祭子
2022-07-18 13:27:18
3892文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■FAILURE IS A DETOUR, NOT A DEAD-END STREET■

∠[ν]-εγλ0010/05
エアリスが神羅社長の秘書となってしばらくが経ちました。義弟の経営難に助勢すべく奮闘します。
※pixiv掲載テキスト(20201201初出)

■FAILURE IS A DETOUR, NOT A DEAD-END STREET■
∠[ν]-εγλ0010/05


 エアリスは先月から神羅社長の第二秘書として働いている。
 秘書といっても、彼女がヒーリンロッジでできることはかぎられている。大方がデータ入力だった。ただルーファウスが扱うデータは社外秘はおろか、そのほとんどが社内にも伏せられている。彼一人でかかえていた事務処理が分散されて、ディスプレーの前でルーファウスが眉間を揉む頻度は減った。地味な作業だが、これだけでもやり甲斐はあるとエアリスは思った。
 そうして機密にふれているうちに、おのずと神羅のビジョンや知識も身についた。エアリスが理解の足りない部分をたずねると、ルーファウスは簡潔に分かりやすく教えた。たまに痛烈な皮肉が飛んでくるが、エアリスにとって彼はおおむね優秀なメンターだった。
 まとめたデータを届けに、エアリスはラップトップをかかえて社長室へと向かう。ちょうど彼のデスクまわりに午後いちばんの日が差していて、日溜りのなかでダークスターがうつらうつらとしている。ルーファウスは画面に集中しているようで、目をしかめながらも手の動きを止めない。エアリスは小さく笑う。窓辺によると、ブラインドを下ろした。
「ああ、助かる」
 広々としたフロアには相変わらず一人と一頭だけ。それでも閑散と感じないのは、ルーファウスのキーボードを打つ音がやまないからだろう。
「失礼いたします。社長、MTR社の財務諸表をお持ちいたしました。のちほど改めてご報告いたしますが、あの、社長」
 エアリスがラップトップを差しだす。右手に左手を重ねる彼女を前に、ルーファウスは吹きだした。ハイバックのチェアに背中をうずめてから、口元を手でおおう。と、今度は声を立てて笑いだした。
「ひどい。もう、何で笑うかなあ。しっかり者のセクレタリー、目指してるのに」
「私はな、エアリス。ハーブサプリメントのスーパーバイザーとしてのお前に期待しているのだが。それ以前に、お前の本分は私の妻だからな」
 フロアを支配していた緊張がとけた。ルーファウスはアームレストに肘をつく。右手で頬杖をつくのは、彼のくせだった。
「ごめん。切れちゃったね、集中力。お仕事、すごく乗ってたみたいなのに」
「いや、かまわない。私が数一〇分手を止めたところで、たかだか六桁ギルの損害だ」
 エアリスは目を剥いた。ひゃあ、と変な声もだす。
「何だ、その声は」
「だって。あ、また、ルーファウス、にやにやしてる。もしかして、今の冗談なの」
「いや、事実だ。どうと言うことはないのだが、お前の反応がいちいち面白いのでな、つい口にしてしまう」
「ちょっと、わたしでストレス解消、やめてよね」
 エアリスはむっと口を尖らせた。だが彼が息抜きをすること自体は賛成だ。気分転換が必要なほどルーファウスが多忙にしていることも、彼にとってはいいことなのだろう。ルーファウスは頭を働かせている時間こそ活気に満ちている。
 エアリスはエヴァンを思う。同じ経営者でも、久々に電話で話した義弟の声は曇っていた。
「お仕事があるって、ありがたいことだね」
 ついエアリスはそう呟いた。彼が目を光らせる。ルーファウスが顎をしゃくる仕種は話を続けろという意味だ。ためらったあと、エアリスはデスクの正面から彼の脇へと移る。
「あのね、エヴァンの事務所、閑古鳥がさびしそうに鳴いてるんだって」
 L字デスクの短辺に彼女は腰をかけた。ルーファウスはチェアを回転させる。と、真直ぐに彼女を見上げた。
「困ってるみたい」
 ダークスターが彼女の膝に顎を置いた。ヘアレスな皮膚は硬いが、しっとりと手ざわりがいい。耳の付根を撫でながら、エアリスは俯いた。
「エヴァンが望むなら、便宜を図ることもやぶさかではないが。あれで私と同じ血を引いている。まず、私には相談しないだろうな」
 負けず嫌いの血ね、とエアリスは納得している。先程の電話も、最初はお互いの近況報告だった。取り留めのない会話の途中、エアリスが「お仕事、どう」と聞いた。問題ないとこたえたエヴァンの声には、張りがなかった。エアリスは内心苦笑した。体裁を気にしすぎるきらいはあるが、根は素直な青年だ。異母兄とは違う彼らしい部分をエアリスは好ましく思っている。彼女が「何かあったの」とたずねると、エヴァンはついぽろりと困りごとをこぼした。それでも最後は自身で何とかすると言い切った彼の意地を、エアリスは尊重した。
 だがエアリスは考えている。義姉さんと呼んでくれる彼のために、何かできることはないかと。
 エヴァンにはずいぶんと助けられている。通信販売もそうだが、何よりも他人との会話はどれだけ努力しようとも、今の彼女では得ることができないものだからだ。彼女は受けた恩をしっかりと返したい性質だった。エアリスはエヴァンとは対等でいたかった。
 エアリスは指導者にぴったりの男に、熱心な眼差を送る。
「ただがだめなら、お金、払えばいいのよね。分からないこと、先生に聞くの、全然恥ずかしいことじゃない」
「私をコンサルタントとして雇うのであれば、顧問料は六桁ギルどころではないぞ」
 またエアリスが変な声を上げたので、ルーファウスは笑った。
「ぼったくり」
「適正だ」
 ルーファウスはあでやかにくちびるを吊り上げる。私を誰だと思っている、とはばかることなく言える彼の自信が眩しかった。
「一度好きにやらせるといい。失敗から学ぶことも多い」
 ダークスターが彼女のそばを離れた。話は終わりだと言わんばかりに、ルーファウスはディスプレーに向き直る。横顔はすでに神羅社長だった。
 エアリスは腰を上げる。彼の執務時間に割って入ったことを詫びるように、ルーファウスの肩を慰撫する。それから彼女は社長室の一角にあるライブラリーへと向かった。よし、と気合を入れながら。


 そんなやり取りがあってから四日ほどが経った。そのあいだ、エアリスは書棚を漁り続けていた。
 彼女はルーファウスの言葉の意味を考えた。あのときの横顔は確かに厳しい経営者だったが、彼の言うことにはいつも何かしらの意図が含まれている。好きにやるにも、あれもこれもと手をだしていては時間がいくらあっても足りない。結果、彼女は指標になるものを見つけることにした。宣伝だ。
 そうして書棚の中段あたり――彼女が暇を持て余していたときですら目を背けていた部分だ――に目をつけた。まずエヴァンが探偵社をいとなんでいることを、エッジ市民に周知しなければならない。マーケティングリサーチとプロモート、そして広告宣伝費の費用対効果。先学の知恵を借りようと、エアリスは片っぱしからページをめくっている。
 床に座りこんで開いていたページに、影が落ちる。エアリスがはっと顔を上げると、ルーファウスが微笑していた。
「サービス業の集客の根本は、普遍だ。だが、その本はさすがに古すぎる。このあたりなら、まだ使えるだろう」
 ルーファウスが長躯を屈める。と、棚から数冊を引き抜いた。エアリスの顔がおのずと明るくなる。
「着眼点は悪くない。だが情報の選別は必要だな。闇雲に読み進めても、それはただの時間の浪費だ。時間は有限だからな、大切にしなければ」
 ルーファウスは右手を伸ばす。エアリスが掴まると、ぐいっと引き起された。
「一通り読んで、分からなければ聞け」
 彼の常套句だった。エアリスに資料を与え、読ませ、疑問を持たせる。ルーファウスはやはりメンタリングがうまいのだろう。エアリスはおかげで彼の小難しい話の、三分の一程度なら理解ができる。ちなみに三分の二まで対等に話せれば、ルーファウスの右腕になれるらしい。
 ということは、とエアリスははたと青くなる。
「わたし、ルーファウス先生に、いくら払えばいいのかな。今までのぶんだって、一ギルもまだ払ってない」
 法外なコンサルタント料を思いだしながら、エアリスは肩を縮こませた。
「いや、お前への指導料は都度徴収している」
 ルーファウスは立ちつくす彼女の腰に手を回して、応接スペースへ向かう。三方を書架に囲まれた薄暗いところから、いっきに光のなかへと連れだされたエアリスの目が眩む。足元が覚束ないが、彼の頼もしい腕のおかげで不安はなかった。
「人に教わったことは、人に教えることで、相乗理解が進む。私も基本を見直すちょうどいい機会だ」
 エアリスは眸をしばたたく。ルーファウスの言外の意図を見極める。ソファーに着く寸前で、そういうことかと合点がいった。
 そして彼女にしては珍しく、人相の悪い笑顔を浮かべる。
「何だ」
「何でもない。わたし、エヴァンのいい先生になるから。がんばるね」
 ルーファウスは面白そうに目を細めながら、本を差しだす。彼女が預かった瞬間、それらは難解な硬表紙本から頼もしい手引書へと変わった。
 今度、エヴァンに「いい本、あるよ」と声をかけてみよう。その前に彼女自身がしっかりと読みこまなければと意気ごむ。夫の弟にそれとなくアドバイスできるような、優しい義姉になるのだ。そうして互いに励ましあって学徳を磨けば、いずれかたちを変えてルーファウスのもとへ還元できるかもしれなかった。
 ルーファウスの心遣いを両腕のなかで大事にかかえて、エアリスは彼に礼を言った。


■END■
(失敗はまわり道、だけど行き止まりじゃないよ)

20201201