリックという、半ば誹謗めいた口跡もそうだ――を揶揄られたところで、真実なのだからルーファウスが怒る必要はないのだった。それどころか、自己認知と他者認知のバランスに、彼は満足をしている。この偏った窓の開け方を、エアリスはいっそ清々しいとすら思っていた。
 けれど、とエアリスは手と手でつながる体温に集中する。とたん、こみ上げる切なさごとルーファウスを抱き締めたくなった。
 ルーファウスが第三者の目に困らないのは、それは彼が長い時間をかけて『開放』の窓を大きくしていったからだ。このふてぶてしい夫が、まだ幼く、繊細だったころから。
 たとえば、家族というコミュニティー、子供たちの食事風景を比べてみるとよく分かる。
 ゲインズブール家の夕食といえば、母子二人きりだというのに賑やかだった。一日の報告会を兼ねているからだ。お喋りは弾み、フォークを握る手がしばしば止まった。食事が冷めだせば、さすがに母親が注意をする。少しの沈黙。二口、三口食べたあと、エアリスが「あのね、それでね」と口を開くのは、いつものことだった。エルミナは「懲りない子だね」と笑った。
 エアリスは食卓に着くことが好きだった。食べること、話すこと、そして母親の――小言も含めた――話を聞くこと。卓上にある楽しいことを、ただ楽しめばよかったのだから。
 神羅家はまるで違った。一家がそろうことは稀だったものの、ルーファウスの周りからはやはり人が絶えなかったらしい。給仕のいない食事があることを、彼はボーディングスクールに転学するまで知らなかったのだという。『御曹司の大冒険』はスケールが計り知れなくて、エアリスはいつだってぽかんと聞くばかりだった。
「まったく、くそ生意気な子供だった」
 使用人と護衛、そしてマナー講師のなかで、一人きりの食事を取る。次こそ父親に褒められるよう、カトラリーの美しいかまえ方を覚える。ナイフを落とせば、使用人たちが声をひそめて笑う。それが気に入らずに、プレートをひっくり返してばかりいた。
「あの横暴は、いったい誰に似たのだか。笑われるのもいたし方がないと、今なら分かるぞ」
 ルーファウスは苦りきった顔つきをしていたけれど、そうではないと思った。エアリスには使用人の気持ちがよく分かる。
 子供が、大人のなかでがんばっているのだ。澄まし顔を取り繕いながら。どれほどあいらしかったことだろう。切なくも、微笑ましかったはずだ。エアリスが講師や給仕なら、癇癪にふくれた頬を胸のなかへとくるみこんでいたに違いない。
 ルーファウスは鼻で笑った。エアリスをというより、それはほとんど自嘲めいていた。
「御曹司にそんなことをしてみろ。解雇だぞ」
 幼子が皿を割るたびに、笑った使用人を翌日から見かけなくなる。人であって人でないものが消えていようとも、ルーファウスにはどうでもいいことらしかった。けれど彼の浅慮が招いた結果――ファミリーダイニングルームの人手不足――は、否応にも父親の耳に入るのだ。
「無言の叱責というものがある」
 このときの彼の顔つきを、エアリスはずっと忘れないだろう。
「あれには焦ったな」
 神羅家の総領にふさわしくないのだと、一方的な評価を下されている気がした。短気は損気になる。そうと気づいたところで、ぶちまけた料理が皿に戻ることはない。解雇された使用人も。
 ルーファウスはとつとつと続けた。
「だからといって、性格は直らないものだろう。矯正する気もなかったからな。下手に取り繕うならばいっそおおやけにしたほうが、楽だ」
 ルーファウスは隠したかったはずの失敗ですら、公開することを選んだのだ。『開放』の窓を開いて。こんな風にして、ルーファウスはルーファウスらしくなった。
 エアリスはやはり小さなルーファウスを抱き締めたくなった。幼いさかしさが、却ってもの悲しかった。
 人や機器の目があることで、結局のところ、ルーファウスは『開放』の窓以外を閉じたのだ。
 それが今になって『盲点』と『未知』の窓があわらになった。
 ゲインズブールの家で、ルーファウスの新しい窓が開いていく。
 家族ですごすという、ただそれだけのことで、日を重ねるごとにルーファウスの新しい一面が増えていく。驚いたのは彼女ばかりではないだろう。だというのに。
「お前が来てからというものの、私の自己認識がくずれっ放しだ。まだいるぞ。私のなかに、変な男が大勢な」
 目を丸め、ときには目を細めながら、ルーファウスは未知のルーファウスを迎え入れていく。
 エアリスは嬉しかった。それはきっと、ルーファウスがこれまでの人生で得られなかった、あるいは邪魔だと深層に追いやっていたものなのだ。


■END■
(空白のページ)

20221012