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祭子
2022-07-18 13:25:05
3430文字
Public
FF7/R×A/TLKG
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■NATURE'S SECOND SUN■
∠[ν]-εγλ0010/05
エアリスは夫と並んで鮮魚を捌きます。料理歴数箇月とは思えない手並みに見蕩れてしまいます。
※pixiv掲載テキスト(20201130初出)
■NATURE'S SECOND SUN■
∠[ν]-εγλ0010/05
エアリスは花を一輪、育てている。
神羅家の見事なキッチンが機能をしだして、しばらく経った。
エアリスがハミングしながら調理をする姿に、ルーファウスも興味を持ったらしい。彼は週末の夜になると、決まってアルコールにそえるつまみものを用意している。今、カッティングボードの上にはマリネにするはずの鮮魚が跳ねていた。
ふもとの老人が川釣りの獲物を分けてくれたのだと、ジャッドが困惑していた。彼がルーファウスにそれを届けたのは道理だった。ヘッドオフィスにつめる神羅関係者のなかで、料理をたしなむのはあろうことか神羅社長ただ一人なのだから。
二人は並んで川魚を下ろしていた。白身はぷりぷりと肉厚で、臭みもない。エアリスは小麦粉をまぶして乳酪で焼こうと決めていた。横を見ると、さらに薄く捌かれた切身がある。
「ものほしそうな顔だな」
「やだ、そんなつもりじゃないんですけど」
ルーファウスは小さく笑って、さくの切れ端をマリネ液につける。と、チャービルをそえてエアリスの口に放りこんだ。ブラックペッパーがほどよく効いている。ありあわせの調味料とは思えないできだ。
「美味しい。すごい、ルーファウス。本当、あなた、何者」
「ただの会社経営者だ」
そう言いながらも、ルーファウスは満更でもないようだ。
彼は器用だった。初めて握ったという包丁もそつなく捌いた。もともと刃物の扱い方は軍用ナイフで覚えたらしい。だがルーファウスが護身用ナイフの手入れをしているときと、キッチンに立っているときでは顔つきがまるで違う。どちらもいのちを守るために振るうものだが、気楽なのはやはり後者なのだろう。彼はキッチンでは素直だった。褒められると嬉しそうにする。時折エアリスの鼻歌を彼が口ずさんでいることに、ルーファウスはまだ気づいていない。エアリスはそんな彼と二人で料理をすることが好きだった。
ルーファウスは切身をさらに薄片にしていく。マリネ液がよく馴染みそうだ。彼の巧みな手つきと、それにあわせて動く腕の筋が妙に色っぽい。見惚れていたエアリスは、うっかり指を切ってしまった。小さな悲鳴にルーファウスは手を止める。彼女の手首を持ち上げると彼はシンクへ向かった。そして自身の手ごとエアリスのそれを流水で洗う。あまりの手際のよさに、エアリスは言訳も、礼ですら言えないでいた。
そうして彼女の人差指をキッチンペーパーで止血したところで、ようやくルーファウスが口を開いた。
「刃物を扱うときはよそ見をするな。お前は鈍いのだから、とくに気をつけろ」
けんもほろろな言いようだが、エアリスはしょげる間もなく笑ってしまった。言葉の次に彼が口から吐きだしたのは、安堵の息だったからだ。
「そこは、だいじょうぶかって言って、傷口、ぱくっと咥えるところでしょ」
「誰だ、そんないい加減なことを言うやつは」
「本」
「お前はフィクションの読みすぎだ。唾液に消毒や鎮痛効果はない」
むしろ不衛生だ、と彼は続ける。エアリスはくちびるを尖らせた。
「身も蓋もないこと、言わないの。そういうの、シチュエーションを楽しむものだから。今度、おすすめの本、貸すね」
「ジャンルは」
「恋愛」
ルーファウスは鼻で笑う。エアリスは怪我をしていない手を腰に当てると、肩をそびやかした。
「読んだこともないのに、ばかにしないように。ヒーリンにこもってるあいだに、見聞を広めてください」
「恋愛小説でいったい何を学べと」
「女心です」
「お前は小説通りにはいかないだろう」
ルーファウスは掴んで持ち上げたままの、彼女の指先を見ている。まだわずかに血が滲む様子に、眉根のあたりへしわをよせた。
エアリスはわずかに俯いた。彼の言葉はエアリスをほかの女性と比べることなく、彼女個人ときちんと向きあうという意思表示にほかならない。何気ない一言で、いとも簡単にルーファウスはエアリスを喜ばせる。傷口よりも、今は彼がふれている部分がじんじんと熱かった。
「じゃあ、女心はいったん保留」
エアリスのなかに芽吹いた気持ち。彼女はその芽を一人で大切にしている。この先、二人で育てる気はない。彼と花期を楽しむには、エアリスの不安定な身の上では不相応だ。それでも彼女は満ち足りていた。整えられた生活環境と遠慮のいらないハウスメート、強面だが愛嬌のある犬もいる。何より彼に親切にされる日々は、それだけで過分なことだとエアリスは思う。
今がいちばん幸せだ。一抹のさびしさから目を逸らせて、エアリスは微笑んだ。
「でもね、読まず嫌い、よくないよ。これも市場調査の一環、お仕事として少しくらい読んでみたら」
頬にかかる巻き髪を払い除けながら、彼女は気持ちを切り替える。ルーファウスはしばらく黙考したのち、そうだな、と言った。
「ならば、お前がいちばん面白いと思うものをよこせ」
「どれにしようかな。わたしのおすすめ、シリーズなんだけど、途中で止まってるから」
なぜ、と言いかけた口をルーファウスは閉じた。エアリスは悲しげに頷く。彼が出版社に声をかけ始めたころから、作家もまた執筆活動を再開した。エアリスは出版社から送られてきたリストのなかに好きな作家の名前を探した。見つからなかった。まだ娯楽を生みだす余裕がないのか、それともメテオショックを生き延びられなかったのか。
「著者の安否を知りたいか」
「あなたって、何でもできるのね」
「できないことも、たくさんある」
「あら、殊勝」
でもね、と言いながらエアリスは首を横に振った。
「ルーファウスのこと、あんまり便利に使うと、罰当たりそう。知らないままで、いい。その代わりね」
ルーファウスはキッチンペーパーを剥がして、傷口を見ている。
もし、続きが出版されて。もし、わたしがいるうちに間にあわなかったら。そのときは。
エアリスは続きをのみこんだ。これは『したいことリスト』に書いておくことにした。
「やっぱり、わたしのお気に入り、読んでほしい。完結してないけど、一冊ずつでも面白いから。ヒーローがね、恰好よくて。気障なんだけど、スマートで」
「それで、そのヒーローはこんなとき、鈍くさいヒロインにどう説教する」
「もう、怒りません。心配そうに『君の指に傷なんて残したくないから』って言うの」
「残したくないなら、雑菌まみれの口で傷口にふれるなよ。それから、女は何と」
「ええと。『優しいのね、あなたは』かな」
もう何も言う気になれないらしい。ルーファウスはあらぬ方向へ目をやって、げんなりした顔をしている。エアリスが笑いかけた、そのときだった。
ルーファウスがエアリスの人差指を口に含んだ。青色の眸で緑色のそれをうがつように見つめながら。指の付根まで、深く。基節に舌を絡め、指のまたにある薄い皮膚をくすぐる。それから全体を吸うようにして、ようやく口をはずした。
エアリスは息を止める。自由になったはずの手が動かない。てらてらとぬめる指の向こうに、ルーファウスのつややかなくちびるがあった。
「お前の美しい指に、傷など残したくない」
エアリスは悲鳴を上げて、ルーファウスを突き飛ばした。彼はくつくつと笑っている。
「ほら、見たことか。お前は小説や私の思う通りには動かない」
さらに逃げようとする彼女の腰をさらい、再度ルーファウスはエアリスの手を取る。唾液を十分な流水で流すと、きちんと手当をして来い、とキッチンから追いだしにかかった。
「急げよ。せっかくの魚が乾いてしまう」
エアリスはよろよろと救急箱を取りに行く。途中で振り返った。早く行けと言わんばかりに顎をしゃくっているが、彼の顔つきは穏やかだった。
エアリスは胸の前で手を組む。彼女は花を一輪、育てている。少し前に萌えでた、エアリスだけのいとおしい若芽だ。一人で密やかに育てていたいのに、彼女の気持ちを知ってか知らずかルーファウスが陽光をふんだんにあびせる。そのたびに芽はすくすくと大きくなる。エアリスは困惑していた。
今になって指先がずきずきと脈打ち始めた。指だけではない。頬も胸も痛いほどに熱くなって、彼女は逃げるようにキッチンをあとにしたのだった。
■END■
(第二の太陽)
20201130
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