ナガレ
2023-10-15 18:42:49
3075文字
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ねこと縁側(ぶぜまつ)

昼寝中の豊前とそれを見つけた松井と、いつの間にか住み着いていた三毛猫の短い話。今日も本丸は健やかで平和です。

――縁側に豊前が落ちている。

業務が一段落したから少し休憩しようかと、松井江は事務方の詰所部屋から自室に戻るため廊下を歩いていた。中庭に面した共用廊下の先、江の者達の部屋が並ぶ区画。足を止めてまず初めに抱いた感想はそれだった。
朝晩は冷え込むようになってきたけれど、まだ昼間は日が差せば暖かく、今日は春のように穏やかな陽気だ。昼食を終えてうとうとしてきたから、少し昼寝でもするかと考えてもおかしくはない。
先日まで遠征に出ていた豊前江。その代休としてしばらく非番を与えられており、万屋街に足を伸ばしてみたり篭手切江のれっすんに付き合ったりしていたのを松井は知っている。しかし今日は何の予定も入れることができなかったのだろう。
部屋から持ち出した座布団を二つ折りにし、横向きに寝転がって体を丸める内番着姿の豊前は惰眠の中。夏の間は腰巻きにしていた上着も、前が開いているとは言えきちんと着ている。体を動かしている時ならともかく、さすがに半袖一枚で昼寝は辛い。今はまだ日差しが届いているけれど、それもすぐに去ってしまう。秋の日はつるべ落とし、傾けばあっという間に暮れていく。
体が冷えてしまう前に起こした方がいいかもしれない。しかし気持ちよさそうに眠る彼を起こしてしまうのも忍びない。松井は悩んだ。

……とりあえず、何か掛けるものはあった方がいいかもしれない)

今は薄手の毛布か大判の膝掛けを掛けておき、日が陰る前にまたここに来て起こせばいい。あと一時間くらいは大丈夫だ。上に掛けるものを取りに行こうと松井は踵を返しかけたが、それよりも先に豊前がもぞりと身動いだ。松井は豊前を覗き込むように見下ろした。
突然影ができた事に気づいたのか、閉ざされていたゆるりとまぶたが開いていく。寝起きで焦点のぼんやりとしている豊前に「まつい?」とどこか寝ぼけた声で呼ばれ、松井は思わず忍び笑いを漏らしてしまった。

「おはよう。何か上に掛けるものを持ってくる」
……いや。起きるからいらね」

元から少し横になるだけのつもりだった。豊前は起き上がると、あくびを一つしてからぐぐっと体を伸ばした。基本的に豊前の寝起きは良くて、すぐ行動に移る事ができる。松井はなかなか覚醒しない性質だから、素直に羨ましいと思う。事実、ついさっきまで寝ぼけ眼だった豊前の目はぱっちりと開いて、意識もはっきりとしている。松井なら目が覚めるまであと三十分は必要だ。

「それに、コイツがいたからぬくかった」

コイツ?と疑問に思った松井に、豊前が「ここ」と指を差した。指で指し示された先、豊前の陰に隠れるようにそれは丸まっていた。ずんぐりとした立派な体躯、白黒茶色が混じった毛並み。いつの間にかこの本丸に住み着いて、気づけば豊前に懐いていた三毛猫だ。どうやら豊前はこの三毛猫で暖を取りながら昼寝をしていたらしい。

「天気もいーし、ちっと寝るかって転がったらやって来たんよ」

豊前が起きた事で三毛猫もまた目を覚ました。起きて大きく体を伸ばした三毛猫を豊前がうりうりと撫で回している。……たまに僕にやる撫で方と同じだ。やはり豊前の中で僕とあの猫は同格なのではないのだろうか。そんな疑問が降って湧いてきた松井は、思わず疑いの雲がかかった目つきを豊前に向けてしまった。

「? どーした?」
「別に何も」

松井の疑問に気づいているのかいないのか、豊前は片手で三毛猫を撫で回し続けながら屈託ない顔を松井に向けてくる。……そんな事を考えてしまった僕の方が馬鹿みたいじゃないか。松井もこの三毛猫が嫌いなわけではない。とはいえ積極的に構う事はしないし、豊前を巡る敵同士ではあるけれど。今は豊前の前だから休戦だ。松井が三毛猫にちらりと目線を送ると、三毛猫も心得たと言わんばかりに小さく一鳴きした。

「お。鳴いた。腹でも減ったか?」

今は煮干し持ってねーんだよなぁと、豊前はのんきに三毛猫に向かって話しかけている。話しかけられている三毛猫の尻尾は縦に揺れていた。松井は時々、この三毛猫がこちらの言葉を理解しているんじゃないかと思う時がある。たとえば今とか。
しばらく尻尾を揺らしていた三毛猫は立ち上がって豊前から離れると、今度は松井の足元でにゃあと鳴いた。――さすがの僕でもこれはわかる。そんな甘えた声で鳴くなんて、本当は煮干しじゃなくて猫用おやつが欲しいんだろう。僕の部屋に来ると、いつもそうやって鳴くもんな。
もしかして僕は餌付けをしてしまったのではないかと、松井は最近思っている。近くでにゃあにゃあ鳴かれると根負けして与えてしまう僕も僕でいけないんだろうけれど。立ち上がってカリカリと爪とぎの如く足を引っかいてくる三毛猫に向かって、ため息混じりに「わかったよ」と松井は返事をした。

「少しだけだからね。前も忠告したけれど、これ以上丸くなったらずんぐりを通り越す」
「っ、くく……

……そこ、笑いを噛み殺しているの丸わかりだから。松井の表現が笑いのつぼに入ったのか、豊前は顔を背けて口元を押さえていた。笑いそうになるのを堪えているつもり、らしい。しかし不規則に肩が震えており、隠しきれていなかった。今の三毛猫の姿は松井が表現する通りで、この本丸の刀剣男士十振りに聞いたら九振りが賛同してくれるに違いない。住み着いたばかりの頃は、もっとほっそりしていたはずだ。

「確かに前と比べたら丸く――いや、成長したもんな」
「最初に煮干しをあげていたの、誰だっけ?」
「俺だな」

真顔でわざとらしい真面目な声色を作って返す豊前に、今度は松井が笑ってしまう番だった。君、自覚あったんだ。餌付け番付があれば、豊前は上から数えた方が早い。以前は「懐かれて悪い気はしないので構っているだけ」と言っていたが、今では積極的に構っていると思う。松井がひっそりと対抗心を燃やしてしまうくらいには。松井はあくまでひっそりとだと思っているが、豊前は松井がしっかりとこの三毛猫に妬いている事を知っている。

「僕も何か飲み物を持ってこようかな。休憩するつもりだったし。豊前も何かいる?」

そうだな……と豊前は数秒考えた。寝起きで喉が乾燥しているから何か潤すものが欲しい。松井が持ってくるなら水か茶だ。熱くなければ同じ物でいいと豊前は松井に頼んだ。

「ついでにあれも持ってくる」
「あれ?」
「ころころして取るやつ。君の服、すごい事になっているから」

松井にそう言われて、豊前は自身が着ている内番着を見た。黒いTシャツは秋の換毛期ということもあり毛まみれで、腹の辺りに三毛猫が丸まっていた事を如実に示している。さすがにこのまま洗濯に出すのはどうかという量だった。
すぐに戻るからと言って松井がその場を離れると、三毛猫もついてきた。いつも猫用おやつを貰うのは松井の部屋なので、今日も松井の部屋で貰えると思ったのだろう。そして豊前も何故かついてきた。

「どーせ暇だし、何か手伝える事があれば手伝う」
「ありがとう。でも、部屋に入るのはころころしてからね」
「そいつはいいのに?」
……それもそうだね。君、部屋に入る前に豊前に梳いてもらうんだ」

そんな豊前と松井のやりとりに、毛繕いよりもおやつが先だと足元の三毛猫が抗議した。


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この後、部屋の入り口を開けて事務仕事を再開する松井。縁側でブラッシングをする豊前に「お前、重たくなったな……」と言われたので、三毛猫は着実に成長している。


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