きさぎ
2023-12-19 22:44:04
4113文字
Public Wednesday Strangler
 

Wednesday Strangler -PILOT-

最初期にミック君のキャラを掴むために書いたパイロット版。主人公が喋らないタイプのノベルゲーム的なのをイメージして書いてた。
おまわりさんはプレイヤー代理・夢主・モブのポジションなので思いついたパターンだけ存在する

マイケル・クラフトを殺しますか?
 殺す。こいつに殺された仲間の復讐を果たす。
 ▶殺さない。逮捕して法の裁きを受けさせる。

 薄暗いリビングに哄笑が響いた。リビングチェアを不法に占拠するその男は、片手で顔を覆い喉をそらして大笑している。
「っくく……はぁ……。まったく、つまんねえこと言うなよ、おまわりさん」
 ひとしきり笑った男は、ゆっくりとこちらを向いた。
 妖しげなきらめきをたたえる明るいコバルトグリーンの左目が、帰宅して間もない警官――ニール・プラットの双眸を射抜く。
「おまわりさんの仲間がこぞって俺を殺したがってるのは知ってるだろ? 警官殺しは許しちゃおけないってさ」
 男はやたらに細長い足を緩慢と組み、頬杖をつく。演技がかった動作が窓から差し込む月光のスポットライトに照らされると、この顔のいい男はことさら舞台上の役者めいて見える。頭が傾いてほとんど白く見える金髪がさらりと流れたが、それでもこの殺人鬼の右目が他人にさらされることはなかった。
 ――マイケル・クラフト。地元メディアから『水曜日の絞殺魔』と呼ばれるこの男は、警察官を二人殺害している。警察官以外にも軍人、一般人、果てには中国系マフィアの構成員までその手にかけた、正真正銘の連続殺人犯だ。
 警察官という生き物は概して仲間意識が強い。ゆえに殺された警察官と同じ署に勤務する者たちは水曜日の絞殺魔を忌み嫌い、復讐心に憑りつかれていた。縄跳びなどという警官殺害の凶器には不似合いな道具で絞殺されたうえ、色鮮やかなそれをリボン結びで首に“かわいらしく”巻き付け残されていたものだから、怒りもひとしおだ。被害者への侮辱があきらかなさまに、大多数の警察官はクラフトを逮捕して法で裁くよりも、逮捕劇のさなか“やむなく”射殺する展開を大いに望んでいた。
 だが復讐の機会が訪れた日、多くの銃口が――丸腰の――クラフトを狙ったにもかかわらず、誰一人としてクラフトを撃ちぬくことはできなかった。クラフトは自分に向かって放たれた銃弾のすべてを、人外じみた身体能力と反射神経をもって躱しきったのだ。
 唯一の例外がプラットの弾丸だった。それは、全くの偶然によって引き起こされた奇跡であった。命中させたプラット自身も、その場にいて意識をたもっていた警官たちも、撃たれたクラフト自身にとっても、一瞬時が止まるほどに予想外の。
 結局その日はクラフトが手負いで退き、プラットたち警察側もクラフトにさんざん蹂躙されて満身創痍で追えず逮捕が叶わなかった。
 以来、クラフトは自身に唯一傷を負わせたプラットを特別視するようになった。新たに殺人を犯せば被害者のアクセサリーを取り丁寧に梱包して彼宛に警察署へ送り付けたり、彼と遭遇しては「今日こそ俺を殺してよ」と言って襲いかかってきたり――挙句の果てに今日の不法侵入だ。
「だからさあ、おまわりさんはその引き金を今すぐ引くべきなんだよ。俺を殺すべきだ。お仲間の復讐を果たしなよ、おまわりさん。仲間を殺されて怒ってるんだろう、あんたも?」
 みずからに突きつけられた銃口を認識してなお、クラフトはこの空間に銃など存在しないかのような余裕をもってにんまりと笑った。
 プラットが殺さないと答えたから発砲しないと信用しているのか、それともこの距離で放たれた銃弾すら躱す自信があるのか。あるいはその両方なのだろう。
 撃ったところで当たるつもりもないくせに……。毒づけば、クラフトはそのとおりとうなずいた。
「棒立ちで撃たれちゃ、おまわりさんが俺より強いことにならないでしょ。俺を殺すおまわりさんは、俺よりも強くなくちゃならない。俺を殺す男は、俺よりも強く、俺を圧倒する男でなければならない。そういう男でないと、俺を殺せないからね。だから避けるよ。戦って、抗って、抗いぬいて……それでも敵わない相手であるべきなんだよ。俺を殺す男っていうのは」
 語る声の甘さが、その内容と乖離している。こちらを見つめる翠の瞳にうかぶ、愛おしげな色も。
 クラフトを追う警察官の誰一人、彼の犯行動機を知らなかった。自分よりも屈強な男を力技で殺し、自分はこいつらよりも強い人間だと能力を確認しているのではないかという推測があっただけだ。
 ――違っていた。そうではなかった。もしかするとこの男は、ただ、自分を殺せる人間を探していただけなのだろう。
 そうしてあの日の邂逅で、プラットのことを『そう』だと確信した。プラットの戦闘能力はクラフトの足元にも及ばないというのに、ただまぐれ当りをしただけで厄介な男に付きまとわれることになってしまった。
「だから引き金を引けよ、おまわりさん。戦おう? 殺し合おうよ。俺を殺してみせてよ」
 映画の一幕を見ているのだと、一瞬プラットは錯覚した。愛でも歌うように言ったクラフトが、月の光のなかで立ちあがり、こちらに歩いてくるさまを。
 クラフトの手が、銃を構えるプラットの手を包み込む。殺人鬼の手によって導かれた銃口は、クラフトの心臓の上にぴたりと当てられた。
 プラットは咄嗟に引き金から指を離してクラフトを振り払い、彼の心臓から銃を遠ざける。
 ――殺しはしない。必ず生かして逮捕すると決めているからだ。
 たしかに仲間を殺された怒りはある。クラフトの大立ち回りで殺された警官のなかには親しくしていた同僚もいた。
 だが、だからと言って殺してどうなる? クラフトを殺したところで溜飲が下がるのは警官だけだ。ほかの被害者遺族は納得するか? 胸のすく遺族ばかりではないだろう。
 何よりも私怨で引き金を引くことの、いったい何がクラフトのなした殺人と違うというのだ。
 クラフトはおもわぬ抵抗にあったとでも言うように目を丸くし、次いで顎に手を当てて首を傾げた。
「困ったな。はやく殺して欲しいのに。おまわりさんはどうしたら俺を殺す気になってくれるんだろう?」
 諦めろ、と吐き捨てる。クラフトが聞き入れた様子はなかった。
「もっとお仲間を殺すとか? おまわりさんの指導巡査だったヤツや、おまわりさんのアカデミー時代の同期を殺す? ああ、それとも――
 ちら、と向けられた笑みに歪んだ目に、プラットの肌が一挙に粟立つ。
「おまわりさんって可愛がってる姪っ子がいるんだっけ。親代わりの姉の娘ふたり。市内に住んでて近くの高校に通ってるんだよね。妹のほうは小学生……ガキすぎるけどまあいっか」
 それがどうした、と言う声が震えた。額に脂汗が滲んでいる。
 いったいどこまで、自分の身辺が握られているのか。どうやって調べたというのか。姉が親代わりだったなんてそうそう話の種にしないし、姉の住所だって必要な書類以外には明かさないのに。
「このふたりをさ、さらってレイプでもしたら、おまわりさんは俺を殺したくなってくれるかな? 何度も何度も犯して孕ませて、繰り返し首を絞めて苦しめて壊して殺したら、俺を殺してくれる?」
 ばしん、と乾いた音がリビングに響く。
 我に返ると、クラフトは顔の横でプラットの拳をつまらなそうに受け止めていた。
 逆上して殴りかかったのだと気づくのに、二秒要った。
「ダメでしょ、おまわりさん。なんで銃があるのに殴るのさ。まさか身内を殺すって言われても脅威を排除する気になんないの? 俺はおまわりさんに殺る気になってもらうためならなんだってやるよ? 女犯して殺すのもガキを犯して殺すのも趣味じゃねえけど、あんたに殺してもらうためならやってやるぜ? もっと本気で止めようとしろよ、なあ、刑事さんよ」
 ぎりりと握り込まれた拳が軋む。
 何度刑事だと訂正してもかたくなに「おまわりさん」と呼んできた男が、初めて正しい階級で呼んだ。クラフトは怒っているのだと、彼はそれでわかった。おまわりさん、というのがクラフトにとっての愛称であり、本心から親しみを込めているのだとも、「刑事さん」と呼ぶ声の低さと刺々しさが語っていた。
 それでも、とこたえる。それでも自分は決して殺さない。犯罪者を裁くのは殺意ではなく法であって然るべきなのだ。
「俺があんたの目の前で姪っ子をなぶり殺しにしても、あんたの目の前でお姉さんを殺してもそういうの」
 そうだ、と断言する。私怨による殺人など許されるべきでない。たとえ仲間の復讐であったとしても、たとえ家族の復讐であったとしても。真実正しい復讐とは、法の裁きによってなされるものだ。
 プラットは痛みに顔をゆがめながらもクラフトから視線を外すことなく言い切る。
 ふうん、とクラフトが軽薄に笑った。
「たとえば俺がここであんたに捕まってあげて、裁判で懲役を言い渡されても、俺は今度は刑務所の中で殺しをやるよ? 刑務所にいるごつい男たちのなかに、俺を殺せるやつがいないか、見つかるまで試し続ける。だから逮捕したって無駄なんだ。俺は殺人を反省しないし、ちゃんと抵抗して俺を殺さなかったあいつらが悪いってい本気で思ってる。俺を法で裁くっていうこと自体が、何の意味も持たないことなんだよ、おまわりさん」
 クラフトにとって無意味でも、被害者の遺族にとっては充分に意味のあることだ。犯人がきちんと逮捕されて裁判を受け、有罪判決が出ることで心に決着をつけられる遺族だっている。
「何の反省もせず、罪悪感すら抱かない犯人が有罪を食らったところで、けりをつけられる遺族なんているわけ? 俺の裁判を傍聴しに来た遺族は思うだろうね。こんなやつは殺されてしかるべきだ、って。もしかすると銃を持って襲いに来る家族もいるかもしれないよ? あるよね、そういう事件。そうしたら不必要な逮捕者を出すことになる。本来逮捕歴なんて残る必要のなかった人間が、あんたが俺を殺さなかったばっかりに出てくるんだ。あんたのせいで罪を犯す善人がね」
 だから、とクラフトはいやに甘くささやいて警官の手を解放する。一歩引き、踊るようにくるりと周り、満面の笑みで両腕をひろげた。
「さあ、愛しのおまわりさん。いますぐ俺を、殺してよ」