祭子
2022-07-18 15:51:49
8041文字
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■SLEEP CALMLY■

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入浴後に夫妻が寝支度に勤しみます。ルーファウスの香りは妻に過去を回顧させるようです。
※pixiv掲載テキスト(20220518初出)

■SLEEP CALMLY■
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 ゆっくりとバスタブにつかったあとだからか、バスルームは洗面ブースにいたるまで湿度が高い。
 ルーファウスはバスローブをはだけながら、ボトルに手を伸ばす。ウッディのオードトワレだ。長く贔屓にしている調香師は、メテオショックを経て、彼が失わずにすんだもののうちの一つだった。まず四指に吹きかける。と、それを両の腰部に押しつけた。とたん、トップノートがぬれた空気と絡みあい、あたりには深い森が広がる。
 ルーファウスは洗面カウンターに手をつき、俯く。思いだすのは、ウッドランドエリアにある私的な不動産だった。
「ああ、これは」
 雨上がりのビラの、濃密な夜の気配に似ている。
「蒸しっとすると思ったら、やだ、換気扇つけ忘れてた」
 うっとりと伏せていた睫毛を上げれば、眼前に映るのは自宅にほかならない。しかも相当に古い。換気システムの作動音が、ルーファウスを日常生活に引き戻した。
「エアリス、邪魔をするな」
「何のこと」
「せっかく懐かしい気分でいたというのに」
「だから、何のこと」
 ネグリジェ姿のエアリスが、ミルクローションを頬に染みこませている。眉間のしわは、どうしたことか。ルーファウスはわずかに考えてから、ふふ、と笑った。エアリスは暑がりだった。この室温と湿度のバランスが、彼女にしてみれば快適からはほど遠いのだ。ルーファウスは残念に思う。高湿は、何も不快なことばかりではない。彼の気に入りのビラに連れて行けば、エアリスに熱帯特有の楽しみ方を教えることができる。
 たとえば、果実はどうだろう。どれもねっとりと柔らかく、芳香美味だ。エアリスは必ず気に入る。新婚旅行の行先の一つに加えることにした。
「やだ、今度はにやにやしだしちゃった。ね、どうしたの。何、考えてるの、ルーファウス」
「お前のことだ」
「どうだか」
「お前のことだけを考えている」
「はいはい」
「そのぞんざいな返事は、何だ」
「邪魔しちゃいけない、懐かしいことなんでしょ、本当は」
 洗面カウンターに並んで、二人は言いあう。入浴後のサンダル履きは、はだしとほとんど背丈が変わらない。頭一つ以上低い位置から、エアリスが鏡ごしに睨んでいる。かわいらしい悋気にルーファウスが再び笑えば、彼女に――両手がべとついているからか――ハンズアップをしながら体当たりをされた。
「いい加減、私を信用しないか」
「してるよ、勿論。あのね、信用はあなたとわたしの問題。だけど、ジェラシーはわたしの問題。何とかしたんだけど、いつまで経っても、どうにもならないの」
「それなら、分からなくもない」
 でしょ、と翠眼が碧眼を見上げる。互いに互いを思いながら、二人のあいだに割りこむ余地などすでにないはずの過去に嫉妬をする。『半分セトラの大冒険』というものがある。ルーファウスの妻が、生まれてから、セトラの都で死ぬまでの物語だ。恋も二つ、あった。それを聞いてからというものの、矛盾した気持ちを持て余しているのは、彼も同じだった。
 ルーファウスが大仰に口端をひん曲げて見せれば、エアリスは肩口を彼の二の腕に――今度は優しく――擦りつけた。花車な肢体は、湯上りの熱を孕んだままだった。
「急いて着替えなくてもいいものを。まだ汗ばむだろう」
「あなたは、のんびりしすぎ。いつも、そう。また風邪、ひくよ」
「寝こむほどひどくはなかった」
「今はね、風邪、ひいたかひいてないかのお話、してるの。程度の問題じゃないよ」
「高熱でうなされていた口が、よく言う。髪はさっさと乾かせと、だからいつも言っているだろう、エアリス」
「着替えが先だってば。ね、ルーファウス、全部じゃなくてもいいから。パンツくらい、すぐ穿こう」
 目元に化粧液を塗り広げながら、エアリスが呆れたように言った。それにね、と続ける。
「ほら、もし、何かあったら大変だよ。何って、火事とか地震とか、変な人が襲ってくるとか。今までだって、そう。もしものとき、ルーファウス、はだかでどうやって逃げるつもりだったの」
「どうもこうも、着るものがないならこのまま退避するぞ」
「すっぽんぽんなのに」
「すっぽんぽんでもな」
「ぶらんぶらんしてるのに」
「ぶらんぶらんしていようが、立っていようがな」
 些末なことを気にするエアリスが、ルーファウスは不思議でならない。有事には、己の上着を剥いででも、周囲の誰かが羽織るものをよこすだろう。彼が優先すべきは着衣にこだわるより、その中身を逃がすことだった。古傷をさらすことに、いささかの口惜しさはある。だが虚栄心や羞恥心に、たとえばバスローブを着せたところで何の役にも立たない。
 ルーファウスはそのつもりで言ったのだが、しかしエアリスに彼の思うところを教えるにはさすがに言葉が足りなかったようだ。
「これって、露出狂っていうやつ。ルーファウス、そとでエッチするのも好きだから、怪しいと思ってたんだけど。やっぱりね」
 何やらエアリスが独り言ちだした。うんうんと、一頻り頷いたあと、彼女はふとルーファウスを見上げた。開きかけた口に、ルーファウスは人差指と中指を押しつける。また「性の不一致」だとか「価値観の相違」だとか、しようもないことを悩みだすに違いない。それだけならまだいい。だが。
 エアリスのくちびるは湯上がりの水気を含んでいて、いちだんとふっくらしている。彼の好むこの弾力から、いよいよ離婚を切りだされる前に。
「穿けばいいのだろう、穿けば」
 溜息をつきながら、ルーファウスはボクサーブリーフを身につけた。バスローブのベルトをゆるく結ぶ。
「本当、いい香り」
 ひらめくバスローブに乗って、鬱蒼とした森の香気が彼女へとまとわりついたのだろう。エアリスがくんくんと鼻をひくつかせている。
「ルーファウス、寝るときもつけるよね、香水」
 何で、と首を傾げる妻の目は、好奇心がまたたいている。探求心と悪戯心とが、ルーファウスのなかで同時に芽生えた。
「お前もつけてみるか、私のオードトワレを」
「同じ香りを」
「同じ香りにはならない。私とお前とでは体臭のベースも、体温も、まるで違うからな」
「不思議だね。面白そう」
「さて、エアリス。お前の肌で、私の気に入りがどのような香りに仕上がるか、試してみようか」
 探求心が、再度ルーファウスの手に香水を吹きかける。エアリスの膝裏に、悪戯心がぬれた指先をこすりつけた。
「やだ、ルーファウス、くすぐったい。何で、そんなとこ」
「よく動くところにつけると、よく揮発する。お前の香りが確かめやすくなるからな」
「はてはて、何のことでしょう」
「察しのいい私の妻なら、分かるはずだ」
 膝裏で遊んでいた四指が白い内腿にもぐりこみ、軽くつねる。さらに上を目指す。ルーファウスは残念に思う。
 ウッディは、ルーファウスが一人をすごす夜につけると決めている。もうずっと以前からだ。涼やかさのうちに甘美の漂うそれを、だからまだ彼以外の肌で試したことはない。
 エアリスの足はこんなにも火照ってる。膝を折り曲げすれば、彼の嗅いだことのない清香が芬々とするに違いない。二人のにおいがじっくりと混じりあう。そのあとで、エアリスからルーファウスへと、移り残った香りはいったいどれほど妙なのか。恍惚につつまれてみたいというのに。
 エアリスはきっとそんな気分ではない。
「ルーファウス、リビングで寝酒。わたし、あなたの横で爪のお手入れ。終わったら、おやすみなさい、だね」
 ネグリジェのなかから、ルーファウスの手は敢えなくつまみだされた。行き場を失ったそれで、彼はエアリスの頭に巻かれたままのタオルをはずす。ぬれて束になった髪が小さな尻までをおおう。
「つれないな」
「さっきのこたえ、まだだよ。ルーファウス、寝るときもつけるよね、香水。ね、どうして」
「もとは身だしなみだ。今は習慣だな」
 ネグリジェを湿らせる前に、ルーファウスは新しいタオルを宛がった。それからエアリスを抱き上げ、カウンターに座らせる。換気システムがビラの熱帯夜を吸いこめば、あとに残るのは一月の寒々としたバスルームだ。あのときエアリスが風邪をひいたのは、半乾きの髪のせいだった。それからというものの、ドライヤーをかまえるのは大抵ルーファウスの役目だ。
 長い髪を手櫛で集める。タオルを押し当てながら、ルーファウスは社交デビューのころを思いだす。香水の選び方を――閨ごととともに――教えたのは、当時社交場で親交のあったマダムたちだった。一〇代の彼をよくかわいがってくれた。
「あとは演出の一部か」
 妻から、彼女の背にある鏡へと、ルーファウスは視線を動かす。ほとんど蕩けていた顏がすっと引き締まる様子が映っている。
 ルーファウスはルーファウスであることを偽らない。だが、『ルーファウス神羅』を色取るアイテムは、シーンに応じて使いこなす。たとえば公人なら、白を基調としたテーラーメイド、そして奇抜な服飾品がそうだ。昼夜問わずまとう香水も、いつからかそのうちの一つになった。
 香水は、とくに女を牽制するには便利のいいアイテムだった。虫のようによって来る。
 花の蜜腺にたかるなかから目に留まった虫で、しばらく戯れる。遊び終わったらかごに戻し、飽きれば放つ。気に入った虫なら、そばで自由に羽音を立てさせるのもやぶさかではない。だからといって虫からまとわりつかれることは、彼の本意ではなかった。
 ルーファウスは彼を共有されることを、嫌悪している。彼を無視し、シンパシーを勝手に感じる連中には辟易していた。だというのに、どうしてだか女はいちようにそれをしたがるのだ。分かりやすいのが情事だった。
 一頻り遊んだあと、「シャワーをあびるのが勿体ないわ」と女はぐずぐずする。汗混じりのルーファウスの残香を喜び、己の香りを移したと悦にひたる。シャワーをあびたらあびたで、「これがあなたの本当の香りなの」と頬を染めるのだ。それらをはっきりと言う女もいれば、言わずに持ち帰ろうとする女まで、さまざまにいた。ルーファウスはといえば、まるでマーキングをされているようだと興醒めるばかりだった。
 女とのつきあいを繰り返すうちに、いつからか彼は素の体臭を悟らせまいとするようになった。
 ルーファウスは他者に対等を認めない。彼の深い部分に立ち入ることを許さない。たかがにおいといえども、それは看過できないことだった。
 彼の香水は、だから蠱惑の蜜でもあり、断絶の楯でもある。昼なら硬質なフゼアを、夜には華美なスパイシーやグルマンを。情事のバスルームでも同じだ。いくつか用意していたペントハウスには、名香を取り揃えていた。ルーファウスの指定した場所での逢瀬でなければ、浴室化粧品は香料の強いものを使った。
 香料でごまかした彼のにおいを、セックスを終えて混じりあったそれを、女たちはやはり貴んだ。いっそあわれだと、彼はそう思うようになっていた。だというのに。
 また、まさかの世界だ。ルーファウスは心のなかで呟いた。
 今、ルーファウスはエアリスの移り香を楽しみにしている。過去の女たちのように、まるで意味のないことに価値を見いだそうとしている。はは、と思わず笑み声がこぼれた。
 それだけではない。彼はまいったという風に首を振る。
 一人の夜の、特別の香水を彼女の前で身につけることに、初日からためらいはなかった。共寝をするようになってからは、エアリスから彼の残香がしたところで不快だと思ったことがない。あとはセックスか、とルーファウスはにやついた。それはもう、言うにおよばずだろう。
 そして。
「ああ、エアリス」
 ルーファウスはすでに彼の素の体臭を、人工の香料で紛らかす必要はないのだ。それどころか、すでに二人の素肌の飾らないにおいは、幾度となく混じりあっている。
「どうしたの、ルーファウス」
 ルーファウスはエアリスを見る。翠眼が碧眼を見つめ返す。
「だが、今は。いや、これからは、か。なあ、エアリス、お前は私の習慣をことごとくくつがえすから、困る」
 対等の女の前で、エアリスのとなりでだけ、ルーファウスは真のはだかでいられる。
「お前とすごす夜に、もう寝香水は不要なのかもしれない」
「ね、ルーファウス。やめないで」
 タオルドライを続ける彼の手に、白いそれが重なった。そっとだ。
「わたしね、ルーファウスの夜の香り、安心するの。深い、深い、森の香り」
 ルーファウスは目を瞠る。エアリスは今、この星で一人きり、ただのセトラの女の顔をしていた。
「一人で森をこえるの、怖い」
 ああ、とルーファウスは嘆息する。これは『半分セトラの大冒険』だ。
 エアリスはミッドガルという箱庭で生かざるを得なかった。理由を、ルーファウスは否というほどに知っている。旅慣れなどしていないはずだった。その彼女が単身、必死で探しだしたのだというアイシクルエリアの寒帯林を思いだす。ルーファウスはタオルごと彼女の髪を握り締める。森林を抜けた先に、エアリスがたどりついたのは。
 ルーファウスはただただやるせなかった。彼の習慣が、エアリスの――どうしようもなく心細かっただろう――記憶をよみがえらせていたのか。それも、夜な夜なに。
 何度、彼女を傷つければ、ルーファウスは間違えなくなるのだろう。歯痒くて仕方がない。
「ウッディはやめておこう」
「違うよ。言ったでしょ、安心するって。怖い思い出も、あなたの香りが、ルーファウスが上書きしてくれてる。ごめん、言い方、間違えちゃった。怖い、じゃなくて、怖かった、だね。それにね」
 相変わらず、エアリスは稀有な眼差をしている。一つの害心もなく、へつらうこともない。ルーファウスの強い眼差から、逃げず、怯まず、臆さない。エアリスの素直な眸に、彼は囚われてばかりいる。
「夜の森の香りはね、もう、それ、ルーファウスのにおいなの」
 エアリスが小首を傾げる。水気の抜けた髪がふくらみ始めている。優しい手のひらがルーファウスのそれを一撫でし、今度は彼の胸にそえられた。
「あのね、ルーファウス、ときどき後ろから入ってくるでしょ。最初、不安だったんだけど、今はね、だいじょうぶ。声と、においであなただって、分かるから」
 わずかに目を伏せたものの、すぐにルーファウスを見澄ます。へへ、と、照れて笑うエアリスに彼もつられた。
「それにね、朝、わたし、先に起きるでしょ。ラストノート、すごく甘いの。ね、ルーファウス、知ってた」
 ルーファウスは笑みを深くする。首は横に振った。起床のころには肌に馴染みすぎていて、彼ではもう自身のにおいを嗅ぎ取れない。エアリスだけが知っているルーファウスが、どうやら早朝のベッドにいるらしい。
「だから、香水、変えないで。それ、つけていて」
 でも、とエアリスがとたんに情けない顔つきになった。
「何もつけてないときのルーファウスのにおいも、すごくほっとする。どうしよう、迷っちゃうね」
「エアリス、いい案がある。明日の寝香水はやめておこう」
「明後日は」
「つける。その次はつけない。これでどうだ」
「名案、だね」
 万歳をし、彼の首に飛びつくエアリスの、薄い背中をルーファウスは撫でる。とんとん、とんとんと。
「私がつける日は、お前もつけろ」
「あなたがつけて、わたしがつけない日、今まで通りも、たまにやれば新鮮だね」
「私がつけずに、お前だけが香りをまとう日もだな」
 そうしてよく動いて、体温を高めて、日ごとに変わるさまざまな、二人の混じりあうそのときかぎりの香りを楽しもうか。
 エアリスの耳元でそう囁けば、彼女は黙った。指先が彼の襟足をいじくっている。しばらくして、ふっくらとしたくちびるがルーファウスの額に口づけた。
「なるほど、これはイエスへの変心だな」
「残念。今日はノーだってば。これはね、おやすみのキス」
「けち」
 ルーファウスが妻の口真似をすれば、すかさず頬をつねられた。ルーファウスは空気の抜けたような笑み声をもらした。
「誰がけちですか。一昨日、いっぱいしたでしょ」
「少しくらい戯れてもかまわないだろう。男の代謝にはな、エアリス。特有のサイクルというものがあるのだが」
「ストップ。ルーファウスったら、それ以上はだめ」
 間近に睨まれて、ルーファウスは仕方なしに彼女を解放した。カウンターから下りたエアリスが、ヘアブラシを手にしている。未練がましく膝裏を見つめていたのだろうか。エアリスが彼に向き直った。
「そんなに気になるなら、仕方ないなあ。あのね、わたし、スクワットできるようになったの。しかも、五回も。ね、見てみる」
「何を」
 言いだしたのか、彼の突飛な妻は。ルーファウスは目を丸々と開いた。意味を悟ったところで、彼は大笑した。
「ひどい。笑わなくたって、いいでしょ。トレーナーさんに内緒で、わたし、がんばってたんだよ」
「それはそれは、悪かった。だが、言うにこと欠いて、まさかスクワットだと」
「もう、笑いすぎ。要はあれでしょ。動いて、身体をあたためて、香水、揮発させればいいんでしょ」
「私はな、エアリス。お前の膝裏を肩に担いで、二人で動きたいのであって、お前一人が屈伸してどうする」
 ブラシを握り締めて、分かってるけど、と彼女は口を尖らせた。
「せめてもの折衷案です」
「なあ、エアリス。エアリス。ああ、もう、お前は」
 今度はルーファウスから腕を伸ばす。エアリスの首裏を掴んで、いささか強引にひきよせた。彼の醸すセックスの雰囲気から、逃げきれた女はいなかった。初めて、そしてたびたびそれをやってのけているのが、ルーファウスの妻だった。興が乗らないものは仕方がない。簡単でないエアリスがいとおしかった。
 だがそれにしたって、とルーファウスは彼女のつむじに吹きだす。
「こんな色気のない断り方があるか」
 胸の前にある小さな頭を、強く、深く抱き締める。ルーファウスの哄笑はやまない。
「まあ、いい。さっさと寝支度をすますぞ。それから、アルコールの用意をしてくれ。おやすみのキスも、もうされてしまったことだしな。今晩は軽くでいい」
「何、飲むの」
「オルダージュをトワイスアップだ」
「ブランデー飲むなら、だったらホットにしよう。ルーファウス、ちょっと冷えてきたよ」
 バスローブからのぞく胸板で、エアリスの息遣いを感じる。熱い。彼の背中にまわされた手のひらもまた、熱かった。
 二〇年以上熟成したブランデーを水割りにするのは、さすがのルーファウスでも勿体ないと思う。たしなむのは稀だった。だが、ホットなら香りがよく立つ。
「いい案だ」
「ね、蜂蜜、入れてもいいかな。半分、ちょうだいね」
「おい、待て」
 ひそめかけた眉が、ややもせず機嫌よく開いた。妻が――アルコール度数の高い――蒸留酒につきあうのは珍しい。甘い夜の代わりに、とても甘いブランデーを楽しむこともやぶさかではなかった。
「いや、いい。好きにしろ」
 そのあとで。
「今夜は、そうだな」
 ルーファウスは独り言ちる。相変わらず換気システムがうるさい。バスルームからはすっかりウッドランドの気配がなくなっている。次に二人が向かう森は、ブランケットのなかに広がることだろう。
 森然としたサンダルウッドのなか、いとおしい女がふるえることのないように。寒さにも、一人きりの心細さにもだ。
 手と手を取りあって、指先だけを絡めあって、ルーファウスはエアリスと静かな森で眠ることにした。


■END■
(静かに眠れ)

20220518