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ナガレ
2022-07-01 21:12:28
3250文字
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豊前と松井と朝のパンケーキ(ぶぜまつ)
2022/3/21のHARUコミで開催された「ごーとぅすてぃじ3」の無配だったもの。朝からパンケーキ三枚~たっぷりメープルにバニラアイスを添えて~を食べ切る胃袋の持ち主松井と、それを見ている豊前の話。 ※web横書き用に改行等調整しています。
「おはよーさん。まだ眠たそうだな」
朝、豊前江が広間で朝食を摂っていると寝ぼけ眼を擦りながら同胞の松井江が入ってきた。桑名江も篭手切江もすでに食べ終えて退出した後で、五月雨江と村雲江は朝早くから遠征に出ている。朝餉の時間が終わりに近い事もあり、広間に男士の姿は少ない。
「
……
おはよう。ここ空いてる?」
「空いてる」
少し前まで桑名と篭手切がいたが、今は誰もいない。豊前の食べる速度が遅いわけではなく、二振りが豊前が来る前から食べ始めていたからだ。眠気覚ましの珈琲が入ったカップと空の皿を手にした松井は豊前の正面に座った。
「あれ? 朝飯はどーした?」
「厨に燭台切がいた」
「そっか」
質問と答えの噛み合っていない会話だが、二振りの間ではきちんと繋がっている。豊前の質問に対する松井の回答はかなり端折られているだけで、豊前は松井の言いたい事をきちんと理解していた。
「そろそろ出来上がる頃だ」
松井がそわそわしながら広間の入り口を見ていると、フライパンを持った燭台切光忠が顔を出し、「松井くーん」と松井の名前を呼んだ。呼ばれた松井はいそいそと立ち上がり、皿を持って広間から出て行った。続いて豊前もおかわりを貰うために立ち上がった。茶碗の中は空っぽで、米粒一つ残っていない。おかずはすべて食べ切ってしまったが、味噌汁とふりかけがあれば何とでもなる。
広間の外の廊下には長机が置かれ、その上に大きな炊飯器と味噌汁の入った寸胴鍋が並んでいる。豊前が炊飯器の蓋を開ける隣で、松井は皿に分厚いパンケーキを乗せてもらっていた。焼きたてをここまで持って来てくれたらしい。一枚でもずいぶんな厚みだというのに、それが三枚も乗っている。
「何かつけるかい?」
「ばたーとめーぷるしろっぷを頼む。ばにらあいすもあれば付けてくれ」
「そう言うと思って一緒に持ってきたよ」
ほら、と燭台切が指を指した机の端には箱と瓶。自分で欲しいだけどうぞという事だ。バニラアイスもすぐに持ってくると言って、燭台切は一度この場を去った。バターは知っている。バニラアイスも。しかしメープルシロップとは何だろうか。聞き慣れない単語に首を傾げる豊前に、戻ってきた燭台切が楓の蜜の事だと教えてくれた。
パンケーキにメープルシロップを垂らして、その上にバターを乗せる。横にバニラアイスを添えれば特製パンケーキ松井スペシャルの完成だ。
――
うきうきと顔にでっかく書いてあるぞ、松井。そんな豊前の心の声はどこ吹く風。大皿にパンケーキを乗せた松井は広間に戻っていった。
……
あれを見てたら何だかお腹一杯になってきた。豊前はおかわりのご飯は少なめにした。
「いただきます」
そう言って両手を合わせると、松井は早速片手にフォーク、片手にナイフを持った。バターの乗った分厚いできたてのパンケーキを一口大に切ってメープルシロップをたっぷりと絡めると、松井はぱくりと頬張った。パンケーキのほのかな甘みとバターの塩気、メープルシロップの甘さ。口の中で広がるバニラエッセンスとアイスクリームの冷たさ。
――
最高だ。目の前で至福の表情を浮かべる松井に豊前は苦笑している。
よくこんなにも甘ったるいものを寝起きの朝から食べる事ができるものだ。自分なら一枚目で胸焼けしてギブアップするだろう。甘いものは嫌いじゃないが、これは無理だ。
「
……
今日の僕の仕事が何か知ってる?」
豊前の苦笑いに気づいた松井が豊前に訊いてきた。執務部屋での事務仕事だとは聞いているが、具体的に何をするのかは知らない。
「村雲が数字を水増して、五月雨がごっそり書き直した戦績表の修正」
だから朝からこんなにもカロリーと糖分を取っているんだと松井は続けた。あの同胞二振りに悪意は無い。だから松井も強く言えないのだ。村雲江にはありのままの数を書くように、五月雨江には誰でもぱっと見て理解できる文章を書くようにと散々言っているのだが
……
。
「書類仕事は手伝ってやれねーけど、合間見て何か差し入れでも持って行ってやんよ」
「ありがとう。楽しみにしてる」
特製パンケーキ松井スペシャルを見てお腹一杯になった気でいたが、何だかんだいってぺろりと茶碗一杯たいらげてしまった。まだ腹は減っている。しかしおかわりをしたい程の空き具合ではない。何か甘味、食後のデザートでも貰いに行こうか。豊前は立ち上がると空になった膳を持った。
もう行くのかいと、二枚目のパンケーキを切り分けている松井が顔を上げて尋ねた。「何かでざーとなりそうなもの貰ってくる」と告げると、豊前は膳を返すついでに厨に顔を出す事にした。
「
……
すまないね。果物も甘味もちょうど切らしているんだ」
何かないかと厨に顔を出した豊前だったが、今日に限って果物も甘味も品切れだった。果物類は燭台切のパンケーキと共に売り切れ、菓子類も何も残っていなかった。どうしても食べたかったわけではないが、無いと聞くとそれはそれで気落ちしてしまう。豊前は広間に戻った。
「おかえり。手ぶら?」
「今日に限って何も無かった」
豊前にはこれから馬当番が待っている。馬の世話も案外体力を使う仕事のでしっかりと食べておきたかったのだが、無いものは無いのだから仕方ない。
「これ、一口食べるかい?」
豊前の口には甘過ぎるかもしれないけどと添えながら、松井がパンケーキを示した。メープルシロップが乗って、バニラアイスの添えられたパンケーキ。食後の甘味と言えるかどうかは別にして、甘いものには違いない。豊前は一口くれと欲した。
「
……
まったく。仕方ないんだから」
松井が一口分の大きさに切り分けると、豊前が催促するように口を開けたので、松井は誰も見ていない事を確認してから豊前の口に一切れ放り込んだ。
「ん
……
甘い。ごちそーさん。そろそろ行くわ」
「行ってらっしゃい」
「そーだ。あのさ、松井。時間が合えば一緒に昼飯食おうぜ。焼きそば作っちゃる」
さっき厨に顔を出した時、消費期限が近いので誰か使ってくれと言っていた麺を貰った。たまには自炊も悪くない。一振り分作るのも二振り分作るのも同じだからと豊前が提案すると、松井の眉がぴくりと動いた。
「その焼きそばって、豊前すぺしゃる?」
「よくわかんねーけど、たぶんそれ」
「じゃあ食べる。絶対昼までに終わらせるから」
「無理すんなよ」
松井の好きな食べ物の一つに豊前の作る焼きそばがある。何か隠し味があるわけでもないし、具材は至って普通。麺と野菜の端っこと、申し訳程度の肉が入っているだけだ。まだ顕現したばかり頃、夜中に空腹で目が覚めてしまった松井のために豊前がこっそり焼きそばを作ってくれた。それ以来、何の変哲もない焼きそばが松井の好物の一つになった。
「昼になったら執務部屋に顔出す」
「わかった。また後で」
朝食の時間も終わりに近いからか、広間には松井と他数振りしかいない。席を立って広間をあとにした豊前がちらりと振り返ると、松井が至福の表情を浮かべてパンケーキを食べていた。好物を食べている時の松井は本当に幸せそうだ。
刀剣男士として顕現した松井。人の体と心を得た事で辛い思いをする時も多々あるだろう。それでも豊前は、松井が人の身を得る事ができて良かったと思っている。
(肉、使っていーやつあるか聞いておくか)
松井がここまで食いついてくるとは思わなかった。もしかして、焼きそばも好物なのだろうか。言ってくれればいつでも作ってやるのに。焼きそばは豊前が作る事のできる数少ない料理の一つだった。
――
松井が豊前に今度パンケーキを作ってくれと頼んでみようかと思っているだなんて、この時の豊前は知らなかった。その後何やかんやあってパンケーキも豊前のレパートリーに加わるのだが、それはもう少し先の事。
----------
次回、豊前と松井と昼の焼きそば編(予定は未定
……
)
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