ナガレ
2022-04-15 22:23:04
5206文字
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doom of doll(ぶぜまつ)

ふせったーに投げていたもの。刀じゃなくて人形のぶぜまつ。元ネタはアンデルセンの童話・すずの兵隊(題名うろ覚え)で、思いっきり脚色しています。途中まではほのぼのしているけど、ハピエンとは言い難い。限りなく死ネタに近いです。

 ある年のクリスマスのことでした。その家の子どもに届けられたサンタクロースからの贈り物は今にも馬に乗って駆け抜けていきそうな赤い目の兵隊さんの人形で、子どもはたいそう目を輝かせて喜びました。家の中を走り回る子どもの姿を棚の上からじっと見ている、青い目の人形。刺繍の洋服を着たその人形もまた、サンタクロースからの贈り物でした。でも、その子どもはもういません。遊んでくれる子どもがいない人形なので、そっと棚に飾られているのです。
 子どもは赤い目の人形の腕を持ってとても楽しそうに走り回っています。ちょっと待て振り回すな目が回ると慌てている声が聞こえてきて、青い目の人形はくすりと笑いました。本当に小さな小さな笑い声でしたが、赤い目の人形には聞こえてしまったようです。赤い目の人形は子どもにきづかれないようにきょろきょろと辺りを見回すと、棚の上にいる青い目の人形に気がつきました。

「見つかってしまったね。よかったら夜に少しおしゃべりをしないか?」

 青い目の人形は赤い目の人形に話しかけました。もちろん、子どもには聞こえないようにこっそりと。赤い目の人形は青い目の人形のお誘いに頷きました。

「いーぜ。……こら!ぶつけたら痛いだろ!」

 子どもが振り回した勢いで、赤い目の人形はこつんと棚の角に腕をぶつけてしまいました。こつんと音がするくらいです。とても痛そうで青い目の人形は思わずしかめっ面になりました。

「また夜に!」

 これくらい平気だと、赤い目の人形は青い目の人形に向かってにぱっと笑いました。赤い目の人形は青い目の人形よりもずっと丈夫なので、少しぐらい元気よく振り回されても平気でした。それでも目は回るので、子どもがようやく振り回すのをやめておもちゃ箱の中に入れる頃にはすっかり目を回していました。

……大丈夫?」

 夜、そろりそろりと棚の上から降りた青い目の人形は、おもちゃ箱をこんこんと叩きました。すっかり子どもに気に入られてしまった赤い目の人形は大丈夫でしょうか。
 しかし呼んでも返事はありません。青い目の人形は、もう一度おもちゃ箱をこんこんと叩きました。やっぱり返事はありません。あの人形とおしゃべりをしてみたかったけれど、今夜は無理かもしれない。青い目の人形が諦めて棚の上に戻ろうとしたその時です。がたがたとおもちゃ箱の中から音がしました。
 青い目の人形がじっと待っていると、よいしょよいしょと赤い目の人形が出てきました。おもちゃ箱からぴょんとジャンプをして飛び出した赤い目の人形。百点満点のジャンプです。
 二人はおもちゃ箱を背もたれにして並んで座り、おしゃべりを始めました。

「はじめまして。僕はぜんまい人形のまつい。君は?」
「ぶぜん。ぜんまい人形って何だ?」
「ぜんまいのついた人形のこと。僕の場合は背中のぜんまいを巻くとくるくる回るんだ」

 青い目の人形、ぜんまい人形のまついは立ち上がってくるりと後ろを向きました。その背中には小さなぜんまいがついています。試しに巻いてみる?とまついがぶぜんに聞いてきます。気になったぶぜんはぶぜんは立ち上がると、両手でまついのぜんまいをぎゅっぎゅっと巻きました。人間には小さなぜんまいでも、人形にとっては大きなぜんまいです。
 ぶぜんがぜんまいから手を離すと、まついがその場でくるくると回り始めました。きれいな刺繍の洋服を着てくるくると回って踊るまついの姿に、ぶぜんは思わず見とれてしまいました。巻いたぜんまいが切れて止まったまついがぺこんとお辞儀をすると、ぶぜんはぱちぱちと両手を叩いて拍手を送りました。

「すげーきれいっちゃ」
「ありがとう。僕も久しぶりにぜんまいを巻いてもらえて嬉しかったよ」

 最後にぜんまいを巻いてもらったのはいつだったのか、まついはもう覚えていません。贈られた子どもがいなくなってから、まついはずっと棚に飾られたままでした。

「ぶぜんはどんなことができるんだい?」
「どんなことって言われてもな……

 まついと違って、ぶぜんは普通の人形です。できることはありません。でも、兵隊さんの人形なので兵隊さんの真似ならできます。直立、行進、立ち止まって敬礼。まついの前で腰のサーベルをすっと引き抜くと、かっこよく構えてみせました。

「これぐらいしかできねーけど」
「そんなことない。すごくかっこよかった」

 ぎゅっと両手を胸の前で握りしめているまつい。人形なのに、その顔は少し赤くなっています。

「また明日もおしゃべりしたいな」
「俺も。ここで待ってる」
「うん。約束」

 もうすぐ朝です。朝になれば子どもが起きてしまうので、その前に元の場所に戻らなくてはいけません。ぶぜんとまついは小指で指切りをして約束すると、それぞれおもちゃ箱の中と棚の上に戻っていきました。

 次の夜もその次の夜も、二人はおもちゃ箱を背もたれにして並んで座り、おしゃべりを楽しみました。ぶぜんがまついのいる棚の上に行ってみたいと言うので、まついが案内した夜もあります。
 どんなに子どもに振り回されて疲れていても、まついがおもちゃ箱をこんこんと叩けばぶぜんは目を覚ましました。ぶぜんはとっても丈夫な体をしています。ちょっとくらい子どもが乱暴に遊んでも、ぶぜんはけがをしませんでした。
 しかし棚の上から見ているまついは心配で心配でたまりません。ぶぜんが窓の外に飛んでいきそうになり、思わず身を乗り出してしまい棚から落ちかけたこともあります。まついはぶぜんよりもずっと壊れやすい人形です。棚の上から落っこちたら大変なことになってしまいます。ぶぜんに心配させるなと言われてしまいました。
 まついが踊るのに合わせて、ぶぜんが一緒に踊った夜もあります。まついの背中のぜんまいをたくさんたくさん巻いたあと、急いでまついの前に行ってその手を取らなければいけません。ぶぜんは足が速いのであっという間にまついの前に行き、うやうやしくその手を取って一緒に踊りました。
 代わりにぶぜんはまついに敬礼のやり方を教えてあげました。びしっと敬礼を決めたまついはとてもかっこよくて、今すぐ兵隊さんの人形になれそうです。かっこいいと言われ、まついも満更ではない顔でした。
 二人はたくさんおしゃべりをしました。どれだけおしゃべりをしても、次から次におしゃべりしたいことが出てきます。。楽しい夜がこのままずっと続けばいいのに。二人はそう思っていましたが、次の年のクリスマスに大事件が起きたのです。

 その日も子どもは朝起きてからぶぜんと一緒に遊んでいました。一年ずっと一緒にいれば振り回されるのにも慣れっこです。しかし今日は違いました。子どもはサンタクロースからのクリスマスプレゼントを見つけたのです。

「あっ!」

 プレゼントを見つけた子どもの手から、ぽーんと勢いよくぶぜんが離れていきました。突然空中に放り出されたぶぜんはびっくりしました。このままでは床にぶつかってしまいます。飛んでいく途中、棚の上のまついが口に手を当てているのが見えました。その姿はゆっくりと遠ざかっていき――
 そのままぶぜんは床の上に落ちてしまいました。

「痛たたた……

 起き上がりたくても、今は夜ではないので自由に動くことができません。腕や頭をぶつけたことは何度もありますが、ここまでずきずきと痛いのは初めてです。子どもはプレゼントに夢中で、床に落ちたぶぜんに気がついていません。
 ぶぜん!ぶぜん!と棚の上からまついの声が聞こえてきます。できることなら今すぐぶぜんを助けに行きたいのですが、まついも今は動けません。大丈夫?けがはない?と大きな声で聞くのが精一杯でした。そんなに大声を出しては、子どもに気づかれてしまいます。
 大丈夫だと、ぶぜんは身振りでこっそりと返しました。本当は足がとても痛いのですが、まついを心配させるわけにはいきません。やがて子どもの親がやって来て、他のおもちゃで遊ぶのなら前のおもちゃを片づけなさいと言いました。子どもは床に落ちたぶぜんを拾うと、ぽいっとおもちゃ箱の中に入れました。
 これでやっと自由に動けます。おもちゃ箱のおもちゃ達が、大丈夫か大丈夫かと心配そうにぶぜんの周りにやって来ました。丈夫な体のぶぜんでしたが、いきなり空中に放り出されて床の上に落ちたことには勝てませんでした。そう。ぶぜんは足に大きなけがをしてしまっていたのです。
 そのまま夜になり、子どもは新しいおもちゃと一緒に寝てしまいました。子どもが寝たので、やっとまついも動けます。まついは急いで棚の上から降りて、おもちゃ箱に向かって走りました。
 いつもよりも大きくおもちゃ箱を叩くまつい。しばらくすると、おもちゃ箱の中からぶぜんが顔を出しました。いつもならぴょんと飛び降りてくるのに、今日はやけにゆっくりと降りてきます。どこかけがをしているのではないかと、まついの顔が今にも泣き出しそうになりました。

「ちょっと足をけがしただけだから、でーじょうぶだって」

 ぶぜんはそう言いますが、ちょっと足をけがしただけには見えません。この足ではまついのいる棚を登ることはできないでしょう。

「これからは毎日僕が会いにくる」

 青い目いっぱいに涙を浮かべたまついはそう言いました。ぶぜんがまついに会いに行くことはできません。でも、まついがぶぜんに会いに行くことはできます。一緒にくるくると回って踊ることはできないけれど、並んで座っておしゃべりをすることはできます。
 次の日の夜から、まついは毎晩ぶぜんに会いに行きました。棚から降りておもちゃ箱を叩いて、ぶぜんが出てくるのを待っておしゃべりをするのです。昼間にぶぜんがおもちゃ箱の外に出ることはなくなりました。子どもは新しいおもちゃに夢中で、いつしかぶぜんのことをすっかり忘れてしまいました。
 子どもがぶぜんのことを忘れてしまっても、まついは決して忘れず、毎晩ぶぜんに会いに行きます。近頃はまついもうっすらと埃をかぶってしまうようになり、時々ぶぜんがまついの顔や髪の毛についた埃を払ってあげたりしました。刺繍の洋服が色褪せてしまっても、ぜんまいの油が切れて踊れなくなってしまっても、ぶぜんにとってまついはずっときれいなままでした。

 何度目かのクリスマスも終わって年も明け、そろそろ春の足音が聞こえ始める頃、それは突然やって来ました。
 ぶぜんがおもちゃ箱の中でうとうとしていると、いきなり大きな音を立てておもちゃ箱がひっくり返りました。ぶぜんも他のおもちゃ達もみんな一緒におもちゃ箱の中から外に放り出され、違う箱の中に入れられてしまいました。ここはどこなんだろう?とぶぜんが辺りをきょろきょろ見回したり上を見たりしていると、上から誰かが落ちてきます。それはまついでした。
 ぶぜんは慌ててまついを受け止めました。まついも突然棚の上から下ろされ、箱の中に放り込まれたそうです。一体何がどうなっているのでしょうか。ぶぜんにもまついにもわかりません。みんなざわざわしています。そうこうしていると、箱のふたが閉められて世界が真っ暗になりました。真っ暗なところで離ればなれになってしまっては、探すのも大変です。ぶぜんはまついの手をぎゅっと握りました。
 箱の中の世界はどすんどすんと大きく揺れ、その場で立っているのも一苦労です。みんなあちらこちらにぶつかっています。ぶぜんとまついはお互いをかばい合うように身を寄せてくっつきました。

「怖い。怖いよぶぜん……
「でーじょうぶ。俺がついてるから」

 ぶぜんも怖いけれど、まついを元気づけるように明るい声を出しました。しばらくすると揺れが収まり、世界がまた明るくなりました。しかしほっとしたのも束の間、またひっくり返されておもちゃ達は外に放り出されてしまいました。
 ざざざざ、どすん。二人が落っこちて尻もちをついたのは砂場のような場所でした。箱の中とはまた違う場所に放り出され、何が起きたのか誰も理解できていません。そんな中、ふと誰かが言いました。――煤の匂いがすると。
 その言葉に、みんな体や顔を強張らせました。砂場の向こうの方が何だか明るい気がします。何が起きているのかわかりませんが、ぶぜんは兵隊さんの人形です。怖がっている場合ではありません。ぶぜんはサーベルを抜いて右手で構えました。
 そして震えるまついの体を左手で抱き寄せると、まっすぐ前を向きました。

 それから一晩が経ちました。人間が砂場を覗くとそこにはもう誰もいなくて、ただ一つ赤色と青色の硝子が溶けて混ざり合ったものだけが、煤の中に残されていました。

【終】


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