祭子
2022-10-31 16:11:56
10261文字
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■THAT'S ABSOLUTELY RIGHT■

∠[ν]-εγλ0010/10/31
パンプキンランタンをつくる夫妻の会話が弾みます。特別な休日を予感するルーファウスです。
※Privatter掲載テキスト(20221031初出)

■THAT'S ABSOLUTELY RIGHT■
∠[ν]-εγλ0010/10/31


 昼食の片づけを終えたところで、エアリスがワークトップに何かを置いた。パンプキンだった。
「何だ、もう夕食の支度か」
 ダイニングチェアにもたれたまま、ルーファウスは白磁を啜る。橙色があざやかなメディカルハーブティーだ。水面にゆれるのはパンプキンシードだろうか、緑色のコントラストが美しい。
 甘党の妻がオレンジピールにビターを選ぶのは、よりメディカルハーブの薬効がすぐれているからだろう。何よりも、と彼は微笑する。夫の休日に、エアリスは彼好みのブレンドを仕立て上げることに熱心だった。
「違うよ。ほら、これ」
 よいしょ、とエアリスが――ダークスターの頭ほどもある――それをルーファウスへと向けた。濃橙色の凸凹にはすでに顔が描かれている。なるほどランタンにするらしい。恐ろしい顔をしたパンプキンヘッドが悪い精霊を退け、ともしびは善い精霊を引きよせるのだという。
「ああ、そうか。今日はオールハローズイブだったか」
 ルーファウスはカップに一瞥を投げる。橙色に浮かぶ、緑色。ふとエアリスを見やれば、ちょうど小首を傾げているところだった。紫色のワンピースの、フレアスリーブがゆれている。さながら魔女のローブだった。
「正解。わたしもね、今朝、パントリーでパンプキン見つけて、思いだしたとこ。今日はね、楽しんじゃおう」
「楽しむ、とは」
「あれ。神羅の社長さん、ううん、あのころはまだ副社長さんだったっけ。ね、神羅って、こういうお祭りごとで、儲けてきたんじゃなかったの。がっぽり」
 オールハローズイブとは、もとは――ミッドガルエリアやニブルエリアの――土着信仰の祭日の一つで、収穫祭を指す。発祥は同じだと聞くが、ルーファウスはニブルエリアにまるで興味がない。ひょっとすれば、今も人知れず民族文化を継続している集落もあるのかもしれなかった。
 だが、とルーファウスは首を竦める。ミッドガルでオールハローズの正しい意味を知るには、文献学者を訪ねるほかにないだろう。二月の聖人の殉教日も、一二月の冬至の祭りも同様だ。今となってはどれも埃のかぶった書籍に残るばかりだった。
「儲けてきたな。がっぽりどころではなかったぞ」
 ミッドガルで死に絶えた祭事を、催事として生き返らせたのは、神羅カンパニーだった。
「どの部署も、イベントにかこつけてコンスタントな収益が見こめる。それこそ彼らの収穫祭だな。だが、私が興味を覚えるのは、収穫祭そのものではない。よく実った数字だ」
「さすが、辣腕の経営者さん」
「おい、今のイントネーションは何だ、エアリス。褒められた気がしない」
 褒めてないもの、とエアリスは小さな鼻頭にしわをよせた。はは、とルーファウスはかろやかに声を立てる。彼の前で正直を隠さない、エアリスの胆力が好きだった。
「せっかくのイベントだよ。神羅がお金儲けのために広めたんだって、そんなの、皆、分かってたけど。だけど、楽しみにしてたんだから。ね、ルーファウスは。本当にお金だけ」
「そうでもなかったかもな」
 ルーファウスは吐息をつく。
 御曹司と呼ばれていていたころは、ルーファウスもよく騒いだものだった。いくら享楽に耽り、ばか者のように振る舞ったところで、正体不明の苛立ちはつのるばかりだった。だがそれも神羅カンパニーで役員報酬を得るようになるまでのことだ。
 父親の組織下に組みこまれたことで、彼はようやく発散するすべを見つけた。父親の失脚と、経営権の独占だ。結果は言わずもがな、惨敗だった。
「ね、ルーファウス、うちの庭、覚えてる」
 曖昧に頷くルーファウスに、何を思ったのだろう。エアリスはゆっくりと目を細めた。
「パンプキンが自生していたな。あれは目も口もないというのに、ばけもののように巨大だった」
「リーフハウスの子たち、喜んでくれたの、思いだしたから。久しぶりにつくってみようと思って。すごいの用意するから、楽しみにしててね」
 エアリスは揚々と言った。ルーファウスはパンプキンを見やる。苦笑を禁じ得ない。悪霊も精霊も二度見したあと、きっと笑い転げるに違いない顔つきをしていた。
「お前によく似た、ファニーフェイスだな」
「何。何か言ったでしょ」
「何も。楽しみにしている」
 ルーファウスはにやりと口端をつり上げてから、穏やかな午後の続きに戻る。妻の心遣いを飲み、彼女の気に入りのハードカバーを読む。別段、変わったことのない休日だ。そのはずだった。
「何これ、ううん、硬い」
 ごん。
「ちょっと、逃げないで。やだ、うわ」
 べご、がすん。
「危ない、怖い、危ない。腕、ぶっ刺しちゃうとこだった。え、ひゃあ」
 ざん、ぼすん、きいん。
 ルーファウスは天井を仰ぐ。明らかにパンプキンを切る音ではない。書籍を閉じながら、溜息よりも先にもれたのは、笑声だ。彼を慈しむこのできる稀有な五指を、エアリスは持っている。一本でも損なわれないうちに、ルーファウスはキッチンへと向かった。
「ナイフをよこせ。違う。それでは刃が長すぎるだろう。だから手元が安定しない。何だ、エアリス。手慣れているのではなかったのか」
 ワークトップの惨劇に、ルーファウスはこめかみを揉む。刳りぬいたわたが飛び散り、顔面部分は傷だらけだった。
 ルーファウスが袖をまくれば、エアリスは嬉々とした。すかさずエプロンを、それからペティナイフを差しだした。
「わたしの担当はね、かわいいのに、頼もしい顔、デザインすることだったの。悪霊退散、ばっちりでしょ」
「笑いすぎて、悪霊も精霊も人間も窒息死だな。おい、エアリス。刃物は下ろせ」
「顔、刳りぬくのは、初めてかな。いつもはね、通りがかりのタークスに、お願いしてたの。あの人たち、たまに便利」
「お前という女は、まったく。わが社の従業員をこき使うなよ。いや、あいつらがさぼっていたのか」
「見てると楽しそうなのに、難しいね、これ。すごく力仕事。危なっかしい保護対象から、ナイフ取り上げるのも、タークスの立派なお仕事だったんだね。感心、感心」
「よく言う」
「ね、せっかくだから、仮装もしよう」
「お前のそれは魔女ではないのか」
「あ、気づいてくれたんだ。嬉しい。そうなんだけど、ルーファウスとあわせたいと思って」
「私も着替えるのか。今から用意できるものなのか」
「あるもので、何かできるよ。うん、しよう」
「お前らしい。たとえば」
「たとえば、そうね。夕ご飯はね、橙色と緑色の競演、パンプキンづくしにしようと思ってたんだけど。ルーファウス、シェフの仮装がぴったりだと思うな」
「それで」
「あなたのポタージュ、とろとろに漉してるほうも、美味しいよね。だけど、今日はごろごろの気分。あ、隠し味、蜂蜜入れるなんてって、吃驚したけど、あれ最高。ルーファウス、天才かと思ったよ。じゃなくて、緑の皮の部分、残してほしいの」
「ああ、色取りか。メインは何にする」
「パンプキングラタンかな。オレンジ色に焼くね」
「どうせなら、食中酒も色を揃えるか。アペロールかアマレット、好きなほうを選べ」
「お昼、オレンジティーにしたけど、アペロールかな。ね、わたし、スプリッツがいい。今日のメニュー、こっくりしてるから。しゅわしゅわって、爽やかなの、ほしいよね」
「そうだな。確かスプリッツにあうワインがあったはずだ」
「あんまり辛くしないでね。そうそう、グラタンね、ちょっと教えてほしいこと、あるんだけど。パン粉、どうしたら満遍なく焼き色、つけられるのかな。ルーファウス、ね、お手本見せて」
「なあ、エアリス」
「はい」
「これではいつもと変わらないとは思わないか。しかもカクテルをご所望とはな。仮装にかこつけて、私にバーテンダーまでやらせる気だな」
「あれ、ばれましたか」
「ばればれだ。そもそもの話、しかるべき意図があってこその仮装だからな。諸説はさまざまとあるが、まあ、悪霊どもに負けじと恐ろしい扮装をするというところは、定説か」
「そう言われてみれば、不思議。吸血鬼とか、魔女とか、ミイラとか、怪物ばっかり。どうして、怖い恰好するのかな。お祭りごとなんでしょ」
「それこそ、学説はいくらでもある。悪霊の仲間のふりをして、襲われないようするためだとか。逆もあるぞ。空恐ろしいいで立ちで、悪霊どもを脅かし、追い払うという説だ。ほかには」
「へえ、いっぱいあるんだね。ルーファウスったら、イベント、興味ないのに。そういうの、何でも知ってる。すごいよ」
「エアリス。私はな、ばか者に見られることは気にも留めないが、ばか者になる気はないと、あれほど」
「『興味がないことと、知識や教養がないということは、まるで違う』、でしょ」
「ご名答」
「勿体ないなあ」
「何がだ」
「『知識や教養』だよ。そういうの、神話学とか説話文学、だっけ。ベース知ってたら、イベント、もっと楽しめると思うの。だけど、神羅ってば、ランタンとかスイーツとか、コスチュームとか、皆に『興味』ばっかり売るでしょ」
「上辺だけで満足しているような連中だぞ。『興味』だけで十分だろう」
「ずるい」
「私がか」
「うん、ずるい。自分は、『興味がないことと、知識や教養がないということは、まるで違う』なのに」
「売れるものは、先んじて売る。オールハローズイブ絡みで言えば、営業利益が図抜けていたのは、やはり衣料事業部だった。ラブレス通りのばか騒ぎなら、お前も覚えているだろう」
「毎年、ニュースになってたね。神羅の花形、ソルジャーの恰好した人とか。あ、天使の羽、流行った年もあったよね。すごくかわいかったな、あれ。よく分からない仮装した人も、いっぱいいたっけ」
「そうだ。オールハローズイブコスチュームと名がつけば、何でもよかったらしい。怪物でなくともだ。それだけではないぞ。橙、紫、黒。定番カラーを取り入れれば、タウンウェアどころかインナーですら売れるのだから、まったく消費者というのは単純だ」
「インナー」
「メンズならジョークブリーフか。何が面白いのだか。あとはランジェリーだな。コスメチックもそうだったが、イベントを口実に迫りたい女どもの武器になる」
「さすが、元武器屋さん。目のつけどころ、はずさないね」
「そうだ。元武器屋の神羅としては、あれは逃すことのできない商機だった。売れるからな。なあ、エアリス。そんな連中が、知識をほしがると思うのか」
「待って。ジョークブリーフって、何。どんなの」
「耳を貸せ」
「うわ、何それ、信じられない、どうなってるの。え、そんなのも、あるの。わたし、見てみたい」
「そう言えば、先日の『現物支給の日』だったか。ジャッドがよこすなかに、いくつか妙なものが交っていたな。『彼女さんにいろいろご用意しました。ついでに社長のぶんもどうぞ』らしい」
「ルーファウス、穿いてみて」
「いいだろう。お前も『いろいろ』を身につけろよ。ホルターネックのボディーストッキングがあっただろう。濃い紫色のフルレースだ。あれがいい」
「あれ、すごいよね。せっかくのチャンスだし、一回くらい着てみたいって、思ってたんだけど」
「だけど、何だ」
「タイミング、見つからなくて。エッチ、やる気満々って感じ、するでしょ。ルーファウス、勘違いしてむらむらしちゃったら、困るから」
「困るなよ」
「だって」
「分かった。お前が『やる気満々』の日に着ろ。それで私を押し倒せばいい」
「押し倒さなかったら」
「気分ではないのだと諦める。ただし、眺めるぶんにはかまわないだろう。似あうだろうな」
「かまわなく、ない。そっか、ルーファウス、出張の日に着たら、いいんだよね」
「お前はそうやって、意地の悪いことを言う」
「あなたがそれ、言うの。ね、ルーファウス、あれって、どうやって着るのかな。レース、破っちゃいそうだよ」
「あとで着つけてやろうか。そうだな、白いボディーストッキングもあったな。編地が蜘蛛の巣らしく見えて、魔女にぴったりではないか。何だ、エアリス。何がおかしい」
「だって」
「言え」
「ね、ルーファウス。単純な連中、ここにもいたね、二人」
「ああ、なるほど。いるな。そういうことか」
「そういうこと。ほら、溜息、つかないの。口実じゃなくて、工夫だよ」
「ものは言いようだな。そして考えようだ」
「でしょ。イベントも二人の時間も、まとめて楽しみたいんだもの。そういう人、わたしたちのほかにも、たくさんいると思うから。だけどね、わたし、やっぱりほしいよ、『知識や教養』。だから、神羅の社長さんにお願い。きっかけ、ください」
「きっかけ」
「そう、知るきっかけ。オールハローズイブはね、大昔の人たちの大切なお祭りごとだったんだって。そういうの、学者さんたちしか知らないの、勿体ないね。もうちょっと簡単にね、お勉強できたらいいのにな。そうじゃなきゃ、ランタンにもコスチュームにも、ちゃんと意味があるんだってこと、分からないままだよ」
「きっかけか。では、エアリス、質問だ。どうすれば、知識は売れる」
「わたしね、思うの。絵本、リーフハウスにあったら、子供たち、喜んだだろうなって。そしたら、大人が絵本、買うでしょ。施設の人や、家族もそう。きっと皆で読むよね」
「ああ、なるほど」
「子供たちが大人になったら、大人たちがしてくれたこと、子供たちにするでしょ。その繰り返し。いつの間にか、おうちに一冊、絵本あるようになるよ。ね、どうかな」
「学術レベルを低年齢化するのか。面白い着眼点だな。だが、誰がそれを用意する。おい、なぜお前が挙手をしている」
「絵心ばっちり、エアリス画伯の作品に、どうぞご期待ください。文章はね、ルーファウス先生にお任せするね。そうそう、勿体ぶった言いまわし、やめてね」
「私は柔軟だぞ。それ相応のレベルにあわせることもできる。ああ、エアリス、一つ問題があるな。私が伝承を易しく噛み砕いて書き起こしたところで、エアリス画伯のイラストはこう何と言うか、とても前衛的だろう。子供たちに物語を伝えるには、いささか高尚すぎやしないか」
「今のイントネーション、褒められた気、全然しないね。でもって、やっぱりねちこい」
「褒めていないからな。見てみろ、このパンプキンのにやついた顔を」
「もう、ルーファウスったら。やられたらすぐやり返すの、本当、大人げない」
「私の妻はな、度量が広い。大人らしくない夫がかわいらしいのだと喜ぶくらいだ。だから私は私のままでいいらしいぞ。なあ、いい女だろう」
「そうなんです。私の夫、たまにちゃんと褒めてくれるから、怒れないの。ね、わたしのアイデア、どうかな」
「仮に『知識や教養』を提供したところで、収受しない者もいるだろう。興味本位に浮かれ騒ぐだけで、満足する連中のことだ」
「それは、ほら、その人の選択だから。楽しみ方は、人それぞれだよ」
「ああ、なるほど。まずは選択肢を増やせということか。その上で知識をほしがるのなら、供与することもやぶさかではないが」
「ね、ルーファウス」
「何だ」
「絵本、本当にできるといいな」
「エアリス」
「分かってる。今はまだね、それどころじゃないって。だから、忘れないでね、頭のすみっこに置いておいてね。わたしのすごくすてきな、アイデア」
「なあ、エアリス」
「イベントできるくらい、余裕、皆に戻ったら、これって商機ってやつだね。絵本、出版したら、ベストセラー間違いないしだよ。二月のチョコレートのイベントも、一二月の、ほら赤い帽子のお爺さんと電飾のイベントも、きっとそう」
「エアリス」
「神羅もがっぽり稼げて、うはうはだね」
「約束する」
「うん。ありがとう」
「そうと決まればだ。さて、エアリス。わが社にはアイデア提案料を支払う用意がある。まずはドラフトの作成にあたり、契約金と販売実施料を話しあおうか。少々吹っかけても、かわないぞ。もとはいくらでも取れそうだからな」
「ストップ、ルーファウス。もう、あなたったら、すぐそういうお話するんだから。笑いすぎて、お腹痛い。だけど、アイデア料はほしいな。うん、前払いで、お願いします。今すぐだよ」
「ギルか。いや、お前のことだ」
「そう、知識。いいなあ。わたしもお勉強、したいなあ。ね、ね」
「分かったから、すりよるな。手元が狂うだろう。『オールハローズイブにまつわる起源および概要について』だな。講釈はディナーのときでいいか」
「やった。ありがとう、楽しみ。そっか、じゃあ、シェフはやめとくね。ちゃんと怪物らしい恰好、しよう。クロゼット、何かあったかな」
「エアリス。牙も尾もないが、私はな、狼男になら今すぐにでもなれる」
「下心丸見え狼男さん、ですか」
「真面目なアドバイスだ」
「却下です」
「即答ときたか。一考の余地はあるだろう」
「どこに。だって、ルーファウスってば、わたしのことからかうときのくちびる、してる。目もだよ。にやにやって、もう。そっか、いいこと、思いついた。今日のわたしってば、冴えてる。包帯あったよね。目と口、ぐるぐる巻きにしちゃおう」
「目と口などなくとも、お前を食うには困らない。いや、むしろ見えないというのも、なかなか」
「今、ぼそって、何か言ったよね。ね、言ったでしょ」
「大したことは、何も。このパンプキンが思いのほか硬いと言っただけだ。タークスもよくやる」
「どうだか。あ、そこ、目の端っこのかたち、いちばん大事なところだから。丁寧にお願い」
「画伯の仰せの通りに。ああ、そうだ、エアリス。ミイラになるには、わが家の救急箱では足りないのではないか」
「顔と首と、あとね、胸くらいなら、巻けるでしょ」
「ミイラというより、ただの怪我人だな」
「うう、そうかも」
「お前はどうする。お前にこそ、巻いてやろう」
「いやな予感しかしないから、遠慮しとくね。わたしはね、ほら、水色と白色のストライプのワンピースあったでしょ。フレアの。あれに白いエンプロン、つけようかな。三角巾、かぶったら、ばっちりでしょ」
「ナースか。なあ、エアリス。怪我人とナースは、お前の頭のなかでは怪物の部類になるのか」
「やだ、しまった。仮装のことで、頭いっぱいだったから、うっかり」
「うっかり。また、うっかり。こんなときまで、うっかりか」
「何。何がそんなにおかしいの。ほら、そんなに笑って、手、ふるえてるよ。パンプキンちゃんの頬っぺた、ナイフ、ざくざく当たってる。向う傷だらけの、怖い顔になっちゃうでしょ」
「箔がついて、ちょうどいい」
 目玉部分をくり抜いたところで、ランタンは完成した。途中、少しばかり整形してやろうかとも考えたが、彼は画伯の意匠を尊重したのだった。
 ルーファウスは静かにナイフを置く。それから身体ごと、エアリスへと向き直った。
「いや、エアリス。ナースでも、何でもかまわない。それこそパジャマでもだ。そもそもの話、私たちに仮装は不要だとは思うがな」
 すっと差しだされた布巾で、手を拭った。ルーファウスは小さく笑う。彼の指爪を橙色に色づかせることのできる、特異な女だ。たとえどのようないで立ちでいようとも、それをまとう中身が肝心なのだと、彼は知っている。
 エアリスがエアリスであるかぎり、悪意などといった卑しい者どもでは、彼女を打ち負かすことなど到底できないだろう。
「私たちは私たちのままで、いい。連中のほうから、敵わないと諦めるからな」
 エアリスが瞠目した。
「だがな、エアリス。身のほどをわきまえないばかというのは、悲しいかな、どこにでもいる」
「精霊さんの世界にも」
「いるだろうな。襲ってくるような亡霊どもは、さて、どうしてやろうか」
 大きな翠眼が、ややしてゆっくりと細められていく。その一齣一齣から目を離さないルーファウスもまた、同じような顔つきをしているに違いなかった。
「そんなの、決まってる。けちょんけちょんにしてやろう。ね、ルーファウス」
 二人は眸で笑いあう。
 エアリスは小首をかしげたあと、ランタンに目をやった。額の向こう傷を指先でなぞり、手のひらが擦り傷だらけの頬を撫でている。
「でもね、やっぱり仮装、したいよ。ランタン、すごく立派なのできたでしょ。うん、かわいい。明かり、早く入れてみたいね」
 ルーファウスは先程の失言を取り消さなければと思う。ファニーフェイスは、やはり妻とは少しも似ていない。いや、と彼は首を振る。エアリスが何かを慈しむときの眼差は、ほかの何とも違っていた。
「ありがとう、ルーファウス」
 その眸をパンプキンが独り占めするなど、許されないことだ。ルーファウスはエアリスの気を引くことにする。
「ろうそくがいるな。こいつには存分に働かせよう」
「暗くなるの、待ち遠しい。ろうそくね、停電ごっこ用のやつ、クロゼットにしまってあるよ」
「まずは食卓を照らしてもらおうか」
「そうそう。メニュー、パンプキンづくしだし。せっかくだから、とことん楽しみたい。『最強の怪我人とナース』に着替えよう」
「とんだドレスコードだな」
 ルーファウスは頷く。単純な連中らしく、収穫祭の上辺だけを満喫するというのは、彼にとって滅多とない試みだ。ただし、ルーファウスにはこのままばか者で終わる気もなかった。
 収穫間際の麦畑のように、むらなく橙一色に焼けたグラタンを食べながら、今日という祭事の起源、そのうんちくを傾ける。妻の旺盛な食欲と知識欲を、ルーファウスが満たす。
「そうだな」
 悪くない。何もかも、すべてが。
 さて、とルーファウスは何から手をつけるべきかと考える。カクテルに使う白ワインがいる。辛味を控えたそれがあっただろうかと、地下の庫内を頭のなかでさぐる。ルーファウスはすぐに首を振った。
 これもまた、祭事と催事の一環だ。ワインセラーにはエアリスを伴い、彼女と「このラベルでは甘すぎるだろう。カクテルのバランスがくずれる」、「それ、すごく辛口のやつじゃない。却下です」と、一悶着を起こしてみるのもいいだろう。
 また一つ、ルーファウスがささやかな楽しみを見つけた。ちょうどそのとき、彼はふと腰部にぬくもりを感じた。
「あのね、ランタンの明かり、消えるときに、わたし」
 ほっそりとした二本の腕が搦めとるのは、何も彼の身体だけではない。
「わたし、あなたの包帯、ほどきたい」
 ルーファウスは驚いた。視線を下ろせば、エアリスがこめかみを彼の脇にこすりつけているところだった。伏せられた睫毛は、心許なさげにふるえている。
 エアリスからルーファウスに色めくとき、羞恥や遠慮がいまだに彼女を阻むらしい。やれやれとつきかけた息を、ルーファウスはすんでのところでこらえる。彼女への軽侮だと、エアリスが勘違いをするといけない。
 エアリスの内面の問題は、彼女が克服しなければならないことだ。今も打ち勝とうとしている。健気でとてもいい。だが。
「ああ。エアリス」
 エアリスの不安が、ルーファウスにはいとおしくて仕方がない。
 そして。
 彼女が憂いていれば、ルーファウスはそれを看過することがとても難しい。
 嚥下した溜息は、何かと手を貸したくなるルーファウスへの「やれやれ」だった。
「下心丸だしナースだな」
 口振りとは裏腹に、彼女の肩を優しい力で引きよせる。耳介の尖ったところに歯を立てる。くすぐったいよ、と肢体をよじらせながら、エアリスが安堵の息をついたようだ。ルーファウスの胸元がじわりとあたたかくなった。
「ルーファウスといっしょに、しないで。これはね、すごく真面目なお誘いなの。ボディーストッキング、着るね。紫色のセクシーなほうだよ。あなたのこと、ちゃんと、押し倒すから」
「蝋がなくなるまで、私が待てないかもしれないな。そのときは、ろうそくを吹き消してもかまわないのだろう」
 ルーファウスがうっとりと言ったところで、エアリスが顔を上げた。碧眼が、今度は翠眼に囚われる。ルーファウスは息をのんだ。
「ルーファウスは変なパンツ、穿いて。ね、いいでしょ」
「お前の笑い転げる姿が目に浮かぶ」
「だいじょうぶ。そのときは、きっとあなたもいっしょに笑ってる」
「だろうな」
「とことんって、言ったでしょ。『単純な二人』も、楽しいよ、きっと」
「まあ、いいだろう。笑われて傷ついた私を、たっぷりと癒してくれ。私のナース」
 もう、と彼をはたいたものの、エアリスの憂惧はすっかり拭えたらしい。ルーファウスの胸のなかで明るく笑っている。そうとなれば、この先に待っているのは。
「なあ、エアリス」
「ん」
 飲食を、着ることを、セックスを、それらすべてにおいて会話を楽しむ。二人でいることを楽しむ。
 ふむ、とルーファウスは顎をつまんだ。首を捻る。特別な休暇になるかと思ってみたものの、これではやはり。
「いつもの休日と、何ら変わらない気がするのだが。お前はどう思う」


■END■
(まったくその通り、だね)

20221031