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祭子
2022-07-18 14:21:16
38570文字
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■WITH THIS RING I THEE WED■
∠[ν]-εγλ0010/08
ウェディングリングがようやく完成しました。ルーファウスは二度目のプロポーズに挑みます。
※pixiv掲載テキスト(20210516初出)
■WITH THIS RING I THEE WED■
∠[ν]-εγλ0010/08
「美しいな」
一対の、燦然としたきらめきを前に、ルーファウスは片手で口元をおおった。
ローテーブルに敷かれた緋毛氈が、純白のリングケースを際立たせる。さらに眩しいのは、宝石台に据えられたウェディングリングだ。恍惚の吐息が、彼の指の隙間からもれる。
執務中の手を止めて、神羅ビルのロビーまでルーファウスがわざわざ出向いたのは、指輪を迎えるためだった。レセプションルームにジュエラーを通したあと、ドアは閉め切った。この輝きを、ルーファウスの次に見るべきは彼の妻をおいてほかにいない。護衛は邪魔だった。
「驚いた。これは本当に美しい」
ルーファウスの目元がおのずとゆるむ。デザイン画の段階ですら目を見張ったというのに、それが実際にかたちを持つとこれほどにもなるのか。
「お手に取ってご覧くださいませ、神羅様」
差しだされた白手袋をつけて、ルーファウスは二人の指輪を手に取る。有名な宝石というのは、そのエピソードとともに名称がある。いくつかの館蔵品を思いだす。貴石に興味のなかった彼ですら、『光の山』と呼ばれる巨大なダイヤモンドは記憶にあざやかだった。指先につまんだ小さな美は、だがそんな名だたる宝石のどれよりも素晴らしかった。
手首をゆっくりと捻りながら、ルーファウスはあらゆる角度から指輪を見定める。ジュエラーが微笑んだ。六〇代に差しかかろうという男だ。
ルーファウスがこのジュエラーとコンタクトを取ったのは、三箇月前のことだった。
ダイヤモンドはジュノン、ゴールドソーサー、コスモ、ウータイの四エリアから産出がある。そのなかでも有名な鉱山といえばコスモエリアだった。おのずとダイヤモンドに強い宝石商もその付近に集まる。だがルーファウスはジュノンエリアで探すと決めていた。
第一の理由は、ヒーリンロッジから近いからにほかならない。何せ現在の神羅社長には行動範囲に制限がある。しかも秘密の指輪を用立てるとなると、使えるスタッフもほんのわずかだ。
最初のアポイントメントも、ルーファウス自らが取った。
「オーダーメードで指輪を用意したい。提示額で購入する。上限に糸目はつけない。納期は早ければ早いほどいい。名は、交渉が成立するまでは明かす気はない。便宜上、必要ならばSと呼べ」
そんな風な内容のことを、彼は好青年ぶって言った。あらかじめ用意させたリストをもとに、片っ端から電話をかけた。無論、難航することははなから承知していた。
電話で、得体の知れない男に難題を振られて、即決するジュエラーはいなかった。そのなかで深くたずねることもせず、承諾を得られたのが数件だ。事前調査というふるいにかけて残ったのは、わずか二件だった。
そのうちの一つが、ジュノンエリアの旧公国領にある、老舗ハイジュエリーメゾンだった。
ジュエラーの主だった取引先は、旧公家に連なる貴人だ。ただ個々人との取引内容はほとんど調べがつかなかった。ルーファウスが好感を持つには十分だった。それでも初見で神羅ビルへ呼びつけるには、いささか不安が残る。何よりもルーファウスは、ジュエラーのかまえるメゾンの雰囲気をじかに見ておきたかった。
エアリスにウェディングリングを約束してから数箇月、ようやくことが進捗しだしたのは五月下旬の新緑のあざやかなころだった。
軍事都市ジュノンから南下した多島海一帯が、旧公国領にあたる。海岸線は入り組んでいて、波は穏やかだった。内海にはいくつもの群島があり、神羅家も島を一つ所有している。鉱物と天然ガスで栄えた古都は、一年を通じて温和な地域だった。
市街地をフォーマルセダンが走っている。ルーファウスは後部座席から、タイルと石造りの街並みを眺めていた。道路もまた石畳で舗装されていて、鋼鉄の街で育った彼にはその古めかしさが目に新しかった。
ルーファウスがジュノンエリアを選んだ第二の理由は、いまだ神羅への支持が生きているからだ。
ジュノン市の雇用の多くは
――
海洋汚染や日照権の揉めごとを多少かかえつつも
――
開港から都市建設、そのあとの街づくりと維持にかかわるところまで、神羅が生みだしていた。それは今でも守られている。ジュノン市への支援は、神羅カンパニーの名を掲げて派手やかにしたからだ。メテオショックのさい、ウェポンとの攻防を間近に見てきた市民は、神羅を歓迎した。そうして生活の基盤が確保された人々は、元気だった。ジュノン市の復興は旧ミッドガル市に比べて、ずいぶんと進んでいる。
そしてジュノンエリアには、ルーファウスの母親の生家がある。婚約当初から死ぬ間際まで、先代が当地にばらまき続けたさまざまな恩恵を、人々は忘れていなかった。
結局はプレジデント神羅がまいた支持の種が枯れずに、再び芽吹いただけのことなのかもしれない。ルーファウスは面白くなかった。が、そもそも先代の残した負債なのだから、使えるものは何でも使うと決めていた。旧神羅への支持すらも。
ジュエラーと顔をあわせれば、さすがにルーファウスの生存は露見するだろう。だが、いのちの危機まではあるまい。まるで縁のない宝石関係者の恨みを買った覚えは、ルーファウスにはなかった。しかし『神羅』と名のつくものへ怨恨を向けられる可能性は、たとえこの近辺であったとしても皆無ではないのかもしれない。それでも、と彼は自身の左手を見る。
それでも、約束の指輪は、それだけは一から誂えたかったのだ。
フォーマルセダンはメインストリートを抜け、一三区へと向かう。風景が一変した。石造りはそのままに、豪奢な建物が立ち並ぶその先は、旧貴族や富裕層が住まうエリアだった。奇しくもルーファウスの母親の生家も、この区内にあるはずだった。だが彼には物心ついてから訪れた記憶はない。
常緑の美しい街路に、メテオショックの傷痕は見られなかった。ライフストリームの噴出が最小限ですんだのは、魔晄に頼らないでいたからか。アームレストに肘をつき、窓外に流れる風景を見やりながら思うのは、不思議とエアリスのことだった。
ミッドガル出奔後の、彼女の足跡記録に目を通したことがある。タイトな行程だった。立ちよった先々もさびれた場所が多く、目的のために通過するばかりだった。旅行の楽しみ方というものを、エアリスはおそらく知らないだろう。近代と品よく融合した、古都の街並み。公国の興亡の有様といったうんちくを傾けながら「エアリスにも見せてやりたい」と、そんなことをルーファウスは思った。だが、彼女のことだ。何もない町の、道端の草花にすら嬉々として立ち止まっていたのではないだろうか。
きっとそうに違いない、と彼は小さく笑った。足元に伏せていたダークスターが、主をじっと見上げていた。
「そろそろ、到着するぞ。社長」
ルードがリアビューミラーごしに視線をよこした。目があうのは、サングラスではなく薄い飴色をした眼鏡をかけているからだった。それからルーファウスの襟元をちらっと見てから、前を向く。ダークカラーの三つ揃いは、特別な相手との会合にあわせて仕立てたものだ。ルードは彼の趣意を理解していて、何も言わずにカーブを曲がった。
「新しいプロジェクトを考えている。まだ明かせない」
タークス主任にはそれだけ伝えれば、こと足りる。
嘘をついたつもりはない。プロジェクト名は『代表取締役の婚姻』で、そうとなれば事業の一環とも言えなくはないからだ。彼が表舞台へと返り咲いたのち、縁談を持ちかけられるのはルーファウスだが、それを断るのは彼のまわりの人間だった。すでに神羅社長の生存を知る内外から、その手の話がちらほらと上がっているらしい。いずれ彼の左手に光る指輪一つで
――
詫状の支度や、そのあとの取引に支障のないよう取り計らうという
――
繁雑な業務から、多くのスタッフが解放されるに違いない。
成行きとはいえ、入籍しておいて正解だった。ルーファウスは薄らと笑う。改めて己の先見の明を自負するばかりだ。すぐにでも公言するといいのだろうが、しかし彼には秘密の婚姻を明かす気が、まるで起こらない。プライベートフロアでのあの日常を、第三者にあれこれと詮索されたくはなかった。ルーファウスは笑みを消す。
二人の婚姻の目的は、二月七日から今日という日までにかたちを変えている。ルーファウスは近ごろになってそれを薄々と感じている。
「ルード、お前は前室で待て。ディーは車のなかで留守番だぞ」
「それは話が違うぞ」
「ディーは目立つ。まずいと思ったら、指笛を鳴らす。なあ、ディー、これで問題ないな」
ルーファウスは紫紺色の巨躯を撫でる。ダークスターは意気揚々と鼻を鳴らした。彼の愛犬は、何せ特徴的な見目をしている。これからとても難しい注文と、高価な買いものをする。ただでさえ印象に強く残るだろうに、これ以上はあまり目立ちたくはなかった。
ルードが鼻息をつく。愛犬とルードが、本日の社長護衛のバディだ。要人に付随すべき相方がベンチウォーマーでは、この男も納得いかないのだろう。だがルーファウスが譲らないことも、ルードはよく分かっているはずだった。
「ダークスターより、社長のほうが目立つ」
「これでも地味にしたつもりだが、いけなかったか。だが、相手が相手だ。ずいぶんと目利きのジュエラーらしい。いかにも安ものらしい恰好で門前払いを食らうのは避けたい」
しれっと言い退ける主に、黒服の
――
とは言え、いつもの制服ではなく、秘書に扮した
――
番犬がまた溜息をついた。ルードのもらす息には、しかし自信が含まれている。ドア一枚へだてられたからといって、万が一のさいには本物の犬より先に駆けつける気でいるらしかった。
「どうせすぐばれるぞ」
「だからといって、最初から名乗るわけにはいかないだろう」
「それは、まあ」
「ばれたら、ばれたときだ。取り敢えずは、このまま交渉の席に着くしかあるまい。金持ちのボンボンが女に贈るジュエリーを買うというていでな」
「懐かしいな。昔は、それは俺の役目だった」
ルードがふっと笑う。つられてルーファウスも目笑した。ルーファウスの昔の恋人たちは、今もまだルードの調達したジュエリーを身につけているのだろうか。
ルーファウスが恋人の甘えた要求にかまけることは、ほとんどなかった。ルーファウスが恋人の時間を奪うのであって、恋人が彼を拘束することはできない。美食とめくるめく夜を楽しみ、睦言にわずかばかりつきあったのち、彼は朝を待たずにホテルをでる。時間は、たとえ一分たりともルーファウスだけのものだった。金品はねだられるままに与えるが、それを手配する手間は与えない。贈答品の手配はいつも丸投げで、その場合の適任者がルードだった。
ルードは趣味がいい。そしてフェミニストだった。金品の用意だけでなく、恋人関係の解消
――
別れ話がこじれたときや、そのあとにつきまとうゴシップ記者の牽制
――
も、ルーファウスはルードに任せた。昔からそうだった。顔とステータスだけの男を見限って、強面だが心優しい男に乗り換えようとした女も少なからずいた。今思えば、あれは賢明な判断だと笑いかけたそのとき、ルーファウスはふと思いだしてしまった。
ただ一度だけ、不始末を己の手で揉み消したことがある。結果、ルーファウスから男の快楽を取り上げた、いやなできごとだ。女で立たなくなったことが問題なのではない。あのときの悪感情が、今もなお彼の心底にこびりついている。乾いたへどろのように。
ルーファウスはゆるゆると首を振った。そうして彼に呪いをかけた女を、記憶の海の深いところに沈めようとする。以前なら、そうすることでほとんど思いだすことはなかった。だが、近ごろはそれがうまくいかない。黒い水面に両眼から上だけをのぞかせて、女はルーファウスを見ている。何も言わずに。ルーファウスは睨み返す。ぶくぶくと水泡を立てて沈んでいく女は、だがしばらくすればまた浮き上がってくるに違いなかった。
もう一度、首を振る。しっかりと後方へ撫でつけた髪は、それしきのことではくずれなかった。ルーファウスは黒い海から白い砂浜へと目を向ける。驚いたことに、砂浜に立っていたのはエアリスだった。長い髪をなびかせて、彼女は後ろ手を組みながら微笑んでいた。
ルーファウスは砂浜へ、明るいほうへと向かう。
「もうお前の手を煩わせることはない。何せ、今の私は自ら贈物を支度する、甲斐甲斐しい男だからな」
冗談めかして言いながら、ルーファウスは冗談ではすまなくなりそうなのだと誰かに言ってみたかった。
今回、ルードをよこすよう指示したのは、ルーファウスだ。彼の交遊関係の清濁の、そのほとんどにかかわってきた男だからだ。万が一、秘密の婚姻が露顕したとしても、ルードなら何も詮索はしないに違いない。ルーファウスは、しかしこの男に打ち明けてみたくなった。星屑をともに眺め、清らかな夜をすごす女がいる。そのまま朝を迎えて、ルーファウスの寝ぐせを楽しげに直す女がいることを。「迎えをよこせ」の一言で、昼夜かかわらずホテルまで呼びだされていたこの男は、いったいどのような顔をするのだろう。ルーファウスは運転席を見る。
女のあしらいは手練なものの、ルードは自身のこととなるとまるでロマンチシストだ。何となく想像のつく反応と引き換えに、エアリスとの凪のような日々を明かすのはやはり惜しい気がした。
「何がおかしいんだ、社長」
「いや。タークスというのは、難儀な仕事だな」
「今更だろう。どうした」
「業務の一環とはいえ、人の女の世話や尻拭いとは。そもそも、そんなものがまかり通る社の旧態は改めるべきだと思わないか、ルード」
誰かまわず振りまわしてきた張本人が、にやりと口端を吊り上げた。ルードも笑う。
「新しい神羅は違うのか」
「新しい社長は、一途だからな」
「俺は家で大人しくしている社長に、まだ慣れない」
「死んだ男がふらふら出歩くわけにもいくまい」
ルーファウスはアームレストから身体を起こす。と、肩を竦めてから、シートに深くもたれた。
今すぐに表舞台へ返り咲こうとは思っていない。何せ旧神羅の施設
――
父親の私的な不動産も含む
――
の把握が遅れている。星痕症候群は、彼の貴重な時間を奪った。ほかの業務は頭と口と、キーボードを打つための片手が動けばどうとでもなったが、実地検分となるとそうはいかないのだ。現場へ赴き、歩きまわる足と体力が彼には長らく欠けていた。それも近ごろになって、ようやく回復の目途が立ったところだった。
死人のままの気楽な時間は、面倒ごとを片づけるのにちょうどいい。
生存を公表すれば、そのときからルーファウスは内外の人間から
――
決裁に、好奇の目に、恨みつらみを持つ者に
――
追われ、それどころではなくなるだろう。しばらくはヒーリンロッジに拠点を置き、しかるべき相手とのみ商談をするつもりでいる。
辺境にとどまる理由は、もう一つある。ルーファウスに健康を与えた女を、さびしがりのエアリスを、あの小さな家に一人置いておくのはしのびなかった。
だが、いつまでも彼の生存を伏せておくことは難しいだろう。現に『ばか社長』が生きているといううわさ話は、一部の柄のよろしくない連中のあいだですでに売買されているらしい。これが世間一般にまで知れ渡るようなら、ルーファウスは生き返ることも仕方ないと考えている。その場合、彼は「病気療養中だ」とでも言ってやるつもりだった。とても血色のいい顔で。
ルーファウスは足を組み上げる。フォーマルセダンの足元は広く、彼が長躯を持て余すことはなかった。
「だが、社長。退屈だろう」
「夜は長いが、自宅での楽しみ方は、いくらでもある」
「料理が好きだなんて、いったい何の冗談だ。なあ、社長。あのとき」
「あのときとは、ルード、お前はいつのことを言っている」
ルーファウスは薄笑いを浮かべたまま、首を傾けた。主が何かをはぐらかすときのくせを、そうやってわざとらしくくせをだしたときの頑固さを、この男は身に染みてよく知っているはずだった。
「いや、何でもない」
ルードは進行方向に向かって言った。
好ましい男だ。呪いの女のことを知るのは、今ではこの世にルーファウスとルードの二人だけになった。あの一件以降、彼が性の享楽から遠ざかっていることをルードは気にかけているらしい。だが不能に陥るまで心身が追いつめられていて、それが今もなお続いていることにはさすがに気づいてはいない。気づかせるわけにはいかなかった。「立たないから遊べない」と笑ってすむ話なら、とうにしている。男の恥をさらけることに抵抗があるのではなく、言えばルードを追悔させるだけだとルーファウスは知っている。あの日の警護はルードだった。
己の不始末に他者を巻きこまないくらいの矜持と、人の心は持ちあわせているつもりだった。ルーファウスはリアビューミラーに映る男を、一瞥した。
メインストリートの賑わいとは打って変わって閑静な区内の、なかほどにある広場近くに、目的のジュエリーメゾンはあった。瀟洒なアプローチをかまえている。ルードに先導されたルーファウスが、ドアの前に立つ。木製ドアには牡鹿と乙女のレリーフが刻まれている。見事なそれからノッカーへと目線をやった、ここぞというタイミングでドアは開いた。
「お待ち申し上げておりました、S様」
ドアノブを握るスタッフの横に、電話の声の主が控えている。ジュエラーだ。ルーファウスは頷く。ハイクラスのメゾンのよさを、彼は業種にかかわらず店に一歩踏み入れる前で判断する。ルーファウスはおのずと微笑む。まずは及第点だった。
ジュエラーは、壮年から老年に差しかかろうという男だ。余計な贅肉がないというのは、好印象だった。彼の父親と違い、年齢に甘えないストイックさがうかがえるからだ。
店内は一階が吹貫のフロアで、馬蹄型の階段を上がった先に個室がある。余計なやり取りはなく、ルーファウスはすぐに貴賓室へと案内された。
室内にはアンティークの調度が配置よく並んでいる。中央の応接ブースの上座にルーファウスはまわりこんだ。ジュエラーがその向かいに、女性店員と警備の黒服がそれぞれ一人ずつ、男の後ろに控えている。テーブルに給茶セットとアナログな筆記用具が並べられ、型通りの挨拶がすんだところで着席する。ルーファウスはおもむろに口を開きかけた。
「申訳ありませんが、人払いをお願いしたいのです」
そう言うつもりだった。だが先に動いたのは、ジュエラーだった。男に促されて、女性店員と警備が恭しく退室した。内心舌を巻きながら、ルーファウスもまたルードを前室へと下がらせる。
「お待たせいたしました。ご用件を伺いましょう」
「ウェディングリングを、用意していただきたいのです」
ジュエラーが驚いたのは、一瞬のことだった。ルーファウスでなければ気づかないような、些細な目元のしわの動きだった。ジュエラーはすぐに温和な笑みを浮かべる。
「それはそれは。ご成婚、おめでとうございます」
ありがとうございます、とにこやかにこたえながらも、ルーファウスは違和感を覚える。正体はすぐに分かった。婚姻を、面と向かって祝福されたのが初めてだったのだ。ルーファウスとエアリス、誰にも証明することのできなかった関係が、とたんにしっかりとした輪郭を持ちだした。
その輪郭を前に、嬉々としている男がいる。彼が『不器用な男』と名づけて、持て余していた部分だ。陰にいた男が、陽光の下へと這いずりだそうとする感触に、ルーファウスは眩暈を覚えた。
「指輪のお誂えでございますね。イニシャルの刻印は『R・S』でよろしいのでしょうか」
ジュエラーが黒革のバインダーを広げながら、目笑している。わずかに茶目を含んだそれが、ルーファウスを驚かせる。
「何だ、やはりばれていたか」
好青年の
――
窮屈な
――
アトモスフェアを脱ぎ捨てる。と、ルーファウスは足を組み上げた。親子ほどに年の離れた青年の、横柄な態度にも気を悪くした風はない。むしろジュエラーは嬉しそうだった。
「ええ、一目ですぐに。神羅様のお顔を、このあたりの人の目から紛らかすことは難しいでしょう」
「困ったな。婚姻はまだ公にしたくないのだが」
「勿論、わきまえております」
ジュエラーは丁重に、だが確かに頷いた。ルーファウスは感心した。秘密は弱みだ。ここがかつて父親の築いた国であったなら、わざわざつけ入る隙を与えたようなものだった。それは慶事だろうとかまわず悪徳に利用される。だが、母親の生国は違うようだ。成上がりの振興都市とは違う、歴史を重ねた国の余裕と矜持が垣間見えた。
ルーファウスの肩にわずかに力が入る。彼は大抵のものごとを不信の目を通して見るが、プライドを掲げる人間には一目置くことにしている。善人だろうが悪人だろうが、それは当人の生き様に根差すものだから、嘘をつかない。ただし、本物のプライドであればの話だが。
崇高な精神が根幹にないそれは、ただの虚勢だ。ジュエラーの矜持の真贋を、ルーファウスは短時間で見極めなければならなかった。
「ならば、一つ聞きたい。あなたは私の生存より、私の婚姻に驚いたようだが、なぜだ」
ルーファウスは薄らと微笑したまま続ける。
「死人が生き返ったことより、死人が女にうつつを抜かしていたことが、やはりおかしいか」
「いいえ、神羅様」
ジュエラーはゆっくりと、そしてきっぱりと言った。ルーファウスはわずかに首を傾げる。分かりやすい否定の言葉を返されたというのに、否定された気がまるで起らなかったからだ。不思議な間の使い方をする男だった。
「私どもはお嬢様の、いいえ、神羅様のお母君ですね。ご生家には、今でもご贔屓にしていただいております。お母君のことも、ご幼少のころからよく存じ上げておりました」
宝石商は長く続く家業で、ジュエラーがまだ父に師事にしていたころのことらしい。灰色の髪の男が、昔を懐かしむように目を細めている。
ルーファウスはしきりにまばたく。事前調査の段階では母親の旧姓など見当たらなかった。上客ほど顧客リストには載らないのだろうか。それとも、と彼はテーブルに視線を落とす。つけペンとインク瓶、そしてパーチメント紙。コンピューター上に保存された情報という、指でふれることのできない文字で上客を扱う習慣が、老舗にはないのかもしれなかった。
内心、ルーファウスは眉をしかめる。道理で取引内容がさぐれなかったわけだ。今後古い街で情報を集めるには、タークスに金庫破りをさせなければならないのかもしれない。
「僭越ではございますが、あの方のお子様がもうそのような年ごろにご成長されたのだと、感慨深かったのです」
ジュエラーはいったん言葉を切る。沈黙のなかにいる母親が、ルーファウスには見えた。母親が神羅家に嫁ぎ、子を成し、幸福のさなかにいたころの姿だ。病に伏してからの母親が、マスメディアを賑わすことはなかった。大方父親が情報規制を敷いていたに違いない。ジュエラーの知る母親は、今のルーファウスより若い娘のままなのだろう。
「ご当家のお血筋が、こうして絶えることなく存続していかれることを、私のような古い人間は嬉しく思うのです」
「そんなものなのか」
ついくせがでて、ルーファウスは肘掛に頬杖をついた。母の生家とは交流もなく、半分が成上がりの血でできている彼には、正直よく分からない話だった。新しいものは、柔軟だ。人もものも。リスト一つ比べてみても、それは明確だろう。コンピューターで管理されたそれは、いくらでも修正が効く。しかしつけペンならどうだろう。卓上の文具は、彼もよく知るブランド品だ。ペン軸の琥珀は手に取ればしっくりと馴染むのかもしれない。だが一文字でも書き損じれば、紙も、それにかけた時間もすべてむだになる。ルーファウスは益のないことが嫌いだ。古くても確かなものといえば、よく熟成されたアルコールかチーズくらいだった。
ええ、と頷くジュエラーの目元が、また笑っている。
「ですから、この近辺の人の目はごまかせないと申し上げたのです。神羅様はお母君によく似ておいでですよ」
「そうだろうか。父にはよく似ていると言われてきたが」
「ご先代様より、神羅様は細面でいらっしゃるでしょう。鼻梁も、眸のお色の淡いところも、お母君譲りではないでしょうか」
ルーファウスはここにエアリスがいないことを惜しく思った。彼の母親を語ることのできる人間は少ない。ルーファウスより、彼女に聞かせたかった。
彼はふと疑問に思う。母親が神羅家に嫁いでから、ずいぶんと経っている。それでもジュエラーの記憶に鮮明なのは、母親の生家と懇意というのに嘘がないからだろう。母親のジュエリーケースに増えていく宝飾品のうち、いくつかはこのジュエラーが手がけたものなのかもしれない。ひょっとして、とルーファウスはいささか青ざめる。
「ご先代様とお母君の結婚指輪も、私どもにご用命をいただいたのですよ」
やはりか、とルーファウスはこめかみを揉んだ。間抜けな話に苦笑を禁じ得ない。
そうと分かっていれば、この店は候補から真先にはずしていた。ルーファウスはオフィスに戻ったら、今回のために収集させたデータのいっさいを破棄することに決めた。当てにならないものを、残しておいても仕方がない。どうにも古都のやり方とルーファウスは相性が悪いらしい。データの上辺ばかりに頼って、それを背後から支えるものを見ないでいるのはよくない。久々に諭された気分だった。
ルーファウスは頬杖をやめる。背筋を伸ばした。
「父母の指輪をか。それは縁起が悪いな」
職人には禁句に違いない。さすがに気を悪くするかと思ったが、ルーファウスは言わずにはいられなかった。彼の記憶のなかの両親は
――
というよりは、ほとんど父親の女遊びのせいだが
――
睦まじいとは決して言えなかった。仮にも結婚指輪だ。エアリスのために、曰く因縁のないものを選びたかった。
驚いたことに、ジュエラーは口元を押さえて笑っていた。それどころか「失礼いたしました」と、客の前で吹きだしたことをわざわざ詫びた。
「私どものことを、神羅様はご存じないのだとお見受けしましたものですから。お二人の大切な指輪です。お伝えしておかなければ、これはフェアではないでしょう」
言外に、この話はなかったことにしていいのだと、ジュエラーは判断を彼にゆだねている。ルーファウスはやはり古いものが苦手かもしれないと思った。年をしっかりと重ねた余裕を前に、己の弱年ぶりを思い知らされる。
「母の指輪は覚えている。母の虹彩と同色のダイヤモンドだった。あれは美しかった」
言いながら、彼は記憶のなかの母親の薬指を見る。金無垢のそれには、貴石がリング全周に敷きつめられていた。彼女が小さなルーファウスに手を振るたび、それは昼でも夜でも光の尾を引いていた。そうだった、と彼は思いだす。
「私は、あれを幼いころは『流れ星の指輪』と呼んでいた」
「小さな神羅様はロマンチシストでいらっしゃったのですね」
「子供の戯言だ。それでも母は喜んでいたように思う。母はあの指輪だけは死ぬまで、いや、死んでも手放さなかった。星に還るときにも、身につけていた」
ジュエラーが目を瞠った。ややして眉を開いた男に、ルーファウスもまた目を細めた。このジュエラーにゆだねようと思った。
「貴店を選んだのは、ほとんど偶然のようなものだ。あなたの言う通りだ。母の実家のことも、父母の指輪のことも知らなかった」
「巡りあわせというものがございます」
「私はそういったことは信じない性質だ。だが」
ルーファウスはここへ来て、ようやく肩の力を抜いた。今、重視すべきは過去の曰く因縁より、ジュエラーの丁寧な仕事ぶりだった。
「あれをあなたが手がけたというのなら、私はあなたの腕を信用する」
ルーファウスはブレストポケットから手帳を取りだす。彼が差しだしたのは、一枚の写真だ。二二歳のエアリスだった。
指輪は、エアリスのイメージで誂えるつもりをしていた。そうとなれば近影が必要になる。
ルーファウスはまず旧神羅ビルからサルベージしたシステムをさぐった。彼女が最後に残した映像は、科学部門のデータのなかにあった。七番街プレート落下のあとすぐ、彼女が神羅に投降したときのものだ。とてもではないが、幸せな花嫁とは言いがたかった。
今、ジュエラーがじっくりと眺めているのは、旧ミッドガル市の監視カメラの映像から探しだして、印画にしたものだ。タークスの監視日報と照合すれば、カメラの位置を割りだすことは容易だった。八番街のラブレス通りで、彼はエアリスを見つけた。ちょうど壱番魔晄炉が爆破された日の夜も、彼女は健気に働いていたらしい。客に向けた笑顔だが、空笑いではない。いささか癪ではあったが、ほかにエアリスらしい表情が見つからなかったのだから仕方がない。
「正直に言っておく」
人の流れにのみこまれることなく、しゃんと立つ気丈な女が。分けへだてなく客に微笑みかける、このかれんな女が。
「私の妻だ」
ルーファウスの秘密を打ち明けたからには、ジュエラーをごまかすことをやめる。与えられる情報はすべて明らかにして、エアリスに似あいの指輪に近づけたかった。男の顔がふっとやわらぐ。
「これはこれは。おかわいらしい。マドンナリリーか、八重咲のアイリスか。一本立ちの花を思わせる奥様でいらっしゃいますね」
「ありがとう」
くすぐったい気分になって、ルーファウスは困った。ティーカップを何とはなしに見つめる。丸みを帯びた浅いそれは、紅色がより澄んで見えた。
「すでに入籍はしている。だが、私がいまだこんな状態なのでな、公にできない。式はおろか、誰からも祝いの言葉一つかけられていない」
白磁にフルレース柄のそれは、エアリスが好みそうだと思った。本来ならこういった女性らしいシェープの似あう女なのだろう。
「私人としての私のイニシャルは、『R・S・G』だ。もう一つには『A・G・S』と入れてくれないか」
「かしこまりました。では神羅様、それから奥様のご要望をお聞かせいただけますか」
ルーファウスはフルネームの綴りを暗誦した。バインダーのポケットに写真を丁寧に差しこむ。と、ジュエラーは万年筆を走らせる。かりかりと、軽快な音を聞きながら、ルーファウスは言い淀む。そう問われたところで、女の好むようなジュエリーには疎い。恋人の面倒くらい、己で見ておくべきだった。
エアリスのこともそうだ。彼女の身のまわりのものは秘書にすべて一任していた。たとえば衣服一つにしても、明らかに趣味ではないだろうにエアリスが不満をもらしているところを聞いたことがない。むしろそうして与えられるもののなかから、喜びや楽しみを見いだしている。健気だと思いこそすれ、ルーファウスから彼女の好みを聞きだしたことはなかった。
愕然とした。なぜ知ろうとしなかったのだろうか、と。
理由は一つだ。彼は思いいたらなかったのだ。他者を気にかけるような生き方があることを、知らなかったから。
ルーファウスは思わず後ろを振り返った。白木の格子窓の、はるか向こうに稜線が見える。峰の中央あたりにある自宅で、エアリスは今ごろ何をしているのだろう。ただ一人きりで。
服だけではない。がまんを強いていることは、ほかにいくらでもあるのだろう。異母弟には「義姉さんはかわいそうだ」とまで言われた。彼女の不満を晴らしてやりたいと思った。ルーファウスを気にかけ、善意をつくすエアリスに、報いたかった。だというのに、どうすればいいのか分からない。
ルーファウスはくちびるを噛む。己を中心に生きてきた彼は、ミッドガルを出奔してからというものの、因果応報という言葉を常々感じている。失笑すら浮かばなかった。
「妻には窮屈な思いをさせている。せめて指輪はいいものを贈りたい。だが」
ただ、こればかりは専門家の意見を求めるべきだ。ルーファウスの知る宝飾品とは、それらはすでに名のある美術品のことだった。採掘されてから、人の手を渡り歩くたびに数多の幸不幸を生んだ因縁話なら知っている。だが今、彼が求めているのはそんな知識ではない。ルーファウスはジュエラーに向き直る。
「私は宝飾品には、取り分け女性の喜びそうなジュエリーには疎いのでな。まずはいくつかデザイン画がほしい」
「承知いたしました。ご希望の日時にお届けに上がりますが、いかがいたしましょう」
「いつとも決めてはいないが」
ルーファウスの明るい色をした眸に、影が差す。
「早ければ、早いほうがいいのだろうな」
彼にしては珍しく語尾がはっきりしなかった。胸騒ぎを覚える。自宅に戻ったところで、エアリスが出迎えてくれるという確証はないのだ。仮に、あのなよやかな手を掴んで、始終離さないでいたとしても、しかるべきときが来れば星は彼女を容易に連れ去るのだろう。星はシステムだ。そんなものに心などない。ルーファウスは暗澹とした。
エアリスの薬指に、早く指輪を嵌めてしまいたかった。こんなにも気が急くのは、約束を反故にするようないい加減なことをしたくないからだろうか。それとも。
指先でこつこつと肘掛を打つ彼を、ジュエラーは静かに見つめている。
「それから、もう一つ、用立てしてほしいものがある。エンゲージメントリングだ」
「エメラルドがよろしいかと存じます」
「あなたもそう思うか」
「宝石に詳しくなくとも、皆、そう思われることでしょう。奥様のような、純粋な翠眼を私は初めて拝見いたしました」
ジュエラーはバインダーに視線を落とす。写真一枚でも、彼女のアトリビュートは十分伝わったようだ。しかしルーファウスは残念がった。
「実物はこれの比ではないのだがな」
おやおや、とジュエラーが笑いをこらえている。それを彼は無礼だとは思わなかった。
叶うなら、ルーファウスに向けるあの花開くような笑み顔を、写真ではない彼女をこの男に会わせてみたいと思った。瑞々しいエアリスが指輪になれば、どのようなでき栄えになるのかルーファウスは見てみたかった。
「私どもには取って置きのエメラルドが、いくつかございます。今、お持ちいたします。奥様の眸に近いものをお探しいたしましょう」
貴石を確かめながらエアリスの話を聞かせてほしいと、ジュエラーは言った。ルーファウスは頷きながら、男がそっと閉じたバインダーに目をやる。
パーチメント紙に、『ルーファウス神羅・ゲインズブール』と『エアリス・ゲインズブール・神羅』、二人の名前が綴られている。この先、長らく残るのだろう。この店に、つやのある濃紺色のインクで、流麗な文字として。
それに嬉々としているのは、果たしてどちらの男なのだろう。不器用な男か、それとも陽光の下でひざまずき、今まさに立ち上がろうとする男を
――
怖気づきながら
――
見下ろすルーファウス自身なのか。
ルーファウスには判断がつかなかった。
さまざまな裸石とともに、指輪のデザイン画がルーファウスのもとへと届けられたのは、七月中旬のことだった。MTR社の一件
――
があって怪我を負った彼が、ヒーリンロッジを離れて養生せざるを得なかった数週間
――
がなければ、もう少し早く受け取れたはずだった。
ルーファウスはエアリスを驚かせたかった。
デザイン画のなかからルーファウスが選び、指輪に誂えてから贈る手筈をしていた。ことはすべて内密に進めていた。彼女は驚き、そして喜んだに違いない。だが、それではだめなのだ。
成行きの婚姻は、五箇月を経て、真実の愛を誓うそれになった。
指輪もふさわしいものでなければならない。一方的に与えるものではなく、二人で選ぶ一対の指輪がいる。
気づいたのは、少し前のことだ。奇しくもきっかけは彼の両親だった。ルーファウスは父親の別荘で、自身のうちにある愛情を知った。それは逆巻く波となって暴れ、堰を切って噴出した。結局のところ不器用な男とは、ルーファウスが取り乱すほどの切愛だった。
無論、エアリスへの好意を自覚はしていた。それがこれまで誰にも向けたことがないたぐいのもので、幾度となく彼を戸惑わせていたことにも。だというのに、両親の助力と、ほかでもないエアリスの献身がなければルーファウスは不知のままだった。厚意と好意、そして好意と深い愛情の違いを。
まったく鈍いことだ。鋭利な感覚こそが、彼の長所であり武器のはずではなかったのか。ルーファウスは呆れつつ、しかしやむを得ないとも思った。
他者を心の柔い部分に住まわせるなど、縁のないことだったから。
よもやただ一人の人間に、これほどまで傾倒するとは思いもしなかったから。
幸せになりたいなどという、そんな甘ったれた希求など一度だって持ったことがなかったから。
愛を知った今はただ、互いの幸福を切に望んでいる。そうして彼が選び、エアリスの手を取って踏み入れたのは、ルーファウスがつらぬいてきた生き方すらくつがえす、とんでもない道だった。ただ一人のためだけに、喜ばせたいとあれこれ躍起になり、泣いていれば歌いもする。プライベートタイムは言うにおよばず、パブリックタイムまであのかれんな女がちらつくのだから、ルーファウスはいささか困っている。おかげでいくつかの
――
少しばかり非人道的な
――
施策を練り直す羽目になった。効率重視の彼に手間を惜しませないあたり、愛というのは空恐ろしいもののような気もした。
だが、ルーファウスは僥倖だと思った。一二月のあの日、あの時間帯、あの
――
教会の聖具室へと続く扉が目に映る
――
場所にルーファウスが立ったことこそ、偶然の幸運だった。あの一瞬のことがなければ、ルーファウスは今も一人だった。それを味気ないと思うこともなかったのだろう。
「お前はとんでもない女だな、まったく」
愛し、愛され、二人で並んで歩む道を見つけた。ともに歩もうと取った手が、エアリスの白い手でなければ決して眼前に現れなかった道だ。この先に幸せというものがあるのだと、彼は確信している。たとえ喪失の穴が待ち受けているのだとしても。
今は喪失を上まわる幸福を探すことに、ルーファウスは忙しい。指輪もその一つになるに違いなかった。
ルーファウスは二人の男に感謝をする。二人が揃いで身につけるものは、二人で選ぶ。そう考え直す猶予をくれたMTR社代表には、礼を言わざるを得ない。もう一人は、無論ジュエラーだった。デザイン画にそえられていたカードはエアリスに宛てたもので、ジュエラーからの祝いの言葉が綴られていた。どれだけ喜ぶことだろう。ルーファウスは男の気遣いをありがたいと思った。
デザイン画が届いた、その日の晩のことだ。
ルーファウスはリビングで一人、オンザロックを傾けていた。父親のコレクションの一つだったが、エアリスはウィスキーを好まない。咽喉が焼けそうだと、小さな鼻にしわをよせていた。だからといって水割りにするには勿体ないでき栄えだった。結局、彼が宵々に飲んでいる。
「エアリス、相談がある」
バスルームから戻ったエアリスが、ふと立ち止まった。乾いたばかりの髪が濃紺色のガウンの上で弾んでいる。手にはカラフルな化粧品をかかえていて、どうやらこれから爪の手入れをするらしかった。ルーファウスが手招きをすると、怪訝な顔をした。それからテーブルの上の製図ケースとアタッシュケースを交互に見る。
「おうちでお仕事、珍しいね。どうしたの」
ぱたぱたとサンダルを鳴らし、彼のとなりへと座った。その拍子に長い髪が舞い上がる。頬にかかるそれを小指で払うエアリスの仕種が、好きだった。
それにしても、とルーファウスは思う。エアリスはいとも簡単に彼のパーソナルスぺースに入ってくる。いつからだったかと顧みようとして、笑う。最初からだった。
教会の踊り場で、無様に膝をついた彼に駆けよられたときからだ。エアリスとの距離を測る、ルーファウスのスケールは狂い続けていたに違いない。今では近くに彼女を見つけると、細い腰に手をまわし、さらには引きよせる始末だった。
「ね、ルーファウス。相談って、何。深刻なの」
センターテーブルに小瓶を並べてから、エアリスは首を傾げた。ルーファウスはとても真面目な口振りで言う。
「ああ。切実だ」
いよいよ心配になったらしい。エアリスは彼の大腿に手をついて、顔を覗きこむ。弓なりの眉がひそめられている。勿体をつけて、こんな日まで意地悪だと罵られたくはない。ルーファウスはグラスを置く。と、製図ケースの中身をテーブルに広げた。
「約束の指輪だ。お前のイメージで用意させた。どれがいいか、私と選んではくれないか」
エアリスの髪が一房、また頬にかかる。それを後ろへと梳き流しながら、ルーファウスは微笑した。紙の束をちらりと見たものの、しかしエアリスはすぐに目を逸らせてしまった。ルーファウスの首に抱きつくためだった。
「だめ、泣きそう」
いきおいに押されてソファーに倒れこみそうになるのを、ルーファウスはすんでのところで耐える。
「泣くにはまだ早い。実物を手にしてからにしろ」
「嬉しくて、無理。ね、ルーファウス。約束の指輪って、あれのことだよね。ファッションリングじゃないよね」
「ウェディングリングだ。よく見てみるといい」
エアリスは顔だけを起こした。デザイン画には一対の指輪が描かれている。ルーファウスの背中にまわされた手がガウンをぎゅっと掴んだ。額を再び彼の肩口にうずめる。すがりついてくる花車な肢体を、ルーファウスは片手であやした。
「吃驚した。まさかつくってくれるなんて、思ってもみなかった」
「それこそまさかだ。既製品ですますと思われていたとは、心外だ。まあ、いい。せっかく誂えるのだから、お前の意見を聞きたかった」
「だって、そんなの。ルーファウス、趣味いいし。わたし、もらう側なのに、贅沢言えない」
こたえは彼の予想通りだった。ルーファウスは吐息をつく。彼女が身じろぎするたびにシャワージェルとも香水とも違う、エアリスのにおいが立ちのぼる。
「だがな、エアリス」
エアリスのこめかみに鼻先を押し当て、それから鼻梁を髪のなかへともぐらせる。エアリスのにおいは彼の欲を煽り、下腹部に熱を与える。だがいまだ燻るだけの曖昧な熱だ。シルクのなめらかな手ざわりと、柔らかなエアリスをこのまま抱いていたかった。そうしてすぐそばにあるはずの火を、いい加減灯してしまいたかった。だが、そうもいかない。
「私はお前の好みが知りたい」
ルーファウスは彼女を引き剥がす。エアリスの手を取る。と、白い薬指を親指と人差指とで、ゆっくりとこすった。「くすぐったい」と、彼女がようやく笑った。
「わたしはあなたの好み、知りたい」
彼の大腿から下りて、ソファーに座り直す。それからエアリスは、ううん、と軽く唸った。
「ルーファウスって、アクセサリーつけないよね。イメージ、湧かないなあ」
いざそう問われると、ルーファウスにもよく分からなかった。彼の身につける宝石と言えば、タイクリップとカフス、ラペルピンくらいのものだ。それも彼の見目が派手なぶん、小物はシンプルにまとめることが多かった。ルーファウスは何とはなしに左手を見る。
指輪など、クラスリング以外に着けたことはない。それもイベントやインタビューにかぎってのことだった。ましてペアリングは初めてだ。
ルーファウスの手に、エアリスのそれが重なった。不安そうな顔をしている。
「指輪、着けてくれるの」
「当たり前だ。せっかく買ったものを身につけないでどうする。ただ、余計な詮索をされるのは煩わしいな」
どうしたものかとルーファウスは眉間にしわをよせる。普段は勿論のこと、本当はパブリックタイムにこそ彼は指輪を嵌めたいのだ。いい虫よけになるような、派手なやつがいい。そう半ばおどけて言うと、エアリスに膝をはたかれた。
「さすが、神羅社長。山奥に引っこんでいても、お持てになるのね。このあいだもOC社の常務さん、変な時間に電話、あったでしょ」
「妬くくらいなら、さっさと選んで、私を指輪で縛りつけるといい」
ほら、と改めてデザイン画の束を彼女に渡す。しわにならないようにとそっと胸に抱く姿に、ルーファウスは満足する。
「すてき。全部、プラチナなのね。でも、宝石、色塗ってないよ」
ぱらぱらとめくってから、エアリスが小首を傾げる。リング部分が白金のせいか、どれもぱっと見はモノクロの画像に見える。これこそがジュエラーの意図なのだ。
「石はな、私たちで好きなようにしろと言われた。見てみろ、エアリス」
ルーファウスはアタッシュケースを引きよせた。オイルの染みこんだ本革の手ざわりも、濃いコーヒー色も品がいい。ルーファウスはメゾンの内装や調度を思いだして、感心する。ジュエラーは小物まで格調を大切にしているらしい。留め具をはね上げると、エアリスに向けてかばんを開いた。
「これを使う。すべてダイヤモンドだ」
夜のなか、かばんから放たれる光の束に、エアリスの双眸が見開かれる。ルースケースがびっしりと並んでいた。色とりどりの貴石よりも、ルーファウスは夢見るように細められた彼女の眼差から目が離せなかった。
「きれい。何これ、すごい。ブルーもグリーンも、ピンクも、これ全部ダイヤモンドなの」
「結婚指輪といえば、大抵そうだろう。私でも知っている。だが、無色透明だけではつまらないだろう」
「だけど、こんなにたくさん。買ったわけじゃ、ないよね」
「残念ながら、借りものだ」
「そっちのほうが、吃驚。お店の大切なものでしょ、よく貸してくれたよね」
伸ばしかけた手を引きこめて、エアリスは胸の前で指を組む。ルーファウスはにやりと笑った。
「匿名のS氏のつもりで会いに行ったのだが。ジュエラーにはな、すぐに正体がばれた。私の姓名が担保になっている。いい加減な扱いはできない。社長の挙動は、今後の会社の信用問題にもかかわるからな」
こそ泥のようなまねはできない、と彼は続けた。今でこそそんな冗談口も言えるが、レセプションルームで一式を差しだされたとき、さすがのルーファウスも辞退しかけた。
ジュエラーは多くを語らなかったが、得意客ですらこのような待遇をすることは稀らしい。どうやらルーファウスは男の興味を引いたようだ。それが父親の姓なのか、母親の生家の姓なのか。ジュエラーがルーファウスのどこを見こんだのかは分からない。彼の脳裏を掠めたのは、MTR社代表の能面のような顔だった。信用の裏に、ひょっとすると何かがひそんでいるのかもしれなかった。
まだひきつるように痛む脇腹に、おのずと手が伸びる。だが、それでもルーファウスはジュエラーの財産を預かることにした。これがあれば、さらに理想の指輪に近づけることができる。ありがたかった。
「どれでも好きなものを選べばいい。たとえば、そうだな」
ルーファウスはケースを一つ掴む。風呂上がりのせいか、興奮のためか、エアリスの頬とよく似た淡紅色のそれを掲げる。エアリスが蕩けるような吐息をついた。
「かわいい色だね。ルーファウス、酔っぱらったときの頬っぺたみたい」
呆気にとられる彼をよそに、エアリスにこりと笑う。だがややもせずに、弓なりの眉が困ったようにひそめられた。
「ね、高いでしょ、どれも」
「お前が役員報酬の三箇月分を望んだのだろう」
ルーファウスは肩を竦める。冗談めかして言ってはみたものの、そうだけど、とエアリスは曖昧な返事だ。
「でもね、ルーファウス、もらってないんでしょ。お金、会社から」
「金の話は野暮だぞ。だが、心配はいらない。私もようやく役員名簿に氏名が載った。しかもな、いちばん上だ」
酔っぱらいにたとえられたあわれな石を、彼はエアリスに差しだす。
無論、組織図を外部に公開する予定は当面ない。代表不在のあいだの代理として、今、神羅カンパニーの矢面に立たされているのはパルマーだ。神羅時代はよくも悪くも目立たない男だった。斜陽部門とはいえ、しかし『元統括』という肩書にはいまだ価値があるようだ。昨今の神羅カンパニーの再起を図るスピードの速さも相俟って、世間がパルマーによせる期待は大きいらしい。
ルーファウスは思いだし笑いをする。パルマーが日に日に痩せていくのは、何もプレッシャーのせいではなかった。最高権力の椅子を目の前にして、当人はどこ吹く風といった様子だ。
ルーファウスが交通機関の整備に乗りだして、ずいぶんと経つ。必要なのは通路と動力、そして運搬具の三つだ。前者の二つは、神羅カンパニーも含めた共同企業体で取り組んでいる。神羅のノーハウもオープンにした。何もそこまで手のうちを明かさなくともと、内部からの批判はあったものの、知識を独り占めしたところで動く手足がなければ何も生みだせない。ルーファウスは自社を頭でっかちな役立たずにする気など、さらさらなかった。
長らくルーファウスを悩ませた問題は、三つ目だった。当面は消費電力を抑えた陸路を充実させたかった。それもタークスが探しだしてきた
――
まさかの
――
逸材のおかげで、ようやく見通しが立ちそうだった。新たな動力に対応した運搬具の開発に加えて、エコロジーに配慮した乗物の実用化が、パルマーに下した業務命令だった。
パルマーは日々、飽きることなく乗用車やバス、列車の図面を描き起こしている。神羅ビル内
――
の山道
――
を走り、各部署と連絡を取りつけながら、試作部品の目視確認にまた嬉々として走る。彼がほしがる甘い茶は、エアリス手製のハーブティーだ。パルマーは今、とても健康的な生活を送っている。
三つが揃えば、旅客の輸送が可能になる。物流もさらにはかどるだろう。ルーファウスは少し未来に思いをはせる。人々の心に余裕が戻れば、遠行を楽しもうとする上向きな気分もまた戻るのかもしれなかった。
表立ってはいないものの、陣頭指揮を取っているのは無論ルーファウスだ。そうして会社という体裁を取り、代表取締役に就任している以上、いつまでも無報酬というわけにはいかなかった。ただしインカム以上の額面を、彼はいまだ私財からあちらこちらへと出資をしている。資産は目減りしているものの、指輪をいくつか用立てしたところで零落するほどではない。
ルーファウスは困ったように笑う。財産家でよかったと思うなど、初めてのことだった。
「金はな、持っている者が惜しみなく使えばいい。私たちの指輪が経済をまわすのに一役買っていると言えば、気は紛れるか」
エアリスはぽかんとしたあと、よくやくルースケースを受け取った。「変な慰め方」と言われて合点がいかないものの、一応の効果があったことには安堵する。
ルーファウスは彼女の肩を引きよせる。と、小さなケースを二人で覗きこんだ。
「ジュエラーからの聞き齧りだが」
日中に受けたレクチャーを、彼は
――
付属のリングゲージやメジャーの使い方まで
――
そっくりそのまま伝える。母親とジュエラーの意外なつながりまで話した。エアリスは目を丸くしたあと、「巡りあわせだね」と口元を綻ばせた。
そうして肩を並べ、頬をよせあい、デザイン画を次々とめくりながらルーファウスとエアリスは話しあった。
二人のイメージは、どうやら白色らしい。素材はすべてプラチナだったが、リングのかたちはさまざまだった。加えて貴石の大きさとカット、その並べ方までがどれも違っている。エアリスは一つ一つ印象の違う指輪に夢中のようだったが、一枚ごとに表情を変える彼女にこそルーファウスは心惹かれた。合間に互いの薬指のサイズを測りあう。数値で見るエアリスの指はやはり細い。この手では、掴みたくても掴みきれなかったものがたくさんあったのだろう。それを思うと、彼は切なくなるのだった。
楽しい時間だった。そんな夜は数日続いた。
寝支度を終えて、彼がウィスキーを舐める時間になると、リビングはさまざまな色のダイヤモンドと喜色を浮かべたエアリスとで花やぐのだ。「青よりの緑か、黄よりの緑か」と問われれば前者とこたえ、ルーファウスが選んだ石の感想を求めればエアリスが思うところを滔々と語った。おそらくそのあいだ、己の頬はだらしなくゆるんでいたのではないかと、いささか不安になる。ルーファウスは誰かと何かを分かちあうことをしてこなかった。共有の喜びを彼に教えることができたのは、エアリスただ一人だ。
そうしてようやく候補を二つに絞った、ある晩のことだった。エアリスがぽつりと呟いた。
「ルーファウスの気まぐれかなって、思ってたの。指輪のこと」
ごめんね、と小首を傾げる。くせのある横髪が頬の輪郭をなぞるようにおおう。情けない顔つきは、ひどくいたいけだった。
「心外だな。お前に約束してからというものの、私は石の産地から調べだしたというのに」
ルーファウスはウィスキーを呷る。空になったグラスに三分の一ほど注いでから、口をつけようとしてやめた。
「私はつまらない約束はすっぽかすが、大切な約束はたがえない」
「知ってる。けど、あの日のあれって、ちょっとした冗談の言いあいっこ、みたいなものだったでしょ」
「何だ、それは。お前こそひどいな。その様子だと、私の戯言だろうと当てにしていなかったということか。指輪などなければないで、お前はそれでもよかったのか」
センターテーブルにグラスを置く。ルーファウスは片足をソファーに乗り上げながら、体躯ごとゆっくりと彼女に向き直った。エアリスは慌てて首を振る。両手を胸の前でそっと重ねた。
「ほしかったよ、指輪。ずっと」
ルーファウスは眉をしかめる。なぜ言わない。そう開きかけた口を噤む。エアリスが彼にせつくのは「服、片づけよう」だとか「この表の、ここの数字の意味、教えてほしい」だとかそんなことばかりで、彼女から金品を催促されたことなどなかったと思いだす。
「でもね、ほしいって言えなかったの。どうしても、言えなかった。だって、結婚したころと変わったでしょ、わたしたち」
「そうだな。ただのバースデープレゼントではなくなったな。私たちの婚姻は、本来の意味の通りになった」
エアリスは嬉しそうにしたあと、俯く。紗のように彼女を薄く隠す長い髪のなかから、そうなの、という小声が聞こえた。
「あのね、ファッションリングだって、すごく嬉しいよ。でも、ほしいのは、本物の結婚指輪になっちゃったから。だけど、本物はあなたのこと」
縛りつけるかもしれない。彼女の口のなかにこもる声を、しかしルーファウスは聞き逃さなかった。やれやれと吐息をつきながら、彼はエアリスを膝上に抱き上げる。おずおずと、しなだれてくる柔らかな肉の触覚が心地いい。
「ばかだな、お前は。私に変な気を遣うな。どうでもいいことは厚かましいくせに」
「ばかって言ったほうが、ばかなんです」
彼は否定できなかった。憎らしい口を利く彼女が、かわいらしかった。そんなことを思うなど、ルーファウスがばかな男に成下がったからにほかならない。だが女にうつつを抜かす男も、紛れもない彼の一面だった。ルーファウスは不思議に思う。この先、いったいどれだけの
――
彼自身すら知らない
――
ルーファウスが生まれでるのだろうかと。
「好きなだけ縛りつければいい。もっと強請れ。私の今は、全部お前にくれてやる」
「ね、それって、指輪より高いでしょ。何千万、ううん、何億ギルって、するのかな。わたしのお給料じゃ、払えないね」
「違うな。ルーファウス神羅は、金ではあがなえない」
首にまわされた彼女の腕に力がこもる。そうすると二人の身体は凹凸を嵌めこんだように、ぴったりと収まるのだ。ただ両腕のなかにかかえこんでいるだけで、気持ちがいい。何度抱いても変わらない。これではばかな男になるのも仕方がないと彼は思った。
「お前だけだ」
「本当にいいの」
「いい。私もお前を指輪で縛りつけるから、あいこだな」
「わたし、浮気、まさか疑われてるの」
「エヴァンはともかく、ディーは私のライバルだからな。何せお前たちは、夫の私を差し置いてフィジカルコンタクトがはげしい。ひどい話だ」
冗談口を叩くと、くぐもった笑み声がルーファウスの耳をくすぐる。
彼女の束縛がとかれたあとのことは、そのときが来てから考えるしかないだろう。内心そう考えながら、彼はエアリスの後頭部を撫でる。それからすべらかな髪に指を通す。彼女の手に髪を梳かれると、落ち着く。ルーファウスはそれをまねてみる。
「なあ、エアリス。指輪だがな」
テーブルに残った二枚のデザイン画に、ルーファウスは目をやった。
「どちらも優劣つけがたい。あとはお前が決めていい」
「でも」
「お前が選んだ指輪が、私のほしい指輪だ」
ゆっくりとエアリスが顔を上げた。ルーファウスは心を奪われる。二人の指輪は、きっと彼女の潤む眸のようなでき栄えになるに違いなかった。
それから二日ものあいだ、エアリスはたっぷりと悩んだようだ。
リビングの大窓のブラインドは上げたままにしている。建物の窓はどれも不可視加工がしてあって、人目は気にしなくていい。夜、照明を絞ったフロア内へ、星明りを取り入れるのにちょうどいい設えだった。
星を見ながらロックグラスを傾けていたルーファウスに、彼女がデザイン画を差しだした。
「これがいい」
奇しくも、彼の父親と母親が神前で交換したそれと似ていた。組んでいた足を下ろす。ソファーに深くもたれていた背を起こして、ルーファウスは口を開いた。
「縁起の悪い指輪だが、まあ、いい」
デザイン画を透かすように掲げる。大粒の貴石を中央に据え、リング全周には小粒の貴石が三連になって嵌まっている。ルーファウスの指輪にも大粒の貴石が一つ、エアリスのそれと揃いのグリーンダイヤモンドだ。ルーファウスは目をしばたいたあと、しっかりと頷く。二人だけのこの指輪は、両親と同じ轍を踏まない。彼にはそれだけの自信があった。
どういうこと、とエアリスがうろたえている。シルクガウンのあわせ目をぎゅっと握った。
「両親の指輪に似ている。色味はまったく違うが、石が全周にセッティングされていた。母のものは二連だったがな」
ルーファウスはデザイン画をテーブルに置く。と、すぐさま彼女を宥めにかかる。動転させるつもりはなかった。
「やだ、吃驚させないで。縁起、悪くないよ。お父さんとお母さん、ちょっとすれ違っちゃっただけ」
「あれは少しですむのか。しかもすれ違ったまま、どちらも死んだ」
「死んだなんて、またそんな言い方して。本当にもう、相変わらずなんだから」
「それはそれは、すまない。嘘がつけない性質なものでな」
ルーファウスは大仰に眉を上げて見せる。エアリスの肩が彼の肩をどすんと押す。それから二人で笑った。そうしていつものように戯れていたが、笑みが引くころに、エアリスが「あのね」と静かに切りだした。
「最初に見たときから、これかなって気、してたの」
彼女は口端に笑みをとどめたままだ。そのくちびるは、朝咲きのふっくらとした蕾のようだ。白い歯の奥、ふんだんに湛えられているはずの花蜜は、いったいどのような味がするのだろう。ルーファウスはいつまで経っても蜜吸いになれない、そんな自身がおかしかった。
「奇遇だな。いちばんに目を引いたのは、実は私もそれだった」
「お母さんの大切な指輪だものね。小さな天使ちゃんが、忘れられないくらいのね」
「流星群のようだと、ただ印象深かっただけだ」
エアリスはふと彼を見上げる。あまりにも凝視するので、「何だ」と眉をしかめると、彼女はぷっと吹きだした。
「大きくなった天使ちゃんが星好きなの、パルマーの影響かと思ってたんだけど。天使ちゃんは、やっぱりお母さんっ子だったのね。なるほど、なるほど」
「おい、エアリス。やはりとはどういう意味だ。マミーズボーイのような言い方は、よせ」
「冗談だよ。そんなこと、思ってないよ。流れ星だなんて、ルーファウスはね、案外ロマンチシスト」
エアリスはデザイン画に目を落とす。化粧っ気はなくとも、睫毛は長い。扇状に広がるそれは、彼の目線の高さからだとよく見えた。
「だけど、言われてみれば、そうかも。これ、本物の指輪になったら、ルーファウスご自慢の、ヒーリンの星空も褪せちゃうかもね」
「流れて、消えてしまわないことを祈る」
「それはね、だいじょうぶ。消えないから」
なぜ、と問うと、エアリスもまた小首を傾げた。それからしまったといった風に、指先で口元を押さえた。
「ルーファウス、知ってると思ったのに」
「私はジュエリーに、興味はなかった」
「だけど。だって、詳しかったじゃない、あなた。いろいろ。石言葉まで知ってた」
「すべてジュエラーの受売りだ」
「どうしよう、恥ずかしい。今の忘れて」
「教えてくれ」
エアリスは迷っている。ガウンの腰紐を手慰みにして。ルーファウスはそわつく。彼女が恥じらい、秘めたがる言葉は、彼を喜ばせるものばかりだと知っているからだ。エアリスの口からそれらが紡がれるのを、今かと待つ。
「あのね、エタニティーリングっていうの」
期待の眼差と沈黙の圧力に、どうやら根負けしたらしい。エアリスがおずおずと言った。そういうことか、とルーファウスは納得した。ダイヤモンドはリングを取り囲むように連なっている。途切れることのないそれを『永劫』とたとえるのは、悪くないと思った。
ほどけてしまった腰紐を結んでから、両手を組みあわせる。そしてエアリスははにかんだ。
「わたしの気持ちは、もう変わりようがないから、これがぴったりなの。これがいい」
「決まりだな」
もうすぐ日が変わろうという時間だった。今すぐジュエラーに連絡を取りつけたい、そんな子供のような勝手を押さえつける。メゾンの開店時間を大分すぎたころに電話しようと彼は決めた。それでも浮かれた男だと、ジュエラーには笑われるかもしれない。何せ妻の『永劫』の気持ちを、改めて聞かされたばかりだ。だが、それでもかまわないとルーファウスは思った。新婚の惚気を聞くことも、祝いの宝飾品を扱う男の仕事のうちだろう。
それにしても、とルーファウスはソファーに背を預ける。無論、ジュエラーは知っているに違いない。ウェディングリングやエンゲージメントリング向けのデザインがあるということを。レクチャーのさい、そのあたりにはいっさいふれなかったところに、ジュエラーの配慮がうかがえた。ルーファウスは『二人の指輪』にこだわっていた。結果、彼はまっさらな気持ちで選ぶことができた。エアリスにとっては己の気持ちをこめた指輪になるのだろう。
心遣いはありがたい。とはいえ、あの男はどうにもルーファウスの好むタイプの曲者のようだ。ルーファウスはくつくつと笑う。近ごろはこうして彼のまわりに面白い人間が増えていく。
ふと肩口に重みを感じる。エアリスがよりかかっている。
「ね、ルーファウス。悩みって、いやなものだと思ってたの、ずっと。でもね、楽しくて嬉しくて、幸せな悩みも、あるんだね」
エアリスは顔を上げた。口角を優しく吊り上げたその顔が、彼は好きだった。
ルーファウスも彼女のように、悩みを楽しめるのだろうか。
彼が指輪で悩むのは、実はこれからなのだ。ルーファウスはジュエラーにもう一つ、デザイン画を依頼している。エメラルドのエンゲージメントリングだ。エアリスには内密にしている。彼女を驚かせたいという気持ちを、ルーファウスはどうしても諦めきれなかったのだ。
ルーファウスは不意にこみ上げる笑いを、すんでのところでこらえた。異母弟に言わせると、「神羅夫妻の順番はめちゃくちゃだ」らしい。今回のこともおそらく「結婚と婚約が逆じゃないか」と吃驚するに違いない。それでもルーファウスはウェディングリングを優先した。これ以上、エアリスとの約束を先延ばしにはしたくなかったのだ。ジュエラーは話の分かる男で、ルーファウスの要望に楽しげに聞き入っていた。
どうせならプロポーズも仕切り直そうか。そんなことを彼はふと思いついた。
ルーファウスは二月のプロポーズに不満はなかった。が、彼女の言う通り、二人の関係は確かに変化したのだ。今の、そしてこれからの二人にふさわしい始まりを用意することもやぶさかではない。ルーファウスは前髪に指をくぐらせた。婚約指輪の誂えには時間がかかる。まずは結婚指輪にプロポーズをそえてエアリスを笑わせてみせようか。しかし、と首を捻る。ルーファウスは大衆向けのスピーチが嫌いではないが、ただ一人のためのそれとなるといささか戸惑う。
それに加え、愛を告げる文言にエアリスは制限をかけた。ルーファウスに許された語句のなかから、何をどのように組みあわせれば彼の気持ちを余すことなく伝えることができるのだろう。まるで困難なパズルのようで、これはなかなかに苦労するかもしれなかった。
「どうしたの。にやにやして」
「にやにやとは、いやな言い方だな。そんなにだらしない顔をしているのか、私は」
「だらしなくはないけど。締まりがないっていうより、ちょっとだけゆるゆるかな。かわいい顏してる。ね、酔ってるの」
エアリスは軽く眉根をよせた。ルーファウスは空笑う。彼女の言うような幸福の悩みをかかえると、人は酔いどれのような顔つきになるらしい。
「少し悩んでいるだけだ」
彼の肩に顎を立てて、エアリスは上目を使う。一対の緑色が間近から彼をとらえる。ルーファウスは息を凝らす。
「悩み、聞こうか」
「いや、妻には言えないたぐいの悩みだ」
すぐそばにある鼻頭を、ルーファウスは軽く弾く。エアリスはわざとらしく口を尖らせた。
「それはそれは、聞き捨てなりませんねえ」
つんと上向きのくちびるに、ルーファウスは困ったことにくちびるでふれたくなった。
この口唇にふれることができたのは、今のところダークスターだけだ。しかも舌を使ってぺろぺろと。とんだライバルだが、夫として負けるわけにはいかない。
ルーファウスの目つきが変わる。何かを見定めるさいの、鋭いそれだ。
「あれ、本当にどうしたの」
エアリスは頭を起こした。わざわざ身体ごと相手に向き直るところが、彼女らしい。ルーファウスはエアリスをうかがう。彼はどのような人欲
――
生存欲、睡眠欲、食欲、性欲、怠惰欲、感楽欲、承認欲
――
の兆しも見誤らない。それらは常にルーファウスへと向けられてきたものだからだ。だがエアリスのなかにあってほしいと願う色欲は、いまだ静かに眠っているようだった。
ゆさぶり起こしてやろうか。ルーファウスのなかの姦邪が暴れようとする。
くちびると指で、たとえば彼女の手に丹念にふれるだけで、舐めて吸いついて歯を立てるだけで、彼はエアリスの情欲を煽ることができる。花車な肢体を組み敷くことも簡単だ。仮に今、そうしたとして彼女が受け入れるだろうという確信めいたものもある。だが。
「どうもしない」
だが、待つと決めたのだ。エアリスがおのずから目覚めるときを。頭皮に爪を立てるようにして、指先に力をこめた。
「目、据わってるよ。ね、やっぱり酔ってるでしょ。お父さんのウィスキー、美味しいからってがばがば飲むの、よくないよ」
「たかが二、三杯程度では、深酒にはならない。そもそもこれは香りを楽しむものだ。酔いたいだけなら、別の酒にする。だから」
髪を後ろへと梳き流しながら、彼は長い息をつく。時折、そうして荒れ狂う情動を、理性で抑える。彼女の眸のどこを探しても、やはり情愛の欲が見つからない。だというのに、心配そうに見つめるだけで彼を捉えて離さないのだから、とても性質の悪い翠眼だ。
視線を無理やりに引き離す。と、今度はルーファウスが狭い肩へと
――
逃げるように
――
額を伏せた。
「違う」
「じゃあ、天使ちゃんはお眠なのかな。体温、上がってるよ」
「そういうことにしておくか」
ルーファウスの上体をエアリスが支える。背中をとんとんと慰撫されて、困った。彼は思いのほか抱擁を気に入っているらしい。彼女をただ抱きよせるのもいいが、こうして抱きこまれることも心地がいい。肉欲ではまかなえなかった静寧がある。二人のあいだにいまだセックスの結びつきがなくても、それで一人情けなく熱を持て余すのだとしても、この婚姻を解消したいとは思わない。ルーファウスは失笑しそうになる。かつてのプレーボーイも、これではまるでかたなしだった。
ほっとしたのもつかの間だった。
エアリスの肩ごし、大窓のそとにはいつの間にやら雲が立ちこめている。そうなると星の光芒すらさえぎられて、夜が黒い海のように広がるばかりだった。片隅でうごめく何かに、またか、とうんざりする。呪いの女だった。
彼はとうに気づいている。あの女が水面から顔半分をのぞかせるのは、ルーファウスがエアリスを慕わしく思うときだ。あの女には与えることのできなかったものを、彼の妻は一身にあびている。
ルーファウスはかつての恋人たちにも、情けはかけてきた。しかし今思えば献身にはほど遠い。そうして彼は己の都合にあわせて、彼女たちから一方的に時間を奪ってきた。あの女にかぎっては、いのちまで取り上げた。悔いてはいない。女はあのまま生きているだけで、ルーファウスの尊厳を損ね続けたに違いなかったからだ。
女が死んだときから続く悪感情は、女ではなくルーファウス自身に向いている。トラウマの原因は、ほかでもない自縛だ。ルーファウスは女を睨んだまま、彼にしては珍しくエアリスの首に両腕をまわす。重さに耐えかねたらしい彼女が、ソファーの背もたれに沈んだ。
「重いなあ」
くすくすと、彼の耳元で密やかな笑み声がする。後悔はないはずだった。だというのに、今更ながらに罪悪を覚えるのはなぜだろう。不安がルーファウスを苛む。
エアリスに打ち明けてみようか。脳裏によぎったのは、懺悔と告解だった。帝王学の一環やボーディングスクール時代に、ルーファウスは神学も修めている。知識としてあるものの、実際に罪を告白したいと思ったことはない。
だが、彼は躊躇した。エアリスの反応が恐ろしかった。
「ね、ルーファウス」
穏やかな声音だ。エアリスは彼の脇下からそっと手を差し入れて、腰のあたりで組んでいる。
「夜の憂いは、追いかけたらだめだよ」
「分かるのか」
エアリスは小さく頷いた。その拍子に、巻髪が彼の首筋をくすぐる。指先が、背骨をたどって首の付根までをなぞる。
「くっついてると、よく分かるの。あなた、いやなこと考えてるとき、ここらへん硬くなるから」
ルーファウスは安心した。彼の肩甲骨にふれられるような人間は、エアリス以外にはいない。神羅社長の緊張など、社外はおろか、社内にも知られることは得策ではない。内心、胸を撫で下ろしつつも、しかしルーファウスは己の正直な身体には不満だった。
まったく何て身体にしてくれたのか、この女は。せめて腑抜けた顔だけはさらさないよう、彼は気をつけなければならなくなった。だからといって文句を言う気にはならない。ルーファウスは顔を上げる。エアリスの静謐な眼差は、彼の
――
巧みな話術という
――
武器を取り上げてしまうのだ。
「夫のプライバシー、侵害するつもりないけど。あのね、ちょっと考えて、こたえでないような悩みはね、深追いしたらだめ」
「どうすればいい」
「そんなのは、あとまわし。こういうときはね、とっとと寝ちゃおう。ほら、歯磨き、行こう」
ルーファウスは思わず吹きだした。声を立てて笑うごとに、身体中の強張りが消えていく。細い肢体が彼の腕からするりと抜けて、立ち上がった。
「あなた、むだは嫌いなんでしょ。大事なエネルギー、明日のために取って置いてね」
ううん、とエアリスは大きく伸びをする。それから手のひらを差しだした。ルーファウスはなるほどと認めた。早く眠り、明日を迎えて、指輪の誂えに備えなければならない。
ルーファウスは迷うことなく白いそれを掴んだ。
そうして二人のウェディングリングが、今、ルーファウスの手のなかにある。
大きなグリーンダイヤモンドが光っている。エアリスの指輪だけでなく、ルーファウスのそれにもだ。わざわざ一つの貴石をリカットさせた。男性のウェディングリングには珍しいが、ルーファウスはリングに幅を持たせ、石を目立たせた。正真正銘、一対の指輪だった。
純白のリングケースにそれらを戻し、彼は感嘆した。
「ご満足いただけましたでしょうか、神羅様」
「素晴らしい」
ルーファウスは白手袋をはずしながら、ゆっくりと頷いた。
「デザイン画にも驚いたが、実物はそれ以上だ。まさか私が指輪に陶酔する日が来るとは、思いもしなかった」
「センターストーンとメレの、貴石の選択がよろしかったのです。ご夫妻は大変な目利きでいらっしゃいますね。私も仕上がりが楽しみで、食事も忘れてアトリエにこもったのは久方ぶりです」
娘に叱られましたよ、と男は目尻のしわを深くした。ジュエラーは己の作品を見下ろしている。晴れの舞台へとわが子を送りだす眼差とは、こういうものなのだろうか。ふと、ルーファウスはそんなことを思った。
「神羅様」
「何だ」
「こちらの意匠を選ばれると、私はそんな気がしていたのです」
わずかに目を瞠るルーファウスに、ジュエラーはふふっと
――
年齢のわりにかわいらしい
――
笑み声をもらした。もともと茶目な気質なのかもしれない。
ルーファウスは肩の力を抜く。ソファーに深く座り直してから、下腹の上で指を組む。
「妻に話した。父母の結婚指輪と、あなたのこともな。私と違い、あれは人との縁を大切にする女だ。妻も巡りあわせだと、あなたと同じことを言った」
降参するように、ルーファウスは首を振った。
「一度、聞いておきたかった」
最初に両親とつながりがあると知っていれば、候補から真先にはずしていた。そう思っていた。ルーファウスは苦笑する。縁というのもは、目に見えずとも確かに存在するのかもしれない。二件の候補のうち、この男を選んでよかったと、今ならそう思う。ほかの誰にも彼を満足させる指輪を用立てることはできなかっただろう。
ただ、一つ気になったことがある。最初のアポイントのさいに、ルーファウスは彼の身上に関することはすべて伏せたはずだった。だというのに。
「私のことに、いつから気がついていた」
「私どもの店に、初めておこしいただいたときです。以前に申し上げた通り、お母君によく似ておいででしたので。それが何か」
「私はあの日、得体の知れないやからからの、無理難題に怯まなかった男の顔を拝めるのだと、楽しみだった。よくあんな電話を受けたな」
ルーファウスは大仰に肩を竦めてみせた。彼がもしジュエラーであれば、一見客から労せずして得をしようとは思わない。リスキーだ。しかも口振りこそ対寧とはいえ、声は自信家な若造だった。愛想も世辞もそこそこに、ルーファウスなら電話を切る。
己を揶揄するルーファウスに、ジュエラーはわずかに首を傾げた。
「少し私の話をしても」
「ぜひ、聞きたい」
わずかに身を乘りだして、ルーファウスは言った。目的が金ではないことは、今ならよく分かる。金以外でこの男を引きつける何かが、最初のアポイントメントにあったということだ。あのときのやり取りを振り返り、くまなくさぐるが、彼には光る何かを見つけることができなかった。
珍しくルーファウスは降参する。ジュエラーはにこりと笑った。
「宝石は面白いと思うのです」
ほう、とルーファウスは相槌を打つ。手袋の履き口を引き上げてから、男はリングケースを引きよせた。
「磨ぎ方一つ、台座のかたち一つで、まったく別の顔を見せます。一生かけても見つくせないでしょうし、飽きもいたしません」
ジュエラーは目を澄ます。ルーファウスの指輪を、そしてエアリスの指輪を、クロスで磨き始めた。高窓に掲げては、指先を捻っている。それを何度か繰り返した。どうやら曇りを探しているらしい。ルーファウスはそんな一連の作業に見入っていた。てきぱきとしながらも、急いた感じはしない。ジュエラーの所作はまるでマジックのようだった。
そうして指輪は宝石台に、再び睦まじく並んだ。高窓から降り注ぐ陽光をあびせると、緑色の貴石は青味がかって見える。エアリスはそんなところも気に入っていた。
「私は宝石が好きなのです。私の好きなものを見たいと請われれば見せたくなる、ただそれだけのことだと思うのです」
リングケースを閉じる。と、白革までしっかりと拭きあげてから、緋毛氈に据えた。ジュエラーは手袋を取ってから、改めて「どうぞお納めください」と言った。
「天職だな」
「私にとって最高の賛辞でございます」
「妻があなたに感謝をしていた。これを」
言って、ルーファウスはブレストポケットから封書を取りだした。デザインを決めた、その翌日にエアリスは早速手紙をしたためていた。デザイン画と、それからグリーティングカードの礼らしい。
ほかの男に泣かされている彼女を見るのは、いささか複雑だった。だが第三者から、予期せずかけられた祝言が嬉しかったのは、ルーファウスも同じだ。何よりも、ジュエラーからのカードを眺めながら涙ぐむエアリスは、今思いだしてもかれんだった。結局のところ、ルーファウスを思って流す涙に、悋気をいだくことなどばからしいと彼は思った。
「妻から礼を預かった。生憎と表にでられない事情がある。じかに伝えられない非礼を詫びていた」
「そのお言葉だけで十分でございます。お気に召していただいた図案と、落差がないことを祈るばかりです」
「問題ない。必ず気に入る。きっと次の礼の手紙は、分厚くなるぞ」
ありがたいことですね、と男は言った。ルーファウスは横髪に指をかける。
「そうだな。早速、プロポーズの仕切り直しだ。うまくいくよう、祈っていてくれ」
ルーファウスは芝居じみた言い方をした。ジュエラーが目を細めている。
「何だ。私が浮かれるのは、そんなにおかしいことだろうか」
「いいえ、神羅様。あの方のご子息がこうして生きておいでで、きちんとご自身の人生を歩んでいらっしゃる。差しでがましいことかとは存じますが、安心いたしました」
ルーファウスは頷く。彼の知らない母親を、この男は知っている。代々続く確かな腕で、まだ娘だった母親の花の時代を、さらに色取る手助けをしたに違いない。いつか母親の話を聞いてみようかと、彼は思った。エアリスに教えれば、彼女はきっと目を輝かせて聞き入るだろう。
男を引止めたい理由は、もう一つある。ジュエラーは面白い男だ。新生神羅の事業に、宝飾品を組み入れるほどの余裕はまだない。だからといってこの指輪かぎりで関係を断つには、勿体ない気がした。
そう考えて、ルーファウスはわれに返る。彼が他者に興味を向けることは、とても珍しい。いったい誰の影響かなどと、問うまでもない。エアリスだ。
ルーファウスは広い世界で生きていたはずだった。実はそうではなかったのだと、視野が、世界が広がっていく様を目の当たりにしながら、彼は思い知らされるのだった。
ルーファウスはやれやれと横髪を撫でつけた。そんな彼にジュエラーは「それから」と、やはり茶目っぽくめくばせをする。
「ご夫妻が睦まじいご様子なので、私のような年寄は少々当てられてしまったようです。よき人生を築かれることを、お二人がいつまでもお幸せでありますよう、お祈り申し上げます」
「ありがとう」
ルーファウスはすっくと立ち上がる。利き手を差しだした。
「エンゲージメントリングも楽しみにしている」
ジュエラーは控え目に、しかし握り返す指に力をこめて頷いた。紳士然とした立ちふるまいからは想像もつかないほど、表皮は堅く、そして厚い。ふと思いだしたのは、父親の手だ。職人の手は嫌いではないのだと、ルーファウスは小さく笑った。
ジュエラーを快く見送り、ルーファウスは社長室へと戻った。
机上に肘をつき、顎をつまむ。人差指で口唇をなぞりながら、リングケースとディスプレーとを交互に見やる。画面に並ぶおびただしい数字は、OC社への融資の、そののちのギルの流れだ。ややして彼は声を上げて笑いだした。数字が何一つとして、頭に入って来なかった。ダークスターが何ごとかと赤い目玉をぎょろぎょろさせている。
「驚かせてすまない、ディー。今日はもう帰るか」
そう言って、彼はまた笑う。このまま座っていても有意義な時間をすごせるとは、到底思えない。ルーファウスはこの二つとない美しい指輪が、エアリスの薬指で輝くところを見たかった。一分でも早くだ。
端末をシャットダウンしながら、秘書に電話をかける。いても立ってもいられないなど、こんな気持ちを彼は長いあいだ忘れていた。
「午後の執務は切り上げる。取り急ぎ用があれば、携帯端末に連絡をよこせ」
「珍しいですね。具合でも悪いんですか。お薬、お持ちしましょうか」
「いや、気分はとてもいい」
やはり笑み声がもれてしまい、ジャッドは一瞬無言になる。
「そうみたいですね。堂々とさぼり宣言なんて、やっぱり珍しいです。今のは、聞かなかったことにしておきますね」
ルーファウスは片方の眉を上げる。怠慢とは失礼な言種だ。急ぎの案件はジュエラーが来社する前に一段落つけてある。ルーファウスは己の役目をわきまえている。今は、それ以上に疎かにできないことがあるだけだ。
ルーファウスは指輪をスラックスのポケットにしのばせる。ケースを引きだしにしまってから、プライベートフロアへと向かった。
エアリスはキッチンにいた。アイランドキッチンの作業スペースにはハーブが広がっている。朝の散歩中に摘み取りながら、ルーファウスは彼女の講義を受けている。草の山から彼女が選ったものを見る。ゼラニウムとパルマローザ、そしてラベンダーだ。どうやらアフターサンローションをつくるらしかった。
「どうしたの。忘れものかな。それとも、さぼりですか」
彼女の両手には、乾いた土がこびりついている。それを軽く払ってから、彼のもとへと駆けよった。庭仕事の邪魔にならないように、髪は後頭部の高いところで結って垂らしている。汗をかいたのか、襟足には後れ毛が張りついている。エアリスが動くたびに、まるでダークスターの尻尾のようにゆれていた。ハイブランドのワンピースとピンヒール、そして草の染みのついたエプロン。白い頬にまで汁は飛んでいて、ルーファウスは小さく笑う。
「いや、今日はもう終業だ」
「じゃあ、お帰りなさい、だね。ね、ハーブ、選り分けるの手伝って」
「それはかまわないが。なあ、エアリス」
ルーファウスは手を伸ばす。親指の腹で頬の汚れを拭おうとしたが、なかなか取れなかった。
一生涯にただ一度きり
――
とはならず、まさかの二度目
――
の求婚だ。だというのに、これでは女が喜ぶようなシチュエーションとは言いがたいだろう。ロケーションもリビングとダイニングの境目という、甘い情緒にはほど遠い。エアリスはいやがるだろうか。あとから思い返したときに、せめて化粧くらい直したかったと、彼女は悔やむだろうか。ルーファウスはわずかに迷った。
だが、今、目の前に立つ女が、彼の妻だ。ここが唯一、ルーファウスのくつろげる場所だった。ありのままのエアリスにこそ、ルーファウスは思いを届けたかった。ジャケットの襟元を正す。それから彼は背筋をしっかりと伸ばした。
「エアリス・ゲインズブール・神羅」
はい、と行儀のいい返事をしたのは、ルーファウスのかしこまった態度につられたからかもしれない。
「君を夏の日にたとえようか」
ルーファウスはひざまずいた。好青年に見えるよう、にこりと微笑む。エアリスは息をのむ。
「君はもっとすてきで穏やかだ。荒々しい風は五月のかれんな蕾をゆらし、夏のかりそめのいのちを短く散らしてしまう。太陽はときに容赦なく照りつけ、そうかと思えば黄金の顔を暗く陰らせる。美しいものも、すべてはいつか衰える。偶然か、自然の成行きに刈り取られてしまうだろう」
エアリスは口唇をきつく噛みしめている。今にも吹きだしそうになるのを、どうやら懸命にこらえているらしい。それもそうだろう。この美しい文言を並べただけの求婚は、彼女の愛読書のなかの一節そのままなのだ。ルーファウスが軟弱と評した男の台詞だった。
ルーファウスは爽然とした様子を、満面にべったりと張りつけたまま続けた。
「だが君の永遠の夏は色褪せない。君に宿る美しさは消えることはない。死神に、君が死の影をさまよっているとは言わせない。ときをこえた詩のなかに、生きるならば。人が生きて、目を見開いているかぎり。この詩は生き、君にいのちを与え続けるだろう」
作家の言わんとすることは分かる。そうルーファウスは思った。
夏はすぎ去るがヒロインはそうならない。なぜなら出版された書籍は、作家の生死にかかわらず残るからだ。何の因果か、決して手に取るはずのなかったそれを、ルーファウスが読んだように。作品のなかで、そして読者のなかでヒロインは永遠の夏となる。
だが、ルーファウスは違う。大切なのは、彼に必要なのは永遠ではない。今だ。
「願わくは、夏の君以外にも連れそえる栄誉を、僕に与えてはくれないか。この指輪で僕は君を」
そこまでだった。スピーチ慣れした彼も、途中からこみ上げる笑声に邪魔をされて、最後までなめらかに言えなかった。二人は顔を見あわせて、笑う。
「わたし、返事しなきゃだめかな、これ」
「まあ、待て。きちんと考えてある。私のプロポーズは、これからだ」
ルーファウスはゆっくりと立ち上がる。バックポケットからきらめく一対を取りだす。今度こそエアリスは自失した。
エアリス、と彼は静かに呼びかける。ややして薄桃色のくちびるから、きれい、と蕩けるような声音がこぼれた。
「指輪、仕上がったのね。ね、ルーファウス。これ、片方、わたしのであってるよね」
「お前のものだ、エアリス」
「どうしよう。あ、手。手、洗わなくちゃ」
慌てて踵を返そうとした彼女の手首を、ルーファウスはしっかりと掴む。
「そのままでいい。お前らしくて、いい」
エアリスがおずおずと向き直る。汚れが気になるのか、エプロンで手を拭っている。
「小説のコピーでは、私の名が廃るだろう。私の演説はなかなか受けがいい。お前の贔屓の作家に引けは取らない」
エアリスは言葉にならないようだ。胸の前で指を組みあわせて、ただただ彼を見つめるばかりだ。みるみるうちに潤む眸が、彼女の心情そのものだった。
ルーファウスは手のひらを差しだす。エアリスの指先が彼の手にふれるのを待って、口を開く。いくつもの感情が交差し、いくつもの文言を並び替えては、彼の熱情に近しいものへと組み立てようとした。だが、できなかった。
結局のところ、用意した言葉はただ一つ。
「エアリス、私と結婚してくれないか」
万感の思いをこめて、ルーファウスは告げる。
「はい」
シンプルだが、ルーファウスの思いは真直ぐだ。それにエアリスもまたシンプルにこたえる。
ルーファウスはエアリスに、エアリスはルーファウスに。そうして二人は、二人だけの特別の指輪を嵌めた。
「もう、してるけど。結婚」
「それを言うな」
「だけど、嬉しい。あの本のプロポーズより、うんとすてき。本物、全然違うね」
当たり前だ、と鼻を鳴らす彼の首に、エアリスは飛びついた。腕を絡めてから、はっと身を反らす。
「やだ、ごめん。土、着いちゃった」
「気にするな」
「うわ、どうしよう、パルマローザの汁まで。これ、落ちないのに」
彼女の腰に手をまわしながら、ルーファウスもまた笑みをこぼした。笑みをこぼす。対外的につくるそれではなく、おのずと生じる笑みのかたち。これもまた、エアリスと出会ってから思いだした感覚だった。
わずかに身を離すと、目下にはエアリスの上気した顔がある。はらはらと落涙する双眸も、ふるえる口唇も笑っている。ルーファウスは安堵した。
「泣きながらでも、お前にはそうやって笑っている顔が、よく似あう」
「あなたも、そうだよ。ルーファウス、ちゃんと笑ってるときの、目のしわ、すてき」
細長い指で、エアリスが彼の目尻をくすぐる。ルーファウスは悪戯なその指に顔を擦りよせる。二人の視線は交差したまま、離れない。
エアリスの涙眼に戸惑いが浮かぶ。ルーファウスは呼吸を忘れる。困惑の奥底に、彼はほむらを見た。小さな、吹けば消えそうな頼りない種火だ。だがようやく見つけたエアリスの、それは確かに情欲だった。
「あれ、ルーファウス。これって、もしかしてそういう雰囲気、なのかな」
「そうだな。そういう雰囲気だ」
「じゃあ、キス、するの」
「お前が望むならな」
それを聞くのか、という非難はのみこむ。エアリスは頬で頬にふれる。ルーファウスが鼻先で鼻先をこする。
「だが雰囲気にのまれるな。この先にある世界を、私とともに知りたいと思うのなら、目を閉じろ」
そう言いながらも、大きな眸が閉じられることをルーファウスは願った。エアリスは何に逡巡しているのか、視線をさまよわせている。そこに確かなほむらがあるというのに、彼女は消してしまうのだろうか。彼が諦めかけた、そのとき。
エアリスはゆっくりと目蓋を閉じた。その拍子に涙が押しだされて、一雫、つっとこぼれる。
伏せられた睫毛が、ふるふるとふるえている。ひどくあいらしい。顎をつまむ。ゆっくりと持ち上げると、花びらのくちびるがかすかに開いた。それに見惚れていたのが悪かった。
ブレストポケットの携帯端末が鳴った。ルーファウスはこれほどまでに不粋な音を、いまだかつて聞いたことがなかった。
「電話、鳴ってる」
ぱちっと音がしそうなほどに、エアリスは目を開く。
「そうだな」
「でなきゃ、早く」
「いやだ」
エアリスが笑って腕を下ろした。ぬるい吐息だけが彼のくちびるを掠める。柔らかな熱が逃げていく。
「ほら、早く」
ルーファウスは珍しく舌打ちをした。わざわざ私用のそれにかかってくるということは、火急の用件に違いない。案の定、秘書は申訳なさそうに来客を告げた。携帯端末に耳を当て、手早く会話をすませる。
終わったころには、甘やかなアトモスフェアどころか、その余韻すらない。エアリスが軽く睨んでいる。
「やっぱり、さぼりだったんじゃない」
「私は終業したつもりだった。アポなしで会いたいと言われても、そんなことは私の予定にはない。知らん」
珍しく子供のようなことを、ルーファウスは口走る。しかもむっとした顔を隠すこともせずに。
「あなたじゃなきゃだめなお仕事、いっぱいあるんだから」
「分かっている。言わずにはいられなかっただけだ。仕方がない、レセプションルームへ行く」
「着替え、すぐ用意するね」
「私はこのままでもかまわない」
嵌めたばかりの指輪を、ルーファウスは渋々はずす。エアリスは少しさびしそうだ。
「そうはいかないでしょ。神羅の社長さん、泥遊びが好きなんだって、変なうわさ、立てられちゃうよ」
「あながちはずれてもいないだろう。何せ朝の日課は、犬の散歩と、ハーブ摘みだからな」
ルーファウスは鼻で笑う。と、ポケットに手を突っこんだ。
「着けてくれ、エアリス」
エアリスは怪訝そうな顔をした。彼の指にはプラチナのネックレスチェーンがぶら下がっている。それにウェディングリングを通すのだと、彼女は気づいたらしい。くちびるに笑みが戻ったことを確かめて、ルーファウスはほっとする。
「ジュエラーが祝いだとよこした。私が婚姻を公にしないともらしたことを、覚えていたらしい。あの男は抜目がない。わが社にヘッドハンティングしたいくらいだ」
言いながら、ルーファウスは彼女に背中を向ける。エアリスが背伸びをする気配がした。ややして彼の胸元で、緑色の貴石が人知れず輝く。仕事中はボタンどころかネクタイすらゆるめない彼には、ちょうどいい身につけ方だった。
こつ、とヒールが床を打つ音がした。しかしエアリスは離れない。彼の脇下から腕をまわし、ルーファウスをきつく抱き締める。
「ご飯、つくって待ってる。ご馳走、がんばるから」
「遅くなるようなら、連絡をする。必ずだ」
ラペルを掴む白い手の、光る薬指を彼は満足げに見下ろした。ルーファウスはそれに自身の手のひらを重ねる。
「今晩はアニバーサリーディナーだからな。さすがに失敗はするなよ」
「どうかな。どきどきして、頭もまだぼうっとしてるから、やらかしちゃうかも」
涙声と、そして鼻を啜る音がする。ルーファウスがロビーへ向かったあとも、彼女の涙は止まらないに違いない。たとえ随喜の涙だったとしても、エアリスを一人で泣かせる気などないというのに。
そうして涙を拭う間も惜しんで、彼女は指輪にうっとりし、太陽にかざして光り具合を確かめるのだろうか。薬指のきらめきに気を取られて、調味料を間違えるのかもしれない。すぐかたわらで、それをルーファウスは見ているはずだった。塩の入ったキャニスターに手を伸ばすエアリスをたしなめて、砂糖を渡すつもりでいたというのに。
ルーファウスは溜息をつく。どれか一つにでも間にあえばいい。そのためには、目下の仕事を片づけなければならない。彼はロビーで待つ相手に意識を切り替え、打開案を練る。おのずと頬が引き締まった。だというのに。
「あのね、ルーファウス。やっぱり、着替えて」
「どうした」
「ごめんなさい。ジャケット、また、汚しちゃった。鼻水も、ついちゃったかも」
妻の情けない声に、ルーファウスは弾けるように笑った。ジャケットについた黒土、緑色の汁、そして透明な涙。こんなところにも幸せはこびりついている。
■END■
(この指輪でお前を娶る)
20210516
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