祭子
2022-07-18 13:28:53
2188文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■THE BALL IS IN YOUR COURT■

∠[ν]-εγλ0010/06
朝食の卓についた夫が気遣いを示します。予期せぬできごとにエアリスは動転してしまいました。
※pixiv掲載テキスト(20201206初出)

■THE BALL IS IN YOUR COURT■
∠[ν]-εγλ0010/06


「なあ、エアリス」
 ダイニングルームを、朝日が燦々と照らしている。エアリスはキッチンスペースで卵を焼いているところだった。サニーサイドアップがルーファウスの好みだ。何、とエアリスは鼻歌交じりに返事をする。ダイニングチェアに腰をかけて、ルーファウスはおもむろに口を開いた。
「私はお前を傷つけているか」
 指揮棒のように振っていたスパチュラが止まる。エアリスは睫毛をしばたたかせた。正直、心当たりはたくさんある。いったい彼がいつどのタイミングの言動のことを指しているのか、エアリスには分からなかった。
 そもそも清々しい時間帯にのぼるには、ずいぶんとふさわしくない話題だ。ルーファウスはまだ寝ぼけているのだろか。エアリスは振り返った。彼はあとはジャケットを羽織るだけのスーツ姿でフレッシュジュースを飲んでいる。髪もきちんとセットされていて、出社前からすでに隙がない。
 夢うつつでないとするならば、それはきっとルーファウスから彼女への気遣いなのだろう。とたんにエアリスの鼓動が早くなる。 
「うん。ルーファウス、何でもかんでもストレートすぎるんだもの」
 社長の顔をしているルーファウスは、難解な言いまわしで相手を手玉に取る。きれいな顔にいやな薄笑いを浮かべて。だがプライベートフロアでのそれは違った。いっそひたむきだと勘違いしそうなほど、彼は正直だった。彼女が喜ぶこともいやがることもありのままに表現するのだ。
 今もまた、ルーファウスはわざわざ朝のいちばん頭が冴えているときに、彼女への言動を顧みてくれたようだ。エアリスはどきどきしてしまう。紛らわすように、彼女は調理に集中する。香辛料と調味料をふるうとフライパンをゆすった。
「そうか」
 ルーファウスは視線を落とした。グラスを置いたきり動かない。彼は原因を考えている。だが分かりはしないだろうと、エアリスは思った。
 たとえば、ルーファウスは管理職の面接に、一時期エアリスを同席させたことがあった。彼はよかれと思ったのだろう。だけど、とエアリスは倦む。彼女はあの場にいることを望んではいなかった。ルーファウスはしばらく彼女の憂いに気づかなかった。仮にルーファウスが彼女の立場だったとして、彼自身がその程度のことではダメージを受けないからだ。だからエアリスの気持ちを汲むことがあまりうまくない。傷つける前に止まることができないのだ。そして彼にとって他愛ないことで傷ついてしまうのは、それはエアリスの勝手な都合だった。
 感覚の違いはいたし方がない。どれだけ同じ時間をすごしていても、いつまで経っても別のいきものなのだから。
「でもね」
 それでもエアリスが彼に腹を立てることは少なかった。こうして立ち止まり、振り返る。そしてルーファウスは必ず手を差し伸べてくれるのだから。
 エアリスはコンロの火を止める。二つ並べたプレートにはハムとチーズ、そして今朝選ったばかりのベビーリーフを盛りつけてある。その脇にフライドエッグを乗せた。
「ほら、冷めないうちに食べて」
 彼の前にプレートを置く。マフィンを入れたバスケットもそえた。フォークに伸ばされた大きな手に、エアリスはそっと手を重ねる。
「だけど、傷つけたところ、ちゃんと治してくれてるから。プラスマイナスゼロ、傷の痕はないよ」
 ルーファウスは驚いている。そんなつもりはいささかもなかったのだが、エアリスは彼が吃驚したときの眸が好きだった。朝の自然光のなかで水色に見える虹彩がとてもきれいだ。大きく開かれたときに、それはよく目立つ。
 まじまじと見つめられて、エアリスが気恥しくなってきたころ、ルーファウスはふっと笑った。そうか、とだけ彼は言った。
 丁寧にカトラリーを捌いて、ルーファウスはフライドエッグを口に運ぶ。彼が再び瞠目する。それからくつくつと笑いだした。
「なあ、エアリス」
「うん」
「調味料を間違えているぞ」
「嘘でしょ」
 エアリスは慌てた。ルーファウスは白味部分を切り分ける。差しだされたフォークをエアリスは恐る恐る咥えた。思わず目を瞑った。彼女は砂糖のかかったフライドエッグなど、生れて初めて食べた。
「ごめんなさい。やだ、嘘、ごめん。それ、わたし、食べるから。ちょっと待ってて。もう一つ、焼いてくる」
「いや、いい。この先、二度と食べることがないと思えば、貴重な機会だ」
「あなた次第、なんですけど」
 エアリスは思わずそうこぼしてしまった。慌ててエプロンの裾で口元を隠す。「今後、お料理中にどきどきさせるの、禁止です」は心のなかで訴えた。
「何か言ったか」
「ううん、何も」
 エアリスは向かいの席に着くと、吐息をついた。自身のプレートに手をつける。
「でも、無理しないで」
「私はな、食えないものは食わない」
「だって、甘いんだよ」
「甘いな」
 ルーファウスは一口食べるたびに、おかしくてたまらないといった風に肩をふるわせている。エアリスはばつが悪いまま、それを口に運ぶ。香辛料の刺激のあとからやってくる何とも言いがたい甘さに、エアリスも思わず笑ってしまった。
「甘いね」
「ああ、とても」


■END■
(あなた次第)

20201206