祭子
2022-07-18 13:01:10
3771文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

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∠[ν]-εγλ0009/12
古代種にはどうやら異性と認識されていないようです。初めてのことにルーファウスは満足します。
※サイト掲載テキスト(20200820初出)

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∠[ν]-εγλ0009/12


 メテオショックから約二年。死んだはずの人間が生きていたことは、ままあった。だが死んだ人間が生き返ったというケースは皆無だ。そのはずだった。
 ミッドガルでの水質調査を終えて、ルーファウスがヒーリンロッジへと連れ帰った女は、メテオが発生するより少し前に死亡が確認された古代種だった。
 違うな、とルーファウスは首を捻った。生者とも違う、エアリスは思念体だった。では思念体とは具体的にどういったものなのだろう。
 ルーファウスはエアリスを興味深く見た。プライベートフロアをもの珍しげに見てまわり、ビルトインのコンベックや調理スペースが島のように独立したキッチンスタイルに歓声を上げていた。料理が好きなのかと問えば、彼女は目を泳がせながら「お母さん、料理がすごく上手なの。こんなの見たら、テンション上がるだろうな」と言った。ルーファウスは鼻で笑う。彼女はあまり得意ではないらしい。
 日が沈みかけるころになると、タークスがケータリング業者をともなって現れる。夕食をセッティングするとすぐに下がった。彼らは翌朝、夕食の片づけと朝食の支度をする。昼食は階下のエグゼクティブフロアで、執務の合間にすますことがほとんどだった。ルーファウスが夕食に誘うと、エアリスは二つ返事で席に着いた。六人が着席しても余裕のあるダイニングテーブルだ。が、彼以外がここで食事をすることは、これが初めてだった。彼女は細身のわりによく食べる。『頬が落ちるよう』という形容が似あいの、その表情がいいとルーファウスはそんなことを思った。二人は時間をかけて、すべて平らげた。ルーファウスもまた大食な部類だ。足りないぶんは冷蔵庫にあるものでまかなった。秘書には食事の量を増やすよう、メールでオーダーした。ついでに冷凍食品の補充も頼んでおく。秘書が携帯端末を前に悩む姿を想像して、彼は小さく笑った。
 『食』が必要なら『衣』はどうだろう。加えて身繕いも。ルーファウスはバスルームを勧めた。嬉しそうに頷いてから、エアリスは「わたし、あとでいいから。お先にどうぞ」としおらしくしている。彼女はどうにも人間くさい。彼は銀髪の三兄弟を思いだしながら、ますます思念体の概念が分からなくなった。
 ルーファウスはいったん思惟することをやめた。手持ちの情報で足りないのであれば、まだ結果を導きだす時期ではない。切り替の早さは彼の美点だ。彼女をリビングに残して、バスルームへと向かう。杖を突く彼を、エアリスが気遣わしそうに見ている。ルーファウスは気づかないふりをした。知らずと吐息をもらしたが、緑色の視線は不快ではなかった。


「空いたぞ」
 湿り気を残した髪のまま、ルーファウスはエアリスをバスルームへと案内した。
 エアリスはまずバスタブの大きさに目を丸くした。シャワーブースは硝子張りのセパレートになっている。シャワーコック横のボトルラックに並ぶのは、浴用化粧品だ。どれもブランド品で、彼女は眸だけでなく口までをもぽかんと開いた。
「これ、このシャンプー、使ってみたかったの。うわ、あこがれの石鹸。すごい。贅沢」
「喜んでいるところ悪いが、すべてわが社の不良在庫だ。メテオショックでコスメチックス事業部の生産が止まってはいるものの、倉庫には製品があふれている。だが、どうにもこうにも流通がな。配車手配が難しい」
 そう言いながら、ルーファウスは頭を悩ませている。在庫は過多で当面の供給は可能だ。格安で市場に流してはいるが、いかんせん消費期限というものがある。次の生産ライン確保もそろそろ視野に入れなければならない。今しばらくは高級品でなくていい。ただ衛生面をかんがみて、身体を清潔に保つことには重点を置くべきだ。ようやく星痕症候群が収束しそうだというのに、ほかの疫病が流行っては目も当てられない。
「何か難しいこと、考えてるの」
 ルーファウスはわれに返った。
「私は妙な顔をしていたか」
「ううん。雰囲気がね、ちょっとぴりっとしてた」
 エアリスは洗面台に手をついて鏡を覗きこんでいる。洗面スペースは広く、洗面ボウルは二つある。タオルの分厚さなどというものにまで目を瞠ったあと、まるで四スタークラス以上のホテルのようだと、彼女ははしゃいだ。
「好きに使え」
「うん、ありがとう。嬉しい」
「女性用の化粧品はさすがに置いていない。取りよせておこう」
「でも」
「これも在庫過多だ。ルージュやアイシャドウは二年前の流行だが、かまわないか」
 ルーファウスがおどけるように肩を竦めると、彼女は笑った。
「パジャマとガウンはここだ。サイズは気にするな。ないよりはましだろう」
「本当、いたれりつくせり、だね」
 鏡ごしに彼女と視線が交わる。白い顔と狭い肩幅、長い髪。バスルームに女と立つのはいつ以来だろう。世間いわく『プレジデントボンボン』時代の悪癖は、鳴りをひそめている。だがエアリスの両手で掴めそうな腰は、彼の好みだった。そんなことを考えていたら、ルーファウスは彼女をついからかいたくなった。
「鍵はかけておけよ」
「何で。覗いても面白くないよ」
 ルーファウスは上から下まで見まわす。品定めの結果、鼻で笑った。
「そのようだな」
「どうせぺったんこですよ」
「スレンダーな女は嫌いではないぞ」
「あなたのお眼鏡に適わなくて、けっこうです」
 エアリスは薄桃色のくちびるを尖らせた。花車といっても、彼女は成人女性だ。肢体は円熟している。だというのに言動は時折いたいけない。危ういバランスだと、ルーファウスは思った。


 ルーファウスはソファーに落ち着き、静かな夜とアルコールを楽しんでいる。
「あったかいバスタブに浸かるなんて、久しぶり。ほっとした」
 リビングに現れたエアリスは、ガウンを腕に引っかけて、パジャマの上着だけといういでたちだった。口に含んでいたホットウイスキーを、ルーファウスは思わず飲みこんだ。紺色のシルクは大腿の半ばまでを隠してはいる。が、膝下のすらりと伸びた足の白さを、濃い色あいがより引き立てていた。まだほんのりと湿った上半身にまといつくシルクは、彼女が動くたびまろやかな輪郭をあらわにしていた。
 難色を示す彼に、エアリスは屈託なく言う。
「ズボンね、大きすぎてずり落ちちゃうから。あなた、背が高いでしょ。ほら、上だけでも十分」
「パジャマは揃いで着るものだ」
「パジャマくらい、好きにさせて」
「お前は子供か」
「あなたがお行儀、よすぎるだけ」
 色仕かけというわけではないようだ。ウイスキーでぬれた口を人差指で拭いながら、ルーファウスは内心ほっとした。女に迫られるために、連れ帰ったわけではない。
「ガウンは羽織っておけ」
「まだ、汗、引かないから。わたし、暑がりだし」
「ここは標高が高いからな。いくらエアコンディショニングされていても、すぐに冷えるぞ。何せ時代は省エネルギーだ」
 設定温度はあまり高くない、と彼は続けた。
 ヒーリンロッジの電力は天然ガスと水力とでまかなっている。ただこの別荘同様に発電施設自体が老朽化しているため、潤沢に生産できるというわけではなかった。彼一人が快適に暮らせるよう使うわけにはいかない。つくりだしたエネルギーは、もっぱらふもとの開発に充てねばならない。
 彼はヒーリンロッジで暮らし始めてから、水力に頼ったベースロード電源に着目している。化石燃料にはあまり手をだしたくはなかった。それらをむやみと掘り起こしていては、いずれ魔晄の二の舞だ。
 水流の位置エネルギー。設備コスト。標高差。建材の確保。発電単価。拠点の制約。それとは別の新たな自然エネルギー。だがしかし。
 思考の海に沈みかけた彼を引き上げたのは、やはりエアリスだった。
「あとでね。うわ、そと、真暗」
 エアリスは小走りでルーファウスの前を横切った。ふと彼女からシャワージェルに混じって知らない香りがした。ルーファウスはにおいには敏感だ。日中はフゼアのパルファムを好むが、就寝前にはウッディのオードトワレをまとう。香水のボトルは洗面所に並べてあるが、それとも違う。そうか、とルーファウスは納得した。あの教会に咲く花の香りがする。
 葉身の青くささと、花びらと蜜腺が慎ましやかにただよわせる清婉なにおい。アンバランスなエアリスに似あいの色香だった。
 これまでよく手折られなかったものだと、彼は半ば感心した。そのあたりに神羅が長年に渡って彼女を確保できなかった理由があるのかもしれない。だがエアリスは己の色香に、あまりに無頓着だ。今のところ彼女を視認できるのはルーファウス一人だった。だがこの先も彼一人とはかぎらない。これはたしなめておいたほうがいいのではないか。
 そう思って戯れに仕かけたところ、あろうことかルーファウスは男として認識されていなかった。女にすげなくされたのは、無論初めてのことだ。矜持が傷つくかと思ったが、面白さがそれを上まわった。
 そして、やはり心のどこかでほっとしていた。エアリスは気楽なハウスメートになりえそうだった。


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(端と端とが接して)

20200820