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祭子
2022-07-18 14:32:46
6993文字
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FF7/R×A/TLKG
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■MUTE DEVOTION■
∠[ν]-εγλ0010/09
エアリスには乙女の悩みと称して夫に言えない秘密があります。ハーフセトラの身体のことです。
※pixiv掲載テキスト(20210613初出)
■MUTE DEVOTION■
∠[ν]-εγλ0010/09
「いや、近よらないで」
ぱしっと乾いた音がする。白い紐のようなものを両手に持って、ルーファウスはしならせていた。まるで猛獣使いのように。エアリスは怯えた。
「だめだ。エアリス、こっちへ来い」
さらにぱしぱしと恐ろしい音を立てている。ルーファウスが鞭の扱いがうまいというのは、どうやら本当らしい。『神羅社長の大冒険』のサディズムを凝らした部屋のことを思いだして、エアリスはあと退る。自身を抱き締めるように、二の腕を掴みながら。
「さっさと服を脱げ」
「いや」
「来ないなら、私が行く。待て、エアリス、逃げるな」
ルーファウスは悠然と彼女を追いつめる。エアリスが懸命に逃げるものの、彼の歩幅は広く、たちまち追いつかれそうになる。そのたびに彼女は靴先の向きを変えなければならなかった。クロゼットのなかで、そうして二人は追いかけっこをしている。
「いい加減、採寸をしなければ、挙式はもう来月だぞ。お前は自分の式に、まさか既製品を着る気か」
ルーファウスは呆れながら、再びメジャーをしならせた。クロゼットの、廊下側の壁一面がすべて鏡だった。とうとう追いつめられたエアリスは、鏡のなかのエアリスと背中あわせになる。普通はそうなんです。だいたいレンタルなんです。お金持ちはこれだから困っちゃう。そんな風な憎体口も、しかし余裕のないエアリスは思いつきもしなかった。
結婚式の話を持ちかけられたとき、彼女は舞い上がった。また『したいことリスト』に取消線が増える。勿論、それだけではない。いちばんに喜ばしいのは、ルーファウスの目に見える愛情だ。彼はエアリスが拒んだ言葉の代わりに、行動で愛敬を示す。とても彼らしいやり方だと、エアリスは思った。
そんな彼女の歓喜に影が差し始めたのは、いざドレスを仕立てるという段階に差しかかったときだ。ちょうどいい機会なので、正しいヌードサイズを知っておくといいと勧められた。エアリスは素直に頷いた。
彼女は社長秘書
――
といっても、入力業務の手伝いとメディカルハーブのデータ採取だが
――
として、いくらかの賃金を得ている。それで近々ミシンを買おうかと考えていたところだ。作業着の縫製のためだった。美しいシルエットのワンピースに不満があるわけではない。ただ、土いじりをするにはやはり動きが制限される。せっかくのハイブランドを草で汚してしまうのも、何だかしのびなかったのだ。ヌードサイズを知っていれば、着るものを仕立てるときに役立つだろう。
すでにルーファウスは採寸をすませていた。ジュエラーに紹介されたテーラーをレセプションルームへと招いたのは、もう一週間前のことだ。
その場にはエアリスも立ち会った。どのようなことをするのだろうと好奇がうずいて、がまんができなかったのだ。彼に同席を願うと、「そんなものを見て面白いのか」といささか驚いた様子で、それでもルーファウスは彼女の懇願を聞き入れた。足の遠退いていたロビーへとうきうきしながら向かったのは、久々のことだった。
さすがにルーファウスは慣れていた。とくに指示を受けることもなく、テーラーの腕の動きにあわせて姿勢を変える。足を肩幅に開いたり、顎を引いたり。服の上からあちこちとメジャーを当てられ、スタイルを褒められても彼は終始涼しい顔をしていた。
モーニングコートとは別に、彼はスーツもオーダーした。仕事用の白いそれを二揃いだ。生地はおろか、裏地も、ボタンホールの位置や幅というディテールまで、ルーファウスはまるで彼自身がデザイナーのように詳しく注文をつけていた。
「次はお前の採寸だな。ドレスメーカーは呼べない。さて、どうしたものか」
「ルーファウス、測って」
エアリスは何の気なしに言った。バストやウェスト、そしてヒップ。彼に知られるわけにはいかないトップシークレットは、エアリスが採寸すればいい。そのつもりだった。だが少しばかり、言葉が足りなかったようだ。
ドレスメーカーとのやり取りを終えたある日、彼はクロゼットにエアリスを呼び、鏡の前に立たせた。ルーファウスは首からメジャーを提げて、あろうことかはだかになれと言った。
「お前が測れと言ったのだろう」
「そうだけど、そうじゃない。ちょっと、手伝ってほしかっただけ」
「だから手伝ってやると言っている」
エアリスはたまらずに逃げた。そして冒頭の追いかけっこが始まったのだった。
「観念したか、エアリス」
ふるふると、エアリスは力なく首を振る。
「何で、服、脱がなきゃいけないの。わたしだけ、その、はだかなんて。あなた、着てたでしょ」
ルーファウスは何も言わない。ただわずかに首を曲げて、彼女をじっと見ている。やがて手で口をおおいながら、俯いた。両肩がふるえている。彼のこのポーズには思い当たるふしがある。エアリスがむっとしたところで、ルーファウスは大笑した。
「からかいすぎたか」
「ひどい」
「だが裸体で測るというのは、本当だ」
ルーファウスはオットマンに彼女を座らせる。と、その足元に彼はひざまずいた。
ウェディングドレスにかぎらず、女性用の礼装はシルエットが肝心だ。美しく見せるには、本来はドレスにあわせて身体を補正するのではなく、身体の曲線にあわせてドレスを仕立てなければならない。それにはまず正しいサイズが不可欠だった。
ルーファウスはそんな風なことを滔々と語る。もっともらしい理由だが、エアリスは疑心を捨てることができない。口を固く引き結ぶ。おのずときつくなる眼差を向けたところで、しかしルーファウスはしれっとしている。
「お前の場合、そもそもドレス用のインナーから用意しなければならないだろう。私はそれを好まないのだがな。なぜだか分かるか、エアリス」
彼がエアリスの名前を呼ぶタイミングは、いつもこの上なく巧みだ。彼女は思わず「知らない」とこたえた。
「補正された身体の線は、硬い。お前は細身だが、肩甲骨から尾骶骨までと、脇から腰骨のラインが柔らかくくびれていて、いい。わざわざインナーでかたちを変えるのは、どうにも無粋だな」
「あの、その、ありがとう」
「それにな、採寸に介助は必要だろう。これを見ろ」
差しだされたバインダーには、サイズを記入するためのシートが挟んであった。二〇近い項目に目を通してから、エアリスは憤りも忘れてぽかんとした。
「すごい。こまかいね、これ。咽喉からおへそまでなんて、測るんだ。やだ、バストトップの距離だって」
はっと、バインダーから顔を上げる。いつの間にやらすっかり彼のペースに嵌まっている。慌てて顔を引き締めるが、遅かった。ルーファウスが今度は声もなく笑っている。
「お前は素直だな」
「あ、単純だって、ばかにした」
「していない。褒めている。そのくらい分かれよ」
ルーファウスは笑いを収めた。それから、エアリス、とまた名前を呼ぶ。低めのそのトーンは、彼が本音を打ち明けるときの前ぶれだった。
「私はお前の身体にあわせて、お前だけのドレスを誂えたい。指輪と同じだ」
言いながら、彼はエアリスの足首に手をかけた。ゆっくりと、片方ずつ、ハイヒールを脱がしていく。正しい身長を測るためだと分かっていても、彼女の心臓は驚き、そしてばくばくととても騒がしい。
「だが、指と肌は違う。お前は羞恥に苛まれ、私を拒むのだろうと分かっていた。見せる相手は、ほかでもない夫だというのにな」
最後は冗談めかして言って、ルーファウスは口端を吊り上げる。エアリスはわずかに下を向く。恥ずかしさ以外にも理由はある。彼女は悩んでいた。セトラと人間、身体のつくりに相違はあるのだろうかと。しかもエアリスは混血だ。彼女のかたちを、いったい誰が正しいと証明してくれるのだろう。
目に見える部分の姿かたちは似通っている。五体は同じように動き、五感も同様に感じている。エアリスは彼に抱き締められ、彼を抱き締めるときのことを思いだす。しなるように動く腕や指の動き。骨と筋肉の硬さと、脂肪の弾力。二人が身をよせあうと、皮膚はすべすべとしているというのに、しっとりとくっついて、快い。完成したパズルのようだと彼女は思っている。「お前を抱くのは、気持ちがいい」と、ルーファウスもたびたび口にした。しかし臓器や生殖器はどうだろう。彼女には確かめようがない。
エアリスは自身の身体に無頓着だったことを、今更ながらに悔いていた。仮にどこかがおかしかったとして、唯一、違いの指摘ができる人と、ただ一人、それを知られたくない人が、ほかでもないルーファウスだった。エアリスは途方に暮れている。
「この星のどこかにいるに違いない異母姉妹を探しだして、連れて来ようかと、本気で血迷ったくらいだ。エヴァンが女ならよかったのにな」
肩を竦めたルーファウスは、だが優しい顔をしている。彼は彼の考えで、彼女につくそうとしている。エアリスはとたんに申訳なくなった。自身の煩憂はいったん棚上げだ。おずおずと立ち上がる。と、鏡の前でかしこまった。
「わたしの手の届かないところだけ、お手伝い、お願いします」
言ったそばから、エアリスは後悔した。
勿論、着衣はそのままだ。メジャーを扱う彼の動きは、いっそ機械的でむだがない。そうしてルーファウスはひざまずいたまま、肩幅や足の総丈をシートに書きこんでいく。
問題は彼女の側にある。肩先、手首、膝下、そして踵。彼の手が、ふれたところに火を灯していく。それがじんじんと疼いて仕方がなかった。逃げたいけれど、それはできない。彼の真心を、エアリスは無下にするわけにはいかないと決めたばかりだ。
鏡に映るルーファウスは、伏目がちに目盛を見つめている。頬には小さなほくろがある。引き結ばれた口唇は薄づきだが、輪郭ははっきりとしていた。エアリスのくちびると重なる寸前で離れたそれは、それきり同じ距離まで近づくことはなかった。
「この先にある世界を、私とともに知りたいと思うのなら、目を閉じろ」
いったんは瞑った目蓋を、エアリスが開けてしまったからだろうか。やむを得ない事情はあった。彼女の恋情よりも、優先すべきは火急を知らせる電話だったからだ。とはいえ、あの一瞬、突然に彼女を掻き立てた
――
ルーファウスともっと近しいところでふれあいたいという
――
情動に従わなかったのは。まさに燃え立とうとする火を吹き消し、くちびるを重ねることを諦めたのはエアリスだった。
呆れられたのだろうか。男と女の性として、いつまで経ってもルーファウスと向きあえない彼女のことを。それとも。
ルーファウスは去る者を追わない。公人としてもそうだが、私人の彼はさらに冷淡だった。彼のなかでエアリスは、差しだされた手を振り払ってしまった存在になってしまったのだろうか。
違う。それはルーファウスの誠実を疑う失礼なことだと、エアリスは首を振る。彼の愛情はまだエアリスにある。それはよく分かっている。他者の足元に屈みこむなどということを、信愛もなしに彼はしない。だが、ルーファウスにとって精神の愛情と、肉体の愛情は別なのかもしれない。何せ彼の愛し方は偏っている。以前は後者に傾いていたらしいそれが、今は心のつながりだけで彼は満足しているのかもしれなかった。
エアリスは暗澹とする。あの日以来、彼女は自身の気持ちを持て余したままだ。ルーファウスも言及はしない。ただ時折、困ったような顔をするだけだった。
彼女は鏡のなかのエアリスと見つめあう。髪が邪魔にならないようアップスタイルにしている。自信のなさが満面に表れているが、隠すすべはなかった。溜息をがまんして、エアリスは彼を見下ろす。
「何だ。私の顔に何かついているのか」
「やだ、ルーファウス、目、頭のてっぺんにもついてるの」
「まあな。背中にもあるぞ。それで、お前は何を見ている」
「ほくろ。けっこうあるんだね。おでこにも」
ルーファウスは立ち上がる。背筋を伸ばした彼は、はだしのエアリスより頭一つ分ほど背が高い。
「そんなものをまじまじと見られたのは、初めてだ」
「わたしも、初めて。ルーファウス、肌、白いから、目立つね」
「動くな。あとは背丈だな。ほら、しゃんと立て」
背中の長さを測るため、首の付根に、ルーファウスの指が押し当てられた。熱い。メジャーが背骨をたどって、腰のくびれたところで今度は反対側の手が止まる。やはり、熱い。変な声を上げそうになって、エアリスは焦った。
「待って、ルーファウス。ストップ」
「何だ」
「あの、くすぐったい」
くすぐったさの先に何があるか、エアリスはもう気がついている。きっとそれが性の快楽なのだろう。彼がふれたところに灯す火と、プロポーズのあと彼女をキスへと掻き立てた火は、同じものだ。
エアリスはまごついた。夜は彼の腕と体温がなければ眠れない。だというのに、明るいうちのルーファウスのそれは彼女を戸惑わせる。鏡ごしに青色の双眸とかちあう。こんなとき、彼は決まって困った顔をするのだ。いたたまれなくなって目を逸らすのは、いつもエアリスだった。
「あと一箇所だ。がまんしろ」
ルーファウスが彼女の双肩に手を置いた。思わずふるえ上がった身体を、抱いて抑えることもできない。エアリスはおろおろと視線をさまよわせる。
「うん。ごめんなさい。じっとするから」
「そんなにびくつくな」
エアリスの肩先に彼は額を伏せた。くせのない前髪が彼女の鎖骨をくすぐる。二人は無言のまま、ただただ立つくしていた。
やがてルーファウスが吐息をつく。と、頭を起こした。
「怯えなくていい。いくら妻でも、合意なしに襲いはしない。訴えられでもしたら、ゴシップになる」
ルーファウスは半ばふざけながら言った。だがエアリスは笑えなかった。
そうじゃないのに。エアリスはルーファウスを見つめかけたところで、慌てて目睫を伏せる。彼の当惑顔を見るのは、つらかった。
いっそのこと、彼がエアリスの手を引いて、連れて行ってくれたらいいのに。『この先にある世界』とやらに。燃え盛る火のなかに。
心と身体と、二つの大事なところでつながれる幸福を、二人で分かちあいたいのだと、エアリスは彼に知らせたかった。だが、その伝え方が彼女には考えもつかない。そもそもセトラと人間の違いのこともある。エアリスの問題は、一向に解決できそうになかった。
「難しいなあ」
おのずともらした声に、ルーファウスが「何がだ」と聞いた。エアリスはしまったと思ったものの、すでに彼の耳に届いた言葉だ。返してください、とは言えなかった。
「何でもない」
「何でもないという顔ではないな」
「あのね、乙女の悩み。言えないの」
「それはそれは、力になれずにすまない。私は、私にできることに専念しよう」
ルーファウスは慇懃なふりをしながら言ったあと、小さく笑った。
「顎を引くな、前を見ろ。ほら、真直ぐに立て、エアリス」
エアリスは彼の言う通りにした。これ以上、ルーファウスの手を煩わせるわけにはいかない。そして最後の数字を書きこんだ彼は、バインダーをオットマンに放った。
「さて、私にできるのはここまでだな」
「ありがとう。あとは、わたし、ちゃんとするね」
「きちんと測って、正直に書けよ。当日、ドレスがずり落ちでもしたら、目も当てられない」
ルーファウスはメジャーを彼女の首にかける。と、わざわざ彼女の胸元を指差した。エアリスは思わず二つのふくらみに手をやる。小首を傾げながら、彼の台詞の意味を考える。
「もう、ルーファウスったら。もう」
「もう、何だ」
「わたし、そんなしようもない嘘、つかないから」
羞恥で仄赤くなり、憤慨してさらに真赤になるエアリスの様子を存分に楽しんだらしい彼は、ややして真顔になった。
エアリス、とまたあのトーンで呼ばれて、彼女は顔を上げる。ひたむきな双眸がすぐそばにあった。
「忘れるな。私と、そしてエアリス、お前のためのウェディングドレスだ。お前にぴったりのドレス姿を、見せてくれ」
そう言い残して、彼はクロゼットをでた。ドアを茫然と見ていたエアリスは、やがてオットマンにへたりこんだ。
「本当、ずるいなあ。ルーファウス、ずるい」
声音と眼差と、そして愛という単語を含まない言葉で、彼は情愛を突きつけてくる。エアリスはそのたびに歓喜にふるえる。ルーファウスに夢中になる。
メジャーを手慰みに、彼女にしては珍しく口を引き結ぶ。いつももらってばかりではフェアではない。同じだけの愛慕を、ルーファウスに返したいとエアリスは思った。
もしも、次、彼の薄づきなくちびるが近づいてきたら。今度こそ、愛をこめて重ねてしまおうか。それとも、いっそのこと噛みついてやろうか。
そんな強気なことを考えながら、しかしエアリスはスツールから立ち上がることができない。耳に残る低音と、透き通った青色の眸にいつまでも囚われたままだった。
■END■
(無言の愛情)
20210613
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