祭子
2022-07-18 13:22:28
4812文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■AT HEART■

∠[ν]-εγλ0010/04
神羅社長と元統括の面会にエアリスも居あわせます。ロビーへ向かう足取りは重くなるばかりです。
※pixiv掲載テキスト(20201204初出)

■AT HEART■
∠[ν]-εγλ0010/04


「パルマーさん、生きていたのか」
「坊ちゃんも、生きてたの」
 憂鬱だったエアリスは、思わず口元を両手で押さえる。二人の素で驚いている様子に、しかし彼女は笑いを禁じえないでいた。


 タークスから「面白い人物をスカウトしたので面接を」と請われて、ルーファウスは承諾した。もともと総務部調査課は人材発掘のエキスパートでもある。彼らがインタビューの場を設けるとき、ルーファウスはレジュメにすら目を通さずに対面へ臨むことをエアリスは知っている。彼はタークスの仕事に疑いを持っていなかった。それ以上に、誰と会うとも分からない高揚感を楽しみにしていた。
 タークスを雇うには破格の俸給とは別に、スリルという手当が必要なのだとルーファウスは閉口していた。だが会社の代表がこの有様ではそれも仕方がないのではと、エアリスは首を傾げていた。 
 ロッジ区画の入口近くにあるロビーに向かったのは、それから二日後のことだった。エアリスは定位置――ルーファウスが占領するソファーの肘掛――に座った。
 ルーファウスは何かにつけて人を呼び、エアリスを同席させた。これは彼の厚意だ。エアリスは相変わらず星の声が聞こえない。星が彼女に与えた使命も分からない。何もできないでいるセトラに代わって、ルーファウスはこうして謎ときのために労を執っている。たとえばエアリスにたくさんの人と会わせることも、そのうちの一つだろう。セトラの思念体を視認できる者とできない者の違い、そして彼女が見える者の共通項の精査だ。分かっていても、エアリスの心は晴れなかった。
 空腹になれば食事を取り、それが美味しければなお嬉しい。働けばくたくたになるし、疲れはクイーンサイズの人をだめにするベッドが癒してくれる。そのあたりは人と思念体との違いが分からないほどの生活を送っていたが、相変わらず彼女は誰の目にも映らなかった。勿論、エアリスにとってそれは辛いことだった。だが伍番街の泉のほとりで一人、泣き明かしていたころのような夜は、ヒーリンロッジへ来てからほとんどない。
 彼女の憂鬱と不安の理由は今、変わりつつあった。人に無視されることより悲しいのは、彼のもとを去る日が近づくことだ。
 やはり彼もそれを知りたいと望んでいるのだろうか。セトラの思念体の存在理由を。
 エアリスは項垂れる。ルーファウスは知りたいに違いない。死んだはずのセトラを、星がわざわざ地上へと遣わしたのだ。星が己の身に危機を感じているのではと、たとえばウェポンのような自己防衛システムが働いたのではないかと捉えてもおかしくはない。だとすれば彼はこたえを導くだろう、必ず。
 いくら人々の生活の基盤を立て直そうが、住む土地がなくなればどうにもならない。ルーファウスは星を死守するだろう。彼は相当に負けず嫌いだ。「世界を癒す」と言った己を曲げる気など、いっさい持たない。それがセトラの使命ならば、エアリスもまっとうする気でいる。
 だが、セトラの心がまえと、エアリスの気持ち。それらはまったく逆の方向を向いていた。
 エアリスの前にいるのは、宇宙開発部門総括だった老人だ。
 あの――ルーファウスが社長に就任したての――ころ、パルマーにも愛社精神はあったらしい。メテオショック時に神羅はハイウィンド号を失った。代わりの移動手段を探してパルマーは奔走した。その途中で目をつけたのが、古代文明の動力源だった。神羅の研究者や技師は、そのほとんどが己の欲望に忠実だ。地位を極めた者ほどその傾向は強い。パルマーの場合、世界存亡の危機より設計技師としての夢が勝ったようだ。頭上にメテオが禍々しく浮かんでいようが、あたりをライフストリームが吹き荒れていようが、気に留めることなく製図を引き続けた。星痕症候群もパルマーの亢進する生命力の前には、素通りを決めこんだようだ。驚いたことに、パルマーは奇病のもたらした惨状を知らなかった。それには罹患者だったルーファウスも、さすがに目を丸くしていた。
 シエラ号と名づけられた飛空艇がかたちになったのは、つい数箇月前のことだとパルマーは言った。老人いわく「リーブちゃんとこの飛空艇師団を借りて、つくっちゃった。けど、いつの間にか神羅もメテオもなくなってたんだよね」だった。当初の目的を忘れても悪びれない様子に、ルーファウスは「君は変わらないな」と苦笑していた。
 ダークスターがくつろいでいると、大抵はことが穏やかに運ぶ。時折パルマーは昔話をした。小さなルーファウスの話は、エアリスを楽しませた。「坊ちゃん」と呼ばれるたびに彼は仕方がなさそうにしながらも、たしなめはしなかった。エアリスは出会い拍子のルーファウスの様子を思いだす。老人を「パルマーさん」と呼んで目を丸くした、あの顔だ。彼女ががまんできずに笑うと、ルーファウスは――肘掛に手を置くふりをして――エアリスの大腿をはたいた。
 ダークスターが主の足元であくびをするたびに、パルマーはびくびくしている。だがお喋りはやまない。いつもなら入口付近で無表情に徹している黒服の忠犬も、これには失笑していた。紅茶に砂糖を流しこみ、舌を湿らせながら楽しそうに語るパルマーの目には、かつてのボスの息子だけが映っていた。
 今回もまた相手にされなかったが、彼女はほっとしていた。そうやって近ごろは安堵ばかりしている自身がいやだった。星の意思を無視し、ルーファウスの厚意を無下にする。エアリスは後ろめたくて仕方がない。
 気がふさいで俯いていたエアリスの腰に、あたたかなものがふれた。ルーファウスの大きな手のひらだ。彼はそれとなく彼女を見上げている。思わず泣き笑いのような顔つきになったエアリスに、ルーファウスはわずかに頷いて見せた。
「宇宙にはまだ手は届かないが、空に道路は拓きたい。君の航空宇宙工学の知識と確かな製図力が必要だ」
「機械工学も情報工学も、まだ忘れてないよ」
 パルマーはきりっと胸を張った。ルーファウスは首肯する。ティーカップの底にはとけきらなかった砂糖が残っている。それをスプーンですくいながら、パルマーはわずかに肩を落とした。
「あのとき、魔晄なんて見つからなかったらなあ。プレジデントとあのころのまんま武器屋さん、極めてたかもね。わし、今ごろかっちょいい飛空艇やら戦闘機やら、あとロケットもね、ばんばん飛ばしてたよ、きっと」
「君は、そう言えば操縦はしないのだな」
「そっちは専門職に任せてるの。ほら、シドちゃんとか。あの子、本当に機関と操縦は上手なんだよね」
「なぜ。自らつくりだしたものに、乗りたくはないのか」
 パルマーは不思議そうに首を捻っている。
「コックピットって、どれも狭いんだもん。美味しいお茶をがまんしないといけないでしょ」
 ルーファウスは眉をひそめている。エアリスもパルマーの好みを旅の途中に目の当たりにしたことがある。あれは忘れようがなかった。この老人は紅茶に砂糖と蜂蜜とラードを入れるのだ。
「それにわし、設計に専念したいから。そっちのほうが断然楽しいもんね。プレジデントも専業突き抜いてたら、あんな風に死ななくてすんだかも」
「だがな、パルマー。親父が魔晄を主幹事業に据えたからこそ、巡り巡って今、私たちはこうして好きなことをしていられるのかもしれないぞ」
 ルーファウスは立ち上がった。パルマーも慌ててそれに倣う。
「なあ、パルマーさん」
「うひょ」
 エアリスは驚いた。彼は同じうっかりを二度は繰り返さない。だとすれば、老人に敬称をつけたのは故意だろう。レセプションルームではついぞだしたことのない茶目を含んだ微笑が、彼女の頭上にあった。ルーファウスは握手を求めて、右手を差しだす。
「敵は本当に、宇宙から来たな」
 パルマーのたるんだ目元に、澄んだ涙が浮かんだ。だがルーファウスの手を両手で握っているので、パルマーは目を拭えない。ルーファウスは老人の肩を叩いてから、胸ポケットのチーフを引き抜いた。
 そうしてエアリスにめくばせをすると、ロビーをあとにした。


「あの人と、話してみたかったな」
 正門前と山頂付近にある社長室への往復には、車を利用する。ロッジ区画が本社ビルなのだから移動ぐらい好きにさせろ、とルーファウスが我を立てた。そうして山道のドライブを楽しむ自由を得た彼は、ステアリングホイールを握りながら怪訝そうにしている。
「だって、あなたの小さいころ、知ってるんでしょ。あの続き、聞きたかったな、パルマーさんに。ね、坊ちゃん」
 ルーファウスは決まり悪い顔つきになった。年相応な青年の反応など、滅多に見られるものではない。エアリスはパルマーに一目置くことにした。彼もきっとそうに違いない。
「採用、だね」
 エアリスは助手席から窓外を眺めた。崖下のロビーがどんどん遠退いていく。パルマーが秘書にお茶のお代わりをねだって、また長話をしている姿が目に浮かんだ。
「今、作図中だという飛空艇の設計図を見た。パルマーの技量は初めて見たが、あれはすごいな。現場でこそ活きるたぐいの人間だ。誰だ、あれを管理職に据えたばかは」
 父親をけなす彼は、しかし笑っていた。ルーファウスが面談の場で父親の話を持ちだされると不機嫌になることに、エアリスは気づいていた。彼に取り入るためのツールに使われるからだ。パルマーの思い出話には、そういったよこしまな思いが含まれていなかったからだろう。ルーファウスは終始落ち着いていた。彼もまた、まだ毒気のない年頃のことを懐かしんでいたのかもしれなかった。
「なあ、エアリス。あいつを痩せさせるハーブと甘味料を用意してくれ。見ただろう、あの腹を」
 ルーファウスは溜息をつく。エアリスも同調せざるをえない。センターテーブルには給茶セットが用意されていたが、パルマーはシュガーポットを一人で空にした。
「それともディーに襲わせるか。逃げまわれば少しくらい減量できるだろう。せめて後進を育てきるまでは、死なれては困るからな」
 後部座席のダークスターが、長い耳をぺったりと倒している。エアリスは不満を訴えるダークスターを宥めた。
「いきなりはげしい運動、危ないよ。あの人、きっと心臓ばくばくしちゃう。ちょっと、考えてみるね」
 彼は進行方向から目を逸らさないまま、頷いた。
 帰りの車中、ルーファウスが面談の失敗にふれたことは一度もない。そもそも普段からセトラにまつわることを、ほとんど口にはしなかった。だが彼が考えていないはずはない。
 そのなかに、星がセトラに与えた使命を遂行させることも含んでいるのであれば。星の願いを成就することと引き換えに、人の世界を守るというのなら。エアリスは彼に力を貸したかった。彼のためにできることならば、何でもしたかった。星に還る日が早まるのだとしても、結局はそれでもよかった。
 ただ、とエアリスはルーファウスをそっと見上げる。
 ステアリングホイールを巧みに操る手に、律々しい横顔に、行先を見据える明るい色の眸に。ルーファウスにときめく気持ちを止めることができないでいる。この甘美と痛切の綯い交ぜになった思いの正体を、エアリスは知っている。それは過去に二度、誰にも告げることなく諦めた。三度目もまたいずれ失い、彼女を傷つけるだろう。エアリスは下唇を噛む。自身に問う。今ならまだなかったことにできるだろうか、と。
「何だ、じろじろと人の顔を」
「やだ、ルーファウス。危ないなあ。ほら、ちゃんと、前見て」
 前を見ている彼が好きだ。
 エアリスは困ったように笑う。観念した。恋心を、手放せる時期はとうにすぎていた。


■END■
(本当は)

20201204