ナガレ
2022-11-09 19:23:04
2727文字
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松井と村雲の話


「松井、暇?暇なら買い物行かない?」
「村雲が誘ってくるなんて珍しいね。いいよ」
 秋の終わり、某日。そろそろあれの出番かなと柳行李を漁っていた村雲は、思い立ったが吉日と松井江の部屋を訪ねた。昼前にすれ違った時に今日は非番だと言っていたから、何も予定が無ければ部屋にいるだろう。たぶんいるだろうなと思い、村雲は松井を買い物に誘った。暇とは言わなかったけれど、松井は買い物に付き合ってくれるみたいだ。
「何を買いに行くのか聞いても?」
「内緒」
 一口に買い物と言っても、買いたい物によって行き先は様々だ。行き先を尋ねる松井に、村雲は着いてからのお楽しみだと返した。一体何を企んでいるのやら。上着を羽織って財布を手に持つと、松井は村雲に着いていった。他愛も無い話をしながらてくてくと歩くこと数分。松井が村雲に連れられてやって来たのは、万屋街の中にある手芸用品店の毛糸売り場だった。
 ここは一年位前に村雲が松井に買い物に付き合ってと言われて連れてこられた場所である。あの時と同じく、目の前には色も太さも千差万別の毛糸玉が並べられていた。何故ここに?と疑問符を浮かべてる松井。――本当はわかっているくせに。村雲がむっとした。
「まふらー作ってあげるんじゃないの?」
「どこでそれを……
「当事者から去年」
 松井が苦虫をかみ殺したような表情を浮かべた。村雲は去年の出来事を思い出していた。
 ――去年の今頃、松井は初めて編み物に挑戦してマフラー(襟巻きを当代風に呼ぶとこうなるらしい)を編んだ。本当は誰かに渡すつもりで編んでいたのだが、やっぱりこんなの渡せないと渡すのを諦めてしまった。渡せないなら自分で使えばいいじゃないかと助言したのがその時一緒に編み物に挑戦した村雲だ。村雲は腹巻きを編み、春まで使いに使いまくって使い倒した。
 物に罪は無い。松井も自分でしっかりと襟巻き改めマフラーを使った。一冬お世話になったマフラーをおしゃれ着洗いの洗剤で洗い、また寒くなったら出そうと大切に柳行李にしまっていたのを村雲を知っている。そんな松井のマフラーに興味を持った者がいた。あえて名前は伏せるが、その者曰く「松井に俺も欲しいって言ったら、来年上手にできたらあげるって言われた」との事。あれが自作だとバラしたのは村雲だ。初めて見る松井のマフラーをじっと見ていたから。出所を知ったら絶対に自分も欲しいと言うだろうなと思ったら案の定だった。
「去年作った腹巻き伸びちゃったから、新しくしようと思って。松井も一緒にやろ」
「でも……
「この間、寒くなる前にくれるんかなってすごく楽しみにしてる感じだったよ」
「うーん……
 渋る松井。でも拒否はしていない。これは内心ぐらぐらと揺れているんだろうなと感じた村雲は、もう一押ししてみた。今年も松井の背中を押してやるのだ。
「もし今年も渡せないって思ったら、今度は俺が貰ってあげる」
……わかった。村雲がそこまで言うならやろう」
 うんと小さく頷いた松井は、目の前に並んでいる毛糸玉を一つ手に取って村雲に当てた。……いやいやいや、違うだろ。村雲は松井の手から優しく毛糸玉を取り上げると、そっと売り場に戻した。松井が選ぶ色は俺に似合う色じゃない。もっと他にもあるじゃん、赤とか青とか。
「赤か……。落ちついた赤色なら使い勝手もいいね」
 そう言うと、松井は濃い赤色の毛糸玉を手に取った。この色なら和装にも洋装にも合わせやすいし、変に詮索される事もないだろう。色を決めた松井の隣で、村雲も毛糸玉を買い物かごに入れた。ふわふわで滑らかな手触りの柔らかい毛糸。これで腹巻きを作れば、お腹が痛くなる事もない――とは言い切れないけれど、きっと少なくなるだろう。
「教本は去年買ったのがあるからいいよね。松井の部屋にあるんだっけ?」
「確か書棚に入れたはず。帰ったら探さないと」
 松井は手が早い。腹巻きよりもマフラーの方がずっと時間が掛かるはずなのに、村雲より早く編み終えていた。今年は松井よりも早く完成させてみせるぞと、村雲は珍しく闘志を燃やしていた。

 * * *

 木枯らしの舞う時期になった。
 今年も途中で投げ出してしまいたいと思ったけれど、村雲の腹巻きは無事に完成した。なので、この冬も使いに使いまくって使い倒す予定である。松井の方は順調だろうか。毛糸玉を買って帰った日は松井の部屋で一緒に作業をしたが、その後は特に進捗を尋ねる事もなく今日に至る。
「松井いる?」
「村雲」
 去年よりも上手くできたと完成報告をすべく、村雲は松井の部屋を訪れた。村雲が編み上がったばかりの腹巻きを見せると、松井はおめでとうと言ってくれた。さてさて、そういう松井の方はどうだろう。村雲はざっと部屋の中を確認した。……去年あった紙袋が今年は見当たらない。毛糸玉がそのまま放置されている様子もない。これは無事に渡せたという事でよかったのだろうか。聞いてもいいのかなとそわそわしている村雲に、松井は苦笑した。
「渡せたよ。一応」
 一応とは、一体どういう事なのだろうか。
「その、これでよかったらと袋ごと渡して……
「で、そのまま逃げてきたと」
 その通りなんだけど村雲容赦ないねと、松井がぶすっとむくれた。こういう顔を彼にも見せてあげればいいのにと村雲は思う。馬に蹴られるのは御免なので、絶対に言わないけど。
「その場で突き返されてないんだから、貰ってくれたんじゃない?欲しいって言ってきたのあっちだし」
……そうだね。そうだといいのだけれど」
 自信なさげな松井に村雲は内心で呆れるしかなかった。知らぬは当人ばかりだ。

 それから数日後のこと。今日の村雲の内番は外掃除だ。寒い寒いとぶつくさ言いながら、村雲はせっせと落ち葉を掃いていた。掃いても掃いても溜る落ち葉。落ち葉焚きと焼き芋は季語だと言っていた雨さんのためにも頑張らないと。あと、早く終わらせて暖かい部屋の中に戻りたい。冷たくなった指先に息を吹きかける村雲の視線の先には、落ち葉を集める薄着の五月雨江ともう一振り。深い赤色のマフラーを巻いた――
「豊前のそれ、初めて見ますね」
「いーだろ」
 すべては松井の杞憂。無事に渡せたみたいで何よりである。雨さんに褒められてすごく嬉しそうだ。でも、誰から貰ったのかは絶対に言わないんだろうなぁ。……そうだ。遠征に出ている松井にも帰ってきたら教えてあげよう。ちゃんと使ってくれているよって。何なら雨さん相手に自慢していたよって。


――――――――――
松井と村雲のコンビも好きです。ゆるっとだらっとできる間柄だといいな。


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