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祭子
2022-07-18 13:45:25
9288文字
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FF7/R×A/TLKG
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■SANCTUARY■
∠[ν]-εγλ0010/07
ルードが廃都の瓦礫のなかをひた走ります。神羅社長が隠宅に選んだのはまさかのあの家でした。
※pixiv掲載テキスト(20201214初出)
■SANCTUARY■
∠[ν]-εγλ0010/07
ルードはミッドガル伍番街のスラムにいた。正確には中心地区の跡地だ。
プレートを堺にして貧富が分けられていたのは、もう二年半ほど前のことになる。今となってはプレートは穴だらけで、ところどころではもはや上層市街地も貧民窟もごちゃまぜの瓦礫のなかを、彼はトレールバイクで飛び跳ねていた。さながらクロスカントリーだった。
ルードは中心地区を抜けて、細い路地に入る。目的地はかつてのメインピラーにほど近い、プラントエリアにある。
右側に見覚えのある鉄柵を見つけた。それをこえると広場があるはずだった。ヘリコプターの発着場に、彼はよく使っていた。だが今は崖がくずれて見る影もない。ひしゃげた赤い鉄柵が、かろうじて当時の名残をとどめていた。
ルードはバイクを降りた。彼はいかなるときでも身なりに気を遣う。オフロードウェアに着いた埃を払ってから、ジャケットを脱いだ。ゴーグルをサングラスに変えることも忘れていない。さすがに制服は着ていない。無論、彼は窮屈なスーツだろうとどのような乗物でも操る。が、今のルードは目立つわけにはいかなかった。彼は極秘任務の最中なのだ。
バイクに積んだバックパックと携行缶をかかえると、さらに奥を目指す。『花香る小道』と呼ばれていた路地を抜ければ、名前の由来になった芳香の大本へたどり着く。そのはずだった。
だがそれも今は土砂が積み上がっていて、行き止まりになっている。ルードは事前に聞いていた迂回路を進む。なるほどタークスも知らない抜道だ。風のように自由だった古代種は、ここを使っていたのだろうか。ルードは今更ながら複雑な気持ちになった。
道なき道を抜けると、そこはエアリス・ゲインズブールの
――
正しくは彼女の養母の亡夫の生
――
家の裏手に通じていた。何の因果か、今ではルーファウス神羅の隠宅だった。
ルーファウスが交渉の席に着くようになった春先から、政財界や裏社会では神羅社長の生存がまことしやかに囁かれだした。先月のMTR社の一件があってもなくても、結果は変わらなかっただろう。
ヒーリンロッジに招いてもいない客が、時折来訪する。つい先週もタークスが急な来客対応に追われることとなったが、それもいたし方がないとルードは思う。メテオショックから二年半が経つというのに、『ルーファウス神羅』は善かれ悪しかれ人々の記憶のなかにあざやかなのだから。その存在感がルードには誇りだった。
裏庭から家屋の表へまわりこんだところで、敷地の全貌が見渡せた。四方を切り立った岩壁とくずれ落ちたプレートに囲まれたそこは、天然の要塞だ。あるいは箱庭か。
ルードの記憶より荒れて見えるのは、雑草が腰高までに伸び放題だからだろうか。それでも庭を逍遥するに困らない程度には、除草されている。ルードはサングラスを持ち上げた。ああ、と感嘆する。ありとあらゆる色彩が彼の視界に広がる。赤茶けた家屋の、いっさいが開放された建具。雑草に負けじと咲き誇る花、高台に通じる桟橋、澄みきった川、漂う浮草。青天の下、飛び立つ鳩。初夏の熱風は、水面を撫でるうちに涼やかな風へ変わり、屋内へと吹きこんでカーテンを躍らせている。天地自然の美しい景色といって間違いなかった。
「来たか」
しばし呆けていたルードは、彼の雇用主の声でわれに返った。
ルーファウスは玄関先にいた。カバードポーチの昇降部分に、じかに腰を下ろしている。柱にもたれながら、ルーファウスが片手を上げた。トレイにはグラスが二つとピッチャー。貴人の騎士として遣わされたはずのダークスターが、その横で寝そべっていた。ルードを見るなり、愛想程度に尻尾を振って、またべったりと伏せた。怠慢な様子に、ルードは口を引き結ぶ。
「叱ってやるな。こう暑いと怠けたくもなる」
「何だ、社長。社長もさぼっているところだったのか」
「いや、お前を待っていた。そろそろ来るだろうと教えてくれたのは、ディーだぞ」
そう言って、ルーファウスはグラスに口をつける。スマートな所作は、彼の知るルーファウスだった。だが。
「ひどい恰好だな、社長」
ルードは眉間のしわを深くする。
髪を下ろしたままでいることですら驚きだというのに、ルーファウスのラフな恰好などルードは
――
役職に就いてからは
――
見たことがなかった。そのへんの若造に見える、わけがない。ティーシャツとジーンズ、そしてスニーカーごときでこの男のオーラは隠せはしないのだ。
ジャッドいわく「白地のクルーネックと明るめの青デニムで夏の爽やか好青年」らしいが、この変装は失敗だ。ルードはそう思う。むしろあまりのミスマッチに悪目立ちしそうだった。ツォンやジャッドに知られたら、次は髪を染めさせようとするかもしれない。彼らは案外いいコンビで、そして有言実行がモットーの恐ろしい二人なのだ。
「だろう。だが着心地は、意外と悪くない」
「そのスタンプのプリントシャツ、俺も持っている。というか、スタッフほとんどがパジャマにしているんじゃないか、それ」
ルードは視線を落とす。ルーファウスの胸で忠犬スタンプがにこりと笑っていた。
「ジャッドから聞いた。倉庫に大量の販促物が余っているから、皆に配ってもいいかと。喜べ、お揃いだな」
いっそのこと制服にでもするか、とルーファウスは気楽に言った。ルードは親指と人差指で両のこめかみを揉む。タークス主任と社長秘書コンビより厄介なのは、ほかでもないルーファウス本人だった。こんな風にして何でもかんでも面白がっている。そして今、この男が楽しもうとしてるのは、ルードの反応に違いなかった。
さすがのルーファウスも、だがこの環境には馴染めなかったのだろうか。ルードは真直ぐに整えた眉をしかめた。
「どこか具合が悪いのか、社長」
「なぜ」
「ひげも剃れないくらい、つらいのかと」
とたん、ルーファウスが大笑した。ひげが細い顎まわりにまばらに生えていて、みすぼらしい。色素の薄さがそれを助長している。
「確かに。ヒーリンで不便な暮らしにも慣れただろうと、侮っていた。ここでの生活は私からしてみれば、あまりにも原始の世界だ」
ルーファウスはちらっと屋内へ目をやった。玄関を入ってすぐのリビングに円卓がある。今はルーファウスの執務デスクで、パーソナルコンピューターはスタンドアローン、一部の資料は紙媒体だった。ペーパーウエイト代わりのマグカップを、ルードは笑っていいものか判断がつかなかった。
日中はまだいい。陽光が燦々と机上まで照らしている。が、夜の明かりは、真昼のような夜に慣れたルーファウスにはいささか乏しいだろう。魔晄エネルギーが絶たれたあとのミッドガルで電力をまかないたければ、自家発電機器を使うほかに手立てはなかった。幸いなことに、もともとこの家に備えつけの小型発電機は、燃料があれば稼働する。それでもバッテリーの残量を気にしながらすごす日々など、この男にとって生まれて初めてに違いない。
「だろうな」
「だがつらくはない。つらいのは、通信環境の劣悪さくらいだな。メール一つ送れない」
ルーファウスは肩を竦めている。
「ひげはな、変装だ。そのつもりで伸ばしてみたのだが、三日目でもこのざまだ。貧相だと笑われた」
「誰に」
「いや、笑われるかと。お前のように顎ひげを整えてみれば、多少は雰囲気も変わるかと思ったのだがな。今日のうちに剃る」
お前は稀有なものが見られたぞ、とルーファウスは愉快そうに言った。
「何はともあれ、社長、無事だな」
「無事なものか。くそ暑い」
ルードはここへ来て珍しいものばかりを見ている。ラフな恰好、無精ひげ、そして悪態と汗だ。ルーファウスのこめかみから汗が流れた。
「だろうと思って、着替えだ」
ルードはバックパックをポーチに下ろした。なかには仕事の資料と記録メディア、食料品、そして大量の衣類が入っている。暑気は何ともしようがない。が、せめて汗の不快感はすぐに取り除けるようにという、秘書の気遣いだった。アロハシャツ、ハーフパンツ、タンクトップ。ジャッドが嬉々としてつめこんでいたが、ルードは途中から見ないことにした。
「少し前にもシャワーをあびたところだというのに、もうこれだ」
「目の前にプールがあるじゃないか。水あびでもすればいい」
「ならば、やはりスイムウェアがいるな」
ふむ、とルーファウスは顎を撫でている。ルードは冗談のつもりだったが、どうやらルーファウスは本気のようだ。非常時ですら、この男の調子は一向にくずれる様子がない。身を守るための潜窟とはいえ、半ば幽閉状態にあるというのに、いっそバカンス中なのかと錯覚しそうになるから不思議だ。それでこそ神羅社長だと、ルードは嬉しくなった。
「発電機を見てくる」
ルードは納屋へと向かいかけた。発電機器にガソリンを入れなければならない。給油とメンテナンスをすませて引き上げるはずだった彼を、ルーファウスが引き留めた。
「お前もたいがい暑かっただろう。一杯くらい飲んでいけ」
言いながらルーファウスは、グラスに手ずから注ぎ入れた。二つのグラスのうち、片方はルードのために用意されたものらしい。ピッチャーは結露している。よく冷えていそうなそれを見るなり、とたんに咽喉の渇きを覚えた。ルードは携行缶を置く。それからポーチに腰を下ろした。
いっきに飲み干そうとして、ルードは手を止めた。懐かしい香りがした。一口含んで、あ、と声をもらす。思わず後ろを振り返る。開け放たれたエントランスドア、その向こうからかつての住人たちの声が聞こえた気がした。
「汗だくじゃないか、あんた。サラリーマンも大変だねえ」
「ほら、飲んでいって。暑気中り防止の、特製のお茶だから」
「遠慮するんじゃないよ。その図体で倒れられたら、私たちみたいなか弱い女だけじゃ、担げないよ」
「ジャケット、脱いで。見てるほうが暑い。ネクタイも、ゆるめちゃえば。内緒にしておくから。ね」
ルードはグラスを呷った。口のなかに広がるのは、あのときのハーブティーの仄かな甘さと、今となっては苦々しい思い出だった。
「どうかしたか」
ルーファウスは静かにルードを見ている。
「社長は知っていたのか。この家のことを」
ゲインズブールの家を使うと提案したのは、ルーファウスだった。下見を任されたタークスは頷かざるを得なかった。まさか神羅社長がスラムに逃げこんでいるなどと、誰が思うだろう。道なき道、モンスターという衛兵、そしてそびえる砦。それらを抜けた先にある聖域は、潜伏先に打ってつけだった。だがこの家の娘の事情を知るタークスは、皆いちように複雑な心境だった。
メテオショックの渦中にあっても、この家は何一つ欠けたところがなかった。それはもう人為以外の恩恵だ。ならば人の手で決して荒らすべきではない。せめてもの思いで、ハウスクリーニングはルードが買ってでた。
ジャッドがヒーリンに点在するコテージやロッジの『ビルメンテナンス』と称して、日ごろ手配している
――
ジャッドがヒーリンに点在するコテージやロッジの『ビルメンテナンス』と称して、日ごろ手配している
――
ハウスメンテナンス、クリーニングやランドリーサービス
――
業者は堅気だ。腕がよく、秘密保持契約にも慎重だった。ルードは言わずもがな、ほかの神羅社員も世話になっている。だからこそ、誰も伍番街の清掃にうってつけだとは言わなかった。
とくにジャッドが反対をした。何せ神羅社長の潜伏先は、機密だった。契約書ごときに残すことのできない、枢『機』に関する秘『密』だった。作業が終わればツォンに始末されるのだと、秘書には分かっているのだろう。メンテナンス業者のなかには、ミッドガル時代に神羅家の生活を支えた有名企業も交じっている。また一から探すことが難しいと文句を言うジャッドが、ルードはタークス主任よりも空恐ろしかった。
ルードには伝手があった。タークスはスタッフそれぞれに用達の『掃除屋』がいる。タークスが一仕事終えて、散らかしてしまった現場のあと片づけが掃除屋の主な業務だ。追加料金次第でどのようなごみでも回収する。
ルードが久々に清掃を依頼したのは、六月のことだった。MTR社の連中が汚したホテルは、彼らの手にかかってすっかり元通りになった。壁の弾痕は勿論のこと、絨毯の下に染み一つ残っていない。銃創のある『産業廃棄物』の処分も行き届いている。腕は落ちていないようで、ルードは安心した。表向きは平和な世のなかだが、ルーファウスのまわりが多少きな臭くなってきた。タークスが神羅の仄暗い部分を負う部署ならば、タークスのその一角を担えるのは掃除屋だ。ルードは今後のことを考えて、彼らとはこれからもなかよくしておこうと思っている。
そうして二年半ぶりに住まいとして息を吹き返したこの家は、突然の居候を歓迎しているのだろうか。家主は戦死し、その妻はすでに家をでた。そして娘はこの世にいない。そのすべてに神羅がかかわってきた。
「いつから知っていた。なぜこの家なんだ」
「私には私の情報網がある」
「このハーブティーは、だが」
「キッチンにレシピノートがあった。材料は庭に生え放題だ。なあ、ルード。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
空になったグラスに、ルーファウスは二杯目を注いだ。己のグラスにも満たしてから、ルードの口が開くのを待っている。
「あまりエアリス、いや、社長は古代種に思い入れがあるように見えなかった」
「だろうな」
ルーファウスは再び柱に背中を預けた。右膝を立て、左足は伸ばしている。整髪料をつけていない髪が、汗で襟足に絡みついていた。
「なあ、ルード。覚えているか。古代種がミッドガルから逃げた、あの日のことだ」
ルードは頷く。プレジデント神羅が死んだ日、ルーファウス神羅が表舞台に返り咲いた日、そして神羅カンパニーが古代種を永久に手放してしまった日だった。
「仮にあのとき、神羅が古代種を確保していたら、私は」
ルーファウスはいったん口を閉じた。ルードはその続きを考える。約束の地を探す。神羅が星に仇なすものではないと、星の
――
宝石の名を冠した
――
守護者を説得する。ミッドガル壊滅前にメテオを止める。ルーファウスはエアリスをどう利用するつもりだったのだろう。先代のやり方を思いだす。汗とは違う冷たいものが、彼の背中を伝う。咽喉がしきりに乾いた。
ルードがグラスに口をつけたのを見計らったように、ルーファウスはにやりと笑った。
「私は古代種と結婚していたぞ、ルード」
ルードはハーブティーを盛大に吹きだした。あの日、旧本社のヘリポートに降り立ち、自称ソルジャーと遊んだあと、いったい何をどう選択すればそんな結論にいたれるというのか。ルーファウスはいつも突飛だった。だがこれは今までの比ではなかった。ルードでははなはだ理解が追いつかない。
バックパックのなかから、ルーファウスがハンドタオルを放ろうとしている。それを断って、ルードは自身の手巾で口元を拭った。
「本気か」
「本気だ」
「なぜ」
「あれはいい女だ」
「本気か」
「だから本気だと言っている」
ルーファウスは睫毛を伏せて、微笑した。いつもの戯言なのか、それとは違うのか、ルードは首を傾げた。前者だろうとは思う。どちらにも長くついてきたが、神羅一族と古代種でありながら二人に接点はなかった。ルードはおふざけにつきあうことにした。この男は孤高だった。昔から一人でいる時間が長く、その使い方もうまい。だが愛犬との平和な生活など、ルーファウスにしてみれば退屈なことこの上ないだろうから。
「いつからだ」
「死んでから、知った。知れば知るほど、いい女だな」
「社長がはべらせてきたやつらと、古代種は毛色がまったく違うと思うんだが。宗旨替えしたのか」
「待て、ルード」
「めっきりおとなしくなったのも、好みが変わったからなのか。なあ、社長。社長が夜遊びをやめて、もう何年になる。俺たちの仕事は楽になったが、そもそもだな」
ルードは口を閉じた。ルーファウスが今度こそ投げつけたのだ。バスタオルを顔面に向けて、思いきり。
「その話を続けたいのなら、帰ってからオフィスでしないか。今はまずい」
ちらちらと、ルーファウスはリビングの様子を気にしている。ずれたサングラスを直しながら、溜息をのみこむ。ルードにはもうさっぱり意味が分からなかった。
「残念だったな。婚期をのがしたわけだ。社長は今、後悔しているのか」
「後悔か」
ルーファウスはグラスをトレイに戻す。半分ほど残った黄金色のそれが、ゆるやかに振れている。硝子のふちに目を据えたルーファウスは、それきり黙った。
「後悔とは少し違うな。私は遅かった。間にあわなかった」
しばらしくして、それだけのことだ、とルーファウスは呟いた。
「まるで夢想家だな」
「社長らしくない。そう思ったが、案外似あっているぞ、ロマンチシスト」
ルードは真面目に言った。ルーファウスを理解しようとは思っていない。そんなことはとうに諦めている。あとからあとから、こうしてわけの分からないところが湧いてでてくるからだ。掴まえどころのない男、だからこそルードはルーファウスに従うのだった。
「こんなあてもないことは、お前にだから言える。何せお前もたいがいロマンチシストだからな」
「たまにはいいんじゃないか」
吹き通う風にゆさぶられて、草木や水面がいっせいにさざめく。プレート残骸の武骨な灰色も、着々と緑苔にのみこまれている。花びらと何かの種子、羽虫も舞い上がった。生命の躍動感。ルードはそれらに見入った。
ルーファウスは庭をゆっくりと一望している。それからカバードポーチに転がる園芸用品を。最後にリビングの中央、テーブルの近くに顔を向けた。
「そうだな。ここは私のサンクチュアリだ」
目を細めながら、ルーファウスは言った。首を小さく振る。
「暑いが、まあそれなりに快適だ。お前は掃除屋を見つけるのが、昔からうまい」
ルーファウスは立ち上がる。尻の埃も払わずに屋内へと引き返した。
「少し待て」
戻ったルーファウスの手には特殊ケースと、一通の封書があった。ケースに入っているのは記録メディアだ。社長の仕事がつまったそれを、ルードはボディバッグに大切にしまう。
「手紙はジャッドに渡してくれ」
ルーファウスは意味ありげに口端を吊り上げた。
「何だ、社長。水着の催促か」
「ご名答。よく分かったな」
「冗談のつもりだった」
「お前は相変わらず冗談が下手だな。それからもう一つ、洗濯機を速やかに設置しろと書いてある」
ぽかんとしたあと、ルードは珍しく声を立てて笑った。
赤茶色の屋根の下、軒の柱にもたれてルーファウスは腕組みをしている。してやったりと笑う男は、やはり夏の爽やかな好青年にはほど遠かった。しかし、とルードは思う。
居候だったはずの神羅社長は、しかし最初からこの家の主だといわんばかりの佇まいだった。
「何だ」
「いや。社長はいついかなるときでも、社長だな」
こんな面白い男を、彼はほかに知らない。ルードは満足した。
ルーファウスはリビング
――
社長室と呼ぶべきか
――
に目を向けた。円卓に頬杖をついて、エアリスが睨んでいる。
「うち、原始的で、ごめんね」
「ほかに言いようがなかった」
「わたし、あなたの趣味と全然違うみたいで、ごめんなさいね」
「お前と結婚する前のことだ。いちいち突っかかるな」
くすくすと笑う彼女に、ルーファウスも同じ顔を向ける。それからステップに再び腰を下ろした。
「ね、ルード、どうだった」
「見ものだったぞ」
「でしょ。ルードって、すぐ顔にでるよね。サングラスないと、お仕事に不利なの、よく分かる」
「あいつに、あんなにかわいらしい顔もできるとはな」
言いながら、ルーファウスは顎まわりを四本の指でさする。軒先にルーファウスを見つけたときのルードは、タークスにあるまじき顔をしていた。それから終始、ルードの視線は雇用主の顎と胸
――
の忠犬スタンプ
――
を不躾なまでに行き来していたので、ルーファウスはこみ上げる笑いを押さえるのに忙しかった。
コーディネートしたのはエアリスだ。難路をはるばるこえて、いのちがけで物資を運ぶスタッフに、珍しいものを見せてあげよう。そう言って、彼女ははりきっていた。ルーファウスはすぐさまその提案に乗った。生まれて初めてひげを伸ばすことになったが、そしてそれは失敗に終わったが、楽しかった。
「お前は、こうやっていつもあいつらで遊んでいたのか」
「で、じゃなくて、と、だから。人聞き悪い言い方、やめてください」
席を立ったエアリスは、先ほどまでルードがいた場所にすとんと座った。箱庭の、どの緑色よりも瑞々しい双眸が、屋外の明るさにしかめられている。
「ひげ、そとだと、あんまり目立たないね」
エアリスが尻をいざらせて、彼のかたわらまで距離をつめる。白い指が彼の顎をつまんで持ち上げた。顎下をのぞきこみながら、彼女は「本当、すかすか」と失礼なことを言った。
「ルーファウス、熊みたいになって、ルード、社長がいないって慌てる予定だったのに」
「熊」
「そう。ほら、ハイデッカーとか、チョコボ・サムとか。渋い男の人っぽいかんじ」
「サムは知らないが、ハイデッカーなら願い下げだ」
「じゃあ、せめてお父さんみたいな、口ひげ。市長でもいいけど。ダンディーなの」
「ひげはやめだ。金輪際生やすつもりはない」
『お父さん』の口まわりを思いだして、ルーファウスは白けた。彼女の手を払い除ける。エアリスは、しかし怯むことなく腕に腕を巻きつけた。拗ねたの、とまた顔を近づけられると、彼はいつまでも機嫌を損ねたままでいることが難しかった。
「次は何をして彼らをねぎらおうか。スタイリストの意見を聞こう」
じっとりと汗ばんだ二本の腕が、絡みあう。だがルーファウスはそれを振りほどかない。女の体温は冷ややかで、気持ちがいい。
「ひげとスタンプのコンビ、強烈だからなあ。どうしよう」
じろじろと彼の上を動きまわる視線が、金髪で止まった。エアリスは空いた手の、人差指を立てる。
「ヘアスタイルね、再考の余地、あると思います」
「たとえば」
エアリスはそっと耳打ちした。二人は顔を見あわせる。と、密やかな笑み声をもらした。
タークスをねぎらうというより、それはすでに悪戯のたくらみに近かった。結局のところ、彼女とはどこか似た者同士なのだとルーファウスは思った。
■END■
(聖域)
20201214
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