祭子
2022-07-18 13:43:20
3887文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■THAT'S ALWAYS THE WAY■

∠[ν]-εγλ0010/06
本調子でない夫の散歩を渋ります。ですがエアリスもまた久々の天体観測が楽しみでなりません。
※pixiv掲載テキスト(20210124初出)

■THAT'S ALWAYS THE WAY■
∠[ν]-εγλ0010/06


 小止みなく降る雨が、ようやく晴れ間をのぞかせた。ルーファウスがヒーリンロッジに戻ってから四日後の夜のことだった。
「散歩に行く」
 リビングでルーファウスがでかける準備をしている。エアリスは内心いい顔をしなかった。だが彼の言分も分からなくはない。
 数週間前にエッジのホテルで負傷してから、ルーファウスはカームの拠点に身をひそめていた。療養のためと言えば聞こえはいいが、その実どうやら軟禁状態だったらしい。エアリスは彼と看守役のタークスとの攻防を想像して、少しだけ笑った。
 だけど、とエアリスは笑みを消す。彼が撃たれたと知ったときの恐怖と吐き気は、忘れることができない。MTR社の雇った一派は壊滅したという。だがルーファウス存命にかかわる情報がどこまで漏洩しているのかは、引き続き調査中だった。今まさに夜陰に乗じてという可能性は、拭いきれなかった。
「なあ、エアリス。そんな顔はしなくてもいい」
「だって」
「もしもを恐れていては、何もできない」
「そうだけど」
「それにな、身体がなまると頭も鈍る。もう耐えられない」
 ホルスターを装着し終えた彼が、天井を振り仰いでいる。エアリスはげんなりしている横顔に同情した。きれいな羽を持っているというのに、ルーファウスほど鳥かごの似あわない鳥はいない。
 ようやく自宅に帰ってきたものの、今度は雨のかごがルーファウスを閉じこめた。かごの格子戸が開いた今、そうなると大人しく止り木で休んでいる男ではなかった。せめて明るくなるまで待ってほしいとエアリスは思った。が、この季節特有の気まぐれな雨雲は、明日の朝、またふらりとやって来るのかもしれなかった。
「本当、じっとしていられない人」
 エアリスは目を細める。すでにそわそわと腰を上げているダークスターを呼んだ。
「ディー、お散歩だって。よかったね」
 ダークスターのせわしなくゆれる尻尾に二人は笑った。今にも走りだしそうな愛犬を、彼女は宥める。
 シークレットガーデンの、六月の花期にルーファウスは間にあわないと思っていた。怪我の回復には一箇月を要すると聞いていたからだ。だが彼はそれを押して戻った。もしエアリスにもダークスターのような尾があれば、嬉々として振っただろう。本当は彼に花を見てほしかった。日課の散歩も彼としたかった。それに雨上がりの、しかも夜のシークレットガーデンは初めてだ。月と星と雨と、それらをあびた彼女の庭はどれほど幻想的だろう。エアリスは何もかもが嬉しくて仕方がなかった。
 エアリスは尾骨のあたりをこっそりと撫でた。嘘をつけない尻尾など、なくてよかった。
「どうした」
「何でもない。うん。お散歩、行こう」
 ハンドガンを収める彼の横で、彼女は慌てて首を振る。ダークスターの首輪に嵌めるマテリアを選ぶ。ルーファウスの怪訝そうな視線が刺さるが、知らないふりをした。


 敷地内の遊歩道をはずれて、管理人棟へと向かう。その裏手にそびえる岩壁はぱっと見、一枚岩だ。だがその実は、雨水に溶食された尖塔群だった。それらが重なるようにして立ち並んでいるのだ。ところどころにはすりばち状の窪地もあり、濾過された雨水の溜まり場になっていた。水の流れに滞りはないようで、いつも澄んでいる。ヒーリンロッジ一帯は、そんな奇岩と泉の豊かな石灰岩台地だった。
 岩と岩の隙間に足を踏み入れると、その先は入り組んだ小路のようになっている。二人と一頭は、しかし迷うことなく歩く。点在する窪地の、そのうちの一つが、エアリスが見つけ、ルーファウスが名づけたシークレットガーデンだった。
 生憎と快晴とまではいかなかったが、月があるので明かりが乏しいということはない。足元はぐずぐずにぬかるんでいるものの、彼女の足取りはかろやかだった。
「久しぶりだね、天体観測」
 エアリスは後手を組んで、首を上げる。ヒーリンロッジの上空だけが、丸く刳りぬいたように雲が切れている。小さな宝石箱いっぱいに裸石がつまっているようだった。
「あ、赤い星、二つ見っけ。ね、ディー。あなたの名前、つけたときの星とよく似てる」
 先導していたダークスターが二人のまわりを跳ねまわった。泥土もいっしょに跳ねて、二人をまだらに汚す。「おい」だとか「ひゃあ」だとかいう神羅夫妻の頓狂な声に、ダークスターはさらに高揚したようだ。再びばしゃばしゃと泥水を立てる。いつまで経っても幼さの抜けない愛犬を、だが主は静黙している。
「お前がダークスターとつけたとき、驚いた」
 エアリスの顎についた泥を、ルーファウスは親指の腹で拭う。
「ディーの前の犬に、つけようとしていた名前の候補だった。お前と同じだよ。赤い目が印象的だった」
「もっといい名前、つけてあげたの。前の子に」
「そう思ったのだが。あのときはな」
 スキニージーンズの前ポケットに、ルーファウスは指を突っこむ。と、溜息をついた。
「まわりには不評だったようだ。タークスに配属してすぐのころだ、イリーナに面と向かって言われたことがある。怖い名前ですね、皆言ってましたよ、だと」
「うわ、イリーナったら」
 きっと凍りついたに違いないその場の様子を思い浮かべて、エアリスは言葉を失う。
「愛犬へ怪我を負わせたばかりの私に、ひどい仕打ちだと思わないか」
 ルーファウスは悲劇ぶって言った。当時の彼の人柄をエアリスは知らない。だが今の彼は、目があうなりおどけたように肩をすぼめてみせる、そんな人だった。いまだ口軽なイリーナが、どれだけ恵まれた職務環境にいるのかと気づく日も、そう遠くない気がした。
「ね、前の子、どんな名前だったの。いい加減、教えてくれたっていいでしょ」
「内緒だ」
「もう、どうして」
 一歩先を行く彼に追いつこうとして、エアリスは泥濘に足を取られた。つんのめるエアリスをルーファウスが抱き留める。思わずしがみついた部位が悪かった。彼の左脇腹だった。彼女の頭上でルーファウスが短く呻く。ダークスターが無邪気なパピーの顔つきから、瞬時にガードハウンドのそれに切り替わる。首輪のマテリアが光りかけた、そのとき。
「ディー」
 主の一声に、ケアルの燐光がみるみる引いていく。ルーファウスは彼女の肩に額を伏せて、疼痛が去るのを待っている。長躯を支えながら、エアリスは懸命に謝った。
「傷、ふさがってるように、見えたんだけどな」
 朝と晩、エアリスは患部の処置をしながら、傷の具合を確かめている。傷痕はまだ生々しいが、体液は止まっていた。回復は順調に見えた。
「縫合に問題はない。医者の腕は確かだったようだ。痛みは仕方がないな。あとは日にち薬というやつだ」
「だけど、ディーの判断に任せるって、あなた、言ったでしょ。まだ、そんなに痛むなら」
「別段、この程度の痛みがいのちにかかわることはない。そもそも、私がディーを止めたわけではない。ディーが私たちに気を遣っただけだ」
「わたし、たち」
 ルーファウスは身体を起こす。と、乱れた前髪を整えた。彼の髪色は、冴え渡る夜のもとでは白金色に見間違えそうなほど淡い。
「一般人が撃たれた場合、通常ならどうする。マテリアは使えないだろう。病院はどうだ。順番を待たず、特別室で手厚い看護を受けられる人間が、どれほどいると思う」
「ね、ルーファウス」 
「私はな、エアリス。人の痛みを知らなければならない」
 思いのほか厳しいルーファウスの両眼が、光る。エアリスは、しかし呆れた。上目でじっとりと彼を睨み返した。
「今、それらしいこと言って、ごまかそうと思ったでしょ」
「ばれたか」
「あとね、一般の人、普通、撃たれたりしないから」
 たとえ話のつくりこみが甘いと、エアリスは指摘する。ルーファウスは一頻り笑ってから、次は考慮しよう、と言った。ややしばらく星を仰いでいた彼が、おもむろに切りだす。
「本当のことを言えば、お前が困るだろうと思った」
「言って」
「いいのか」
「お願い」
 すがるように、エアリスはルーファウスを見上げる。とたん、彼の口角が人の悪い笑みをかたちづくる。
「マテリアより、私はお前に手当されるほうを選ぶ」
 ルーファウスはちらっとダークスターに目をやった。気の利く愛犬が胸を張っている。
「お前に軟膏を塗られるのは、気持ちがいい」
 すっかり固まってしまったエアリスの手を取ると、ルーファウスは秘密の庭へ向かって歩きだす。エアリスは思わず手を振りほどこうとした。が、彼の力強いそれからのがれることはできなかった。手のひらから手のひらへ、指先から指先へ、これでは彼女の心音が伝わってしまう。
「大人しくしろ。またつまずくと困るだろう」
「もうつまずいたりしない。だいじょうぶだから。子供扱い、しないで」
「子供だなどと、思ってはいない。ではお前は私の、いったい何なのだろうな」
 彼の声はいっそうつややかさを増す。エアリスはまごつく。熱は、手先だけでは治まりきらなくなった。
「それで、エアリス。私からはすっかり聞きだしておいて、お前の返答はないのか」
 エアリスはこたえに窮する。そんな彼女の耳に、泉声が届き始めた。窪地まであと少しだ。エアリスはわずかにほっとする。泉を渡る涼やかな風をあびて、身体中に帯びる熱を冷ましたかった。


■END■
(まったく、いつもこうなんだから)

20210124