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碧
2023-10-31 21:26:41
4747文字
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青と紫と白蓮雲(その3)
「大根餅の珍事」の後、藍啓仁先生他の思惑により、江宗主と藍宗主は対外的に昵懇の仲であることを知らしめさせるべく「活動」をせねばならないこととなったのですが…
「最悪だ
……
」
江澄は蓮花鵜の自室で頭を抱えていた。
その隣には半分買い取らされた大根餅が堆く積まれている。
「最悪も何も自業自得だろ?」
そう言いつつ魏無羨はぽいと大根餅を口に放り込んだ。
「まあ俺も門弟たちもこれ好きだし、無くなるのは時間の問題だって」
「そうじゃなくて!!」
江澄は叫び、目の前の巻物を指さした。
そこには達筆で何やらびっしりと書き記されている。筆の主は手練れの者らしいが、その筆致にはありありと怒りが見て取れる。
「今後、江宗主と藍宗主はあらゆる手段を以て昵懇の仲であることを世間に知らさしめるべし」
魏無羨はそのうちの一節を読み上げた。
「なんでこんなことになってるんだよ
……
」
「そりゃ分かってるだろ?あの一件以来、修真界には激震が走ってる。四大世家の宗主同士が犬猿の仲だ、くらいの噂ならまだしも、どちらかが相手を殲滅すべく温狗みたく残虐非道の限りを尽くすつもりだ、なんていうきな臭い噂まで飛び交ってる始末だ。それに備えてどちらにつくか賭けをしたり、早くも戦闘準備を始めている仙家もあると聞くぞ」
「
……
阿呆か」
「まあ俺もそうは思うが、射日の征戦から数年経つとはいえみんなぴりぴりしてるんだよ。おとなしく藍じじい
……
じゃなかった、藍先生の忠告に従うんだな」
「忠告というか、これはもう命令だぜ」
うんざりしたように江澄は呟く。
「お前だけじゃない。こっちだって死ぬほど面倒くさかったんだからな。ほれ、頼まれてたやつ」
ぽい、と書付が投げつけられる。
「現在、一番完全に近い澤蕪君の情報だ。これを頭に叩き込んで会談に挑め」
「うへえ
……
」
「うへえじゃない、とっとと読め。これを纏めるのは間違いなくお前の補佐仕事を始めてからの一番の難行苦行だったぞ」
藍曦臣との「会合」は一週後と決められた。
そこで二人はにこやかに話し合い、その談話は即座に書き下ろされ、諸仙家に公表される。
おまけに絵師が描いた二人の似絵も同時に公にされるらしい。
酷い話だ。幼少の頃にだってこんな恐ろしい罰は受けたことはない。
宗主としての執務が終わった後、江澄はぶつぶつ言いながら魏無羨が纏めた書付に目を通した。
が、暫くののち真顔になった。
藍曦臣の父、青蘅君と母たるその妻についてはもとより少しばかりの知識はあった。
即ち母は藍兄弟が幼い頃に早逝し、青蘅君は先日の射日の征戦にて命を落とした、という通り一遍の「知識」である。
だが書付を読み、もう少し深い事実を知った。
原因は定かではないが、母ー「彼女」は青蘅君の恩師を殺していた。
当然彼女は藍氏に捕縛され、罪を問われることとなる。
だが青蘅君は彼女を妻とし、同時に幽閉した。
そして長男曦臣、次いで次男忘機が生まれた。だが罪人であるがゆえに(若しくは他の理由かもしれない)子供と会うのは月に一度に限られていたという。
しかしある日、彼女は突然身罷った。
それらの「事実」は余分な装飾が微塵もない魏無羨の淡々とした筆致で書かれているがゆえに、余計に凄惨さを感じさせられた。
更にぞっとするのは、なにひとつ起こった物事の原因が分からないことだ。
何故彼女は恩師を殺したのか。何故師を亡き者にされたにもかかわらず青蘅君は彼女を娶ったのか。
そして何故彼女は身罷ったのか。
そこには恐らく深い闇がある。覗き込むとじっとりと見返され、覗いたことを後悔するであろう深い深い闇が。
江澄とて宗主の家の嫡男として生まれたとはいえ、幸せな家庭環境に恵まれたとは言い難い。
何かといえば義理の兄ばかり贔屓する父、誰もかもを威嚇し恫喝しつづけた母。
だがこの書付を読み進めるにつれ、藍兄弟よりはよっぽどましだったと思わざるを得なかった。
自分の両親たちは理不尽ではあったが、少なくとも不可解ではなかった。
ふう、と江澄は溜息をつき書付を置いた。
あの外面こそよいが、理由もなく(と思える)ある特定の人物(無論、自分だ)を目の敵にする変人にはどうやらいささか同情の余地があるようだ。
正直、両親を惨殺された身としてはいつまで幼少の砌の辛い経験を引き摺っているんだと言いたくもなるが、人の心の傷はそう簡単に比べられるものではないし、不幸自慢をし合っても虚しいだけだ。
せいぜい「会合」では分別ある大人の対応を取ることにしよう、と江澄は決意した。
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寒室はいつものごとく美しく、全てが整えられ非の打ち所がない状態であった。
とはいえども江澄は「いつもの」寒室を知らない。未だかつて招き入れられたためしがないからだ。
「江宗主」
しかし今日は他ならぬ部屋の主、藍曦臣が戸口に立ち丁寧な拱手を行っている。他ならぬ江澄に向けて、だ。
ただその麗しのかんばせからは表情という表情が抜け落ちている。
こうなると弟と本当に瓜二つだな、と思いつつ江澄もまた「藍宗主」と挨拶し拱手を行った。
だが勿論、彼らは二人きりで対峙しているのではない。
江澄が従えているのは雲夢の門弟数名だ。
もちろん、部屋の中には姑蘇の門弟はが控えている。
両者とも山のような木簡や硯、紙を抱えてしかめつらしい顔をしてこちらを見つめているので居心地の悪いことこの上ない。
更には公平を期するため、という分かったような分からないような名目で金と聶の門弟たちもちらほらと混ざっている。
ーーなんでまたこんな大事になっているんだ。
重々しい顔をしつつ、しかしその実江澄は内心ではおかしくてならなかった。
これは絶対帰ったら逐一魏無羨に報告してやらなければならない。
「今日はお行儀よくしてくださいよ」
「観衆」に対しにこやかに微笑んでいる藍曦臣にそっと囁く。
一瞬微笑みは消えたが、すぐに飛びっきりの笑顔で彼は囁き返した。
「あなたの方こそ」
しかし、事態は予想外の展開を見せた。
「それではお二人揃いましたので、早速幾つかお伺いしたいと思います」
年嵩と見える金の門弟がやおら立ち上がり「宣言」する。
おいおい、会談と聞いていたのに尋問か?こんなのは何も聞いていないぞ。
江澄は一瞬面食らったが、居並ぶ藍曦臣は怯む様子もなく相変わらずバカ面
……
いや麗しいお顔に麗しい笑みを浮かべていらっしゃるのですぐさま同じような笑顔を浮かべた。
「先日の清談会からこの方、宗主お二人の不仲が噂されてますが、そのことについてどう思われているか教えていただけますでしょうか」
澱みなく門弟は問うた。
勿論、この質問に対する答えはさんざん頭の中で練ってきた。
「先に答えても?」
一応年長者の顔を立てるべく藍曦臣に笑顔で尋ねる。
「もちろんです」
これまた艶やかな笑顔で彼も応える。
しかしそれは、抹額で縛っておかなければ顔面がばらばらになるのではないかと思わせるほどぎこちない笑顔だった。
さすれば拾って荼毘に付し供養の一つでもしてやろうか、などとろくでもないことを考える。
しかし、今はまず「世間」への釈明だ。
「まず、このような噂が立ったことに驚いている。私達があの場で口論したように見えたのはひとえに不測の事態に狼狽しきっていたからに他ならない」
すらすらと江澄は答える。
「そもそも私は座学の頃より澤蕪君を見知っている。我々とさして年も違わぬというのにこの方は既に一人前の仙師の風格を備え、授業の代行をされても成人の仙師となんら引けを取ることはなかった。私
……
いや、座学生みなの憧れの的、それが澤蕪君であった」
それは全て本当のことだ。
あのころ、自分は間違いなく澤蕪君-藍曦臣に憧れの念を抱いていた。
同年代よりも少し上に過ぎないのにその落ち着きよう、また森羅万象に通暁するかと思われる博識ぶりに心底感服したものだ。
自分もいつかはああなってみせる。彼のようになり、同じ宗主として並び立ち、ひいては認めてもらう。
そう勢い込んでいた。
「
……
江宗主?」
戸惑いの表情を浮かべた金の門弟の問いかけに江澄ははっと我に返った。
「あ、すまない。勿論その後宗主となられ、三尊として立たれた澤蕪君のことは今なお尊敬している。あと、残念ながら私は今も雲夢、そして蓮花鵜の再興に奔走しており、澤蕪君だけではなく他仙家宗主歴々と懇親を深めるには至っていない。なのである特定の宗主と不仲だという噂が広がるのは摩訶不思議としか言いようがない」
無論、これは嫌味だ。雲深不知処も温の襲来を受けたが、完膚なきまでに壊滅的な打撃を受け、宗主夫妻や主要な門弟をほぼ全て失ったのは雲夢江ただ一家である。
そんな仙家の宗主が他宗主と仲違いだなんだといった「お遊び」をしている暇はない、という皮肉を暗に込めた。
「私からもよろしいですか」
もう表情筋が笑顔の形で凍りついたのではないかと思うくらい満面の笑みで藍曦臣が引き取った。
「江宗主は、先程ご本人からお話がありましたように我が姑蘇に座学に来られて以来のお付き合いです。江宗主ー当時の江公子は非常に優秀な成績を収め、将来有望な若者として常に注目しておりました」
はは、嘘をこけ。嘘を。
藍曦臣の美辞麗句を聞きつつ、江澄もまた彼に負けぬほどの顔いっぱいの笑みを浮かべた。
しかし、江の門弟がその笑顔を見たならばすぐさま尻尾を巻いて逃げ出すであろうことは請け合いである。
「その後、不幸なことに江氏の本所地、雲夢と蓮花鵜は温の焼き討ちという悲劇に遭いました。ですが壊滅的なまでに破壊された雲夢を今見るような隆盛を誇るまでに復興させたのは、ひとえに江宗主の辣腕あってこそのことです
……
」
何から何まで嘘で塗り固められた藍曦臣の「宣言」ではあるが、復興に関しての言及はその通りだ、と江澄は心中自負した。
だが、そこには少々思うところがある。
雲夢復興に際し、他仙家、特に江以外の三大世家は惜しみなく金銭援助をしてくれた。
また、聶明玦は折りにつれ蓮花鵜を訪れては助言をくれたし、金光瑶も時折土木技術に優れた金の門弟を遣わしてくれるなど様々な配慮をしてくれた。
しかし藍氏から届いたのは毎度毎度金子のみだった。
それは莫大な額で、貰えるものは貰う主義の江澄でも少々引け目を覚えるほどのものだった。
確かにそれは有難かった。が、受け取る立場でこんなことをいうのはなんだが、なんとも人情味のない「支援」だった。
宗主に嫌われているのだから当然だ、むしろ支援をしてもらうだけでも多としなければと自分に言い聞かせたが、本音を言えば突き返したくて仕方がなかった。
が、広範囲に亘る雲夢の復興のためには金子は幾らあっても足りないのが実情であり、そこは江氏のためよと受け取った。
だが、今はとにかく衆目の面前の中で「友情点」を加点することが大事だ。
「その折は藍氏から莫大なご支援を頂きまして、感謝に堪えません」
更に精一杯にこやかな表情を作り、江澄は一礼した。
「とんでもありません。困った時には助け合うのが友というものでしょう」
すかさず麗しの笑みと百点満点の回答が返ってくる。
その面に紫電でも食らわせてやればどれほど痛快だろうと思いつつ、江澄もまた彼に微笑み返した。
このような和やかな、その実丁々発止の「会談」は結局二刻にも及んだ。
「以上です」
藍の門弟の号令に思わず肩の力が抜ける。
やっとだ。やっと地獄のようなやりとりから解放される。
江澄はほうっと息をついた。
だが、彼は無慈悲にも次の言葉を続けた。
「今から彩衣鎮の孤児院に行っていただきます。澤蕪君がよくご訪問されている施設です。ご友人の江宗主にも是非一度お運びいただきたく
……
」
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