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ナガレ
2022-12-15 14:05:05
3924文字
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豊前と松井と昼の焼きそば(ぶぜまつ)
2022/12/11のDozen Rose Fes.2022「Be With Me!!」で、サークルスペースにご来訪いただいた方にお渡ししていたペーパー小話。豊前が松井に焼きそばを作る回。この話(
https://privatter.net/p/9021201)から続いていますが、単品でも読めます。
※web横書き用に改行等調整しています。
――
時間が合えば一緒に昼飯食おうぜ。
――
絶対昼までに終わらせるから。
今朝、朝食の場での松井江とのやりとりを豊前江は思い出していた。朝は米と味噌汁派の豊前と違い、松井はパンがメインの朝食を好む。それでいて甘いものが好き。至福の表情を浮かべながら朝食のパンケーキ(たっぷりのメープルシロップに塩分控えめバターを載せて)を胃に収めていく松井を、豊前は苦笑い混じりに見ていた。バニラアイスを添えた分厚いふわふわのパンケーキが三枚、あれが彼の体のどこに入っていくのか本当に不思議だ。
そんな松井が抜きがちなのが昼食である。作業に没頭していると時間を忘れてしまい、腹の虫が鳴く頃には昼食の時間が終わっている事もしばしばあるのだという。自分で何か用意してもいいのだが、それはちょっと面倒くさい。コーヒーと固形の栄養補給食で終わらせる事が多かった。
今日の仕事は大変だと言っていたが、やはり食事は重要だ。燃料が無ければ走れない。豊前は一考し、焼きそばを作ってやるから一緒に昼食を食べようと松井に持ちかけた。松井は乗り気だった。昼までに終わらせると言っていたから、そろそろ終わる頃だろうか。午前の馬当番を終えると、豊前はまず厨に向かった。焼きそば用の麺を三玉、追加の野菜はもやしを見つけた。あと、朝から確保しておいてもらった細切れ肉。今日の焼きそばはいつもより肉が多めだ。松井もきっと満足してくれるだろう。ついでに紅生姜も探しておこう。松井は赤い色の食べ物が好きだから、紅生姜も好きだ。
「よし、材料はこんだけありゃ十分だな」
柱の壁掛け時計はそろそろてっぺんで針が重なりそうである。松井を呼びに行くために、豊前は一旦厨を出た。食材には全部自分の名前を書いて貼っておいた。
「松井、いるか?」
事務仕事が得意な男士達が根城にしている、通称・執務部屋。一声掛けてから部屋の障子を開けたが、松井は執務部屋にいなかった。今日は執務部屋での事務仕事だと聞いていたのだが
……
。豊前は中で仕事をしていた男士に尋ねてみた。曰く、松井は朝に一度顔を出したきりなので、おそらく自室で仕事をしているのではないかとの事。彼に礼を言うと、豊前は松井の部屋に向かった。
松井の部屋は豊前の部屋と同じ並びにある。刀派(というと語弊があるが、豊前自身はそこまで気にしていない)で纏まっていた方が何かと楽だろうと、江の者達の部屋はまとめて同じ並びに配置されていた。自分の部屋の前を通り過ぎて、一つ、二つ目。日当たりが良くて、冬はぽかぽかと暖かい縁側すぐの部屋が松井の部屋だ。部屋の障子は開いているし、中で人の動く気配もある。豊前は松井を呼んだ。
「松井、昼飯の時間っちゃ」
「
……
あぁ、もうそんな時間か」
豊前が声を掛けると、文机の前に座る松井が顔を上げてぐぐーっと大きく伸びをした。書類仕事で固くなってしまったのだろう。ぐるぐると腕やら肩やらを回してる。後で肩を揉んでやろう。同胞の篭手切江ほどではないけれど、豊前もマッサージはそれなりに得意だ。した事があるのは松井だけだが。
「焼きそば、食べるだろ?」
「うん
……
」
「?」
松井の様子が少しおかしい。朝は絶対昼までに終わらせるから食べると食い気味だったのに、今はものすごく申し訳なさそうな顔で豊前を見ている。何か不都合でもあったのだろうか。
「その、もう少しできりの良いところまでいきそうなんだ。悪いのだけれど、先に食べていてくれるとありがたい」
「冷めちまうぞ」
「後で温めるから大丈夫」
本当は作りたてを食べたいけれども、まだ終わらない。かと言って、豊前を待たせるのも悪い。それなら後で食べに行こう。そんな所だろう。松井の性格的にきりのい良いところまでやってしまいたいというのもありそうだ。松井はいつもそれで昼食を食いっぱぐれているのを豊前は知っている。
「いーよ。待ってる。材料は確保してあるけ、松井の仕事が終わったら作っちゃる」
「でも、豊前お腹空いてない? それに午後の予定も狂ってしまう」
「でーじょうぶ」
じゃあ、厨で待ってるから。そう言うと豊前は松井の髪を乱暴に撫でて部屋を出て行った。松井には内緒だが、十時のおやつというものを貰ったので、まだ腹はもつ。調味料や調理器具の用意をしながら、豊前は松井を待った。昼飯の時間内には来ないだろうなと思いながら。
* * *
「終わった
……
」
そう言いながらぺたりと文机の上に上体を倒すと、ぐうと腹の虫が鳴いた。大仕事になるぞと覚悟していた村雲江と五月雨江が作成した戦績表の再計算と書き直しは、思ったよりも楽だった。問題はそれ以外の男士だ。刀剣男士の中には細かい書類仕事が苦手な者も多い。向き不向きがあるのは松井も重々承知している。でも流石にこれはない。主や近侍勢に一度灸を据えてもらわないと。
きりの良いところまで終わらせてから休憩にしよう。そう決めて報告になっていない報告の戦績表を片っ端から直していたら、時計の短針は気づかぬうちに二つも進んでいた。あぁ、今日も昼食を食べ損ねてしまった。厨に何か残り物がないか探してみようか。散らかした書類一式を片づけると松井は立ち上がり、思い出した。
「豊前!」
正午に一度呼びに来た豊前は、松井が来るのを待っていると言っていた。まだいるはずだ。松井は急いで厨に向かった。
「
……
すまない!」
「松井? お疲れさん」
厨の入り口に掛けられたのれんをばさりと手で払う。松井の予想通り、豊前はまだ厨にいた。夕飯の下ごしらえの手伝いを頼まれたのか、厨で椅子に腰掛けて一振りきりで芋の皮剥きをしていた。
「焼きそば食べるだろ? すぐ作るから待ってろ」
皮剥き途中の芋が入ったざるを調理台の隅に置いて手を洗うと、豊前は冷蔵庫の中から材料を取りだした。具材は余っていた豚肉とキャベツの残り。あと、かさ増し用のもやしも入れる。麺は先に温めておくと時短になると聞いたので、耐熱容器に入れて電子レンジへ。その間に、皿を二つ用意するよう豊前は松井に指示を出した。
――
やっぱり食べずに待っていたんじゃないか。松井のしゅんとしてしまった気配を感じ取ったのか、豊前は明るく声を掛けた。
「気にすんな。俺が松井と一緒に食いたかっただけだし」
フライパンを熱したら油を少量引いて肉を入れ、次にキャベツの固い部分を炒めていく。味付けは塩こしょうを軽く振っておけばいい。あらかた火が通ったところで麺を投入、適当にソースを掛けて絡めて、最後に残りのキャベツともやしを炒め合わせたら出来上がりだ。一振り一玉だと足りないから、麺は二振りで三玉。これぐらいが丁度いい。豊前は目分量で半分ずつフライパンから皿に移した。
「完成っちゃ。青のりや削り粉は適当に掛けろ。紅生姜使うなら、冷蔵庫の中な」
「ありがとう。美味しそうだ」
食卓は厨の調理台。椅子は厨仕事の時に腰掛ける丸椅子を持ってきた。調理台の上に二つ並んだソース焼きそばの皿と、インスタントのたまごスープが入った椀、松井の皿には紅生姜がたっぷりと盛られている。豊前と松井は並んで座ると、いただきますと言って手を合わせた。豊前の作る焼きそばは顕現初日から松井の好物で、しかも出来たてだ。食べる前から表情が緩んでしまう。
「豊前の作る焼きそば、好きだなぁ」
具材は全て残り物だし、味付けも至って普通。特別な調理方法も隠し味も無い。でも、松井にとってはこれが良い。無言で食べていると、豊前がじっとこちらを見ているのに気がついた。
「豊前? 食べないのか?」
「食べるけど」
「?」
「すげー美味そうに食ってくれるよなぁと思っとった」
どこか慈しむような豊前の表情に、焼きそばを口に運ぶ松井の手が止まる。そんなにも顔に出ていたのだろうか。それは少し恥ずかしい
……
。きゅっと表情を引き締めようとした松井に豊前が苦笑いを漏らした。
「変な意味じゃなくて、うまそーに食ってる松井を見るのが好きなんよ」
それが自分の作ったものなら尚更だ。朝の至福の表情でパンケーキに齧りつく松井も良かったけれど、今の「これ好きだなぁ」を溢れさせながら焼きそばを食す松井も良い。
「
……
今度、僕も何か作ってみようかな」
松井がぽつりとそう漏らした。豊前の知る限り、松井が厨当番以外で料理をしている姿は見た事がない。往々にして湯を注いで終わり、よくて乾麺を茹でるぐらいだ。あと、遠征部隊の弁当用に握り飯を用意している姿も見た覚えがある。
「そん時はまず俺を呼んでくれよ」
別に凝ったものでなくていい。ちょっと炒めてみました、煮込んでみました、混ぜてみましたで十分だ。でも、それを最初に食べるのは自分がいい。それを先に言っておかないと、松井は満足するものが出来ないと言っていつまで経ってもこちらに出してくれない。失敗作でも全部平らげてやるから。
「何でもいい。何作ってもいいから、まずは俺に食わせて」
「お腹壊しても知らないよ」
「でーじょうぶだって。ツクモガミだし、何とかなるだろ」
そういう問題なのかと、松井がくすりと笑う。そこまで言うなら何を出されても絶対に食べてくれよと言うので、豊前は当たり前だと大きく頷いた。
とある日の昼下がり、二振りきりの厨。豊前と松井は小さな約束を交わした。その約束が形になる日は遠くない。
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次回、豊前と松井と夜食のおにぎり編(予定は未定
……
)
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