祭子
2022-07-18 13:41:42
3667文字
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■BANDY WORDS WITH■

∠[ν]-εγλ0010/06
食べ損ねた豆のニョッキをつくりながら神羅夫妻が口論を始めました。原因はあの日の暴言です。
※pixiv掲載テキスト(20210113初出)

■BANDY WORDS WITH■
∠[ν]-εγλ0010/06

 
「あなたの言訳、始まる前に言っておくけど」
 アイランドキッチンで、ルーファウスはエアリスと並んで豆の筋取りをしていた。妻のやや尖った口振りに、彼は目笑する。
「何だ、先制攻撃か」
「そう。だって、あなた、お喋りのプロだもの。敵わない」
「西の人間には、よく口八丁手八丁だと言われたな」
「あ、それ、その言いまわし、前にウータイで聞いたことある。あのね、じゃなくて。ほら、そうやってお話、すぐ逸らそうとする」
 ばれたか、とルーファウスは片方の眉を上げた。さやから取りだしたブロードビーンに、エアリスが切りこみを入れている。そのあいだにルーファウスは鍋に水を張り、火にかけた。四つ口コンロの一角では、そろそろポテトが茹で上がるころあいだった。
「あれ、本当にひどいから」
 何のことかと首を傾げるルーファウスに、エアリスは包丁の柄をカッティングボードに突き立ててから、「星の采配っていう、あれ」と言った。ああ、とルーファウスは唸る。彼は窓外に目を逸らす。しとしとと、六月の静かな雨はもう五日も続いている。室内はエアコンディショニングされているものの、何となく空気は重い気がした。
「そうだな、あれは」
 なるほどと思ったよ。神羅の、私の無残な死を見せるために、お前はここにいるのではないかと。
 お前に報復を遂げさせてやろうという、星の計らいかとな。
 お前への褒美ではなく、私への教戒なのかとも思った。
 私に大切なものを与え、私を優しさでほだし、お前を泣かせて私を傷つけ、いつか私から奪うことで、私に喪失を知らしめしたいのかと。
 名も知らない人間から、神羅が奪ってきたものを思い知れと。この生活が、星からの戒めなのかと。
「われながら、ばからしいことを言ったと、呆れている」
 さんざんな台詞を思いだしながら、ルーファウスは湯切りをしたポテトをマッシュにする。粗熱が取れないうちに、ほかの材料を混ぜあわせていく。そうして調理に集中しようとした。が、そのようなことでばつの悪さはごまかしきれなかった。
「本当、吃驚したよ。ルーファウス、どうかしちゃったのかと思ったくらい」
「言訳をするぞ。あのときの私は薬が抜けきっていなくて、本調子ではなかった」
 エアリスの涙に、彼はひどく動揺した。それに追打ちをかけたのが薬剤のカクテルだ。
 今までの彼であればどのような不都合な作用下でも、発言には慎重だった。何せルーファウスが一言を投じたときの波紋は大きい。だが彼の理性は鈍化し、発語のストッパーをめちゃくちゃにした。そうして行きすぎる感情に歯止めをかけられなくなったのは、いったいいつぶりだろうか。
 エアリスはふと手を止める。と、心配そうにルーファウスを見た。
「でもそれって、やっぱり本心ってことでしょ」
「エアリス、ナイフから目を離すなといつも言っているだろう。おい、刃が私に向いている」
「あ、ごめんなさい。わざとじゃないよ。多分」
 最後に恐ろしい一言をつけ加えてから、エアリスはまた作業を再開した。ルーファウスは黙った。彼女の横顔を見る。柔らかな髪を器用に編み上げて、すっきりとしたアップスタイルにしている。白く長い首にきらめくのは、いつだったか彼が遠方へ出向いたときに見つけたネックレスだ。それにあわせた淡色のルージュは、いい選択だった。いつもより丁寧に施された化粧は、誰のためだろうか。ルーファウスは目笑する。かわいらしいことをする女だと思った。
 ワンピースも似あっている。秘書の用意するそれは、相も変わらず肉感的だった。ハイブランドを仕着せられていた彼女は、だがいつの間にやら彼女のイメージを損ねないような着こなしを覚えていた。ヒーリンの空模様とは無縁のはんなりとした装いには、彼女の喜びが見え隠れしている。この日を待ち望んでいたのは、何もルーファウだけではなかったようだ。
「そうだな。あれはあのときの、間違いなく私の本心だった。お前にだから言えた」
 驚いて顔を上げた彼女の手から、ナイフを抜き取る。と、ルーファウスは諦念の吐息をついた。
「お前には、私の話を聞いてほしい」
 ルーファウスにとって本意は隠すべきものだった。打ち明けたいと思えるような相手もいなかった。それが彼女の前ではどうだろう。あふれでる言葉を抑止することが難しい。
 ルーファウスは、本日二度目のギブアップをする。一度目はマテリア、そして二度目は本意の吐露だ。せめて日が変わるまでに三度目がないことを、祈る。
「じゃあ、ちゃんと聞くね。でも、きついこと言いたいなら、その前にちょっと、ワンクッション置いて。心の準備、させてほしいの」
「そんなにひどかったか。ああ、そうだな。あれは確かにひどい言い方をした」
「うん。あ、でも、言ってね。せっかく、ルーファウス、甘えてくれてるんだもの。度量の広いとこ、見せなくちゃ」
 女が廃るでしょ、とエアリスは胸を張る。
「甘えているのか、私は」
「あれ、違ったかな」
 一通り下処理の終わった豆を、エアリスは軽く水で洗い流している。それから若々しい緑色の豆を、コランダーごと鍋に沈めた。しっかりと塩を効かせると仕上がりがいいのだが、神羅家ではそれをしない。二人の脇で護衛をしながら、おこぼれを待っている愛犬のためだった。
 ルーファウスはおかしな気分になる。塩加減にあれこれと注文をつけることはあれど、自らの手で塩味の調整することそのものを覚えるとは思いもしなかった。ミッドガルで美食を堪能していたころの彼が、数年後には豆の筋取りを楽しんでいると知ればいったい何と言うだろう。このプライベートエリアに今も一人だったなら、彼は手ずから調理をしてまで食事などしなかったに違いない。
 エアリスが彼の世界に飛びこんできて、彼女のあざやかな世界をルーファウスの前に繰り広げた。関心を向けたのは、彼女の何一つ悪怯れない様子がもの珍しかったからだろう。そうしていつからか彼は、エアリスだから話を聞きたいと乞い、エアリスにこそ話したいと願った。ルーファウス神羅の人生で、率直は無防備だった。正直は欠点だった。だというのに。
 甘えるということが、己の正直をさらけ、気を許すということならば、ルーファウスはエアリスにすっかり甘えている。
「そうだな、そうかもしれない」
「ルーファウス、甘え下手だね」
「それはお互い様だろう」
「そうだけど。じゃあ、わたし、がんばるね、どっちも」
 甘えるのも甘やかすのも、とエアリスは屈託なく笑う。ルーファウスは予想外の返事に窮した。沸き立つ鍋のなかで、ぼこぼこと音を立てる気泡から豆が逃げまどっている。ルーファウスは困ったように眺める。まるで誰かに翻弄される誰かそのものだった。
 ルーファウスはエアリスの自由闊達な気風が好きだった。次の一手の読めない言動も面白い。それを損ねる気はない。だがこうも立て続けに翻弄されるとなると、さすがに彼も打つ手を考えなければならなかった。イニシアチブまで譲る気はない。
「なあ、エアリス。味加減を見てくれ」
 ポテトをピューレにし、卵黄とナツメグを練りこんだそれは、もうすぐニョッキの生地になる。まだ粗熱の取りきれていないピューレを、ルーファウスは人差指ですくい取る。
「ルーファウスのほうが、舌、正確だよ」
 不思議そうにしている彼女の顎を掴む。小さく開いた口のなかに、ルーファウスはポテトを指ごと捩じりこむ。そうしてエアリスのあたたかな舌の上に、それをなすりつけた。突然の異物だが噛みつくにも気が引けたようで、エアリスは舌をうごめかせて彼の指を追いだしにかかった。
「私はナツメグをもう少し効かせてもいいかと思うのだが。お前はどうだ」
「分かるわけ、ない」
 口内に残ったピューレを何とか飲みこんでから、エアリスは顔を伏せた。真白な彼女が、どこもかしこもみるみる上気していく。
「なぜ。足りないか。もう一口、試してみるか」
「いらない」
「なあ、エアリス。今日のルージュの色はいいチョイスだが、チークがいささか濃すぎやしないか」
「もう、知らない。次、同じことしたら、指、噛みつくから」
 消え入るような声で言いながら、赤い頬を隠したいらしいエアリスはそっぽうを向いてしまった。
「ね、ルーファウス。そういうの、ずるい」
 今日の失点は、これでイーブンに持ちこめただろうか。いや、とルーファウスは首を振る。これが黄色の警告カードものの卑怯なやり方だということは、彼自身がいちばん分かっている。エアリスから正当なやり方で主導権を取り返す前に、今日の負けは潔く認めておかなければと彼は思った。
「エアリス。なあ、エアリス」
 彼女をどう振り向かせようか考えながら、ルーファウスはポテトのボールに小麦粉を入れた。


■END■
(言いあい)

20210113