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祭子
2022-07-18 14:30:15
8762文字
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FF7/R×A/TLKG
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■IT IS BETTER TO GIVE THAN TO RECEIVE■
∠[ν]-εγλ0010/08
今日の首飾りが豪奢な指輪にそぐわないとルーファウスが指摘します。ですが妻は同意しません。
※pixiv掲載テキスト(20210610初出)
■IT IS BETTER TO GIVE THAN TO RECEIVE■
∠[ν]-εγλ0010/08
アラーム音に導かれ、新しい朝を迎えたルーファウスはガウンを羽織る。ダークスターが立ち上がり、主の脇につく。太い首を叩いてから、バスルームへと向かう前にキッチンに顔をだした。妻に挨拶をするためだった。
「ライズアンドシャイン。ルーファウス、今日もきれいだよ」
エアリスが両手を広げながら言うので、彼は寝起きから大笑する。時折、彼女は夫の容姿を褒める。酔いどれの戯言だと、以前にからかったことが気に入らなかったらしい。酔態をさらしても正気なのだというところを、こうしてアピールしてくるのだ。
ルーファウスのもとへと歩みより、寝ぐせを優しい手つきで梳いている。
「ぼさぼさ頭でも、きれい。でもね、寝顔はきれいっていうより、かわいいよ」
「もう、いい、分かった。降参だ。お前の記憶力は確かだ。朝から笑わせるな、腹が痛い」
「笑わせるつもり、ないんだけど。わたし、本当にそう思ってるから」
そう言いながらもエアリスは、へへん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らす。それから胸の前で手を組んだ。早朝の山頂付近は靄にけぶっている。窓という窓から差しこむ真白な光をあびて、薬指のグリーンダイヤモンドが燦然ときらめいている。満足げに見やったあと、彼が次に目を止めたのは、鎖骨のあたりで控え目にゆれるネックレスだ。
「何だ、まだそんなものを身につけているのか」
ルーファウスは眉をしかめた。一粒のパールは、妻の左手に咲く大輪の花の、花弁に置く露玉のようだった。あまりにもちっぽけだ。
「そんなものって、失礼しちゃう。わたしの宝物なんだから」
「だが、バランスが悪い。胸元がさびしいのなら、指輪と同じ石で誂えてやろう」
エアリスは慌てて止めた。さらに眉間にしわをよせるルーファウスを、一心に見上げている。
「だって、あなたが初めて、わたしのために選んでくれたものだから」
はにかむ彼女は、かれんだった。さて何と返事をしようか。ルーファウスは思案する。
茶化せばふくれ、喜ぶような言葉をかければきっと涙ぐむに違いない。エアリスはよく怒り、よく泣く。そうして決まって最後には笑うのだ。
思念体という特異な状況にありながら、彼女は出会った当初からよく笑っていた。だが、彼の目のないときには悲嘆にくれてもいたのだろう。今なら分かる。彼女が努めて明るく振る舞っていたのは、不安を拭うためだったのだと。ルーファウスは喜怒哀楽を隠さなくなった彼女に、安心している。
「ルーファウス、忘れてるかもしれないけど」
今もそうだ。悲しそうに彼を見上げている。微笑しながら、ルーファウスはダイニングテーブルに浅く腰かける。それから足のあいだに彼女を引きよせた。エアリスの落胆を、彼ならすぐさま高揚に変えることができる。
「いや、覚えている」
「本当に」
「ジュノン土産だったな。エルジュノンの第三層街区の店だ。店名も聞きたいか」
パールをつまむ彼に、エアリスは慌てて首を振った。無論、縦にだ。
よく笑う女だった。そんなエアリスをかれんだと思うようになったのは、この白銀色の光沢が彼女の首を飾ったときのことだった。
ルーファウスが久方ぶりにジュノン支社を訪れたのは、五箇月前のことだ。
現本社ビルの社長室に増設する機材を、ジュノンで用立てるためだった。ルーファウスがわざわざ同行したのは
――
パスワード解除のことを除けば
――
近ごろは身体を動かしたくて仕方がなかったからだ。スキッフを降り、ヘリポートから目的のフロアまで、彼の足は主の言うことをよく聞いた。
支社のある湾岸一帯は、現在もなお神羅カンパニーの要地だ。ミッドガルの旧本社が機能していない今、潤沢な施設や機器がそのままに残るジュノンは貴重だった。ルーファウスは特に湾岸施設としてのジュノンに目をつけた。先のジェノバ戦役で、この世界から航空機のほとんどが失われた。大陸間の移動には、当面は海路が主要となるだろう。ならば海上の移動手段こそ押さえておかなければならない。ミッドガルの再建やルーファウスの出資している企業や団体に、ジュノンから大半の機材や機器を寄付したものの、彼は港だけは手放さなかった。
そうして社屋の修繕を終えたのが、一年半前だ。課長以下の一般社員の大方は、ジュノン支社に勤務している。これで会社は労働力を、人々は労働先を確保することができた。雇用を通じて両者が利益を得られたというわけだ。
エアリスのことがなければ、ルーファウスも利便を図って早々にジュノンへと移っていたかもしれない。が、エアリスがいなければ、彼はいまだに杖を手放せなかっただろう。ままならならないものだと、ルーファウスは苦笑した。
あれやこれやと一通り精査し、彼が機器を選り終えたのは、一三時に差しかかろうというころあいだった。
「腹が減ったな」
ルーファウスがそう言うと、ダークスターが尻尾を振った。秘書とタークスが二言三言、言葉を交わしている。ルーファウスの生存を知るのは、社内でも部長クラス以上にかぎられている。今日の彼はいわゆる『おしのび』だった。衣服もそれに見あった恰好だ。昼食を支社のプライベートフロアへ運ばせるという秘書の提案を、しかしルーファウスは却下した。
「残念だが、ディーは留守番だ。目立つからな。お前にも食えるものを見繕ってきてやる」
腹拵えのため、一行はエルジュノンへ向かった。ルーファウスは歩いてみたかった。己の足で歩き、自身の両眼で確かめたかったのだ。活気を。
第三層は商業区だ。メインストリートに面した高層ビルの、一階テナントはほとんどが飲食店で占められている。ジュノンエリア一帯は温暖な気候で、社屋修繕とあわせて始めた植樹は、どうやらうまくいったようだ。ヤシ科植物がぐんぐんと背丈を伸ばしている。快晴の空の下では三月の潮風も攻撃的ではない。現にオープンテラス席はどこも満員だ。人々の喧騒に海鳥の鳴き声も相俟って、ルーファウスにはうるさいくらいだった。
ファストフードをテイクアウト
――
したのは、無論ルーファウスではない。ジャッドだ
――
し、テラス席へと向かう。見よう見まねでバーガー包材を剥がし、かぶりつく。塩味の強さに眉をしかめながらも、ルーファウスは食事を続ける。そのうちにこみ上げる笑いを抑えきれなくなった。
「今度は成功だな、ジャッド」
ミッドガルの朽ちた教会での失敗を、ジャッドはしっかりと覚えていた。『SC環境分析株式会社の課長』があの場所で衆目を集めてしまったことだ。ルーファウスはあらかじめ言われた通りに姿勢をくずしている。黒縁眼鏡はサングラスに変えられた。おまけに彼の金髪を隠すのは、冴えない色のニットキャップだった。気配を殺すすべを備えたタークス、凡庸な顔立ちの秘書、二人に挟まれた猫背の神羅社長。目を止められることはほとんどなかった。
「ですよね。僕もそう思ってました。善良な一市民に化けるなら、やっぱり善良な一市民に任せてもらわなくちゃですよ」
「あんたは、元、でしょ」
イリーナが笑いながら指摘する。抗議しているジャッドもまた、その表情は明るい。同僚のよしみのじゃれあいなのだろう。ルーファウスが一目置いた暗い眼光は、ほとんど見かけなくなった。だが、ジャッドは猫科の動物の、まるでその爪のような青年だ。見せないだけで、失くしたわけではない。そしてその爪は鋭利だった。あのタークス主任と馬があうのも頷ける。
人の往来を眺めながら、紙カップのコーヒーを流しこむ。恐ろしいほどに時間の流れがゆるやかだ。つかの間の一市民ごっこを満喫したルーファウスは、ややして席を立つ。ダークスターへの手土産を用意して帰途に就いた。やはり、徒歩だ。メインストリートから脇道に入る。どうやらアパレル通りらしい。並木とショーウィンドーのあいだを抜け、一行は中央トンネルへと向かった。
その途中で、ふとルーファウスは光る何かに気を取られた。陳列窓に飾られたパールアクセサリーだった。だが、ジュエリーショップというわけではないようだ。店内には女性ものの既製服や装飾品が並んでいる。
「海がすぐそこですからね。このあたりのお店なら、たいてい置いてますよ」
「こんな時世に、売れるのか」
ルーファウスは訝しむ。装飾品などたちまち必要ではないだろう。そんなものをほしがるのは、あの厄災に財産を奪われなかった財産家くらいものものだ。それとも妻に結婚指輪をねだられた夫か。
「こんなときだからですよ。せっかく生き延びたんです。ちょっといいものを贈って、相手の喜ぶ顔が見たいじゃないですか」
秘書は少しさびしそうに言った。タークスが青年の肩を宥めている。普段から何かと先輩風を吹かせたがるイリーナだったが、今は頼もしく見えた。
「ジュノンエリアなら、パールより鉱物が有名だろう。貴石はどうだ」
「ダイヤモンド鉱山がありましたね、確か。でもさすがにそこまでは、ちょっと手が。だけどジュノンのパールなら、値段のわりに質はけっこういいらしいですから」
もともとジュノンエリアは宝石鉱物の産出エリアとして有名だ。とくに稀少なカラーダイヤモンドが採掘できる。加えて、海が近いこともあって昔からパールの養殖もさかんだった。それも神羅が軍港をかまえるまでの話だ。めっきり衰退していたそれが、しかし近ごろになって盛り返しているらしい。民間人に手のだしやすいアクセサリーとして需要が伸びつつあるからだ。するとそれにかかわる
――
加工や卸売、交易
――
業者も、おのずと集まる。パールはジュノン市の復興を担う産業になりつつあるようだ。
「高価なものは、すごく高価ですけど。これなんて、そう。すごくきれいだな」
ジャッドが足を止めたのは、ユニセックスなセレクトショップだ。男女のトルソーが揃いのパールを身につけている。パーツはシルバーだが、マットな白仕上げが施されていて品はいい。肝心のパールに、ルーファウスは目を凝らす。真球だ。小振りながら真珠層も厚いようで、表面には街路の様子が映りこんでいる。ハイメゾンにはほど遠いが、硝子ごしでも分かるほどにパールの質は悪くなかった。
オーロラを内包したような上品なつやは、エアリスに似あいそうだ。ふとルーファウスはそんなことを思った。
「どうしたんです、お兄ちゃん。ほしいんですか」
食べ残しのフライドポテトを手に、イリーナが無遠慮に聞く。ルーファウスはわずかに黙考したのち、首肯する。
「恋人ですか。恋人ができたんですね。やっと。せっかく元気になったっていうのに、お兄ちゃんってばいつまで経っても家に引きこもっていて逆に恐ろしいって、皆が。痛い。何なのジャッド、邪魔しないでよ」
「ちょっと、イリーナ。やめなって」
「どうしてよ。いいじゃないの。社長、間違えた、お兄ちゃんの恋愛事情の把握は、今後の私の任務、じゃなくて、仕事にもかかわってくるんだからね」
イリーナがジャッドを睨む。もっともらしいことを言う彼女の双眸には、しかし好奇だけがまたたいている。
「君のはただの詮索好きなだけだろ。そういうの、いい加減相手を考えなよ」
イリーナのその気さくさは情報収集力に向いている。ターゲットの近くに
――
堅気の女にはないだろう傷痕を隠して
――
紛れこみ、軽快な会話を交わして相手のふところに飛びこむ。さも昔から親しい友人だったかのように。だがそれが無鉄砲と紙一重だと、ジャッドは心配しているらしい。ルーファウスが鷹揚なことに慣れすぎて、それなりのステータスを持つ人物にもわきまえない態度を取ってはいないだろうかと、青年がこぼしていたことがある。
呆れるジャッドに、イリーナはフライドポテトを押しつける。それから彼女はルーファウスへとにじりよった。
「開拓区の入植者ですか。きれいな人がいるってうわさ、聞いたことがあります。それとも、エッジですか。やたらとエッジ出張が多いと、怪しんでいたところなんです。でもひょっとして、今日、わざわざお兄ちゃんが出向いて来られたのって、まさかジュノンの女」
遠距離恋愛は大変ですね、と彼女はルーファウスをあわれんでいる。ジャッドは諦めたらしい。古い油の染みたフライドポテトを食べながら、空を仰いでいる。なかなかに面白いコンビだと、ルーファウスは思った。
「恋人はいない」
いるのは、妻だ。その妻の手の、一昨日の感触を思いだす。夜中に彼の背をさすり、疼痛を取り除いた不思議な手だ。落ち着いたところで静かに歌いだして、エアリスはルーファウスを眠らせたのだった。
「ある男の夫人に世話になった。礼にどうかと思ったのだが」
子守歌と、今日のよく動く足への謝礼だ。ルーファウスは微苦笑する。初めてのプレゼントはIDだった。その次はというとキッチンツールだ。どちらも彼女からねだられたものとはいえ、あまりにもささやかな贈物だった。そろそろエアリスの夫のステータスを、彼女には示しておきたかった。
「相手の反応いかんでは、わが社が養殖業者に資金を融通するのもやぶさかではない。ジュノン市の地場産業として賑わうのなら、それにこしたことはないだろう」
ルーファウスが大仰に両手を広げると、秘書が賛同を示した。タークスも頷きつつも、しかし眉をよせる。
「融資はいいとしてですよ。お兄ちゃん、試しに贈る相手に人妻は、それはちょっと不味いんじゃないですか。人の女に手をだす悪いくせ、まだ治ってなかったんですか」
むせるジャッドを尻目に、ルーファウスは笑いだした。彼女は「まだ」などと言うが、遊び歩いていたころの彼をイリーナはじかに知らないはずだ。三文記事か、それともお喋りな古参の所業か。
「それは聞き捨てならないな。私が手をだしたことなど、一度もない。相手が勝手になびくだけだ」
「お兄ちゃんはそうでも、女が勘違いしたらまずいでしょう。泥沼は勘弁してくださいよ。でも」
イリーナは指先を口元に当てて、斜め下を睨んでいる。ちょっとだけ見てみたいかも、と指の隙間から本音がこぼれた。上長か古参か、どちらかがこの場にいれば、さすがに無礼な部下をたしなめたことだろう。だが内心ではもの怖じしない彼女を褒めたに違いない。ルーファウスはふっと笑う。個性揃いのタークスを手に入れられたことに、彼は満足していた。あの汚点だらけの副社長時代の、唯一の美点だ。
「タイクリップとカフスと、夫妻に揃いで贈れば問題ないだろう。そもそも、女に気を持たせるほど、高価なものでもない」
「安物って言うには、桁が二つほど多いと思うんですけど」
「夫妻は資産家だ。やったところで、この程度のものなら遠慮することもあるまい」
はあ、とタークスは鼻白んでいる。秘書と目があう。ルーファウスの秘密の女の存在を知り、日用品
――
夫ですら見たことのない下着まで
――
を用立てている青年だ。ジャッドはかすかに頷いたあと、「喜んでくださるといいですね」などと差し障りのないことを言った。知る者と知らない者、両者とのうまい距離の測り方に、ルーファウスは内心舌を巻く。ジャッドのこういうところが、実に好ましい。
ルーファウスは改めてパールの三つ揃えに顔を向ける。
リングはいらない。それを誂えるための宝石商を、彼は今まさに探しているところだった。イヤリングは邪魔だ。彼女の長く細い髪が絡まりそうだ。ルーファウスはネックレスに目をつける。
あの新雪のデコルテに、白銀の雪玉が転がる様子を想像するのは、驚いたことに楽しかった。
思った通りだ。ルーファウスは彼女の首元を見る。
繊細なスクリューチェーンがエアリスの息遣いにあわせて、ちかちかと白色の光を反射している。パールは言うまでもない。
パール養殖業者への支援チームは、ジュノン支社で編成すべきだ。地元民間人と協働することで、愛される神羅を目指すことができる。チーム牽引のリーダー選定に没頭しかけた彼を、花やいだ声が引き戻す。
「嬉しい」
デコルテから顔を上げて、ルーファウスは目を瞠った。今まさにゆっくりと綻ぶ彼女のくちびるを前に、何度も睫毛をしばたたく。彼は初めて気がついた。
花が咲くように、エアリスはかれんに笑う女なのだと。
つまんでいたパールを、ルーファウスはそっと首元に戻す。
「私が女のために、初めて選んだプレゼントだ。そうだな。そう考えると貴重だな」
「ルーファウス、恋人にプレゼント、今までしたことなかったの」
エアリスは不思議そうな顔をしている。彼女には贈答品の手配を、しかも『恋人』という特別の枠にいる相手への贈物を第三者に放り投げ、しかも相手の反応を顧みることすらしない男がいることに、ぴんと来ないらしい。
小首を傾げてから、エアリスは手を打つ。
「分かった。ひょっとして、本当はあなた、すごくけちなの」
「そんなわけあるか。ねだられるままに、何でも買ってやったぞ」
「何でも」
「そうだ。いくらでも」
「いくらでも」
「無論、すべての女に、分けへだてなくな」
「すべての女」
ルーファウスが言葉を重ねるごとに、エアリスは眉間にしわを増やしていく。ふうん、ともらす息は冷たく、彼を見下ろす眼差は刺々しい。悋気が刻むしわを、ルーファウスは人差指で軽く弾く。
「散財と人でなしの話だが、聞きたいのか」
「よく分からないけど、聞かない。『すべての女』のお話なんでしょ。聞きたくない」
口を尖らせながら、エアリスは彼から離れた。腰を掴もうとしたが、敢えなくかわされる。ルーファウスは閉口する。自ら恋人の話を振っておいてへそを曲げるのだから、困った女だ。仕方なしに、彼は妻の機嫌を取ることにした。
「言っただろう。私が贈物を自ら選んだのは、お前だけだ。エアリス。それだけを覚えておくといい」
エアリスがみるみる眉を開いていく。額のかわいらしいしわは、あと一本残っている。ルーファウスはそれも取り除く。
「今日のタイクリップとカフスは、お前と揃いのパールにしよう」
「お世話になった資産家さんに、あげたんじゃなかったの」
エアリスが悪戯っぽく言う。肩を竦めながら、ルーファウスは鼻で笑う。
「細かいことは気にするな。そんなことは、どうとでも取り繕える」
「じゃあ、用意しておくね。ほら、シャワー、行って来て」
言いながら、ルーファウスの手を引張る。これから彼はバスルームへと連行されたのちに、ブラッシングをされるのだ。ダークスターが嬉々としてつき従った。主の次は己のばんだと理解しているらしい。ルーファウスは空笑う。毎朝、犬と同等の扱いを受けても、悩ましいことに怒りは湧かないのだった。
「ね、ルーファウス。二つ目も、三つ目も、ほかのアクセサリーも。もしかしてわたしのために、選んでくれたの」
「そうだな。あのジュエリーボックスもそうだぞ」
ルーファウスはクロゼットにある彼女の宝石箱を、心のなかで開ける。象嵌細工のそれには、彼が出先で買い揃えてきた宝飾品が並んでいる。
エアリスも今、彼と同じものを見ているのだろう。気後れした顔つきをしている。
「わたし、もらってばっかり」
「私が楽しいのだから、お前は気遣う必要はない。いくつもあるなかから、お前に似あうものを見つけるのは、なかなかに面白いぞ」
廊下のトップライトからはやはりダイニング同様に朝日が降り注いでいる。真白な道を二人と一頭は並んで歩く。
彼女が喜ぶのは稀少性や金額ではなかった。現にちょっとした髪留めやリボンですら、エアリスは決まって一度胸のなかに抱き締める。それから丁寧に礼を言うのだった。結婚指輪こそ稀少な石をふんだんに使ったものの、これが同色の硝子玉でも相好をくずしたに違いない。エアリスが貴ぶのは、指輪が彼女の薬指に嵌まるまでの過程と、ルーファウスの気持ちだ。
ものを贈ることの喜び。金品に真心をそえること。どれもエアリスが彼に教えたことだった。
「二つ目にも三つ目にも、エピソードがある。聞きたいか、エアリス。私の妻への惚気話なのだが」
にやりとルーファウスは口角を吊り上げる。エアリスは驚いたあと、気恥ずかしそうに頷く。ルーファウスの手首を離すと、手をつないだ。
「じゃあね、お仕事終わったら、デート、しよう。お揃いのパール、着けたまま。ね」
「どこへ行く」
「ディーの散歩。きっと今日は夕日がきれいな、Eコース」
『散歩』の一言に、ダークスターが飛び跳ねた。すかさず二人のあいだをぐるぐると駆けだす。ルーファウスとエアリスは顔を見あわせて、目笑した。
「ディー、今日のお散歩コースね、いつもと違うから。楽しみにしていてね」
ダークスターが行儀よく返事をする。太い咽喉から絞りだされるような咆哮にも、エアリスは動じない。ただ彼の愛犬をいとおしそうに見つめている。
「あのね、シークレットガーデンとは違う、すごいところ、見つけたの」
「ならば野遊びがてら、ディナーと洒落こもうか。なあ、エアリス」
「分かってる。じゃあ、ベーグル焼くね。サンドイッチ、たくさんつくるから」
具は何がいい、とたずねる彼女の指に、さらに力がこもる。それからはやはり、朝の光もかすむほどにエアリスはまばゆく微笑むのだった。
■END■
(与えるは受けるにまさる)
20210610
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