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祭子
2022-07-18 15:33:03
8450文字
Public
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■DESERT FACTORY■
∠[ν]-εγλ0010/09
神羅夫妻はピクニックの準備をします。大食なわりに花車な妻をルーファウスは不思議に思います。
※pixiv掲載テキスト(20220505初出)
■DESERT FACTORY■
∠[ν]-εγλ0010/9
休日の朝のキッチンを満たすのは、焼きたてのクロワッサンの香りだけではない。
ワークトップにはクロワッサンに挟む具材が次々と並んでいく。琺瑯のバットで湯気を上げるのは、下拵えのすんだシュリンプだった。そのとなりにあるボールが、今し方ルーファウスがつくり終えたばかりのドレッシングだ。キャロットとセロリのラペに使う。ドレッシングベースに、彼はグレインビネガーを選んだ。今日のピクニックの行先は、長老の木だった。九月だが、緑風に似たそれがこずえを揺らし、彼らの気分を爽やかにしてくれることだろう。酸味の強いラペを食べれば、舌までがすっきりとするに違いない。
しかし、とルーファウスはとなりを見る。エアリスが生クリームを撹拌している。かしゃかしゃと、ウィスクの立てるかろやかなそれを伴奏にして、ハミングがやまない。彼女はどちらかといえば甘党だ。ドレッシングにはドライフルーツを足すことにした。
そんなラペには、脂気を抑えたクリスピーベーコンがよくあうだろう。
ルーファウスは最後の一品に取りかかっていた。ベーコンを茹で、フライパンの水分が沸騰しきってなくなったところで、シュガーを軽く振りかけた。弱火で焼くベーコンから、ばちばちと脂が滲みでてくる。それを丁寧に拭き取りながら、彼はすでに『かりかりベーコンとラペサンド』の成功を確信していた。
「いいにおい。ね、ルーファウス、一枚だけ」
「粗熱が取れるまで待て」
「そんなの、ルーファウス、ふうふうしてくれたらいいじゃない」
ペストリーバッグに角立つクリームをつめながら、エアリスが口を開けた。大きくだ。まるで雛チョコボだった。ルーファウスはベーコンをバットに並べながら吐息をつく。パンの数より一枚多いのは、味見
――
と言い張るエアリス
――
のためだ。いつものことだった。
「お前の親鳥になったつもりはないのだが」
「当たり前でしょ。ルーファウス、猫舌な奥さんに、すごく優しい旦那さんだもの。だから、ね、ほら」
「雛鳥より手間がかかるな、私の妻は」
トングの先に、ルーファウスは笑い交じりの息を吹きかける。ベーコンを一口齧らせれば、エアリスは「美味しい」と喜んだ。午前の陽光は透明だ。そのなかで屈託なく笑う彼女を見ていると、神羅社長の平日のうちに溜めこんだ鬱気まで澄んでいく気がした。余分を用意する甲斐もあるというものだ。
もう一口、とエアリスがねだる。再び開いた口に、ルーファウスはすかさず舌を入れた。片手で腰のくびれた部分を掴み、顏の角度を変えながら、キスを繰り返す。深く、浅く、また深く。そして長く。
そろそろ文句を言われるころあいあか。ルーファウスはひときわ大きな音をてて舌を離す。ぬれたくちびるへとベーコンを突っこんでから、彼はナイフを手に取った。クロワッサンに切りこみを入れるためだった。
「今のって、そういう雰囲気だったっけ」
「私にはキスのタイミングだった」
「難しいなあ」
「深く考えるからだろう。そんなものはしたいときにすればいい。ほら、エアリス。手を止めるな。日が暮れる」
「止めさせたの、誰」
つんと尖るくちびるを見ていると、ルーファウスはまた噛みつきたくなった。だがせっかくのランチをディナーにするわけにはいかない。ルーファウスはトングをかちかちと鳴らす。さっさと具材をつめることにした。
「ううん、カスタードクリーム、余っちゃった。同じだけ、つくったはずなのにな」
しばらくしてエアリスのクリームを絞る手が止まった。二つのペストリーバッグのうち、ホイップドクリームはほとんど空だった。だがもう片方は違う。甘いクロワッサンサンドがあと三つはできそうだった。
「お前はいつも計量しないから、そうなる」
「あなただって、しないでしょ」
ルーファウスはこめかみを人差指で打つ。「計量器はこのなかにある」と言えば、彼に向けられるエアリスの眼差は羨望一色になった。
「舌、肥えてるから、味つけ間違わないのは分かるけど。量、いつもぴったりなのまで、感覚だったなんて」
「一人分を二人分にするために必要なのは、簡単な乗算だけだろう」
「そうだけど、そうじゃないの。だって、目分量って、難しいよ。火加減だって、全部変わっちゃう」
すごい、とエアリスが拍手しだしそうないきおいで言った。ルーファウスは曖昧に頷いた。
生まれて初めてキッチンツールを手にしてから、調理をルーファウスはほとんどしくじったことがない。それは彼の味蕾がこと優れているからにほかならない。
たとえばエルミナのレシピノートだ。食材とシーズニングの配分を見れば、実際に調理するまでに脳のなかで調味ができる。あとは彼の好みに近づけるよう、不要なものは減らし、足りないものがあれば補えばいい。それができるのは、ルーファウスがさまざまな食材の歯ごたえや舌ざわり、色取り、そしてシーズニングとスパイスの旨味を知っているからだろう。食べる機会に恵まれたのは、神羅の嫡子だからだ。この世の贅沢は、食にいたるまで知りつくしているつもりだった。
エアリスは違う。味覚をはぐくむ大事な時期を、彼女は研究所ですごさなければならなかった。
ルーファウスは当時の日誌を思いだす。セトラの生体記録やほかの所見とともに添付された献立だ。科学部門もセトラの身体を損なってはいけないことはわきまえていたらしい。栄養分に偏りはなかった。とはいえ、彼には初見でそれが食事だと分からなかった。まず食の色彩を目で楽しむことができない。色味どころか、食材のかたちすら原形をとどめていなかった。あれと軍用レーションならば、ルーファウスは後者を選ぶ。熱量補給のためだと諦めがつく。
ルーファウスはトングを置く。と、エアリスのくちびるを撫でた。何、と彼を見上げる翠眼は、当時もこんな風に無垢だったのだろうか。ルーファウスは困ったように笑う。日々代わり映えしないワンプレートを、これが『食事』というものなのだと何の疑いを持つこともないまま、彼女は食べていたに違いない。だというのに、意外にもエアリスは味つけで大きな失敗を
――
するときは、調味料のラベルを見ないからだ。こればかりは彼女が悪い
――
しない。エルミナのおかげなのだろう。いわくつきの子供を引き取ったエアリスの養母にも、それを黙認したルーファウスの父親にすら、彼は感謝をした。
小さな口にふれていた指で、首を、肩を、長い腕をなぞる。と、もう一度、腰に手のひらを這わせた。どれも細かった。
「本当に、どうしたの。変な顔してる」
「お前の尻が小さいのは、不思議だな。偏食はないし、量もよく食べるだろう。以前はそうでもなかったのか」
ルーファウスはそう言いながら、エアリスの尻たぶを掴んだ。
「ううん。好き嫌いないよ、昔から。ルーファウスも、もう知ってるでしょ。お母さん、料理上手なの。いくらでも食べられちゃう。だからね、食が細いって、言われたこともない」
尻の丸みを撫でていた彼の手を、エアリスが振り払った。「お尻、本当に好きなんだから、あなた」と呆れている。
「あのね、今だから言えるけど。お母さんのご飯と比べると、神羅のご飯ってね、ちょっとあれだったんだから」
「だろうな。くそ不味かっただろう」
「不味いって、言わないの。もう。だけどね、残したこと、ほとんどなかったな。大きくなりたかったから、早く」
ペストリーバッグを握ったままの、その指先がわずかにふるえた。なぜ、と聞くまでもない。
大人になれば何でもできる。たとえば、目の前で弱っていく母親を自身の手で救うことも。小さなルーファウスもそれを信じて大人になりたがっていたし、小さなエアリスにとって大人への近道が不味い食事でもたくさん取ることだったのだろう。
「お尻、小さいの、神羅のご飯のせいかも」
ルーファウスが暗い気分になるより先に、エアリスは彼を見上げた。悪戯な笑みを浮かべている。
「と言うことはですね、現場の不行届き、まわりまわって神羅の社長さんが悪いと思います。だけどね、あのころの社長、お父さんね、もういないから。だから、全部継いだあなたのせい。ルーファウスのせいだよ」
ルーファウスは睫毛を伏せる。まいったといった風に首を振った。彼女のとなりはどうにも居心地がいい。
「ね、ルーファウス。今はね、ルーファウスのご飯、いちばん美味しい。やっぱり」
「やはり、何だ。今更シェフに転向しろとでも言うのか」
エアリスは、ううん、と迷っている。ルーファウスはそのあいだにもクロワッサンサンドを仕上げていく。一つ、また一つと並ぶそれは、どれも見栄えまでいい。
「セクハラ社長より、ましかなって」
「あのなあ、エアリス。セクシャルハラスメントはシェフでもするだろう」
「ちょっと、待って。偉そうに言うことじゃないでしょ、それ」
「いや、言うぞ。そもそも私はフィジカルコンタクトのつもりでいる。お前もそうだ、いやがってはいないだろう」
「何でも決めつけるの、よくないよ」
「ならば、分からせてやろうか。ハラスメントなどと言われるのは、外聞が悪い。ふれるだけで伝わらないのなら仕方がない。エアリス、今からお前のもう少し深いところで」
「ごめんなさい。よく分かりました」
ルーファウスは大仰に肩を竦める。まじまじと彼を見つめたあと、エアリスはくすくすと笑いだした。
「外聞なんて、気にしないくせにね。そういうところ、ふてぶてしいんだから、本当。でもね、ルーファウス、これくらいでいてくれなくちゃ」
「諦めはついたか」
エアリスは素直に頷いた。
「神羅の社長さん、務まるの、あなただけだから。だって、シェフは舌を幸せにしてくれるけど、便利な道つくったり、新しい条例つくったり、為替どうのこうのしたり。そういうの、してくれないでしょ。皆、困っちゃう」
「それはそれは。市民の皆様のご期待に応えられるよう、せいぜい尽力するとしよう」
最後の一つをつめ終えて、手についたパンくずを払う。と、ルーファウスは気取って会釈をする。
「さて、ランチは完成だ。エアリス、バスケットはどこにある」
「後ろの吊戸棚の、いちばん右のいちばん上。踏み台なくても、手、届くの。背の高い男の人って、本当、便利」
「便利に使うのは、お前くらいのものだ。そんなことより、エアリス。余りものをどうする気だ」
「ね、どうしよう。勿体ないよね」
エアリスが金口をじっと見ている。ルーファウスは溜息交じりに、絞り袋を取り上げた。バットに寝かせて、すっと遠ざける。
「やめておけ。今、吸いつこうと考えただろう。行儀が悪いな、お前は」
「あら、ばれてる。でもね、ちょっとあこがれちゃうでしょ、こういうの。じかに吸っちゃうの」
ルーファウスは眉をひそめた。彼ならば余りものはほかに有用する。そもそも余らせない。同意を得られなかったエアリスが、ワークトップに両手をつく。頭上の照明機器へと向けた顔は、つまらなそうだった。
「できたてのカスタード、美味しいのに。わたし、一回、やってみたいんだけどな。お母さんにも、怒られちゃったの」
「だろうな。いい母親に恵まれたというのに、お前という女は。親の言うことくらい、素直に聞いておけ」
「ルーファウスにだけは、言われたくないんだから、それ。ささやかな夢、叶えるチャンスだったのに」
エアリスは息をついた。使い終わった調理器具を集め、シンクに置く。と、水を張った。ウィスクで汚れを掻き混ぜる
――
ぞんざいな
――
手つきに、彼女の未練がうかがえる。
「諦めろ、エアリス」
「お尻、大きくなるかも。揉み心地、よくなるよ」
「尻だけではすまないかもな」
下腹部を見下ろしながら、「それ、困る」とエアリスが情けない顔をしている。ルーファウスは目笑した。
「残しておいてくれ。ちょうどいい。夕食のデザートに、私が使う。お前に絞りだして食べよう」
「うん、分かった。じゃあ、冷蔵庫、入れとくね」
ん、とエアリスは首を傾げる。水栓を止めると、ルーファウスを振り仰いだ。
「今、ルーファウス、最後に変なこと、言ったよね」
「変な顔、変なタイミング、変なこと。変、変、変ばかりだ。まったく、お前は私のことを何だと思っている」
「変人」
ずっと前からそう言ってるでしょ、とエアリスが平然と口を開いた。ルーファウスは思わず吹きだした。なるほど、彼を一言で表すには打ってつけだった。エアリスの選ぶ言句はいつもルーファウスを満足させる。
「違いない。まあ、いい。『変なこと』に、お前が分かったと返事したことには、変わりがないからな」
ルーファウスはウォールキャビネットを開ける。ラタン製のバスケットに手を伸ばしながら、振り返る。エアリスが両頬を押さえて固まっていた。白い指のあいだからのぞく白い肌が、今は何ともあいらしく色づいている。冷えたカスタードクリームを絞りだせば、ゆるゆると蕩けるほどに熱いのだろう。
きっと格別の味がするに違いなかった。
「言質は取ったぞ、エアリス」
夕食がすみ、エアリスがデザートを運んできた。プレートを見て、ルーファウスは空笑った。レモンのコンポートにそえられていたのは、カスタードクリームだ。この量だと朝の残りは使い切ったらしい。
ルーファウスはワインを飲み干す。まさか先手を打たれるとは思いもしなかった。
したり顔をしているだろうエアリスを見上げる。彼女はしかしそんな顏つきなどしていなかった。
「自信作なの。どうかな」
息をつめるようにして、エアリスはルーファウスの反応をうかがっている。今朝方のやり取りをなかったことにしてしまったのだろうか。
残念がっていても仕方がない。ルーファウスはカトラリーを握る。レモンを厚くスライスしてほろ苦さを残したのは、カスタードクリームにあわせるためなのだろう。よく冷えた白ワインの舌に残る辛味に、皮の苦味とクリームの甘味。よくつりあいが取れている。不思議なことに、エアリスは生地ものとデザートだけは
――
目分量だというのに
――
失敗をしない。そしてルーファウスが夕食用にと選ぶアルコールに、味つけをよせることもできる。
「美味いな」
「ルーファウスのほうが、美味しそう」
彼の脇に立ったまま、エアリスがワイングラスを満たす。ワインクーラーの氷がかろやかな音を立てた。ルーファウスは怪訝な顔をする。
「ルーファウス、食べたい」
向かいの彼女の席にも同じプレートがある。早く席に着け、そう言いかけてやめる。こういうとき、エアリスの助詞の欠けた話し方は危うい。
たとえば『の』なら「ルーファウスのデザートを食べたい」だ。ルーファウスなら『を』を当て嵌めて、「ルーファウスをデザートにして食べたい」にしたくなる。意味あいが大きく変わることに、エアリスは気づいているのだろうか。だが、とルーファウスは浅く笑う。彼にしてみればどちらもたいして変わらない。
「いいだろう」
ルーファウスはカトラリーを置く。いずれにせよ彼が『デザート』を差しだすことに変わりはない。人差指でつまんだコンポートにカスタードクリームを絡める。と、エアリスに差しだした。
「ほら、エアリス」
食べるといい、私ごと。
彼女が咎めるより先に、その小さなくちびるのなかへと押し入れるつもりでいた。ルーファウスの笑みが、ふいと驚きに変わる。エアリスが彼の指ごとコンポートを食べたからだ。それだけではない。ルーファウスの指の股にまで垂れるシロップを、舌先で舐め取っている。
ああ、とルーファウスは喜びの吐息をつく。エアリスもまた『を』のつもりだったらしい。
ルーファウスは彼女の口内のあちこちを、指の腹でゆっくりとこする。エアリスがくぐもった声をもらす。途中、甘噛みされるたび、ルーファウスの口元がゆるむ。十分にシロップを落としてから抜き取った。
白い両手がルーファウスの耳裏にもぐりこむ。横髪を撫でつけるようにして、彼の顔を上向きにした。エアリスが再び息をつめるようにして、小首を傾げている。
翠眼が碧眼を魅了した。エアリスが彼をセックスに誘っている。ルーファウスは瞠目した。二人が身体をつなげるようになって、初めてのことだった。
ピクニックがまだ尾を引いているのだろうか。今夜も幸せの予感がする。こんなとき、エアリスの弱さは泣きだすのかもしれない。目の前の幸福を掴み、自身のものにすることを恐れて。
だが、あのピクニックを経て、二人はよりいっそう親密な関係を築き始めたところだった。エアリスはためらいながらも、幸せに手を伸ばしている。ルーファウスとともに、今夜、この先にあるめくるめく幸福へと二人で向かいたがっていた。
「もう一口、ほしい」
彼の返事を待って、エアリスの眸が不安にまたたいている。ルーファウスは惚けた。何というかわいらしいお誘いなのだろう。断る理由は一つもない。
ルーファウスは、今度は自身の口唇にカスタードクリームを乗せた。珍しく先に目蓋を伏せる。これは彼からのオーケーサインだ。キスのさい、ルーファウスは目を瞑ることを好まない。だが彼女を安心させてやりたかった。何よりも、ルーファウスはエアリスからのキスが、早くほしかった。
ややしてクリームを突っつく柔らかな感触があった。次にエアリスは下唇をはんでいる。ルーファウスが薄く口を開けば、彼女の舌が遠慮がちに入ってくる。甘味がなくなればコンポートを含み、またなくなれば今度はクリームを足した。そうして二人は苦味や甘味がすっかりなくなるまで、彼の口内で戯れていた。
「やっぱり、美味しい。甘いものと甘いもの、くどいかなって思ったんだけど。ありだね」
「おい、エアリス。お前はやはり行儀が悪い」
ルーファウスは呆れた声をだした。エアリスが慌てて金髪を離した。逃げる手首を掴むと、彼はダイニングチェアを後ろに引く。
「立ち食いはよせ。座れ」
そう言いながら、ルーファウスは大腿を開いた。エアリスが嬉しそうに頷く。彼の片足に腰を下ろした。
「私は美味いに決まっている。どこもかしこもだ。エアリス、お前はどこが食いたい」
「おへそ」
「妙なものを食いたがるな。まあ、いい。へそを食いたいなら、次にすることは分かるな」
エアリスの眸が一瞬戸惑った。ルーファウスは微笑する。と、ゆっくりと頷いて見せた。
細い指が彼の咽喉にふれた。もたもたと、ボタンダウンシャツをみぞおちのあたりまではずす。胸元がくつろげられるのを待ってから、ルーファウスは鎖骨にカスタードクリームを塗りつけた。
「あれ、おへそは」
「まあ、待て。デザートだからな、正餐とは違う。本来は好きなものから食えばいい。だがな、エアリス。食べ終えたときに、お前がさらに満足できる順序というものがある。教えてやろう」
プレートの甘味がルーファウスに盛りつけ直されて、すべてエアリスが平らげていく。彼女のせっかくの力作だというのに、彼が口にできたのは時折キスに交じるおこぼれだけだった。だが、とルーファウスはほくそ笑む。
エアリスのデザートプレートは、いまだ手つかずのままだった。あれをルーファウスが独り占めすればいいだけのことだ。
「ああ、エアリス。最高のデザートだった」
「よかった。恥ずかしいの、がまんして」
「難を言えば、お前の美味いところに、私がクリームを絞りだしてみたかったのだがな」
「だって、行儀悪いって、あなたが言うから。ちゃんとお皿に盛りつけたのに」
「マナーからはずれているのは、金口に直接口をつけることだ。デザートをデコレートすることの何が悪い」
「もう、ああ言えば、こう言うんだから。ね、ルーファウス」
「何だ」
「ダイニングイテーブル、やっぱり、人、食べるところじゃないよ。背中、すごく痛い」
「だから途中で私が下になってやっただろう。何だ、エアリス。何がおかしい」
「優しいね、ありがとう。でもね、困っちゃうんだけど」
「なぜ、困る」
「だって。ルーファウス、どこ食べても、美味しいんだもの」
「なあ、エアリス」
「ん、何」
「もう一回分くらいなら、お代わりを用意できそうだぞ」
「今日は、もうご馳走様です」
「私はお前が食べ足りない」
「だめ。コンポートもクリームも、なくなっちゃったし、ルーファウスもご馳走様して。またそのうち、クリーム、うっかりつくりすぎちゃったときにね」
「エアリス。次もきちんとうっかりしろよ」
「もう、何それ。ばか」
■END■
(デザート工場)
20220505
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