ナガレ
2021-12-17 21:08:38
3312文字
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ぶぜまつの豊前が増えた話

タイトルそのまま。幼児化した個体(ちび豊前)が出てきます。分裂(?)しただけだから、当然ノーマル豊前もいる。

「落ち着いて聞いてもらいたいんだけど」

 ある日の事。松井江は突然審神者に呼び出された。呼び出された先は謁見の間。審神者がわざわざここに呼び出す事は珍しく、厄介な事でなければいいのだがと松井は顔を曇らせた。そんな松井に悪い報せではないんだがと前置きをして、審神者は告げた。

……豊前江が増えた」
「は?」
「だから、豊前江が増えたんだよ」

 こんな場所に呼び出してまで冗談を言うのかと顔に浮かんだ松井に対し、論より証拠と審神者は屏風の向こう側に呼び掛けた。審神者だって冗談だと思いたかった。刀剣男士も神様に連なる者だから何でもありとはいえ、さすがにこれはどうかと思う。しかし、現実は小説よりも奇なりなのだ。

「よくわかんねーけど、分裂した」

 屏風の向こうから顔を出したのはいつもの豊前江。その陰に隠れるように一回り、いや二回りほど小さくて幼い顔立ちの豊前がいた。え、と松井の目が点になった。

「数日後には元に戻るから安心してくれ」

 審神者曰く、手入れにちょっと失敗しちゃったとの事。その件については後ほど初期刀ないしは近侍勢から厳重注意をしてもらうとして、今は目の前の増えた豊前江問題だ。松井や審神者を警戒しているのか、幼い豊前は険しい顔でこちらを見ていた。

「承知した。それまでこの子の面倒を見ればいいんだね」
……ん?」
「君も豊前なんだよね。僕のことはわかるかい?何て呼ぼうか……
「松井だろ。知ってる。豊前でいい」
「小さい豊前と呼ぶのも悪いし……。うん、そうだね。君のこともぶぜんと呼ぼう」

 隠れていないで出ておいでと優しく呼びかける松井。どうしようか躊躇ったあと、彼は豊前の陰から出て松井に近寄ってきた。松井はこの小さな豊前の面倒を見る気でいる。今、元の豊前は松井の眼中に無かった。

「数日の事とはいえ、一応本丸の中を案内しよう。本丸の中は広いからね。迷子になるかもしれない」
「いや、知ってる……

 から必要ないと言いかけて、彼はぐっと堪えた。松井が何だか楽しそうに見えたのだ。断れば馴れ馴れしくしすぎたと反省し、何を思ったのか今度は距離を取るようになりかねない。天秤にかけた結果、小さな豊前は松井の子ども扱いには目を瞑り、本丸の案内してもらう事にした。松井に弱いのは元の豊前と同じだった。

「じゃあ、行こうか」
「さすがにこれは恥ずかしいっちゃ……

 と口では言いつつも、繋がれた手を離さない小さな豊前。それどころか自らぎゅっと掴んだ。一瞬、豊前の血管がぴきりと音を立てたのを審神者は聞いた。松井に関してのみ、豊前はあまり心が広くない。後で変な風に拗れなければいいのだが……
 うん。これは胃薬を用意しておいた方がいいかもしれない。審神者は医務室に立ち寄る事を決めた。

「そうだ。夕飯は君の好物にしてもらおう。ぶぜんは何が食べたい?」
……ちきんらいすとはんばーぐ。松井も好きだろ」
「よく知ってるね。厨に寄って、夕飯当番にお願いしてみようか」

 ここだけ見ていれば実に微笑ましい光景なのだが、いかんせん隣からの圧が強すぎる。早速行こうと言って立ち去る二振りを見送ると、審神者はそっとこの場を離れようとした。が、ぐっと首根っこを掴まれてしまい、逃亡は叶わなかった。

……主」

 地を這うような低音ってこういう声を言うんだな。振り向いてはいけない。審神者は「何かな?」と応えた。ちょっぴり声が裏返ったのは気のせいだ。

「あれはいつ戻る?何日も待ってらんねぇ」

 調べてみます……と、半分震えながら返す事しかできなかった。君のところのりいだあが怖かったと、あとで篭手切江に慰めてもらおう。ついでに調べものも手伝ってもらおうか。

* * * * *

 松井は夕飯の時も隣で世話を焼いていた。旧知の短刀や脇差は松井よりも先に来ていたので世話を焼かれる側だったし、後から来た同胞達は同じ打刀。案外松井は世話焼きだ。恥ずかしいからやめっちゃと言われ、松井の背後に花びらが数枚落ちたのを審神者は見た。きっと豊前も見た。
 風呂も一緒に入ったらしい。風呂上がりの二振りに廊下ですれ違ったので審神者が聞いてみると、小さな豊前が「松井がもこもこのあわだらけにしてくれて楽しかった」と言い、「一緒に肩まで湯に浸かって百まで数えたら少しのぼぜてしまったよ」といつもよりも血色の良い顔で松井が続けた。
 これから寝る時間まで松井の部屋で一緒に遊ぶらしい。他の江の者達は酒席を囲んでいるが、松井は小さな豊前の教育に悪いということで先に引き上げてきたそうだ。審神者は少し嫌な予感がした。
 今、松井と豊前は反比例している。松井は小さな豊前に昼からずっと付きっきりだ。さすがにそれぐらいの分別はあるだろうから大丈夫だと思いたい――という審神者の願いも虚しく、豊前の機嫌がどんどん悪くなっていくから早くどうにかしてほしいと、腹痛で酒席を抜け出してきた村雲江に審神者は泣きつかれてしまった。
 ここに審神者の徹夜が確定した。午後、篭手切江にも手伝ってもらって正解だった。審神者一人ではきっとどうにもならなかった。

 審神者が村雲江に泣きつかれているその頃、松井の部屋で遊んでいた小さな豊前はうつらうつらと船を漕いでいた。本人はまだ眠くないと強がっているが、目が半分閉じている。広げていた遊び道具を隅にやると、松井は布団を敷いた。枕は一つしかないので彼に譲る事にする。

「眠たそうだね。そろそろ寝ようか」
「んー……まだねむく、ない……
「目が半分が閉じているよ」

 布団を敷き終えた松井がおいでと手招きすると、小さな豊前はごしごし目を擦りながら立ち上がり、何故か部屋を出て行こうとした。

「どこに行くんだい?」
「あっちでねる」
「あっち?豊前の部屋のことかな?まだ戻ってきてないよ」
「じゃあ、たたみでいい」
「それはだめ」

 僕も一緒に寝てあげるから早くおいでと促すと、小さな豊前はものすごく複雑そうな顔を見せたが、松井が折れない事を悟り渋々といった様子で布団に入ってきた。松井がおやすみと言うと、ごにょごにょと何やら口籠もり、沈黙の後におやすみが返ってくる。すうすうと子どもらしい寝息が聞こえてくるのはあっと言う間だった。
 遠い昔、おぼろげな記憶。自身が刀という無機物で、自我が芽生えていたかも不確かだった頃。もし、共に紀州に渡った姫様に世継ぎがいたのなら――。思いを馳せたところで歴史は変わらない。松井は考える事をやめた。
あどけない寝顔は「彼」の面影を感じさせる。いつもの「彼」よりも幾分か高い体温を感じていると、松井もいつの間にか眠ってしまった。

 それから数刻後。酒席もお開きとなり、豊前は自分の部屋に戻るところだった。自室の前まで来たが、豊前はそのまま通り過ぎた。立ち止まったのは松井の部屋の前。部屋の明かりは消えており、首を傾げた。
 松井は宵っ張りだから、いつもならこの時間帯はまだ起きている。……いつもなら。

……松井?」

 豊前はそっと松井の部屋の障子を開けた。部屋の中は真っ暗で、真ん中に一組の布団が敷かれている。もしかして――と近づくと、そこには案の定二つの影があった。一瞬むっとした豊前だが、身を寄せ合って眠る姿と穏やかな松井の寝顔を見ていると、何だか色んな事がどうでもよくなってしまった。
 気配に敏感な松井なのに、豊前の気配に気づいて起きる様子は無い。楽しんでいるとはいえ慣れない子ども相手で疲れてしまったのか、それともこの小さな存在もまた豊前だから安心しているからなのだろうか。しばらく松井の寝顔を眺めていた豊前だったが、そろそろ自分も眠たくなってきた。
 おやすみと聞こえるか聞こえないかの小声で松井に告げると、豊前は松井の部屋をあとにした。


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収拾がつかなくなってきたのでここで終わり。
翌朝元に戻って「小さい俺にした事を全部俺にもしろ」と無茶振りをされる松井がいるとか、いないとか……


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