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ナガレ
2022-01-02 23:20:17
3235文字
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ふたりが初日の出を見に行くまでの話(ぶぜまつ)
2022年の書き初め。豊前が松井を誘って初日の出を見に行くまでの小ネタ。
「
……
い、松井」
「ん
……
」
誰かに体を揺すぶられている。一度はその手を跳ね除けた松井江だったが、手の持ち主は諦める事なく松井を起こそうとしてくる。一体誰?僕、眠いんだけど。
起こされるのを無視していた松井だったが、誰かさんは執拗に松井を起こそうとしてくる。根負けした松井は緩慢な動作で体を起こすと、ゆるゆる目を開けた。こたつの机の天板に突っ伏して眠っていたせいか、体のあちこちが痛かった。
体を起こした松井はふわ
…
とあくびを噛み殺した。天井の蛍光灯の光が眩しくて目に痛い。松井がまだしっかりと開かない目を擦っていると、起きたか?と問いかけられた。聞き慣れたその声にぱっと松井の目が覚める。至近距離で寝起き顔を見られている事に気がついた松井は、思わずその場で飛び跳ねそうになった。
「豊前」
「おはよ。初日の出、見に行くっちゃ」
「え
……
」
突然のお誘い。何か約束をしてたっけと、松井は年越しの事を思い出そうとした。
篭手切江は気心知れた脇差の仲間達と年越しの出店巡りも兼ねて早めに万屋街へ、桑名江は敬愛する蜻蛉切達とご来光を見るために酒宴を中座して山へ。五月雨江は季語探しですねと桑名達についていき、村雲江も雨さんが行くなら
…
と防寒対策を万全にして山に向かった。
松井自身はというと、本丸総員での年忘れ酒宴後に、二次会という名の打刀達の飲み会に少しだけ顔を出した。軽く一杯だけ飲むと二次会の場をあとにし、その後は江の者達がたまり場にしている部屋のこたつでぬくぬくと暖を取りながら一振り静かに新年を迎える予定だった。
日付が変わる直前、二次会に参加していたはずの豊前江がやって来た。結果的に新年を二振りで迎え、「あけおめ。今年もよろしく」と挨拶された記憶はある。でも、初日の出を見に行く約束をした覚えは無かった。
「豊前、かなり飲んでいただろう?大丈夫?」
「もう抜けた。ほら、行くぞ」
人間の体を模しているけれども人間の体ではない。なので、酒を飲んで酔ったとしても酒気はすぐに抜けていく。酒飲み刀の中には二日酔いを儀式として楽しんでいる者もいるくらいだ。
脇の下に手を入れられ、ずぼっとこたつの中から引き抜かれる。いくら暖かい部屋の中とはいえ、こたつの中よりは寒い。引き抜かれた松井は恨みがましく豊前を見上げた。
「着替え用意しとくから、顔洗ってこい。帰りに甘酒奢っちゃるから、そんな顔すんな」
「わかったよ。少し待ってて」
こうなったら仕方ないと松井は折れた。江部屋を出て豊前と共に自分の部屋に行くと、豊前を部屋に残しタオルを持って洗面所に向かった。まだどこかの部屋で酒盛りは続いているのか、洗面所まで朗らかな喧騒が聞こえてきた。
ぱしゃぱしゃとぬるま湯で顔を洗うと目が覚める。さすがに冷水で顔を洗う気にはなれなかった。喉が乾いていたので、戻る途中で厨に寄って水をもらった。厨に明かりはついていたが、さすがに誰もいなかった。
顔を洗って水を飲んで目を覚ました松井が自室に戻ると、ちょうど豊前が松井の衣装入れから適当に着替えを選んで出しているところだった。出した服はどれも見た目より機能性、防寒重視のものばかり。しかも重ね着しろと言わんばかりの品揃えだ。一体どこまで初日の出を見に行くのだろうか。というよりも。
「
……
この時間から行く必要あるの?」
今の時刻は午前二時過ぎ。日の出の時間はまだまだ先だ。桑名達みたいに遠出する必要があるならともかく、単に初日の出を見るだけならこんな時間から出掛ける必要はないと思う。松井は疑問を口にした。
「途中で休憩入れたらちょうどいい時間になるけ」
行き先は遠くもないけど近くでもない場所みたいだ。一体どこに連れて行ってくれるのだろうか。松井の心が少しだけ浮足立った。
「俺も着替えてくる。着替えたら上着羽織って待っとって」
そう言って豊前は松井の部屋を出ていった。
それから数分後、着替えた松井が言われた通り上着を羽織って豊前を待っていると、部屋の障子が開いた。戻ってきた豊前はいつもの薄着をどこかに置いてきた、完全防寒の装いだった。
見た目よりも機能性。それでも様になっている。さすがだと松井が感心していると、豊前がうーんと小さく唸った。
「
……
上着、もう少し丈短けーのない?」
「出せばあるけど
……
」
「いや、出さなくていい。俺のやつ貸す」
豊前は再び松井の部屋を出ていった。松井が羽織っていたのはいつも着ているロングコート。どこか何か問題があったのだろうか。思い当たる節は無い。松井が首を捻っていると、豊前が戻ってきた。手には羽毛の入ったダウンジャケット。よくこれを羽織れという事か。ついでにこれも貼っておけと、貼るカイロを渡された。
「これも引っかかるから
……
」
巻いていたマフラーの端を後に回され、きゅっと蝶結びにされた。松井は豊前が防寒を重視していた理由が何となくわかった。これはちょっとそこまで歩いて行こうかという雰囲気では無さそうだ。
「
……
よし。行くぞ」
手袋もあった方がいいかと松井が尋ねると、豊前は無言で頷いた。豊前の着ているブルゾンのポケットからも分厚い手袋がはみ出している。見た目よりも機能性。松井は手持ちで一番分厚くて暖かい手袋をはめた。
できる限り静かに廊下を歩き、玄関に向かう。玄関横の詰所を覗いて不寝番の刀に出掛けてくると声をかけると、豊前と松井は連立って屋敷の外に出た。向かう先は厩。用事があるのは馬ではなくて豊前の愛車だ。顕現当初からこつこつと給金を貯めて手に入れたという豊前ご自慢の相棒はこの年末に綺麗に洗われ、パーツ一つ一つの隅々まで磨かれていた。
「門の外に出たら走らせっから」
「もしかして新年初乗り?」
「そーなるな」
この時間に敷地内でエンジンを稼働させると苦情が出そうなので、走らせるのは外に出てから。厩の隣に建てた納屋から、豊前が愛車を押して出てきた。松井は棚に置いてあったヘルメットを二つ手に取った。一つは豊前がこの愛車を手に入れるのと同時期に買ったもので、もう一つは松井用にと渡された差し色違いのもの。松井が顕現して一年目の祝いの品だった。
あの日松井は豊前に真新しいヘルメットを渡され、そのまま遠乗りに連れ出された。そして絵に描いたようなシチュエーションで想いを告げられ、紆余曲折はあったが丸く収まり今に至っている。
敷地の外に出ると豊前は愛車を停めて固定した。走行中に落とすといけないので、二振りの財布と通信端末は小物入れに押し込んだ。
「後ろ乗って」
豊前の愛車の後部席には何度も乗っているから、松井も手慣れたものだ。豊前が車体を支えていなくても乗れる。松井が座席に収まった事を確認すると、豊前もひょいと愛車に跨った。ヘルメットを被った松井は豊前の肩に手を置いた。
「そこじゃねーよ」
誰も見てねーからと追撃が来たので、おずおずと松井は豊前の腹部に腕を回した。ヘルメットが豊前の背中にこつんと当たり、体と体が密着する。二人乗りには慣れたが、まだこれには慣れていない。体が熱いのは背中に貼ったカイロのせいだ。そういう事にしておこう。
新年を迎えたばかりの睦月の宵にエンジンの稼働音が響く。松井はまだ行き先を聞いていない事を思い出した。
「なぁ、豊前。どこに行くんだい?」
「まだ決めてねーけど、松井は山と海ならどっち行きたい?」
「
……
海かな」
「りょーかい。しっかり掴まってろ」
松井が頷いたのを背中で感じると、豊前はゆっくりと愛車を発進させた。上がるエンジンの回転数、それに比例して増す速度。冬の夜風は身を切られるような冷たさだ。松井は身を隠すように目の前の豊前の背中に顔を埋めた。
――――――――――
2022年もよろしくお願いします。
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