祭子
2022-07-18 15:08:30
5336文字
Public FF7/R×A/TLKG/SS
 

■ON AN EQUALITY■

∠[ν]-εγλ0010/12/31
ルーファウスが妻に勝負を挑まれます。攻勢も守勢も甘美な一戦が楽しみで仕方ありません。
※サイト掲載テキスト(20211221初出)

■ON AN EQUALITY■
∠[ν]-εγλ0010/12


「雪」
 エアリス渾身のディナーを終えて、あと片づけをしているところだった。
 食器を洗う二人の手が、申しあわせたように止まる。エアリスが歓声を上げた。ルーファウスもキッチンの縦長窓に目を向ける。夜の晴天、数多の星のなかから、白いかけらがちらちらと降っている。
「星、落ちてきたのかと思った。雲、一つもないのにね、不思議」
「風花だな」
「かざばな」
「風の花だ。天気雨のようなものと言えば、分かりやすいか。これは西の峰から飛んできたな」
 ミッドガルエリアとジュノンエリアを横断する連山一帯は、滅多と降雪しない。ただし同じ峰でも、西端は違った。海が近いからだ。冠雪が風に送られて、こうしてヒーリンまで飛来することがある。
「名前まできれい」
 エアリスが窓外に見入ったまま、感嘆している。ルーファウスは泡にまみれた両手をシンクのふちについた。
 今冬に入って三度目にもなる雪だが、この付近ではどれも積もることはなかった。ルーファウスは残念に思う。彼女の輝く横顔を見る。先日の――生まれて初めて見るという――雪片にはしゃいだエアリスが、重なった。忘れられない。ルーファウスは彼女に白銀の絨毯を歩かせてみたかった。
「でも、意外。ルーファウス、お天気にまで詳しいんだね」
「社交場では、たいてい天気の話から入る。いくつかバリエーションを覚えておかなければな。一辺倒の挨拶しかできない若造と思われるのは、癪だ」
 地位のある人は大変だと、エアリスが悪戯っぽく笑う。ルーファウスは水栓のレバーハンドルを下げた。とたん、フロアからほとんどの音が消えた。
 ニューイヤーズイブだ。帰省するあてもなく、社員寮に残ったスタッフは今ごろパーティーの真最中だろう。階下のオフィスも例外ではない。ホリデーシーズン、しかもいよいよ終盤というこの日に、宿直のタークスが二人、アルコールを酌み交わしている。『社長護衛』任務の只中だが、ルーファウスは諫めるつもりなどない。そもそもアルコールを差し入れたのは彼だ。銘酒があると聞きつけた非番の連中も集まって、これから賑々しくなるに違いない。酒のつまみものは、「社長からの稀有な気遣いの、その真意とはいかに」などという話題なのかもしれなかった。
 だがそれがルーファウスの耳に入ることはない。プライベートフロアの堅固なドアは閉じられている。どのような喧騒も、神羅家の団欒を邪魔することはできないだろう。
「ね、そと、でてみない」
「やめておけ。晴れの日の雪だぞ」
 口にしただけで、ルーファウスは背中がぞくぞくする思いがした。放射冷却で気温はたちまちに下がることだろう。加えて、雪が稜線を渡ってちらつくほどの強風だ。
「凍てているに決まっている。ニューイヤーから風邪をひく気はない」
「残念。ね、雪、今度こそ積もるかな」
「このあたりで積雪など聞いたことはないな」
「またまた、残念。雪だるま、つくってみたかったな」
「なあ、エアリス。仮にお前が雪玉を重ねたとしてだ。それは私がつくったことになるのだが、お前は分かっているのか」
「勿論。いい年して雪遊びしてるって、ルーファウス、笑われちゃうかもね。ひょっとして『雪だるまがお友達社長』なんて、陰でこそこそ言われちゃうかも。それだって、今更でしょ」
 ね、ブランコ社長、とエアリスが笑うので、ルーファウスもつられた。
「私が貶められるというのに、ご機嫌だな」
「うん、ご機嫌なの」
 そうなの、と繰り返したその顔は、だが明るくはなかった。握り締められたスポンジから、泡沫があぶれる。ああ、これは。
「わたしの最後のニューイヤーズイブ、ほら、前に言ったでしょ。一人きりだったから」
 これは『半分セトラの大冒険』だと、ルーファウスは眉をひそめた。あの強く、健気で、そして悲しい二二年の――終盤の――物語だ。エアリスをエアリスたらしめる、ルーファウスにとって目を逸らすことのできない彼女の人生だった。普段の彼ならば続きを促しただろう。すべてを聞くと約束したからだ。
 だが一年の最終日にかぎっては、過去に囚われてはならない。午前〇時になったちょうどそのときの言行が、新しい一年の方向性を決める。ルーファウスの母親の、生国のならわしだった。そんなことを彼はふと思いだした。
 母親は「母さんのおうちではね、皆でキスのしあいっこをするのよ。また一年、家族そろってなかよく暮らせるようにって、新しく年を迎えたらすぐにね」と言った。小さなルーファウスはそれを信じていた。眠い目をこすっては母親の頬にキスをしたものだ。幼いながらに、入退院を繰り返す母親へ不安を覚えたからだったように思う。
 願うだけでは実を結ぶことはない。母親の死が、彼に教えたことのうちの一つだった。まざまざと思い知った少年時代は、漠然とした慣習ではなく抱負として、ルーファウスは己に何かしらの目標を課すことにしていた。いつからかそれもしなくなった。その理由に、彼は苦笑を禁じ得ない。ルーファウスが挫けるのは大抵が父親のせいだった。
 ルーファウスはこんな風して、今更ながらに子供のころのできごとを回顧する。エアリスにねだられるまま記憶をあさるうちに、彼のがらくた入れ――彼女はそれを『思い出の扉』と呼んだ――へいちいち鍵をかけることが面倒になった。そうして扉を開閉しているうちに、蝶番がばかになったのかもしれなかった。
「昨年は私がいただろう。ああ、そうだ。いいワインが手に入ったので誘ってやったのだったか。お前はひどく酩酊していて、笑い通しだったな」
「あれは、だって。仕方ないでしょ」
 ルーファウスはわざと話を逸らす。本題は『半分セトラの大冒険』ではなかったのだろう。エアリスの声音もすぐに元通りになった。ただし、ラメ光沢剤を含んだくちびるは不満そうに尖っている。
「わたし、よく知らない男の人とお酒飲むの、初めてだったから。緊張しちゃって、自分のペース、分からなくなっちゃったの。恥ずかしい」
「翌日、介抱してやったことも覚えているか」
 当時、エアリスはまだゲストルームですごしていた。朝食の時間になってもダイニングルームに現れない彼女を訝しみ、彼は部屋を覗いたのだった。
 宿酔に呻くエアリスを思いだしながら、ルーファウスはにやりとして見せた。もう、と振り上げた手が泡だらけだと気づいて、エアリスは仕方なさそうに下ろした。
「そうなのよね。目、覚めても、ルーファウスが毎日いるんだもの。よくよく考えたら、わたし、すごく大胆だったよね、あのころ。だって、知らない男の人とお酒飲むどころか、いっしょに暮らすなんて。ありえない」
「『ありえない』男で悪かったな。今のは傷ついたぞ」
「ルーファウスったら、また適当なこと言ってる。だけどね」
「まさか、さびしがりのお前に感謝をする日が来るとはな」
「本当だね。おかけで最後の『心細いニューイヤーズイブ』、『酔払いのニューイヤーズイブ』に挿げ替えられちゃった。今年はね、『幸せいっぱいのニューイヤーズイブ』だよ」
 琺瑯のふちにある彼の手へと、エアリスが自身のそれを重ねた。ルーファウスは目をしばたたかせた。これは『続・半分セトラの大冒険』だ。だが彼女は今、セトラの顔をしていない。
「いやなことも、悲しいことも、全部、ルーファウスが変えてくれてる。一つ一つ、あなたとの思い出に変わっていくの。嬉しい」
 花びらのくちびるがゆっくりと綻ぶ。彼の五指に絡みつくのは、しなやかな蔦の指だ。エアリスは、ルーファウスのただ一人の女の顔をしていた。
「今回は何をして午前〇時を迎えようか。お前はどうしたい、エアリス」
 ルーファウスは小さく笑う。母親が古都の風習を鋼鉄の街にまで持ちこんだ気持ちが、少しだけ理解できた気がした。今、二人がシェアすべきは、過去ではなく、もっと建設的な何かでなければならなかった。
「手、つないでいて」
 照明の真下、彼女の口元が動くたびに、ルージュの光が彼の目を射る。ルーファウスは誘いよせられる。笑みを湛えたままのエアリスにキスをした。粘膜の奥深くまでには入らない、軽いそれを、幾度となく。花びらのような口唇は、上唇と下唇で挟むだけで気持ちがいい。
「手でいいのか。お前のいちばん奥深くでつながることもできる」
「ルーファウス、またエッチなこと、考えてる」
「誤解だ。セックスは手段であって、目的はお前を離さないでいることだ。副産物としての快楽は、存分にむさぼりつくすがな」
「だけど。うん、そうだね。手だけより、そっちのほうがいいかも」
 はにかむ彼女に、二度、三度と上辺をなぞるだけの口づけをする。口をはずしたとたん、エアリスが目を丸くした。それからくすくすと笑って、手を伸ばす。ルーファウスの口唇に泡がつく寸前で、再び引きこめている。
「ルーファウスの口、真赤。それにラメできらきら。似あってるけど。ね、洗いもの、さっさと片づけちゃおう」
 言いながら、エアリスは水栓を吐水にした。ルーファウスは尻上がりの口笛を吹く。
「何だ。早速セックスをする気か。日が変わるまでには、まだたっぷりと時間がある。今から始めては、お前はニューイヤーまで起きていられないだろう」
「違います、もう。ラメ、取らなきゃ。それからね、ルーファウスの言った通り、夜はこれからだよ。ボードゲームしよう。今年最後の一局、お相手願えないかな。わたし、どれくらい成長したのかなって、試してみたいの。全力でいくから」
「また卑怯な手を使う気だろう、お前は」
「それも、わたしの戦術のうちだもの。ルーファウスも、手抜きしないでね」
 つんと澄ます彼女の、その鼻先をつまんでやりたかったが、泡をつけるわけにはいかない。代わりに、ルーファウスは噛みついた。それから泰然と胸を張る。
「いいだろう。受けて立とう」
 無論、勝つのはルーファウスだ。だから二人の対局は、勝敗よりもエアリスがどれだけ粘れるかに重点を置いている。競技ではないので考慮時間に制限を設けてはいない。市松模様の戦場での搏撃は、一戦ごとに長引いていく。彼女が軍師として腕を上げている証左だろう。それだけではない。エアリスは次の一手につまると、相変わらず軍師から斥候に転身し、桝のそとを暗躍している。黒色と白色の総勢三二の駒――エアリスの陣営はほとんどの場合、彼女を含めた一七駒――が競りあう様子は、なかなか楽しい時間だった。
 だからといって、まだ手習子のようなエアリスにルーファウスは肉薄を許す気はない。そしてボードゲームをしながら新しい年を迎える気も、さらさらなかった。
 エアリスがスポンジで汚れを落とした食器を、ルーファウスがすすいでいく。かちゃかちゃと陶器のこすれるなか、彼は首を捻る。手を抜くことはしない。そんなことをすればエアリスの機嫌を損ねるだろう。さりとて敗北は彼女を悔しがらせる。どちらに転んでも困ったことになるのだ。さて、どのようにして勝負を切り上げようか。
「ね、ルーファウス。そのあとで」
 エアリスは横目で彼を見ていた。口端をゆっくりと吊り上げてもいる。珍しくコケティッシュな翠眼がからめとるのは、彼の碧眼だけではなかった。
「わたし、あなたのこと、押し倒すから」
 ルーファウスは息をのむ。開いたままの眸が乾いていくが、まばたきすらできない。指は動かず、彼の手から皿がすべり落ちた。それを予期していたのだろうか。タイミングよく食器を受け止めたエアリスが、してやったりと笑っている。
「それから、いっしょにカウントダウン、しようね」
「つながったままでな」
「ルーファウス、下ね」
「忘れられないニューイヤーズイブになるな」
 ボードゲームに負けた腹いせに、荒々しくのしかかられるのかもしれなかった。
 ルーファウスはまいったといった風に首を振る。古都の風習にならえば、それはこの先一年、エアリスにイニシアチブを取られるということだ。悪くない、としかし彼はそんなことを思うのだ。妻の尻に敷かれてみるのも一興だと。
 ルーファウスはようやくまばたきの仕方を思いだす。密かに笑む。盤上のエアリスを、こてんぱんに打ち負かすこともやぶさかではなかった。そうして彼女の無念や不服をけしかけるのだ。「悔しければ、私を組み敷いてみせろ。暴れろ」と。
 だがルーファウスの勝気な性分は、生来のものだ。そうそう簡単に籠絡されはしない。エアリスが彼に跨り、一頻り好き勝手に動き、彼女の気を晴らしたころを見計らって、守勢から攻勢に転じてみようか。彼女いわく「ルーファウスのばん」だ。
 そうしてルーファウスは新しい一年に思いを馳せる。シーソーゲームを楽しむことができるに違いない。盤も寝台も、そのほかのどこでも。
 ルーファウスの真横に立ち、違う目線で同じものを見る。エアリスと二人でなければ叶わないことだった。


■END■
(対等で)

20211221