祭子
2022-07-18 16:26:20
2406文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■JOY BELLS■

∠[ν]-εγλ0010/10
一人∞役の最後の仕事にエヴァンは取りかかります。鐘塔を上る足取りに疲れた様子はありません。
※pixiv掲載テキスト(20220702初出)

■JOY BELLS■
∠[ν]-εγλ0010/10


 誓いの口づけには意味がある。
 交わしたばかりの誓約、その封じ目に印代わりのくちびるを捺す。そうして二人で守り固めるという慣わしらしい。
 ならば、それは一回でこと足りるのではないだろうか。いい加減、エヴァンは目のやりどころに困っていた。
「めちゃくちゃ封しあってるよな、社長と義姉さん」
 司祭が婚姻の成立を宣言してから、しばらくが経っている。だというのに、ルーファウスとエアリスはキスをやめないでいる。
 過半数近くの傘下を解体したとは聞いているが、ルーファウスがいまだ神羅グループの総帥であることには変わりがない。切り離した傘下のなかには、神羅が設立母体としてかかわっている企業も多くあるらしい。そして一度は息の根が止まったかと思われた中枢――神羅電気動力株式会社――が、この男の手で、今まさに息を吹き返している最中だった。
 本来ならルーファウスが就くべきポストに代役を立てて、この男自身は策動している。エヴァンにはそれが勿体なく思う。神羅を取り巻く情勢を差し置いても、表舞台に返り咲けば、ルーファウスは今をときめく人になるに違いないからだ。
 打ち捨てられた教会堂、参列者はたった一人と一頭だ。ルーファウス神羅の結婚式だというのに、みすぼらしくはないのだろうか。神羅夫妻には絢爛な式典こそふさわしいのではないだろうか。それこそ二人の婚礼衣装のようにだ。だが。
「これ、全世界に放送するほうが、まずいかもな。社長の顔、どろどろだ」
 エヴァンはしのび笑う。杞憂だった。
 時折、ルーファウスとエアリスのくちびるがほんの少し離れる。そのたびにこぼれるのは、吐息と笑みだ。どちらにも幸福が満ち満ちていた。
 途中、ルーファウスがエヴァンへと視線をよこした。いつもなら顎で異母弟を使うはずが、キスで忙しくてできないらしい。珍しく左手で下座を指示している。
「はいはい。最後の仕上げに行けばいいんだろ」
 エヴァンはカメラを下ろした。かぎりあるフィルムをここで使ってしまうわけにはいかなかった。チャーチベンチに今日の思い出を置く。と、彼は神羅夫妻にそっと背を向けた。
 下座にある塔のうちの片方に入り、階段を駆け上がる。機械塔の三〇〇メートルのそれより急勾配だ。石段は苔生していてすべる。うわ、と時折叫びながらも、エヴァンの足取りは思いのほか軽かった。
 ルーファウスから引き受けたのは一人七役のはずだった。だがいざ儀式を取り運ぼうとすると、人手がまったく足りなかった。それを補うのは、エヴァンにしかできないことだ。
「鐘を撞いてこいなんて、聞いてなかったぞ、社長」
 司祭の大任をようやく果たしたものの、ほっと一息つく間もない。彼の次の役目は、鐘楼守だった。
 まったく、とぶうたれながらも、エヴァンは生き生きとしていた。
 神羅夫妻の結婚式だ。プレッシャーにおくびをこらえながら臨んだ務めのはずだった。エヴァンは不思議に思う。押しつけられた役割だと、そんな風に拗ねる気持ちも、今となってはすっかり消えていた。
「だってさ、義姉さんはともかくだ。社長の、あの顔」
 エヴァンは式の様子を、一齣また一齣と思いだす。
 ルーファウスの笑いじわと、大きく口を開いて笑うエアリス。互いの身体に絡みっ放しの四本の腕。青色と緑色の眸はやはり睦みあっている。
「まさかだよ。社長から幸せのお裾分けってやつ、もらうとは思わなかったぞ」
 二人のアトモスフェアが恵みのベールとなって、彼のことをもつつみこむ。そのたびにエヴァンはにやけた。他者の慶福だというのに、妬みも嫉みもない。これほどに心穏やかな気持ちを、エヴァンは初めていだいた気がした。
 これこそ、ルーファウスの望んだ『祝福』なのだろう。
 祝儀は――荷物になるからと、後日ヒーリンに届けるつもりで――別に用意している。足りないかもしれない。このさいだ。祝意の上乗せ代わりに、エヴァンは何役でも引き受けるつもりでいる。
 エヴァンは最上階に到着した。円状の塔内には大きな窓がぐるりと並んでいて、思いのほか明るい。呼吸することすら心地よいほどに、風が吹き抜けていて爽やかだった。
「うわ、どれだ。まあ、いいか」
 吹貫の天井には大小さまざまの鐘が連なっている。それぞれから垂れている五本の鎖へと、エヴァンは手を伸ばす。深大な一呼吸したあと、試しに一つ引っ張ってみた。
 祝いの鐘だ。それが透過された青空に轟いた。
「きれいな音だな」
 余韻の消えないうちに、エヴァンは片っ端から鐘を鎖を引いた。何度も何度もそうした。途中、耳が痛くなった。左耳に指を突っこみ、右耳は肩でふさぎならが、それでも彼は片手を動かし続けた。
 めちゃくちゃな音階に驚いて、花婿と花嫁もさすがにくちびるを離しただろうか。
「下手くそだな」
「くそは言わない」
 ルーファウスが鼻を鳴らし、エアリスがたしなめる。二人の頬に浮かぶのは、きっと薔薇色の微笑というやつだ。くすくすと声を重ね、そうしてまたくちびるをも重ねるのだろう。
 風向きがちょうど変わった。廃都から新都へと。
「よし、いいこと考えた。こうやって知らせるのはありだな」
 放送局も新聞社も、神羅夫妻の婚姻というスクープを報道することはできない。独占権は、今、エヴァンの右手に握られていた。
「聞けよ、ブレイキングニュースだ」
 鐘の音を聞きつけた人々が、何ごとかとこぞってミッドガルを見上げるに違いなかった。
「今日は、ルーファウス神羅・ゲインズブールとエアリス・ゲインズブール・神羅の結婚式だぞ」
 エヴァンは軽快に笑う。祝福をかき鳴らす手は止まらない。
 ミッドガルエッジのすみにまで、二人の喜びが知れ渡るまでは。


■END■
(祝いの鐘)

20220702