祭子
2022-07-18 11:39:07
2571文字
Public FF7/R×A/TLKG
 

■A KNIFE WITH A CUT■

∠[ν]-εγλ0010/02
愛犬の散歩のために神羅社長は入念な支度をします。同居人と愛犬にはどうやら不評のようです。
※サイト掲載テキスト(20200831初出)

■A KNIFE WITH A CUT■
∠[ν]-εγλ0010/02


「お散歩」
 エアリスがそう言うと、行儀よく伏せをしていたダークスターの耳がぴくりと動いた。
「お散歩」
 もう一度声をかけられて、尻尾をそわそわと振り始める。ダークネイションと違い、人の手で育てられたダークスターはなかなかに愛嬌がある。そしてまだ遊びたいさかりだ。
 ルーファウスはリビングのソファーに腰かけて、でかける準備をしていた。散歩という名の、リハビリテーションの一環だ。時間はとくに決めていない。ルーチンはあれど、何ごとも順序立ててしないよう気をつけていた。万が一、敵対勢力に神羅社長の所在が明らかになったとしても彼の動きを読まれにくくするためで、ミッドガルにいたころからの常だった。
 武器を選定しながら、一人と一頭を見やる。ルーファウスの目元が和んだ。
 互いに遊び相手ができて何よりだと思いながらも、ルーファウスはあの――ダークスターを迎えた――日のことを少し後悔している。なぜダークスターには思念体が認識できるのか。そのヒントを、彼がアンガーマネジメントに失敗したせいで一つ失ったからだ。
 見えないものが見えるということ。
 当初、ダークスターにのみ備わる感覚ではないかと彼は疑った。改良の時点で特化された部分なのだろうかと。研究内容に一度目を通しておけばよかったのだが、ツォンは抜かりのない男だ。データなどとうに消去されているに違いない。ルーファウスは吐息をついた。突発の怒りはどうにもいけない。短絡的になる。
 ではこれはいきものが本来持っている感覚なのか。
 人間はあらゆるものが退化している。潜在意識にあるはずの感覚もそうかもしれない。だが動物の顕在意識ならば、見えないものが見えるのだろうか。ルーファウスはすぐに自嘲した。根拠のない勝手な想像だった。
 感覚云々についは、切り捨てることにした。彼が考えたところで、こたえは得られないだろう。
 ルーファウスとガードハウンドとの共通点を探したほうが早い。それはただ一つ、彼の遺伝子だ。だとすればエアリスにルーファウスの血縁者を引きあわせることが適切ではないか。
 何人か心当たりがある。父親の落し胤だ。
 敵意、怯え、期待。『敵意』を向けた男は死んだ。ソルジャー部門統括まで上りつめたというのに、あと少しが届かなかったあわれな兄だった。『怯え』と『期待』の消息はあの厄災を経て不明だが、調べようはある。もう一人異母弟がいたことを、彼はふと思いだした。冴えない一般人だった。
 連絡を取ってみようか。そう彼が思い巡らせたところで、エアリスにつつかれた。
「どうしたの。ディー、待ってるよ。ほら、そわそわしてる」
「お前が散歩を連呼するからだろう。あまりいじめるな」
「あなたが、待たせすぎなの。ね、ディー。ご主人様の支度、遅いよね。女の子みたい」
「では、手伝ってくれ」
 彼はいつも脇下に銃を提げている。それとは別に、もう一つホルスターを取りつけようとしていたところだった。最近はサイホルスターを愛用している。見栄えは悪いが、銃がもっとも取りだしやすいからだ。
 エアリスは彼の足元に屈む。と、受け取ったそれを大腿に巻きつけた。
「子供じゃないんだから」
「それはそうだろう。子供にはこんな危ないものは与えない」
「そういう意味じゃなくて。大人は一人でさっさと身支度できるの、普通は」
「ならば私は、まだ子供なのだろう」
「つまらないこと、言ってないで。ほら、選んで。子供だって、相手待たせたら、もうちょっとしおらしくなるよ」
 ウエストのベルトとつないでから、彼女は細い指でホルスターのバックルベルトを調整する。文句を言いながらも、慣れた手つきだった。そのあいだに、ルーファウスはブーツにしのばせる小型のナイフを選んでいる。エアリスは呆れた。
「いつも思うんだけど。ただのお散歩でしょ。こんなにいるの」
「接近戦に持ちこまれると、今はまだ勝てる見込がない。近づかれる前に仕留めたい」
 ルーファウスは悔しげにくちびるを曲げた。鷹揚にかまえているようで、実際のところ好戦的だという自覚はある。口は大いにだすが、手もでるタイプだ。ひょっとしたら足までだすかもしれない。
 敵に囚われるという失態だけは、そうやって何をしてでも避けなければならなかった。会社の代表が半年以上も行方知れずでは事業が立ち行かなくなる。神羅カンパニーは、とくにこれからが正念場だ。
「筋力が戻れば、少し減らそうとは思っているが。拘束されてしまえば、相手に武器をただでくれてやることになるからな。なかなかにバランスが難しい」
 彼の大腿に両手をそえたまま、エアリスはルーファウスを見つめている。悲しそうな眼差に、彼は肩を竦めてみせた。
「いい加減、慣れろ」
「いやです」
「では心配するのをやめるといい」
「できません」
 ルーファウスはおのずと微笑した。ふくれっ面の、彼女の優しさが心地いい。
「散歩くらい一人で行けると言い切った手前、次何かあればそれこそタークスに軟禁される。私は自由でいたい」
「だから、わたしにロッドとマテリアちょうだいって、言ってるのに」
「私も再三言ったはずだ。魔晄とは縁を切った。人工マテリアは使わない。それに、私にもプライドというものがある。お前には頼らない」
「もう、あなたもツォンも。見栄の張りあいっこばっかりして。男の子って、面倒くさい」
 エアリスは太ももをつねってから、立ち上がる。彼女はなかなかに手が早い。しかも神羅社長をはたいたりつねったりと、不敵だ。ルーファウスはこれまで誰からも受けたことのない攻撃を、避けるすべなど持たなかった。
「ディー、お前は私の味方だろう」
 ぴすぴすとダークスターは鼻を鳴らしてから、ルーファウスの膝に顎を置く。赤色の目玉は何やら不満げだ。
「悪かった。お前のことは信じているよ」
 携帯を迷っていたナイフはテーブルに置いた。ルーファウスはダークスターの太い首を撫でる。ふと顔を上げると、エアリスが微笑んでいた。ルーファウスは眩しそうに目を細める。
「待たせたな、行こうか」


■END■
(傷のついたナイフ)

20200831