祭子
2022-12-21 21:22:22
17556文字
Public FF7/R×A/TLKG/SS
 

■LET'S *** UNDER THE MISTLETOE■

∠[ν]-εγλ0010/12/25
ルーファウスがDG対策に忙殺されそうです。エアリスの提案で一家揃ってホリデーを満喫します。
※Privatter掲載テキスト(20221220初出)

■LET'S *** UNDER THE MISTLETOE■
∠[ν]-εγλ0010/12/25


 ホリデーシーズンも終盤に差しかかろうとしている。
 本来であれば、サンクスギビングデーからニューイヤーまでゆっくりとすごすものだ。ルーファウスにとっては、実に七年半ぶりの自由の謳歌になるはずだった。
「人生とは、ままならないものだな」
 始まりは〇〇〇三年だったか。コレル魔晄炉爆発事故からの日々に、ルーファウスの口端が皮肉げにゆがむ。
 長期出張というていの軟禁。先代の横死と予期に反するかたちの社長就任、メテオショック。再び――いや、これで何度目になるのか、彼自身すでに把握しかねている――軟禁を経て、極めつきに星痕症候群だ。
 幾度も生き長らえたいのちだった。彼を救った女がとなりにいるという――ルーファウスが何よりも好む稀有な――状況下にいる。今やその女は彼の妻なのだ。家族で、彼のいのちをいたわってやる時間があってもいいのではないか。
 ルーファウスはうんざりしていた。
「『夫婦水入らず』の邪魔をするなよ、親父」
 父親の負の遺産が、また見つかった。ディープグラウンドという。
 零番魔晄炉のあたりにつくられた、大規模実験施設だった。もとはソルジャーの医療精究を目的にしていたのだという。人道を掲げた初志は、神羅の場合、往々にして個々の探求心に取って代わる。なるほど、とルーファウスは肩を竦めるばかりだった。管理者はレストリクターと名乗るソルジャーで、ソルジャー同士のデスマッチ、脳チップと死のウイルス、エトセトラだ。講究の行き着いた先は推して知るべしだろう。
 ここ数箇月続いていた失踪事件の首謀は、しかし管理者ではない。選りすぐりのエリートソルジャーだった。彼らは『ツヴィエート』と名乗り、多くのソルジャーを従えているのだという。
 リーブ・トゥエスティから連絡があったのは、一二月初旬だった。エアリスのハードディスクドライブにまつわる一件以来、神羅社長とWRO局長が――互いの組織に内密で――連携を密にしだした矢先のことだ。
「あのときの貸し、返してほしいんですけど。すぐすぐ、今すぐ。お願い」
 リーブに泣きつかれて、ルーファウスはことの次第を知った。彼はすぐに対策チームを立ち上げた。神羅の機密を扱うのだから、成員のほとんどがタークスになるのはいたし方がないことだった。
「先見性をどこに置いてきた、局長。もっと早くに明かせばよかったものを。君にしてはセンスが鈍い」
 三年の幽閉を経てもなお、DGソルジャーは生きているのだという。地下深くにある一帯は、ホーリーとメテオの拮抗、吹き荒ぶライフストリームという外力にびくともしなかったらしい。
「星も星だ。中途半端なやつめ。どうせミッドガルを巻きこむのなら、地下もろともぶち壊してくれればよかったものを」
 それどころか、ツヴィエートは何やら画策をしている。リーフはきまり悪そうに、そう続けた。だろうな、とルーファウスは頷く。
 あり余る時間を漫然とすごすなど、彼にしてみれば考えられないことだった。その点では、地下に押しこめられようとも腐らない性根をルーファウスは評価している。ただし、碌でもないはかりごとなのは明白だ。彼らの鬱憤が、奈落より黒々と噴出するより前に。ホリデーシーズンに賑わう街中、人々の知るところとならないうちに。片をつけなければならなかった。穏便に。
 表立ってはWROが――DGソルジャーを禁足すべく――動き、神羅が――WROへの物資支援や、ツヴィエートの目的究明に――暗躍するというかたちで、ことに当たっている。神羅社長はチームの采配に忙殺されていた。
「私のホリデーがぱあになった。どうしてくれる」
 鼻で笑いながらも、ルーファウスの心のうちは複雑だった。見方を変えれば、ミッドガル崩壊のおかげで、彼らの足留めが可能だったのだ。ルーファウスは眉をひそめた。
 もしも。
 メテオショック直後の恐慌と、黒斑の死病、それらに加えて神羅の闇のいきものの暴動まで重なっていれば。
「たられば、考えない主義でしょ。ほら、こっち向いて」
 ルーファウスの眉間のしわをとくことができるのは、彼の妻のほかにいない。
「あなたとケット・シー、なかよしだったの、吃驚したけど。本当、いつの間に。何で」
 妻のプライベートを盗み見るためだ。無論、言えるはずもない。ルーファウスは肩を竦めて、やりすごす。エアリスは、ふうん、と首を傾げながらも、二人の不文律を破らない。
「勿体ない気、するね。神羅の皆も、がんばってるのに。WROとなかよくなる、せっかくのチャンスなのに。知ってるの、ケット・シーだけなんて、ちょっとさびしいけど」
 しわは指で引き伸ばすという――いささか強引な――やり方が、エアリスらしかった。
「猶予あるの、ラッキーだよ。あの人たち、閉じこめておけるうちに、対策考えよう。ね、ルーファウス」
 エアリスが笑えば、ルーファウスは光の差すほうに目を向けることができる。彼女には、当然だ、とだけきっぱりと言った。
 だが、ルーファウスにしては珍しく落ちこんでもいた。それは日に日にひどくなった。
 すべてを相続すると傲語しながら、彼は神羅の負の遺産、その全容をいまだ把握できていない。まざまざと痛感した。
 今回のこともそうだ。まず、情報がリーブからもたらされたというところが、気に食わなかった。
「あなたって、やっぱり怖い人ですよね。でもって、まあ、本当によくまわる舌だこと。刺さる刺さる、もうやめて、きっつう」
 リーブが萎えた冷笑と皮肉、それらはほとんどルーファウスが彼自身へと向けたものだった。
 何よりも。
 ディープグラウンド究明を急ぐうちに、ことの発端は神羅カンパニーの黎明期にまで遡った。データ解析が遅々として進まないなか、意味の分からない、だが決して無視をしてはならない単語ばかりがレポートに連ねられていく。ルーファウスが脇に冷たい汗を掻いたのは、一度や二度ではなかった。
 まただ、とルーファウスは己の無知を突きつけられる。神羅家に生まれ、若くして経営責任者に就いていながら、彼はいつだって先代の暗部に関与できない位置にいる。無知は無力のみなもとだ。彼には耐えがたいことだった。
 ルーファウスは焦燥に駆られた。
「星絡みだろう、これは」
 清きいのちより生まれしウェポン。
 いのちの淀みより生まれしウェポン。
 エン、ント、リア。
「ソルジャーどもにしてみれば、わが身のことだ。連中は、いったいどこまで把握している。何をする気でいる」
 被験者のただの暴動では終わらない。これは予感というより、ほとんど予知だ。
 厄災の芽が眼前にあるのだから、ルーファウスは自らの手でそれを摘むことができる。今度こそ、星の救済に間にあうはずの、これは好機だった。だというのに最適のやり方を、彼はいまだ見つけられないでいる。
「またか、またなのか。私は何もできないのか。親父は知っているというのにか」
 焦心だけでは終わらなかった。
 ルーファウスを打ちのめしたのは、リーブの提示した『貸し借りの代償』だ。対ソルジャーには欠かせないものであると、重々承知している。だが、『それ』を提供するということは、ルーファウスの信念を根本からくつがえすも同然なのだ。
 荒れ、そして怯えた。ルーファウスは気が気ではなかった。
 神羅の闇が。
 亡父の大きな影が。
 ルーファウスがこれと定めた生き方を曲げようとする。
「完膚なきまでに、というのはこういうことか。まさかな。言葉の意味を、わが身をもって知るとは」
 父親へのインフェリオリティーコンプレックスから自己をようやく解放し、ルーファウスは彼の人生を歩み始めたばかりだった。晴々としていたのだ、とても。ただ一度――ライフストリーム中毒治療という――厄介ごとを振り払ったくらいで、喜んでいた自身が滑稽だった。
 たとえディープグラウンド問題に目処をつけたところで、彼の与り知らぬ負債は残っているに違いない。一つ明らかになるたびに、ルーファウスの無知は暴かれ、ルーファウスの無力を嘲るのだろう。それでも相続の放棄はしない。困ったことに、彼はいつまで経っても強がりの子供のままで、父親から逃げることがいやなのだ。無知と無力を補うためならば、だからルーファウスは信念をも損なわなければならない。『それ』をリーブへと託したようにだ。
 二度も、三度も、何度も何度も。ルーファウスはこんな風にして亡父に挫かれるのか。それを考えると、彼は怖けるばかりだった。
「なあ、親父」
 足は止まったまま、道行が見えない。まるで闇にいるような日々が続いた。
「父親というのは、いったい何なのだろうな」
 だが、現時のルーファウスは子供ではない。神羅を統べる男だ。
 自身の迷情はさておき、ひとたび現実を見据えれば、目下にあるのは彼が処理すべきものごとだけだった。光も闇もない。難事だろうとも、それを取り除くために采配を振るう。人前で沈着の態度はくずれない。これが彼の常なのだから、くずし方などルーファウスは知らなかった。
 闇は、彼の家内から生じるものだ。ルーファウスを乱し、脅かすのはいつだって彼の家族なのだ。セトラの妻の実在根拠、衰弱する母親への不安、そして父親に向けた劣等だった。
 そして。
「ね、ルーファウス」
 ファーストネームを呼ぶことのできる、澄み声だ。ルーファウスは耳を傾ける。光が差す。
 止まらない弱音を一言余さず受け止め、諭し、抱いてあやす。ルーファウスの進むべき道を明るく照らす。それができるのもまた、彼の――対等の存在――家族だ。エアリスだった。
「約束は約束だ。借りは返す。まったく、借りものなど、私のすることではないな」
 リーブヘの『それ』を用意しながら、彼は悄然とすごしていた。このあたりのことに、今、ルーファウスは言及するつもりがない。生癒えの傷が疼く。
 それでも。
「はい、社長。『対DGおよびお父さん問題』打開につきまして、とても重要で有効な提案があります」
 エアリスが笑うから、ルーファウスは光の差すほうへ踏みだすことができる。
「ちょっと気分転換、しよう。ルーファウス、頭から煙、ぷすぷすでてきそう」


「すごい。ね、ルーファウス」
 曇天の下、エアリスがはしゃいでいる。視線の先にあるのは、広葉樹に寄生する真丸のかたまりだった。緑色をしている。
「宿木。あっちもこっちも、いっぱい。これって全部、本物なの」
「確かめてみようか、エアリス」
 ルーファウスは目を細くする。乾季をすぎてすっかり葉を落とした木々のなかで、それらのあざやかさはまだ遠い春の訪れを思わせる。だが、と彼はさらに笑みを深くする。
 新葉が萌えでたようなそれなら、一対、ルーファウスのとなりにいつもある。
「Let's kiss under the mistletoe.」
 ルーファウスが気取る。軽く口唇を突きだしたところで、エアリスが笑ってかわした。
「しないよ、キスは。だって」


 一二月下旬、ルーファウスは三日間の余暇を、第伍観測所ですごしていた。
 カーム郊外の南東部には硬葉樹林が広がっている。彼が訪れたのは夏のあの日の、一度きりだった。エアリスいわく、「きこりさんの家」だ。平屋建ての地下は、今ではすっかり神羅カンパニーの拠点だった。父親のシアターは撤去し、ミッドガルエリア北部管制室へと様変わりしている。加えて、ディープグラウンド監視強化のただなかだった。スタッフ――タークスや選り抜きの観測手――が立ち代りつめかけている。
 何かと慌ただしいものの、ひとたび地下の扉が閉まれば、森中の孤家に戻るのだった。
「ゆっくりしようって言ったの、わたしだけど」
 タークスの出入りがあるたびに、エアリスは落ち着かないようだった。薄い双肩がひくりと跳ねる様子は、まるで長老の木に集う栗鼠だ。かわいらしいことだな、とそのたびにルーファウスは肩先に口づけていた。
「だからって、ルーファウスったら、のびのびしすぎ」
 エアリスが半ば感心し、半ば呆れていた。ルーファウスは泰然と微笑する。
 ルーファウスが休暇と決めたのだから、周囲がどれだけせわしかろうと、彼の知ったことではない。碧眼が映すのは、ルーファウスの家族に限られているのだ。
 タークスもまた、そのあたりのことは弁えている。至急の用があれば、眼前の神羅社長ではなく、まずは仕事用の携帯端末に連絡をよこした。ここへ来るさいに「調度品は二人分用意しておけ」とオーダーをしたときも、ダイニングテーブルに椅子とマグカップが二つ並んでいようとも、彼らは何も言わなかった。
 この当然――不即不離――を、エアリスはいまだに不思議がっている。それでも彼女の順応力には、さすがのルーファウスも舌を巻く。翌朝にはすでに、彼がエアリスの肩へとキスをする好機はなくなっていた。
 残念がるルーファウスに、だって、とエアリスが小首を傾げる。彼女はすでにこの状況を面白がっている。翠眼にまたたく好奇が、証左だった。
「あなたのそういうところ、見習わなくちゃ。神経、図太いところ」
「私の神経が糸なら、エアリス、お前は綱ほどもあるな」
「あら、すごい。わたし、意外と頑丈だね。困ったことあったら、遠慮なく掴まってね、ルーファウス」
 いい女だと、ルーファウスは思う。肩の代わりに、どこかついばむ場所はあるだろうか。彼の視線がエアリスをねぶるように這う。くちびるのほかに見つからなかった。
 とくに何をするでもなく、時間はすぎていく。ゆったりと。
 居住フロアは、当時のまま手を入れていない。ルーファウスにとっては近世か、ことによれば中世にも似た生活ぶりだった。
 小さな暖炉に薪をくべ、焚火のはぜる音を聞く。ケトルが湯気を上げる。寝そべるダークスターにもたれながら、エアリスの練るココアを飲む。ブランケットに二人でくるまり、読書やカードゲームに興じる。時折、どちらかがもう一方の腿に顔を伏せて転寝をする。あるいは肩を支えあうようにして、居眠りを。そうして日がな一日、一家は暖炉の前から離れなかった。
 これほどに贅沢な時間の使い方を、ルーファウスは知らなかった。悪くないとも思った。
 忘れてはいけないのが、『知識や教養』を与えることだ。
 一〇〇〇年、二〇〇〇年前の社会構造や人々の思想、そして神秘の力をひもとく学問がある。分野は多岐にわたる。求知心旺盛なエアリスのために、ルーファウスが選んだのは――奇しくも滞在中に迎えた――二四日と二五日に見あううんちくだった。
 冬至の祭りや、その宵祭に贈物を配る赤外套の老人のことは、魔晄都市でも有名だった。当時、街中に流れていたのは、有名な歌手がアレンジをしたカロルだ。だが、祭りの謂れや歌詞の意味となると、やはりオールハローズイブと大して変わらない周知ぶりだろう。ミッドガル市民には『冬至の祭り』よりも、『神羅イルミネーションカーニバル』開催と言ったほうが心躍るに違いなかった。
 エアリスは宿木の話を気に入ったようだ。
 ミッドガルエリアの古い信仰儀式の呪具であったり、ニブルエリア発祥の神話の武器であったり。宿木にまつわる説話、それらから発生した俗信まで、ルーファウスは話した。
 当時の人々の思い、それから生まれた古代儀礼や文化英雄に、二人が独自の解釈を加える。会話は弾んだ。愉快だった。時折、エアリスが怒るのは――彼女が童話を語り聞かせるときのように――ルーファウスが揶揄うからだろう。妻のふくれる頬、それすらも彼を楽しませた。
 なかでもエアリスは、宿木の持つ神秘の力に興味を示した。だがそのあたりの話になると、ルーファウスはあまり楽しくなかった。
 脳裏にちらつくのだ。
 いまだ人知の、ルーファウスの力のおよばない神秘があることが。
 星、そしてセトラのことだ。
 ルーファウスはあぐむ。星命学もまた、現代にいたるまで後進があとを絶たない学問だった。が、まるで進展はない。神秘は実在するというのに。目の当たりにし、あまつさえいのちをも救われたというのにだ。頭打ちの学問に何の価値がある。ルーファウスは毒づきたくなる。無論、それがただの八つ当たりだということにも、彼は気づいている。苦々しくなるばかりだった。
 まあ、いい。ルーファウスはここへ来た理由を思いだす。腕のなかの神秘のいきものへと、集中する。
「ありがとう、ルーファウス博士。次の講釈も、すごく楽しみ」
 彼が口を開くほどに、エアリスが満たされていく。宿木を究明した学徒には、謝意代わりの支援をすることもやぶさかではない。ルーファウスは――自身の単純さに――小さく笑った。
 だが、現代のミッドガルエリアに残るのは、恋人たちに都合のいいジンクスだけだった。ルーファウスは心のうちでせせら笑った。たとえば、『宿木の下でキスをすれば、愛が永遠に続く』が有名だろう。宿木のもたらす本来の祝福の意味を知らずに、上辺だけを楽しむ『単純な連中』のことを、ルーファウスは長らく厭いていた。
 それが、今ではどうだ。
 せがまれるままに語り、咽喉を潤すタイミングでルーファウスは感嘆をもらす。橙色に輝く彼女の頬が、やけに眩しかった。エアリスとなら、単純に成り下がってみたいとルーファウスは思うのだ。
 夜が更けるとともにしのび入る寒気は、薄い壁板は勿論、火の力をもってしてもしのげなくなる。そうなればいよいよベッドにもぐりこむ。機嫌のいいルーファウスは、学生のころを思いだしながらカロルを口ずさんだ。今にもふさがりそうな目蓋に抗いながら、エアリスが祝歌の意味を問う。明日の楽しみに取っておけ、と彼女の求知心におやすみのキスをする。ルーファウスとエアリスの体温を――羽毛のぎゅっとつまった――デューベイは少しものがさなかった。
 とくに何をするでもなく、時間がすぎていった。ただただ、ゆったりと。
 三日前の憂心も、ともに過去へと押し流されてしまったようだ。代わりに彼の胸中へと流れこむのは、マグマに似た強い気力だった。ああ、これは。ルーファウスの笑みは不敵ない。
 これは神羅の拍動だ。ディープグランドと戦える。


 二五日の昼下がりになって、二人はヒーリンへの帰路に就いた。濃緑の深い森のなか、ルーファウスが穏やかにステアリングホイールを握っている。
 それを見つけたのは、エアリスだった。
「ね、ルーファウス。お願い。ちょっと、停まって」
「どうした」
「ほら、あのあたりだけ、葉っぱ落ちてるんだけど。緑のボールみたいなの、見えるでしょ」
 弾む声に誘われて、ルーファウスは思わずつられかけた。だがここは父親が隠宅に選んだ場所だ。道らしい道はなく、日中でも薄暗い。よそ見をするわけにはいかなかった。ルーファウスはホーンでタークスに停車を知らせる。
 助手席へと身体を乗りだし、彼は窓外に目を凝らす。彼女の指差す一帯だけがやけに見晴らしがいい。夏には青々としていて気がつかなかったが、森の一部は落葉樹だったらしい。いや、とルーファウスは首を捻る。
 あのこまやかな枝ぶりを彼はよく知っていた。春に、ほとんど白色に近い桃色の小花をつけるのだ。母親の生国ではよく見られるものの、この大陸を横断する山脈を境にして、北部では自生しない。
「笑わせるな、親父。まったく。神羅の血は、やはり一途の血だ」
 ルーファウスはくつくつと咽喉を鳴らす。どうやら父親がわざわざ植樹をしたらしかった。
「お父さんて、本当にロマンチシストだったのね。もしかして、これも」
「まさか。宿木は、さすがに偶然の賜物だろう」
「やっぱりあれって、宿木なの。ほら、ルーファウスのお話にあった、あれ」
 ルーファウスは頷く。エアリスの視線は木立から離れない。
「近くまで見に行くか」
「やった。ルーファウスも、寄道、だいぶ好きになってきたでしょ」
「まあな。だが、自宅には日が暮れるまでに到着したい。森をでたら、ぶっ飛ばすぞ」
「安全運転、お願いします」
 エアリスだけではない。後部座席でダークスターも唸っている。ルーファウスのドライビングセンスは、どうしてだか彼の家族に不評だった。
「いいのか。暗くなれば、モンスターとのエンカウントが免れなくなるぞ。これはこれで、一興だがな」
 ぶっ飛ばすものが、車からショットガンに代わるだけだ。そうルーファウスが言えば、エアリスは彼の二の腕をはたいた。
「どっちも、ほどほどにね」
 ルーファウスがエンジンを止めれば、先導車両と後続車両もそれにならう。タークスを待たせて、二人と一頭はしばし散歩をすることにした。
 短い休暇だ。そとを逍遥する予定はしていなかった。二人の防寒具といえばアルスターコートだけだ。車内から持ちだした暖気が、まだカシミヤゴートに残っている。エアリスが彼のポケットにそっと右手をしのばせる。目をやれば、彼女は伺いを立てるように小首を傾げていた。ルーファウスは左手をほっそりとした指に絡めた。
 暗がりを抜けると、ダークスターが地面をしきりと嗅ぎだした。においが変わったらしい。ルーファウスも鼻をひくつかせながら、落葉に湿った土を踏む。なるほど、原因はこれらしい。
 行け、とルーファウスが口笛で号令をかければ、巨躯はいきおいよく駆けだした。帰路は長い。窮屈なドライブへと戻るまで、ルーファウスは愛犬を遊ばせておくことにした。
「ディーったら。嬉しさいっぱい、元気いっぱい、だね」
「お前もな」
「その通り、です。だって」
 近くの樹下で、二人は足を止めた。
「すごい。ね、ルーファウス。わたし、本物、初めて見たよ」
 曇天の下、エアリスがはしゃいでいる。視線の先にあるのは、広葉樹に寄生する真丸のかたまりだった。緑色をしている。
「それはどうだろうな。お前の気づかないあいだに、おそらく目にしているはずだぞ。何度もだ。何せ、ヒーリンの中腹より上は、ほとんど原生林だからな」
「ルーファウスったら。そういうのはね、『見た』ってうちに入らないんだから」
「お前が見ようとしなかっただけだろう。ああ、そうだ。散歩コースのCだったかに、いくつかあるぞ」
「ルーファウスったら、もう。『ある』と『見た』、違うんだってば。見つけたときに教えてくれると、嬉しいんだけど」
 仕方がないといった風に、ルーファウスは首を竦めた。当時の彼にとって、宿木は一介の多年生植物だった。彼はいつだったかエアリスに言った皮肉を思いだす。知識と経験が結びつく瞬間というものを、近ごろひしひしと感じているところだった。
 エアリスに与えた『知識と教養』が、思いがけないかたちでルーファウスに経験を与える。なるほど、とルーファウスは苦笑した。これは一生忘れられない。忘れない。
「宿木。あっちもこっちも、いっぱい。これって全部、本物なの。本物で、あってるよね」
「確かめてみようか、エアリス」
 ルーファウスは目を細くする。乾季をすぎてすっかり葉を落とした木々のなかで、それらのあざやかさはまだ遠い春の訪れを思わせる。だが、と彼はさらに笑みを深くする。
 新葉が萌えでたような緑色なら、一対、ルーファウスのとなりにある。すべての季節にわたってだ。
「Let's kiss under the mistletoe.」
 ルーファウスが気取る。軽く腕を広げたところで、エアリスが笑ってかわした。
「しないよ、キスは。だって、わたしたちには、必要ないから」
 左手のグリーンダイヤモンドを、ルーファウスの眼前に突きつける。婚姻の証は、鈍い日差しですら取りこんで複雑に反射する。一閃、放たれたそれが彼の双眸をつらぬいた。目映い。
「だって、結婚、もうしてるから。あなたに、誓ったから」
 ルーファウスは頷く。「死に分かたれてもなお」と、彼が誓ったエアリスは、特別の貴石よりなお眩しかった。
「わたし、思ったんだけど。宿木のキスって、それって、昔の男の人の口実でしょ。結婚したいからって。だけど、断ったらあれだなんて、ひどい脅し方、するよね」
 ルーファウスは思わず吹きだした。吐息が白く吹きこぼれる。宿木を見上げる。黒々と死に絶えたような木々に宿る、それはまるで緑の息吹だった。
 パワフルだ。宿主からいのちを吸い上げているさまはただただ逞しく、横奪とも悪業とも無縁な佇まいをしている。いや、とルーファウスは声もなく笑んだ。ともすれば、宿木は宿主のいのちの証ではないか。
 宿主は、今はただ、枯れ木のようにみすぼらしい。だが宿木が生きているということは、宿主も死んではいないのだ。季節が巡れば、再び枝に豊かな広葉をまとい、鼓翼するに違いなかった。ルーファウスですらそう思うのだ。古代の土着信仰のころから、再生復活の呪物として尊ばれている理由が分かるというものだ。
 だというのに、とルーファウスは鼻で笑う。神秘の力をも、人間はつまらない口実に使いたがる。与太話の一つを彼は思いだした。
 宿木の下でキスを拒むと、向こう一年は婚期が遠退く。エアリスが脅しと評したこの俗説も、たいがいひどい話だ。だが、『宿木の下でキス』の解釈がどこでどのような変遷を経たのか。いつからか、この時期に灌木のもとで結婚の約束のキスをすれば、その婚姻は長く続くということになっていた。ルーファウスが理解できたのは、再生復活を『永遠』にこじつけたらしいことくらいだった。
 さらにくだらない話へと歪曲する。結果、たかが一度の口づけが『永遠に続く愛』や『永遠に結ばれる』をもたらすのだと、人々は都合のいい部分ばかりにすがっている。
「まったくだ」
 ルーファウスは辟易していた。相愛の継続や、ましてや愛を勝ち得ることだけではない。俗信――という不明確で、自身の力量とは無縁のもの――に力を借りるやり方には、彼ははなから否定的なのだ。
「ナンセンスだな。ジンクスに頼るなよ。その性根が気に食わない。己の非力を認めているということだからな。気のある相手へのアプローチくらい、自分でやれよ。情けないやつらだ」
「うわ、でたね。自信満々ルーファウス節。本当、あなたらしいったら」
 けたけたと笑ってから、エアリスが真上を見た。質の細い髪だ。梳き流したままのそれが、コートに帯電して絡まっている。
「だけどね。ルーファウス、ちゃんと『単純な連中』、楽しむ気持ちできたのは嬉しいから」
「まあな。プレーの一環と思えば、趣向が広がる」
「あのね」
「パンプキンランタンか、あれは最高だった」
「否定、できないけど」
 もう、と尖る口先がすぐに弧を描いた。口端にかかる髪を小指で払う。と、エアリスは背伸びをした。両腕を彼の首に絡めようとして、よろめいた。
「わたしたちにぴったりなのは、キスの先、ハグだね」
 ヒールのないブーツでは、懸命に踵を上げたところで長躯の彼に届かない。ルーファウスはエアリスの腰を抱き取った。
「ルーファウスに、幸運と長寿のパワー、分けてあげてください」
「それもだ。自力でどうとでもコントロールできることだろう。だが、ハグはいいな。お前はあたたかい」
「コード、分厚すぎて、よく分からないよ。だけど、そうだね。顔近いと、息、あたたかいね」
 わずかに身を起こすと、エアリスが両の手のひらを伸ばした。彼の寒気にひりつく横顔にかぶせている。
「いい。お前が冷える」
「耳、真赤だよ」
「お前もたいがいだ」
「やっぱり、イヤーマフ、持ってきたらよかった」
 ルーファウスが軽く頭を振るものの、優しい手は離れない。耳朶を撫で、エアリスは彼の耳を再びくるんだ。
「ね、ルーファウス、髪、伸ばさないの。あるのとないのとじゃ、寒さ、ぜんぜん違うよ。それにね」
「それに、何だ」
「きれいな髪の色なのに、短いの、ちょっと勿体ない」
「ひげより似あわないぞ」
「伸ばしてみないと、分からないよ」
「伸ばしたところで、どうするつもりだ」
「ううん、どうしようね。あなたにぴったりのヘアスタイル、見つけよう」
「これ以上に私らしいヘアスタイルはない」
「そんなこと言って。ルーファウス、意外とものぐさだから」
「ばれたか。一〇分でセットのすむところが気に入っている。こんなことにかける時間も勿体ないしな」
「うん。やっぱり、こっちがわたしの知ってるあなた、だね」
「お前こそ、私の髪で遊ぶ気でいるな」
「ばれちゃった」
「私の髪はこのままでいい」
「残念」
「ああ、そうだ。エアリス。もう一つ、伸ばさない理由が増えた。知りたいか」
「うん。教えて」
「長い髪で戯れるなら、お前がいれば十分だ」
「くすぐったいよ」
「よくここまで伸ばしたな。尻の下まである。いいな。これは、いい」
「ね、ルーファウス、髪、長ければ長いほど、あなたのタイプなのかな。わたしの髪、しょっちゅういじくってるでしょ」
「そうだったか」
「そうだよ。あれ、気づいてなかったの。いちばん多いのはね、本、読んでるときと、お風呂かな。ほかにも、いろいろ。たまにね、寝てるときまで、掴んでる」
「寝」
「そう」
「おい、エアリス。つまらない冗談を言うな」
「寝返り打つとき、痛い。吃驚して、目、覚めちゃう」
「嘘だろう。さすがにそれは」
「嘘じゃないよ。かわいいったら、ないよね」
「ああ、そうだった。私はかわいらしい男だった、とても」
「うわ、いやな予感」
「分かっているだろう。私は好みを、髪の長さでは決めない。色もだ。私のタイプはな、お前だ、エアリス。たまたま茶色で、長い、とても長い髪をしているだけだ」
「調子のいいこと言ったって、わたし、騙されないんだから。ルーファウス、やり返すつもりなんでしょ。わたしがからかったから。本当、あなたってば。やだ、ちょっと、待って」
「お前はどこもかしこも細いが、髪まで細い。柔らかいな」
「待って、待ってってば。頭、撫でまわさないで。今日、すごいんだから、静電気。ほら、笑いすぎ」
「これはひどい。私の寝ぐせより、ぐちゃぐちゃだ」
「あなたの寝ぐせって、もしかして、わたしの頭、今、コットンキャンディーなの」
「そうだな。いや、待て。宿木と言ったほうが、この場の情調にあうか。お前好みだろう」
「ぐちゃぐちゃって言うより、ふさふさ、ううん、もじゃもじゃの宿木頭ってこと」
「ぶ」
「また、笑う。ルーファウスったら、ロマンチック、まだまだ下手だね。ほら、わたしの宿木、ちゃんと直して」
「分かったから、ああ、こら、動くな、エアリス」
「だって、くすぐったいんだってば」
「堂々巡りだな」
「誰のせい。だけど、宿木、ちょっと親近感、湧いちゃったかも」
「揃いのもじゃもじゃだからな」
「そうじゃないよ」
「どうした」
「うん」
「何だ、歯切れが悪いな」
「あのね」
「聞く。ほら、さっさと言え」
「土に根っこ、張れないんでしょ、宿木って。たまたま宿主さんの上に、種、落ちなきゃ。ラッキーな種にならなきゃ、アウトなんだもの。今のわたしといっしょ。わたし、ルーファウスがいてくれるから、元気でいられる」
「エアリス」
「うん」
「なあ、エアリス。宿木が根をどこに張るか、知っているか」
「蔓みたいに巻きつく、とか。でも、ううん、どうかな。ここからじゃ、それっぽいの、見えないね」
「見えるわけがない。あれは宿主の内部に根を伸ばす。硬い樹皮を突き破ってだぞ。お前と同じだな、エアリス」
「ね、ルーファウス」
「私の深いところにまで、根を下ろしている」
「引っこ抜けないの」
「切り落とすしかない。するつもりは、ない」
「だけど、わたし、あなたの養分、いっぱいもらってる」
「いくらでもやる」
「ルーファウス、弱っちゃう」
「宿木の優しさはな、宿主を殺さないところだ」
「だって、全部吸い取っちゃったら、宿木だって生きていられなくなるもの」
「そうではない。聞けよ。私を見ろ、エアリス。殺さないどころか、これは」
「これは、何」
「怯えた顔をするな、ほら、エアリス」
「だって」
「私はな、エアリス。宿木を、宿主のいのちの証だと思っている」
「へ」
「エアリス」
「うわあ」
「今度は何だ。間の抜けた顔だ」
「ロマンチック、だと思って」
「今のがか」
「そう。すごく」
「そんなつもりはまるでなかったのだが。案外と難しいな、ロマンチックというやつは」
「ルーファウス、考えすぎ。狙って言わないほうが、上手だよ。あなたらしくてすてき。今のだって、『間の抜けた顔だ』の減点なかったら、九〇点はいったかも」
「なかなかいい点数だな。あと一〇点か。何が足りなかった」
「さて、何でしょう。ね、これ宿題ね。次、お父さんの別荘来たときに、こたえあわせしよう」
「ここはもう親父の小屋ではない。第伍観測所だ」
「はいはい。第伍観測所の、宿木の下で。ね、どうかな」
「かまわないが。宿木なら、ヒーリンにもあると言っただろう。わざわざ、こんな辺境下りまで来なくとも」
「ふうん。わざわざ、ですか」
「何がおかしい」
「ね、ルーファウス。お休み、満喫できたの」
「したぞ」
「ネクタイ、締めたままなのに。スラックス、白だし」
「息抜きに着衣は影響しない」
「どうかな。ゆっくりするだけなら、うちでもできるでしょ。気分転換だったら、ゲインズブールの家でもよかったのにね。それが、わざわざ、だよ」
「何だ、エアリス。珍しいな。間怠い言い方をする」
「ここに泊まるって、選んだの、あなただよ。来てからも、ずっと気にしてたでしょ。カームのこと」
「まあな」
「神羅の負債ってやつのことで、ぐずぐずしてたのにね。わざわざ、仕事、見えるとこに来るなんて。ルーファウスったら、やっぱり負けず嫌い」
「お前にはお見通しだな」
「お見通し、じゃないよ。だって、それがルーファウスだから」
「ああ、そうだ。負債は、私の手で返す。ここが今、私のほしい情報が集まる第一線だ」
「でしょ。だからね、ちょっと警戒してたんだよ。ジャッドお墨つきの変装して、カームへ行く、なんて言いだしたらどうしようって」
「言いだしていたら、お前はどうしていた」
「縛り上げます」
「言えばよかったな」
「ばか」
「おやおや、お前がいちだんとあたたかくなった。まるで懐炉だ。私としては助かる」
「もう、からかわないで。ルーファウスったら、そうやって、すぐ笑うんだから」
「実地検分は、私の仕事ではない」
「だけど。ほら、来月だっけ、カームの『復興祭』って」
「ああ。準備ですでに賑わっているらしいな。いいことだ」
「活気は再興度合のバロメーター、だものね。ルーファウス、気になってるんでしょ」
「神羅社長が不要な現場におもむくことはない。だがな、エアリス」
「私用なら話は別だ、でしょ」
「ご名答。行くか、私用で。妻とデートというやつだ」
「デート。嬉しいけど。すごくすごく、行きたいけど。危ないよ。もうちょっと、がまんだよ」
「私はがまんが好きではない」
「ぐるぐる巻きにして、つながれたいの」
「してくれ。頼む、エアリス」
「ほら、また、笑う。だけどね、ここで、お父さんの別荘で、あなた、いっぱい笑ってくれたから。嬉しい」
「そうだな。驚いた。私はここでも笑うことができる」
「うん」
「ああ、エアリス。一つ訂正がある」
「何」
「親父の小屋ではない。ここは第伍観測所だ」
「はいはい」
「お前の『はい』は、どうにも信用ならないな」
「ぶつぶつ、言わない。でもね、来てよかった。ルーファウス、まわりのこと気にしなさすぎて、ちょっと吃驚したけど」
「何に驚くことがある。お前の実家とは違うからな、身嗜みはさすがに整えていただろう。ひげもだ。毎朝剃ったぞ」
「そういう意味じゃなくて。セーフルーム、タークスも、ほかのスタッフも、働きっぱなしなのに。ルーファウスったら、お仕事のやり取り以外、本当に知らんぷりなんだもん」
「私の仕事と、連中の仕事は違う。勤務時間もな」
「それはそうだけど」
「そもそもの話、私は休暇中だ。ホリデーシーズンに家族揃ってすごすのは、二〇年以上ぶりだからな。しかも、たったの三日だぞ。好きにくつろぐくらいかまわないだろう」
「だからって、こういうの、ほら、ウータイ流に『我関せず焉』って、言うんでしょ」
「お前こそ、ずいぶんとリラックスしていたな。私は私以外の気配に慣れている。お前はどうだ。違うだろう。違ったはずだ」
「そうなの。自分でも吃驚」
「連中の気配をお前が気にしたのは、最初のうちだけだった。可視、不可視の問題ではない。まさか、お前があんなことをするなんてな」
「だって、せっかくのおでかけなんだもの。楽しまなきゃ、損」
「さすが、私の妻だ。面の皮が厚い」
「わたしの夫には、負けるけど」
「エアリス、笑いすぎだ」
「どの口が、それ、言うかな」
「この口に決まっている。小づくりで、薄桃色をしている。小生意気なことばかりを言う、このくちびるだ」
「くすぐったい」
「おい、またか」
「ルーファウスがこしょこしょ、さわるから。いつもむずむずする」
「いいところだ。がまんしろ」
「ね、ルーファウス。たったの三日じゃ、ないよ」
「ああ、そうか。そうだな」
「うん。一家団欒なら、家でもできるよ。いつだって、できる。いっぱい、したい。ね、家、帰ろう、ルーファウス」
「お前の言う通りだ、エアリス」
「その前に、あれ」
「あれ、とは」
「宿木、一つ持って帰ってもいいかな。ほら、そこの、いちばん小さいやつでいいから」
「自宅に飾るつもりか。言っただろう、枝木をエントランスに吊るすのは」
「分かってる。神羅の考えた『ホリデー商戦』って、やつでしょ。リース、かわいいの売ってたよね」
「さすがにフェークグリーンだったがな。ああ、そうか。ヒーリンには生木が売るほどある。ミッドガルエッジの造林もうまくいけば、あるいは。いや、そうなると伍番ストリートの水辺の拡大が先か」
「ルーファウス、ルーファウスさん。ね、聞こえてる」
「うん、ああ」
「生返事、ですか。また、お金儲けのこと、考えてる」
「増益と言えよ。市民への娯楽も必要だ。『単純な連中』のために、わが社のばかげた催事を復活させようか」
「ルーファウスったら。すぐ、皮肉るんだから」
「そう睨むな。だが、ほかに使い道もあるまい」
「あるよ。ハーブだよ。宿木ってね、ミステルって言うの。ね、知ってた」
「いや。さすがにそれはな。草木のことなら、お前のほうが上手を行く」
「いつも、たくさんの『知識と教養』くれるから、あなた。たまにはわたしもお返し、しなくちゃね」
「こんなものが何に効く。ご教授願えるかな、エアリス先生」
「よろしい。帰りのドライブ、楽しみにしてね」
「ああ」
「何てね。わたしも先生の請け売り、なんだけど。ほら、わたしのハーブの先生」
「覚えている。伍番街のあの医者か」
「そう。懐かしい。診療室ね、薬草の本、たくさんあったんだけど。先生も、煎じたことないんだって」
「スラムの医者なら、まあ、そうなるだろう」
「うん。宿木なんて、ミッドガルじゃ手に入らないから」
「恐ろしいな。効能に、しかるべき確証は得ているのか、それは」
「本の通りならね」
「いいだろう。後世のために、人身御供になってやろう」
「言い方」
「冗談だ。エアリス先生の薬用植物知識の成果が、ここにいる」
「ルーファウス」
「お前のことは信じているよ、エアリス」
「もっと。ずっと。ルーファウス、元気でいてくれなくちゃ。だからね、ハーブティー、つくってみたいの」
「口取には、そうだな、お前の気に入りのチョコレートを取りよせておこう」
「わたしのこと、すぐ甘やかすんだから。嬉しい。だけど、わたしが吸い取ったぶんだけ、返したいのに。ううん。もっと、いっぱい。宿主さんに返すから」
「養分なら、好きなだけ持っていけばいいものを。私の宿木は健気だな」
「ね、ルーファウス。お願い」
 にこりと見上げられて、ルーファウスはいやな予感がした。違うな、とすぐさま打ち消した。左胸の奥に脈打つ感覚、これは楽しいことの起こる前ぶれだ。
 さて、エアリスは何を言って彼を驚かせるのだろう。
「分かったぞ。私に取って来いと言うのだろう、お前は。木登りならやぶさかではないぞ」
「知ってる。ルーファウス君ってば、学校のお庭でも、いっぱい悪戯してたんでしょ」
「いやな教師に、せいぜい靴を投げつけたくらいだ」
「ううん。もっとあったと思うけど」
 ボーディングスクール時代の逸話を思いだして、二人はくすくすと笑みを交わす。
「やんちゃなルーファウス君、見てみたいけど。残念。今、大事なときだから。怪我されちゃったら、困るもの」
 エアリスは腕を下ろす。と、彼の胸をとんとはたいた。とたん、首裏が冬空の下にさらされる。ルーファウスは思わず身ぶるいした。
「それは私が木から落ちる前提の話か」
「さてさて、どうでしょう」
 後ろ手を組んで、エアリスが小首を傾げている。ルーファウスは鼻頭にしわをよせて見せた。
「お前は意地悪を言う」
「違うよ。木登りは、また今度。いっしょにしようね。今はね、ほかにやりたいこと、あるんだけど。せっかくなら、宿木の下でしてみたい。すてきな祝福、あるかも」
「言ってみろ」
「あのね、共同作業、しよう」
 エアリスは笑みを深くする。ルーファウスへと、美しい緑色を一心に向けている。
「肩車、してほしいの」
「かたぐるま」
「そう、肩車」
「お前はまた、突拍子もないことを」
 それ以上、続かなかった。ルーファウスがこみ上げる喜びを、笑声に変えたからだ。まったく、エアリスはこれだから手放せない。
 宿木の下、ルーファウスはすっと背筋を伸ばす。彼女の眸を、同じ温度で見つめ返した。
「Let's piggyback ride under the mistletoe.」
「喜んで」
 一つ言い伝えをつくってみようかと、ルーファウスは首を捻る。「宿木の下で肩車をしようか」と聞かれて、エアリスのようにこたえたら。それは。
 エアリスの足元にルーファウスがひざまずく。うやうやしく頭を垂れる。
「永遠にともにあり、助けあうなかでいる、というのはどうだろうか」
 双肩にエアリスの尻の重みを感じる。何か言った、と上から覗きこまれたルーファウスは、何も言わずに立ち上がる。微笑は消えない。
 いつか、ミッドガルエッジにも緑がよみがえるころ。宿木の下に肩車の恋人たちがつどう姿を想像したところで。
 何て絵面だ。吹きだしそうになるのを、ルーファウスはこらえなければならなかった。


■END■
(宿木の下で肩車をしようか)

20221220