祭子
2022-07-18 14:06:53
2987文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■CALL IT A DAY■

∠[ν]-εγλ0010/07
休日の昼下がりに二人はのんびりと読書をします。エアリスお勧めの恋愛小説に夫が毒突きます。
※pixiv掲載テキスト(20210326初出)

■CALL IT A DAY■
∠[ν]-εγλ0010/07


 休日の昼下がり、二人はカウチソファーに並んで読書をしていた。サイドテーブルにはエアリスの愛読書が積まれている。
 その山に、ルーファウスが読み終わったばかりのペーパーバックを積み上げた。
「次はないのか」
「そのシリーズね、それで最後なの。言ったでしょ、未完だって」
 ルーファウスが娯楽提供のために出版社と提携しだして、数箇月が経つ。オンラインショップを覗くたびに出版物の取り扱いは増えている。それどころか近ごろでは新刊まで並んでいて、エアリスは嬉しい驚きを隠せないでいた。
 だが彼女の気に入りの作家は、依然生死不明らしい。エアリスはいちばん上に置かれた書籍を見る。ようやくヒロインがプロポーズを受けたところで、恋人は海を渡って遠くへ行くことになった。途絶えたストーリーのその先を、彼女は心のなかで綴る。きっと恋人は何ごともなくすぐに戻るだろう。これ以上、何の悶着も必要ない。書籍の厚さのぶんだけ、二人は苦難を乗りこえてきたのだから。そんな安直なハッピーエンドでいい。
 エアリスは読みかけの本にしおりを挟む。と、テーブルの上のトレイを引きよせた。彼にマグカップを渡してから、エアリスも口をつける。近ごろは深煎りのコーヒー豆を中挽きにして、エスプレッソにするのに凝っている。ルーファウスはそれをフラットホワイトに、エアリスはカフェラテにする。読書に集中しすぎて冷めてしまったが、ナッツシロップのおかげで酸味もさほど気にならなかった。
「もしかして、気に入ったの」
「暇つぶしだ」
「読むの、速いから、はまっちゃったのかと思った」
「読み方にもこつがある。スピードリーディングというのだが」
「あなた、本当、何でもできるのね。そっか、お仕事の資料、読むの速いと思ってたの。なるほど、そういうこと」
「あの量だ。そうでなければ、とてもではないが捌けない。お前にも教えてやろうか。いっきに読書量と知識が増える」
「いいの。わたし、本はゆっくり読んで、物語にひたるの、好きだから」
「なるほど」
「それで」
「それで、とは」
「初めてのフィクション、しかも恋愛小説。感想、聞かせて」
「取り立てて口にするほどの所感はないが。ああ、あのプロポーズはひどかった」
「それ、あなたが言うの」
「確かに愛想はなかった。それでも私のプロポーズは、現実を見据えたものだっただろう。だがな、この男ときたらまるで地に足が着いていない。巧言を並べるだけ並べて、この先の展望を見こした具体策に欠けている。だいたい、普段から口ばかりだな、この男は。君の眸はエメラルドのように美しい。毎朝見つめながらホワイトブレッドが食べられるなんて、僕は幸せだ。だが、この朝食を用意するのは、いつも女だ」
「うわあ、意外。けっこう、ちゃんと読んでたのね」
「これでどうやって婚姻生活を送るつもりだろうな、この男は」
「まあ、そうなんだけど」
「作家を見つけ次第、続編を書かせよう。この軟弱な男には、もっと試練を与えるべきだ」
「反対。もう十分がんばったもの。ハッピーエバーアフターに、一票です」
「がんばったのは、女だろう。男はたまにでてきては甘い言葉を吐くだけで、苦労をするのは女ばかりだ」
「そういう、甘い言葉、楽しむのが読書の醍醐味なの。ちょっと、わたしのこと、かわいそうな目で見るの、やめてください。もう、男の人とちゃんとおつきあい、しておけばよかった。本物の甘い言葉、いっぱいかけてもらえばよかった」
「おつきあいはしなくていい」
「冗談だよ」
「分かっている」
「ね、ルーファウス。あなたはどんな風な甘い言葉、囁くの」
「私か」
「ううん、でも、あなたにそんなの必要ないよね。誰かに言いよるのに、媚びないでしょ。ルーファウスの甘い言葉って、お仕事で使うレトリックくらいしか、想像できない」
「まあな。そもそも、口説く前に相手がよって来る」
「なるほど。でしょうね。そうでしょうとも」
「怒るな」
「怒ってない」
「なら、拗ねるなよ」
「拗ねてない」
「安心しろ。私はそうやすやすとは口説かれない。何なら、お前も私を口説いてみるか」
「楽しそうね、それ。一回くらい、やってみたい」
「面白そうだ。だが、私も甘い言葉とやらで、お前を口説き落としてみたい」
「それも、一回くらいは、してもらいたいかも」
「エアリス、私は」
「待って。やっぱり、だめ」
「なぜ。私の口説き文句など、レアだぞ」
「分かってる。だけど、笑っちゃう。お前のエメラルドの眸に乾杯、なんて言うルーファウス、ぜったい笑っちゃう」
「何だ、そのセンスのかけらもない台詞は。あの男よりは、幾分ましだぞ」
「いいの。気障な台詞、聞いてみたい気もするけど、いつものあなたがいい」
「なあ、エアリス」
「わたしの夫はね、口が悪くて、すごく辛辣。でもね、素直で、全部わたしのこと思って言ってくれてるって、分かるから。不満はありません」
 空になったカップを、トレイに戻す。ルーファウスも最後の一口を呷る。スチームミルクのひげができる前に、彼がくちびるを舐めまわした。行儀が悪いとは叱れない。エアリスのまねをして、いつの間にやら身についた仕種だったから。
「これで何もすることがなくなった」
「珍しいね、あなたがこんなに暇な日。ね、暇なとき、今まで何してたの」
「ミッドガルもジュノンも、遊びにはこと欠かなかったからな」
「ボンボンの夜遊びのお話なら、聞きません」
「お前はそうやって、すぐに妬く」
 そっぽうを向きかけた彼女の顎を、ルーファウスはつまんだ。エアリスは驚いて彼を見上げた。
「ならば、昔話はやめておこう。今はな、夜は妻と天体観測かボードゲームを、休日の夕方なら少し凝った料理の下拵えを始める」
 そう言って、彼女の夫はあでやかに微笑する。エアリスは戸惑った。日常の何気ないときに、ただ笑うだけで彼はエアリスをときめかせる。ルーファウスが真摯に甘やかな言葉を紡ぎだせば、いったい心臓はどうなってしまうのだろう。
「だがキッチンに向かうにも、いささか早すぎる時間だ」
「わたし、続き気になるから、本、もう少し読むけど。ルーファウス、お昼寝でもすれば」
 少ししたら起こすよ、とエアリスは続けた。ルーファウスはややして頷いてから、エアリスをカウチソファーの端に追いやる。
「膝を貸せ」
「頭撫で撫でオプションも、つけましょうか」
 ルーファウスは彼女の大腿を枕にして、横たわった。長い足がカウチからはみだしていて、窮屈そうだ。
「待って、ルーファウス。大きいソファー、行こう」
「横になったら、だめだな。急に眠気を催してきた」
「でもこのままじゃあ、起きたら、身体、痛いよ」
「かまわない」
 エアリスの下腹に額をくっつけて、ルーファウスは腕を組む。すでに伏せられてしまった睫毛を見下ろしながら、仕方のない人だと小さく笑った。廉価本に伸ばしかけた指を、エアリスは金髪に絡める。
 本のなかの恋人たちには、また次の機会に会いに行こう。今は恋人のすべらかな髪の感触と、呼気のぬくもりに、エアリスはひたっていたかった。


■END■
(今日はここまで)

20210326