祭子
2022-07-18 12:51:15
1578文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■WITH DIFFICULTY■

∠[ν]-εγλ0010/08
エアリスは念願のIDを取得します。衝撃の事実に愕然としながらも夫の尽力に胸がいっぱいです。
※サイト掲載テキスト(20201007初出)

■WITH DIFFICULTY■
∠[ν]-εγλ0010/08


「喜べ、エアリス」
 夫がエアリスを手招きしている。勝ち誇ったような顔が年相応に見えた。
「お前の正式なIDができたぞ」
 エアリスは嬉々として彼の執務デスクへとまわりこんだ。画面にはWROのID台帳が映しだされていた。それを覗きこむ彼女の腰を、ルーファウスが支えている。
 ミッディ・ティーブレイク。貴重な休憩時間を幾度となく使って、彼はWROのセキュリティーと対峙していた。半ば躍起になりながらアタックを繰り返す様子は、ルーファウスらしくないようでいて彼らしいとも思う。エアリスは彼の腕にそっと指を絡めた。
「じゃあ離婚しても、わたしの証、残るね」
「私を捨てるのか」
「だって、わたし、何でもするって言ったでしょ。離婚も人生経験の一つ、だもの」
「ひどい女だ、私を利用するとは」
 ルーファウスはいかにも不機嫌だという顔をつくる。芝居じみた様子にエアリスが吹きだすと、彼もまた目笑した。
 エグゼクティブチェアの右側アームが彼女の定位置だった。腰を下ろして、エアリスは改めて画面に見入る。『エアリス・ゲインズブール・神羅』という字配りには、いまだ気恥ずかしさを覚える。配偶者欄にはルーファウスの情報がきちんと加えられていた。エアリスの頬が綻んだ。
「嘘だよ。ありがとう」
 彼の仕事は丁寧だった。居住地の変遷だけでも、アイシクルロッジの番地からヒーリンロッジのそれまでもれがない。
「すごい。調べてくれたんだ。あれ、ちょっと待って、これ」
 生家からの転居先に、エアリスは目を止めた。ミッドガル市の零番街の神羅電気動力株式会社の六五階の宝条研究室のサブフロアのどうたらこうたら。その先はまだ続いていて、なかなか生母と彼女に宛がわれた部屋へたどり着くことができない。途中でエアリスは笑いをがまんしきれなくなった。陰気で無機質だった部屋は、こうして文字で綴られるとあまりに滑稽だ。いい思い出が少なかったあの場所を、こんな風に笑い飛ばせる日が来るとは。振り返ると、ルーファウスはしたり顔で彼女を見上げていた。
「何これ、長すぎるよ」
「私も常々そう感じていた。電子化できない配達物は、社内のどこかで大抵迷子になっていたからな。自社ビルが大きすぎるというのも、難ありだ」
 スラムも大概だったが、と彼は溜息をついた。どうやら相当にてこずったらしい。エアリスは次の引越し先を見る。長く暮らした伍番街の、あのいとおしい家に番地があったことを、今初めて知った。
 そんな風にして、ID台帳には彼女の人生が時系列に並んでいた。ふと妙な数字を見つけたエアリスの顔色が変わる。
「ちょっと待って、わたし、二五歳ってどういうこと」
 上体を捻ると、彼女はルーファウスを見下ろした。彼は肩を竦めている。
「私を睨まれても困る」
「だって」
「誕生年から通算するからだろう。お前の死亡届は提出されなかったらしい。だからだな、ライフストリームにいた年月も含まれる」
「ショック。うわあ、すごくショック。わたし、ちょっと前まで二二歳だったのに」
「気にするなと言っただろう。二二も二五もたいして変わらない」
「ルーファウスって、大らかっていうより、やっぱり大雑把だね」
 今度は本当に不服そうな顔をしたので、エアリスは歯を見せて笑った。
「お前はこの世界で生き続けている。そういうことになっているのだから、仕方がない」
「そっか」
 エアリスは左手を伸ばす。と、彼の髪にくぐらせた。ヘアセットされた横髪をゆっくりと梳く。ルーファウスは静かに目蓋を閉じていた。
「ありがとう、わたしのすてきな夫さん」
 金色にうずもれた彼女の薬指に、指輪が光る。 


■END■
(やっとのことで)

20201007