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ナガレ
2022-06-19 18:08:55
7619文字
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体温のないまついの話(ぶぜまつ)
香を焚き続ける冷たい松井について。書いてるうちに自分でもよくわからなくなってきたので、何かありそうな雰囲気を味わってもらえれば。
本丸居住区域の一番端、日が当たらない区画。用事が無ければ誰も近寄らないその一角に松井江の自室はある。昼夜を問わず、いつも香が焚かれている松井の部屋。部屋を訪れた者が煙たくて思わず顔を顰めてしまう時もあるけれど、松井は決して部屋の香を絶やさない。天竺産の白檀を使った香のお取り寄せは松井の数少ない趣味と嗜好品であり、必要不可欠なものだ。
――
松井江は香を嗜むらしい。そう聞いた香道に造詣のある者が松井を聞香に誘った事もあった。しかし松井はその誘いを断った。松井は香を焚くけれど、その道に通じているわけではなかった。松井にとってこれは生活必需品なだけだ。これが無ければ松井はここにいられない。
「
――
松井、おはよ」
朝七時。いつものように豊前江は松井の部屋を訪ねた。きっちりと閉められた障子の向こう、わずかに差し込む朝の光も完全に遮断した部屋の真ん中で顔を半分くらいまでしっかりと布団に包まった松井は、今朝もいつもと変わらず健やかに、死んだように眠っている。別に豊前が起こしに来なくたって松井はちゃんと自分で起きられるが、豊前は必ず松井を起こしにやって来る。それはまるで何かを確かめるように。
朝の松井の体は殊の外冷たい。これもいつもの事で、この部屋自体がひんやりと冷えているのだから仕方ない。柱の温度計は摂氏十五度を示していた。すぅすぅと寝息を立てる松井の枕元に置かれた陶器の香炉はまだ火がついている。松井は非常に眠りが浅い、夜明け少し前の眠る直前に火をくべたのだろう。そうでなければ今頃火は消えているはずだ。青色の釉薬が美しいこの香炉は、いつかの日に豊前が松井に渡したもの。それを松井は四六時中愛用している。そのうちこれも付喪神になるんじゃないかと思ってしまうくらいには。
「んん
……
朝
……
?」
「起きたか?」
「
……
おはよう」
目は覚ましたものの、まだどこかぼんやりと焦点の合わない松井。それでも豊前の姿に気づくと松井はゆっくり起き上がった。ひんやりと冷たいこの部屋は乾燥している。普段半袖で過ごしている豊前でも少々肌寒さを感じるが、松井は湿気が苦手だからこれも仕方ない。高温多湿は松井の敵だ。
ただでさえ血の気に乏しい松井の顔色は寝起きだとさらに青白く、まるで幽鬼のようにも見える。松井自身もそれを自覚していた。のそのそと布団から這い出て机に置いてある鏡を覗き込み、下まぶたをめくる。めくったまぶたの裏は相変わらず真っ白だった。もちろん目元も唇も白かった。とはいえ、色が白いというだけで松井はいたって健康
――
というと語弊があるが、これが通常運転である
「ほら」
「ありがとう」
松井が完全に布団から這い出た事を確認すると、豊前は持ってきた濡れタオルを松井に渡した。これで豊前の“松井を起こす”という朝の仕事は終わりである。「朝飯食ったらまた来る」と告げると豊前は松井の部屋を出て、朝食を摂るために一振りで広間に向かった。松井は朝食を摂らない。何なら、昼食も夕食もほとんど口にしなかった。食事は水分をほんの少し摂って終わりである。非常に燃費が良いというわけでも、霞を食べて生きているというわけでもない。単に固形物を口にしたがらないだけだ。村雲江の言葉ではないが、固形物を口にすると松井はお腹が痛くなってしまう。なので極力避けていた。
部屋を出ていく豊前を見送った松井は、大きく伸びをして立ち上がるとまず布団を片付けた。布団に除菌と匂い消しのミストを振りかけると、次は着替え。いつもは楽な内番着だが、たまにはこちらを着よう。松井は衣装箱の中から戦闘衣装を引っ張り出した。久しぶりに腕を通す白いブラウスと、少し緩くなった黒い細身のパンツ。さすがに外套や装備類は邪魔なので、空色のリボンタイとブラウスの袖止め以外は箱の中に戻した。
着替えを終えたらその次は洗顔。と言っても、豊前の持ってきた濡れタオルで顔を拭くだけだ。しっかりと冷やされた濡れタオルの感触に、ぼんやりとしていた松井の意識が覚醒していく。朝から氷水に手を浸したであろう豊前の事を思うと非常に申し訳なくて、今朝も松井はため息をついた。
別にここまでしてくれなくてもいいのにと松井は毎朝思う。やんわりと断った事も、遠回しの言い方では伝わらなくてはっきり告げた事もある。それでも豊前はやめなかった。
——
これは自分が好きでやっている事でお前のためではない。豊前にしては強い口調だったので松井は何も言い返す事ができず、今日までずるずると続いていた。きっとこのまま明日も明後日も続くのだろう。松井がここにいる限り、ずっと。
使用済みの濡れタオルを盆に戻すと松井は再び鏡と向き合い、文机の上に置いた小物入れの一番下の引き出しから頬紅を取り出した。時代が変われば道具も変わる、かつてのおなご達は皿や貝に刷かれた紅を自分で白粉に混ぜたり伸ばして使っていたが、今は筆でさっと粉を乗せるだけで完成してしまう。指を汚す事もない。いつものように目元から頬にかけて丹色の粉を乗せると、多少は血色がよく見えるようになった
――
と思う。下唇にもほんの少しだけ貝殻の裏側のような淡い桃色の紅を乗せると、何となく生気が宿ったように見えた。
そろそろ豊前が戻ってくる頃だ。松井は紅を片づけた。畳の上に置いたままの香炉も文机の上に戻した。香炉の火はいつの間にか消えていた。
……
早く香を焚かなければ。松井は塗箱の蓋を開けた。香を切らすわけにはいかないのだ。切らせばきっとみんな気づく。錆びた鋼、朽ちた鋼。そんな僕の
――
「たでーま。
……
今日はそれ着てんのか」
「あぁ。虫干しも兼ねてたまにはね」
「そっか」
「
……
豊前の今日の予定は?」
「午前中は畑当番で、昼から演練。体動かすのは嫌いじゃねーから、別にいーんだけど」
松井が塗箱から取り出した新しい白檀の香を焚いていると、朝食を終えた豊前が戻ってきた。戦闘衣装を身に着けた松井の姿にほんの少しだけ目を丸くしたが、その視線はすぐに伏せられてしまう。松井は話題を変えた。
松井には特に何の予定も無いが、豊前の今日の予定は畑当番と演練とのこと。別にいーんだけど畑当番かと苦い顔をした豊前に、松井はくすりと忍び笑いを漏らしてしまった。自分も彼も畑仕事をあまり好まない。にも関わらず、豊前には畑当番がよく回ってくる。前に管狐に何故かと聞いたら、豊前江さまの体力の都合ですと言われた。その意味は今もわからないままだ。
「暑くなってきたから熱中症には気をつけて」
「おー。松井も気ぃつけろよ。部屋の中でもぶっ倒れるらしい」
日中、松井は外に出ない。日に当たるとすぐに肌が焼けてしまうから。どうしても外に出なくてはいけない時はつばの広い帽子を被ったり大きな日傘を持たされたりしているし、畑仕事の当番が回ってきた時は日陰で作業をする。とはいえ、往々にして豊前や他の江の者達が替わるので松井が畑当番になる事は無かった。
昼間外に出る事ができないので、松井は戦場に赴く事も滅多に無い。演練は日中に行われるし、夜の戦場は主に短刀達が担当している。時々思い出したように短時間の遠征に連れ出される事はあるけれど、それも本当に稀な事で必ず豊前と一緒だ。許されるのは守役付きで近場に短時間だけ。薫衣香よろしく戦闘衣装に香をこれでもかと焚き染められ、頭には虫垂ぎぬのついた菅笠を被せられる。肌を一切見せぬその出で立ちに、どこの高貴な女人かと思わずぼやいてしまった事は決して忘れないだろう。
「その香炉、まだ使ってるんだな」
豊前の視線が枕元から文机の上に移った香炉に注がれた。白い煙をくゆらせる青色の陶器の香炉。これは工場で作られた量産品かもしれないが、価値は違うところにある。君がくれたものだからと、松井は愛おしそうに丸い香炉の曲線を撫でた。豊前はもっと良いやつ使えばいいのにと言うけれど、松井にとってはこれが最高級品。手放すつもりは毛頭無いし、他の香炉を使うつもりも一切無かった。自身が折れるか香炉が壊れてしまうその時まで、松井はずっとこれを使い続ける気でいる。
「また夕方来る。演練で一番になって帰ってくるよ」
「行ってらっしゃい。土産話を楽しみに待ってる」
相変わらず冷たい松井の体。頬を一撫でして軽く口づけを交わすと、豊前は松井の部屋をあとにした。後ろ手で閉めた障子の向こう、閉ざされた松井の部屋に陽の光が差し込む事はない。薄暗い部屋の中で松井は時が過ぎるのをゆるゆると待っている。
夕方、日が沈むと松井の時間が始まりを迎える。他の者達が夕餉や風呂に行っている間に仕事を進めるのだ。松井は少しだけ部屋の障子を開けると、部屋の前に置かれた書類箱を部屋の中に入れた。薄明の空にきらりと白く輝く宵の明星が今日はひときわ綺麗だった。
松井は昼の間に届けられた書類を文机の上に置くと、筆立てのペンを手にした。松井が夕餉に顔を出す事は無い。耳を澄ませば漏れ聞こえてくる、広間の喧騒。それにに時折耳を傾けながら、松井は黙々と書き物を進めていった。夜目は利くから明かりは最低限で十分だ。一振りきりで過ごす事にも慣れたし、そのうち誰か来るから問題ない。
……
ほら。
「松井、そろそろ終わりそうか?」
そろそろ来る頃かなとペンを置いた矢先、豊前が部屋にやって来た。先に風呂も済ませたのが、豊前からは石鹸の香りがしていた。
……
白檀の香りで誤魔化している自分とは大違いである。松井は自嘲した。
「腹減っただろ」
「
……
今日はその日だったね。すぐに片付ける」
勝手知ったる松井の部屋。豊前は特に断わる事もなく、押し入れを開けて布団を敷いた。枕は一つだけでいい。部屋着の袖を肩までまくり上げると、豊前は布団の上にでんと腰を下ろして松井を待った。肌寒いのは仕方無い。室温を上げれば松井の体に差し障りが出る。羽織りものを持ってきて正解だった。豊前は薄手の羽織を肩に引っ掛けた。
すぐにと言われた豊前がおとなしく待てるのは三分まで。五分経つ頃には文机に向かう松井をまだかまだかと急かしていた。無言のせっつきに気づいた松井が「君の始末書の確認が終わらないんだ」と返すと、墓穴を掘った豊前が押し黙った。
あいにく背を向けているので顔は見えないが、豊前がどんな表情をしているかなんて見なくてもわかる。ばつの悪いような、やっべやらかしたと言いたげな、きっとそんな感じの表情だ。少し合間を置いてから、冗談だよと松井は続けた。その書類の確認はとっくに終わっていて、他に急ぎのものがあったから処理をしてしまいたかっただけだし、それも今しがた終わった。書類を文箱に入れて蓋をすると、松井は豊前の元に向かった。
やっと来たかと両手を広げて待ち構える豊前。その二の腕には真新しい噛み跡があった。この噛み跡が無くなる事はない。今のところは。
*
豊前の体は温かい。決して温まる事のない己の体とは大違いだ。顔を埋めた松井がすんと胸いっぱいに空気を吸い込むと、風呂上りの石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。ここに白檀を混ぜてしまうのが勿体ないと思う。豊前は気にしないというけれど、この香りを彼に移すわけにはいかないのだ。だってこれは、誤魔化すためのものだから。
もう少し堪能していたいところだけれど、そろそろ離れないと。松井が窺うように視線を動かすと、目の前には部屋着を袖を肩まで捲り上げた豊前の二の腕の内側があった。数日前につけたばかりのまだ真新しい噛み跡。
――
空腹には勝てなかった。
「
……
いただきます」
どれだけ鍛えたって柔肌のままという部分はある。たとえばこの辺りとか。松井は躊躇うことなく、八重歯を柔らかなそこに突き立てた。塞がったばかりの傷口を再び開いてしまうのは申し訳ないけれど、心臓から近いし柔らかくて噛みやすいのだから仕方ない。松井はぶつりと薄膜を破った手応えを感じた。
突き破った皮膚の隙間からじわりと滲み出る、柘榴の果実のような赤い色。豊前の霊力が混じったどこか温かいそれをちろちろと舐めていると、何だか興奮してきた。体は冷たいままなのに、芯だけが甘く痺れている熱を帯びてきている。
「ね、豊前。したい。しよ」
肩に引っ掛けていた羽織を床に落とし、部屋着の裾に手を掛けて今にも脱がそうとしてくる松井。そんな松井を豊前は苦笑しながら止めた。普段はやれ情緒だ雰囲気だ手順だと注文が多いのに、こうなった松井は豊前よりもせっかちになる。元からそのつもりで来ているのだから逃げたりなんかはしない。顔を上げた松井の顎を掬うと、豊前は軽く口づけた。朝に口づけを交わした時はかさついていた松井の唇が、今は濡れている。
「むーども大事なんだろ?」
豊前は裾を掴む松井のひんやりと冷たい手を取ると、そのまま背中に回させるように持っていった。豊前が松井の薄い唇を何度も何度も啄んでいると、次第に松井の体から余分な力が抜けてしな垂れかかって来る。どれだけ口づけを交わしたって松井の頬が自然と紅潮したり首まで朱に染まったりすることはないけれど、こういう些細なところで松井の変化は読み取れる。
どこもかしこも冷たい松井の体は、当然口の中も冷たい。氷室のような口内は、ぬるりと入り込んだ豊前の舌の熱を容赦なく熱を奪っていった。
「ん
……
」
豊前が隅々まで舐り倒してから松井から離れると、うっとり陶酔している松井と目が合った。今日は調子が良さそうだ。松井がこうなってからはあまり体力を使わない静かな行為が多かったけれど、今夜は多少派手に動いてもいけそうだ。そう判断した豊前がそろりと松井の着ている戦闘衣装のパンツを吊っている金具に手を伸ばすと、どんと松井に体を押された。
薄い象牙色の天井と逆光の松井。馬乗りになる松井の瞳は申し訳なさと欲に染まっていた。あぁ、そうか。あれだけじゃ足りなかったんだな。豊前は腹を空かせた松井の好きにさせる事にした。落ちてしまった部屋着の袖を再び肩口まで捲ってまだ血の滲む噛み跡を見せつけると、喉をごくりと鳴らした松井が倒れこんで再び舌を二の腕に這わせ、傷口から滲む血を舐め始めた。
ぴちゃぴちゃと音を立てて舐め取る松井。豊前は子猫か幼子かと言いたくなった。歯は遠慮なく突き立てるくせに鬱血痕よりも小さな穴しか作らず、そこから湧いてくるものをちまちま掬うだけなのだ。正直言うとくすぐったいし、じれったい。豊前がもっと思い切りやってもいいと伝えてたところで、松井は聞き入れてくれないが。
「松井、そろそろ
……
松井?まーつーい」
したいと誘ってきたのは松井の方なのに、当の本刃は血に夢中だ。夢中で吸いついてくる松井も乙なものではあるけれど、これ以上は辛い。漏水のような微々たる出血とは言え流し過ぎれば貧血になるし、そのつもりで来たのだからそろそろしたい。何度か名前を呼ばれ、松井は漸く豊前の二の腕から離れた。
「足りんかったら、また後で舐めていーから」
したいんだろ?と、豊前は赤く染まった松井の唇に触れた。松井の唇はいつも水分も油分も足りなくてかさついているが、今はしっとりと濡れている。松井の唇を濡らしているものが己の血液だと思うと何だか複雑な気分にさせられるが。
思う事は多々あるけれども肉体は欲望に忠実だ。触れるだけの接吻を繰り返しながら、豊前はしっかりと松井の体をまさぐっていた。片手でボトムスの吊り金具を外し、臀部が露わになるくらいに下着ごとずり下ろす。もう片方の手はブラウスの中に滑り込んで薄い上半身を愛でていた。
上半身を愛でる手があちらこちら行き来して薄桜よりも白い胸の尖りを掠めるたびに松井が身を捩って体を離そうとしてくるので、豊前は松井の後頭部を押さえた。肌と肌とが触れ合う距離。可動域は小さくなってしまったが、松井の交感神経をくすぐるのには問題なかった。
相も変わらず冷たい松井の体と、血の通う豊前のあたたかい体。この熱を移す事はできないとわかっているけれど、それでも少しは温まればいいのになと豊前は思う。
「
……
だめ。これ以上はいけない」
そっと口元に手を当て、松井が豊前を制した。これ以上唇に触れられたら紅が落ちてしまうし、香のかおりもしっかりと移ってしまう。そろそろ先に進もう君も窮屈だろうしと、松井は豊前の部屋着の下衣に手を伸ばした。豊前は松井の行動を一瞥すると、深々と己の下唇を噛んだ。微かな血の匂いに松井の瞳孔が開く。豊前は松井に荒々しく口づけた。
「紅ならついたぞ」
これでいいならどれだけでも持っていけ。指先でぷくりと膨れた赤色の玉を掬い取ると、そのまま松井の唇に塗り込んだ。
*
松井の寝床を借りて微睡んでいた豊前が目を覚ますと、時刻は真夜中になっていた。松井はどこだろうか。体を起こして部屋の中を見渡すと、壁際でもぞりと人影らしきものが動いた。
――
松井だ。松井も豊前が起きた事に気づいたらしい。起きたのなら自分の部屋に戻りなよと、薄暗がりの中で読んでいた書物に栞を挟んで閉じると豊前に声を掛けた。白い寝間着に着替えた松井の顔はいつの間にか丹色の頬紅も淡い桃色の口紅も綺麗に落とされていて、朝の幽鬼のような姿に戻っていた。
豊前が松井の部屋に長居をする事はない。戻れと言われたら素直に戻る事にしている。松井曰く、過度に焚かれた香のかおりが移ってしまうからとの事だが、別に豊前としては何の問題も無い。無いけれど、松井が嫌がるので言うことを聞いている。ただそれだけだ。松井が君は洗いたてのシャボンの香りでいいんだよと言うので。
これから先、松井の体から湯上がりの石鹸や天花粉の香りがする事は無い。豊前が同じ赤に染まってやると誓ったのも昔の事で、今の松井には共に染まる赤が無い。でも松井は悲観していなかった。両手を貸してやるという約束は今も有効だと知っているし、赤色になら豊前が染めてくれる。どこか温かい、柘榴の果実のような赤い色に。
……
朝まで僕も少し眠ろうか。松井は豊前が抜け出した布団の隙間を埋めるように、そろりと布団の中に潜り込んだ。この残された体温もじきに消えてしまうだろう。豊前がどれだけ松井を温めようとしたって、部屋の冷たさと松井の冷たさの方が勝ってしまうのだ。松井の冷たい体は決して温まらない。でも、豊前がそれでいいと言うからそれでいい。
赤い血の通わぬ松井の体。体温を持たない松井は、本丸の片隅で今日もひっそりと息を潜めて暮らしている。
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ネクロっぽい感じの何かが書きたかった。
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